勇ましい敵地攻撃論は空論にすぎない
イージス・アショア計画は、一時「停止」して修正案を出すのではなく、完全な撤回と決まったようです。
ふー、なんなんですかね。
このイージスアショア・システムは、既に日本のミサイルディフェンス(MD)計画の一部として動き始めていたのですよ。
撤回した理由は実にナンセンスでした。
だって、理由に事欠いてブースターが演習場敷地内に落ちるの落ちないのって、あーた原爆が頭に落ちて来る時に、空ッポのブースターのほうが心配で、全部止めるってんですから、力なく笑うしかありません。
もう少しその辺から説明します。
結論からいいますが、その時には周辺市街地は無人なのですよ。
頭の中でシミュレーションしてみて下さい。イージス・アショアからSM-3ブロック2Aが発射されるのはいつでしょうか。
それは日本に対して弾道ミサイルが飛来すると予測された時点ですね。
突然いきなり飛来するということは考えられません。それは日本に対して武力攻撃が行われるという事態が発生したときです。
軍事攻撃、特に核攻撃はこういった段階を踏んで始まるとされています。
●国民保護法が準備される段階。
①国際情勢の緊迫化。
②警戒している対象国が軍事行動の準備に入ったと確認。
③日本に対しての攻撃が予想。
これらの条件が認められれば、日本政府は国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)などに基づいて、攻撃を受けるおそれがある都道府県の知事に対して住民の避難措置を命じます。
内閣官房 国民保護ポータルサイト 武力攻撃事態などにおける国民保護の仕組み
さて、この国民保護法は国民全体にかけたいところですが、極度の混乱を招きますし、そもそも一般人向け防空施設がないわが国ではむりです。
したがって限定的なものになりますが、その中に攻撃が予想される防衛施設周辺は当然入るでしょう。
ね、もうお分かりでしょう。このイージスアショアが使われる時は、予定地の周辺市街地は無人なのですよ。
つまり、仮に約70㎏のMk72ブースターが敷地外に落ちても、落ちる場所は無人で誰もいないのです。
こういうことを反対の理由に上げる方も方ですが、それを「いや使われる時には市街地は人はいませんから、だいいち原爆が落ちてくるのとどちらがいいんですか」と説明できない防衛官僚もバカです。防衛官僚は御用聞きなんでしょうか。
こんなくだらない理由でMD計画を潰してしまえば、副作用があらわれます。
ひとつめは、日本に核ミサイルの照準を合わせている3カ国(中朝露)は、ほー我々がイヤな防衛施設を潰すにはやっぱり住民運動がいちばん効きますか、いいこと聞いたと膝を打つでしょう。
で、今後、こんな専守防衛の施設であっても、住民運動が突き上げる首長が最大の障壁となります
これは既に沖縄で、飽きるほど見てきた風景ですが、本土も同じことになるというわけです。やれやれ。
ふたつめは、あらたな仕切り直しが不可能になりかねないことです。
いったん計画を持ち帰って新たに候補地選びから始めるのではなく、完全撤回な以上、ブースターが落下するすべての迎撃ミサイルもまたアウトです。
THAADもダメですし、欧州のMBDA社が開発したSAMP/T地対空ミサイルシステムもSM3より大きなブースターが落下します。
というか、現行のMDミサイル数あれど、ブースターを落下させないものはこの世にありません。
したがって下のようなことを撤回理由にした場合、代替案はきわめて限られることになります。
「しかしながら、その後、引き続き米側との協議を行い、検討を進めてきた結果、本年5月下旬、SM-3の飛翔経路をコントロールし、演習場内又は海上に確実に落下させるためには、ソフトウェアのみならず、ハードウェアを含め、システム全体の大幅な改修が必要となり、相当のコストと期間を要することが判明した。出典:イージス・アショアの配備について:防衛省(令和2年6月15日)」
ところで撤回に賛成する人が多いので驚きました。
左翼の皆さんが喜ぶのはわかるとしても、そうでもない人まで歓迎しています。
その理由はどうやら、このまま敷地内にブースターを落とすためにミサイル本体の改修までし始めたら、いつになったら配備できるのか、またカネかどれだけ食うのかわからんし、そもそもイージスアショアなんて金喰い虫のおかげで、他の装備まで圧迫されているんだから、止めてもらってけっこうというものです。
この考えは、現役時代ミサイル屋だったはずの田母神閣下までが口にしているようで、彼は敵地攻撃能力を増強することで抑止になると仰せです。
右サイドの人たちは「敵地攻撃」と聞いただけで、いきなり軍事強国に躍進したような気分になるようで困ったものです。
また、いやレーザー砲のほうが一発ナン百円だから、こちらのほうがいいなんて、できてもいない未来兵器に胸躍らせる人も出ました。
こちらのほうはただの空論で、できてもいないものをナニ言ってんだか。
問題は前者の敵地攻撃能力の獲得のほうです。これは前々から存在し、いちおう可能という建前になっています。
ですから首相が口にしたこともあって、自民党でも具体化の議論し始めたようです。
それにしてもいったいどうやってやるつもりなんでしょうか。
方法としてはひとつめは、巡航ミサイルです。これは時速800キロと低速ですから、本土から発射しても届く頃には、相手の弾道ミサイルは10分で着弾してしまいますから、ギリギリまで朝鮮半島沿岸に寄せて潜水艦から発射せねばなりません。
これでは、相手がミサイル発射台に弾道ミサイルを乗せたのを確認してからでは遅すぎます。
