トランプは軍を投入できるか?
トランプが軍を暴動に投入すると言い出しましたが、これを白人市場主義者だから黒人暴動を力で鎮圧するつもりなんだ、というメディアの声を聞きますが、それは違うと昨日書きました。
あのトランプの軍投入発言は、その妥当性は別にして、彼が白人至上主義(この言い方自体がリベラルが作ったもので、バイアスがかかっていますが)だとしても本当にできるのかということについて考えてみます。
結論から言えば、軍を暴動に投入することは法的には可能です。
おっと、この場合の「軍」とはあくまでも狭義の「軍」、すなわち連邦軍ですから、そのつもりで。
米国はその国の成り立ちから、まさに「国家の集合体」であって、日本の自治体とは比較にならない強い権限を持っています。
地方政府(州政府)は州軍(州兵・National Guard) という軍隊さえ持っていて、なんと戦車もあればF22なんて最新鋭スティルス戦闘機まで持っていて、そんじょそこらの中規模国家並の力をもっています。
州軍は、連邦軍、いわゆる「米軍」とは補完関係にありますが、指揮権は州知事にあって、大統領にはありません。
州知事の指揮下で、郷土防衛をするのが仕事です。
具体的には、州内におけ治安維持、今回のような暴動鎮圧や災害派遣をおこなっています。
上の写真はニューヨーク・ペンシルバニア駅で警備を行う州兵ですが、見た目はまったく「米軍」とかわりません。
では郷土防衛しかしないのかといえば、そうではありません。
ホワイトハウスは米国同時多発テロの直後に国家緊急事態宣言を出しましたが、連邦政府の要請があれば州の指揮下で行う連邦任務」(State active duty )をすることができます。
このように連邦に協力することができるというのが分かりにくくしているところで、連邦軍と州軍の境がぼやけて、一緒に作戦行動をしているうち、なんとなく一体化してしまってみえてしまいます。
たとえば、かつてのロサンジェルス暴動でも、当初は純然とカリフォルニア州軍として出動していましたが、情勢悪化にともなって連邦軍が出動すると、実態としては一体となってしまっています。
そのうえに、州軍は連邦軍の予備役を担っています。
大統領は州軍を「連邦政府の指揮下で行う連邦任務」(Federal active duty)として動員することが可能です。
ですから、大統領は遠慮なく州兵をアフガンやイラクに動員しています。
ウィキ
上の写真はアフガンで警備に当たるインディアナ州兵ですが、外国においても州軍は「米軍」と一体化して活動しています。
以上を頭に入れた上で、今回のアンティファ暴動事件を考えてみます。
まず一義的にこれに動員されるのは連邦軍ではなく、州軍です。
いきなり連邦軍が、州の縄張りを荒らしてはマズイのです。
ですから、トランプは6月1日に、「住民の生命財産を守るため必要な行動を拒否する市または州があれば、米軍を派遣して早急に解決する。ワシントンDCには数千人の重武装兵や警察官を展開しているところだ」と述べましたが、いきなり州に連邦軍を投入するとは言っていません。
大統領が州にいきなり連邦軍を入れることができるのは、コロンビア特別区(DC)だけの特例であって、他の州は知事の承認をえねばなりません。
実はすでに20の州で数千人の州兵が出動しています。
では、先ほどのトランプが言った、「住民の生命財産を守るため必要な行動を拒否する市または州があれば」どうする気でしょうか。
州知事の承認がなくては手も足もでないのかといえばそうではなく、1807年の反乱法(正確には「反反乱法」Insurrection Act) で可能となります。
「反乱法は、大統領が州の状況について連邦法の執行が不可能と判断した場合や、市民の権利が脅かされているとみなした場合、州知事の承認は不要だと定めているのだ。この法律は1807年に制定された。大統領に対し、「インディアンの敵対的襲撃」への防御として、国民軍の出動命令を認めるものだった。その後、国内の騒乱対応や市民権を守る目的でも連邦軍を活用できるよう、権限が拡大された」
(BBC News6月3日)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19821
また、米議会は2002年、議会の制定法によらなくても、「戦争、反乱またはその他の重大な緊急事態に即応する憲法上の義務を果たすため、軍隊の使用が必要だと大統領が判断した場合」には、法執行を含めて国内で行動させることができる、という決議(合衆国法典第6編第466条)を制定しています。
実際にこの反乱法は使われたことが何度もあります。
大統領が反乱法を用いることができるのは以下の場合です。
①反乱が起きている州の議会(州議会を開くことができない場合は知事)が大統領に支援を要請した場合。