そもそもトマホークは保有していませんし、それを発射する潜水艦もありません。したがって空論です。
ノドン(朝鮮名「火星6号」)中距離弾道ミサイル
そもそも論で言えば、今の北朝鮮の日本に向けた中距離弾道ミサイルは、固体燃料を使用していますから、発射台上でトロトロと燃料注入なんてやりゃしません。
山中の移動式発射装置の上で倒立させて直ちに即発射可能ですから、どうやって破壊すべき発射基地の場所を見つけるのでしょうか。
そりゃあ発射すれば、米国のミサイル監視衛星がキャッチして通報してくれるでしょうが、その時には残り時間わずか数分で日本上空に到達しています。
しかし現実には、険しい山林の山腹に隠匿してあって、使う時だけ引き出して使用するのですから、まず事前に見つかる可能性は限りなくゼロです。
そしてこんなに数があるんですぜ。日本に向いているだけで約200基。
そのうち核弾頭をつけているのは推測するしかありませんが50発はくだらないでしょう。
ということは50箇所の発射拠点を探さねばならないのです。
(出典 Military and Security Developments Involving the Democratic People’s Republic of Korea 2012 - U.S. Depertment of Defense
邦訳 http://obiekt.seesaa.net/article/358829852.html)
これらひとつひとつが山中で孤立して発射拠点をもっていると考えられますから、充分なペイロードを持つノドンだけで50箇所を索敵せねばなりません。
どうしてもやりたいなら、これらの発射基地を見つけ出すために、陸自の虎の子・特殊作戦群を事前に潜入させておくことが必要です。
1箇所に1個分隊10人として500人。
予備・潜入・帰還支援まで加えると、陸自の特殊作戦能力1000人の大部分を投入せねばなりません。
そんな使い方をすると、北が同時期に日本国内でゲリコマをしかけてきた場合、陸自に対処能力がなくなってしまいます。
しかも北朝鮮という収容所国家が相手ですから、彼らが生還することはきわめて困難です。
私が指揮官ならこんな片道キップのような作戦には部下を出しません。
百歩譲って発射基地が判明したとしても、空自には北朝鮮に対するサージカルストライク(精密爆撃)能力がありません。
勇ましい議員諸公には、何編隊かで飛んでいけばいいんだろう、燃料は空中給油機を準備すればいいんだし、ていどで考えておられる人もいそうですが、とんでもありません。
現実に敵地攻撃をするには、まず強力な電波攻撃をかけてレーダー基地を目つぶしする電子戦機がいり、容赦なく打ち上げて来る対空ミサイル陣地を破壊するワイルド・ウィーゼル部隊がいり、攻撃部隊の上空をカバーする制空部隊がいり、さらにそれらを統括するAWACS(早期警戒管制機)と空中給油機が必要です。
通常このストライクパッケージは約60機ほどで編成されます。複数あった場合、数百機のパッケージが必要で、今の空自の能力を全部を傾けねばなりませんから非現実的です。
あとの可能性としては、F35にワイルドウィーゼルをさせて、F15MISIPに射程900㎞の長距離巡航ミサイルJASSM-ERを乗せて攻撃するというのも理屈では可能ですが、結局移動発射機の場所がわからなければ手も足もでません。
というわけで、最大のネックは山中に隠匿されている北朝鮮の発射基地の所在がわからないという所に行き着くのです。
ハッキリ言って、このように勇ましい敵地攻撃論は空論にすぎません。
また日本が北朝鮮と交戦関係に入ってしまうと、日米同盟の関係上、米国も巻き込まれてしまいます。
左翼が半世紀言ってきた「巻き込まれ論」の逆バージョンが実現してしまうわけです。
このようなことを米国が手放しで歓迎するはずがありません。
米国は、常に戦争するかしないかは自分の判断で決定したい国だからです。
ですから米国は日本が敵地攻撃能力をもつことを、日米同盟からの離脱と解釈するかもしれません。
このように考えると、北朝鮮が撃ってくるのを落すに徹する現行のミサイルディフェンスが一番合理的なのです。
現実性がある解決法はまだ残されています。
それは唯一イージスアショア計画の焼き直しか存在しません。
発射基地と発射司令部をわけて、遠隔発射する方法には現実性があります。
たとえば、どこかの無人島、ないしは海沿いの過疎地、なんだったらメガフロートの上に発射装置を置き、そこになんらかの手段で発射命令を送ることができるシステムがあればなんとかなります。
とまれ、緊急に代替案を策定せねば、緊迫する朝鮮情勢に追い越されてしまいます。
そのためには、勇ましいだけの大風呂敷はかえって有害なのです。
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コメント
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昨夜のBS日テレ深層ニュースでも、中谷元元防衛大臣が「ブースターを敷地内に落下させるようにしなければならない」などと腑抜けたことを言っていてガックリ。
ものすごい愚行だと思うのですがもう、防衛省と政府はそれで押すようですね。後でどう跳ね返ってくるやら・・・やれやれです。
スタンドオフ兵器はもちろん欲しいのが本音ですけど、実際に運用するのは衛星・偵察機とのリモート運用も含めたインテリジェンスシステム構築が必要になるし、物量も必要になり当然カネもかかります。
それをちゃんと議論してやるかやらないかの話。国民がそういった国際情勢の移ろいに気付いているのか?