②反乱のため、通常の司法により連邦法を執行することができない場合。
③反乱もしくは暴動によって法執行が妨げられ、州の住民が憲法上の権利を剥奪されており、その権利を守る意思または能力を州が失った場合。
いままで使われた有名なケースとしては、ケネディのメレディス事件やリトルロック高校事件の例があります。
これは黒人学生が人種分離を定めた大学や高校に通学しようとして阻まれたことに対し、州政府の能力喪失だとして、③の「憲法上の権利を剥奪された」州住民(学童)を保護するために連邦軍を派遣しました。
これなどは州知事の意志と大統領の意志が真っ向から対立する場合において、州を従わせる目的で連邦軍を投入した例となりました。
また、暴動鎮圧に対して連邦軍は反乱法を法的根拠にして何度か投入されています。
ジョンソン大統領は1967~68年の都市暴動に対して、パパブッシュが1989年のバージン諸島ハリケーン被災後の治安悪化や、1992年のロサンゼルス暴動に際して、①の知事の要請に応じて連邦軍を派遣しています。
なお、連邦軍は出動に当たっての武器使用は、軍隊としての交戦規定(ROE)ではなく、警察の「実力行使規定(RUF)」ですから、実際は「軍」という言葉から想像するよりはるかに警察に近いものとなるはずです。
しかしそうであったとしても、ひとたび連邦軍を介入させるとその後始末が大変ですので、国防長官は否定的なようです。
[ワシントン 3日 ロイター] - エスパー米国防長官は3日、全米で激化する白人警官による黒人男性暴行死を巡る抗議デモの鎮圧に向けて反乱法を発動し、軍を動員することは現時点で支持しないとの認識を示した。
エスパー長官は「現役部隊を投入する選択肢は最終手段であり、最も緊急かつ切迫した事態にのみ限られるべきで、現在はそのような状況にはない」と説明。「反乱法の発動を支持しない」と述べた」(ロイター6月3日)
http://www.asahi.com/international/reuters/CRWKBN23A2YV.html
ホワイトハウスを警備する連邦軍兵士と激励するエスパー国防長官 産経
また、前国防長官のマティスもこう発言しています。
「マティス氏は「我々の都市を戦場と見なすいかなる考えも拒まねばならない」と主張。「トランプ氏は私の人生で米国民を一つにまとめようとしない初めての大統領だ。団結させようと見せかけることもしていない」と非難した。」(毎日6月4日)
このふたりとも軍籍から離脱していても、米軍幹部の意見として聞いたほうがよいでしょう。
すると軍人の多くは、暴動鎮圧に投入されることをよしとしないようです。
なぜなら、それはマティスがいうように自分の国を「戦場」とし、自国民を「敵」としかねないからです。
というのも、暴動の大部分は穏健でまともな市民によってなされる、正当なデモであって、それに軍を使ういかなる理由もないからです。
そして夜になされるアンティファの放火・略奪行為と、昼の平和的デモを完全に切り離して鎮圧するのは難しいと考えているのかもしれません。
切り離しに失敗した場合、連邦軍までもが市民の敵となりかねませんからね。
アンティファの取り締まりと撲滅は、州警察とFBIの仕事なのです。
もっともトランプもそのあたりは判っているようで、言っただけで具体的にはなにも進展していません。
国防長官の発言も、横で言わしているのですからある種の容認で、例によって「高めのボールを投げた」だけなのかもしれません。
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コメント
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むしろトランプは強面を出しときながらエスパーに常識論を言わせたのではないかと。
アメリカは国内だけで独立戦争や南北戦争に西部開拓史のあった「植民地→独立→侵略」という歴史の浅い国ですから、連邦政府が何かやらかしたら州の軍がいつでも立ち向かえるような州軍制度が残っています。
内乱含めて急成長した大国ならではですね。むしろカナダが別の国として残ってるのが不思議なくらいです。
投稿: 山形 | 2020年6月 5日 (金) 07時21分
トランプさんは6/2ワシントン州知事に対し、「州兵を入れなければ、連邦軍を派遣する」と言い、他州知事に対しても同じようにけん制の意味で発言したものと見ています。
報道では鎮圧にかける大統領のマッチョな点だけ切り取られ、拡大されたので、エスパーさんが「そのような段階ではない」と打ち消しにかかったものと理解しています。
なお、現在ホワイトハウスはトランプさんの要望どおり、ワシントン州兵も参加して警備してい、この事に米国民の反発はありません。
米国民にとっては、こういう事は初めてではなく、これまでもそうだったようにいつかは沈静化すると考えていて、これ以上ヒートアップせず政治的にも影響は限定的と思います。
ですので、まさかぶち切れて連邦軍を派遣する、などという事はないと思うのですが。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2020年6月 5日 (金) 08時56分
昨日の通りすがりさんが、六四ホワイトハウス事件の発生を危惧していましたが、その抑止力として強気なことをあらかじめ言っておく必要があったのかな、と思いました。
まだ現時点で4日は終わっていませんね。
もう少しの間だけ、無事であることを祈ります。
投稿: プー | 2020年6月 5日 (金) 09時17分
「民主党に属する市長や州知事は都市の破壊を止められないようだ」とする6月3日付WSJの社説。
https://jp.wsj.com/articles/SB11030818947919454487204586423243309748806
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リベラル派・左派勢力は暴徒に十分な破壊と略奪をさせれば彼らの正当な怒りが充足されると考えているのかもしれない、と訝りながら、警察力を使った暴動鎮圧に消極的なリベラル派首長たちに批判的な立場を取り、暴力を容認することの間違いを説き、大統領の軍派遣の考えに一定の理解を示すこの社説は、まともなことをいっていると思います。
(もしWSJの訝りが当たっているならば、怒れる黒人たちは暴れさせればいいと考えるリベラル派も差別意識満々です。
フロイドさんのご遺族が暴力は全力否定しているというのに、SNSで一斉に反黒人差別を訴えるが暴力の否定には触れない芸能人たちを見ても、WSJの訝りはわかります)
アメリカのリベラル系メディアや日本のメディアは「トランプがアメリカを分断している!」ばかりですが、ロイターによれば4日に司法長官が、過激な煽動者や海外グループが米社会の分断拡大を図っていると述べたとのこと。
https://jp.reuters.com/article/minneapolis-police-barr-idJPKBN23B377
暴力にほぼ不作為で応える首長たちがいる、抗議の意図を超えた騒乱を図る者たちが海外勢力を含めて存在する…という中で、再びロイターによれば、トランプ大統領は軍の投入が必要になるとは思っていないと発言したとのことで、
https://jp.reuters.com/article/trump-military-protest-idJPKBN23A3FO
これは左派リベラル首長たちへの一種の踏み絵になり得るのかな?という考えがよぎる今朝。
投稿: 宜野湾より | 2020年6月 5日 (金) 09時36分
日本ではトランプが米国の分断化を加速させているとかCNNの支局なのかというくらいの偏った報道がされているようですね。
しかしながら米国人にとったアンケートでは民主支持者でも暴動鎮圧に軍を投入するのも仕方ないと思っている人は半数近くに上っており、抗議デモと暴動の切り分けはしっかりと行われているようです。
これがトランプ再選に赤信号が灯ったという見方が散見されますが、むしろ今回の騒動は民主リベラル系の政治家はそれらしい大義名分があれば住民すら守らない「切り分けができない連中」というマイナスのイメージを植え付ける結果になりかねない失態だと感じます。
それはバイデンにも必ず降りかかって来るものと思います。
暴動で被害を受けた側が不満を漏らしたら、それを撤回&謝罪せざろうえない状況に追い込まれるというのはどう見ても健全な社会ではありませんし、揺り戻しは静かに確実に進行していくものと思います。
そしてリベラルメディアやそれしか見ていない人はまたWHY?と思考停止状態になるのでしょう。
投稿: しゅりんちゅ | 2020年6月 5日 (金) 15時57分
トランプの発言は、何もしない州のケツを叩くためのポーズ、またはプロレスでしかないでしょう。
間違っているかもしれませんが、トランプは札束で人の横っ面を叩いても、拳でぶん殴るタイプではないようですし。
しゅりんちゅさんの仰るように、暴動の被害者が抗議もできず謝罪に追い込まれるのは異常であり、差別に純粋に抗議する人達は暴徒を速やかにパージしなければ、手痛いしっぺ返しを喰らいかねません。
被差別階級が、自らを絶対善として他者を虐げて放火略奪をし、自らの正当性を押し付けて被害者を黙らせるなら、アメリカの黒人差別と何が違うのでしょう?
目的が手段を正当化すると考えるのは極左極右の思考の根底にあるもので、まともな一般人との大きな境目です。
まともな社会秩序を望む者同士が手を取り合って差別への抗議、暴徒の鎮圧をすることが、アメリカ社会を正す唯一の道だと思います。
差別の根絶を!
暴徒に峻厳な裁きを!
投稿: ゆき | 2020年6月 5日 (金) 21時26分
ここ2.3日ずーっと考えていました。
アメリカの今の現象は何だろうかと。
ゆきさんのコメントで、頭が整理出来ました。持たない者の持てる者へ妬み、僻み、被差別意識が根底にあり、アンティファが油を注いだ。
被差別問題と言うデリケートな問題なので厄介です。何を言っても無駄なのです。多くのコメントにもあるように一方では暴動で被害を受けた人たちの人権もあります。これでは差別はいつまで経っても無くならない。
暴動が収まったとき時、アメリカは莫大な数の新型コロナ感染者と失業率15パーセントいう現実と向き合わないとならない。
元来、アメリカは自国の危機には右左関係なく立ち向かっていたのですが、アメリカが暴動で身動きが出来なくなって、中国は香港の締め付けを確実なものにしています。話題の中心が中国からアメリカに移ってしまいました。誰かが意図的にやったのなら大したものです。
投稿: karakuchi | 2020年6月 5日 (金) 23時48分
米国の人種問題はそれこそ米国が解体しない限り解決しないでしょうねぇ。
ですから人種問題を解決するために国家の破壊を唱える米国の極左の主張はその意味において間違っていないと思います。
それにしても世界中で多民族が混血してそれなりの共存を成し遂げた社会は結構存在するのになぜアメリカではそれがうまくいかないのでしょうか?
たしかカエサルのガリア戦記にゲルマン人は混血を嫌うと書いてありましたが、やはりここまで異民族との関係がうまくいかないのはゲルマン人の問題なのでしょうか?
他のヨーロッパ諸国にも差別はありますが、アングロサクソンの差別は突出してひどい感じがします。
これはもともとアングロサクソンが日本と同じように島国の民だったことも関係しているでしょう。
それともアメリカがまだできて日の浅い社会だからでしょうか?
それとも黒人がヨーロッパ人とあまりにも違うからでしょうか?
他のコーカソイドの民族なら中東系も含めて(中東系ムスリムは人種ではなく宗教の問題だと思います)何世代かに渡って混血すればさほど違和感がなくなります。
しかし黒人は外見的にどうしても自分たちと別の種族であると認識してしまう。
例え頭では自分たちと同じ人間であるとわかっていても本能的に違うと認識してしまう。これは恐らく人間の本能ですからどうしようもないと思います。
ところでSNSなどを覗くと今回の騒動で左翼たちがアメリカも天安門でデモを弾圧した中国と同じだ~と騒いでいましたが普段は我々は親中派なんかじゃないと言っていた彼等がいよいよ中国シンパであるという彼らの馬脚を見せましたね(笑)普段の自由度を見ればアメリカと中国を同列に見ることはできないはずです。
昔本邦の左翼はアメリカのレッドパージを指してアメリカはナチスと同じだ~と騒いでいましたがその当時から彼等は全く変わってないと思います。
前の記事で管理人さんは歴史を破壊しようとするアメリカの左派のことにふれていましたが、トランプの言っていたようにこれを厳格にやればアメリカの建国の父たちも否定しなければならなくなります。
要はアメリカの国家を否定したいのが彼らの考えなのです。しかもこれを突き詰めればこれまでの人類の歴史と伝統的な文化そのものを否定しなければならなくなります。
彼等が排撃の対象としているキリスト教文化だけでなくイスラム教もユダヤ教も仏教も儒教もすべてです。
結局多文化主義を唱えながら共産主義一色の社会をつくることが彼等の目的なのです。
多文化主義はこのことの前段階にすぎません。不思議なのはこの種の人々がキリスト教文化を批判しながらイスラム教を批判しないことです。イスラム教の預言者ムハンマドなんか彼等のイデオロギーに照らせばまさに犯罪者そのものですよ。
やはり本邦の左翼が中韓に甘いように欧米の左翼も「被害者」であるイスラムに甘いですよね。このような光景を見ると「マイノリティーの宗教だから大目に見てあげよう」などと甘いことを言わずにあらゆる宗教を文字通り平等に弾圧したレーニンやスターリンはやはり歴史に名を残す人物だけあってある意味筋を通した左翼だったと思います。
このままいけばいつの日か左翼とイスラムの全面衝突が発生すると思います。以下長文失礼しました。
投稿: 中島みゆき | 2020年6月 6日 (土) 03時01分
お詫び 上の文章は急いで思いつくままに書いたので大変読みにくいと思います。
投稿: 中島みゆき | 2020年6月 6日 (土) 03時15分
「中島みゆき」さん、あまりにもベタ打ちで、もはや判読不可能だったので、勝手にほぐしました。
ほんとうはこんなことをしちゃいけないんですが、ご自分でも読みにくいのをお分かりのようなんで、ご了承下さい。
投稿: 管理人 | 2020年6月 6日 (土) 05時37分