「バカを量産して無知にしておいてから」支配すればいいという旧社会党系(今の立民・社民)の方々は、MD計画採用時点で何故か『先制攻撃能力だあー!』と騒いでましたね。福島瑞穂さんとか、蓮舫さんとか。MDという文字すら読めないのかぁ、と。
今回の停止・撤回騒動においては、ブースター落下を焦点にしたことが最大の失敗。官僚が無能すぎる。
あとは米軍お薦めセットではないレーダーシステムを導入したり、河野大臣の会見翌日には「もう購入契約してしまったレーダーを海自の護衛艦に流用できないか」などという政府筋というマスコミ情報が流れる始末で、これはずいぶんと胡散臭い話だなあ、と思いました。
イージスアショアがダメだと認定されたのは、おそらく今後実用化が見込まれるの中ロの極超音速ミサイルに今のMDシステムでは対応出来ないという状況変化があるのだと思っています。
なんせ予算が莫大ですから、動かすには何らかのインパクトが必要ですから。。
投稿: 山形 | 2020年6月23日 (火) 06時56分
そもそも記事のように敵地攻撃的自営手段は実務・技術的に困難だし、法的にも実効性のない空念仏のようなもの。
「相手が攻撃を仕掛けてくる事が明らかな場合」とは具体的に何を指すか? 例えば日本からの先制攻撃を企図した動きである場合、それがフェイクか本気か完全には判断のしようがありません。
のちの国際法上の処理問題や、攻撃に踏み切った場合の政治的リスクをかんがみれば、安倍政権でもこれからの日本政府にもかような決断ができるとは考えられません。
こうした事も日本政府は十分承知のうえでイージスアショアを撤回したのであって、その責任はきわめて重いです。
米軍の存在や日米同盟が抑止力になる事も間違いありませんが、安心出来ません。米軍が北朝鮮に軍事攻撃を開始した場合、北朝鮮は躊躇なく日本に向けてミサイルを発射すると考えるべきです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2020年6月23日 (火) 09時52分
いつも楽しみに拝読しております。
いつもながらのデータに基づくご考察をありがとうございます。今出ているイージスアショアが頓挫したから敵基地攻撃能力という議論は、現状を踏まえるとあまりに短絡的で結局政治家の煙幕だったようですね。悲しい話ですが、半島有事に北朝鮮がミサイル飽和攻撃を仕掛けてきて国土に何発か着弾しないと、自衛のための先制攻撃という議論にはならないかもしれません。
ただ、北朝鮮はミサイル飽和攻撃を何度も行う能力はないと思いますので、日本国土を全て廃墟にして反撃もできない状況にすることは考えづらいと思います。敵基地攻撃能力による先制攻撃ではなく、反撃としての「敵地」攻撃能力は、もっとちゃんと議論を尽くして備える必要があるのではないでしょうか。少なくとも議論しているだけで、北朝鮮お得意の瀬尾際外交へのハッタリくらいにはなると思います。
投稿: 都市和尚 | 2020年6月24日 (水) 00時12分
都市和尚さん。少し言葉足らずだったかな。
私は主権国家は敵地攻撃能力を持つべきだとおもっています。
ですから、その能力を持つことにはまったく反対ではありません。
ただ、このイージスアショアに絡めて敵地攻撃能力を語らないでほしいというだけのことです。
老婆心ながら付け加えておきます。
投稿: 管理人 | 2020年6月24日 (水) 08時01分
20200625 相模吾です。「専守防衛という看板」を外す時です。やられたらやり返すのは当たり前で、カシミールで紛争中の印度中国ですら、相手が先に撃ってきたと主張しています。どこの国も先に戦争することを公言する国は先進国にはありません。抑止力として相手国が戦争準備をしていることが明確な場合に先手を打つ可能性があることを主張しています。やられるまで手を出さない、なんてことを言っているから相手が図に乗るのです。憲法で侵略戦争をしないと明確にしているだけで充分です。矛を持つ以上実際に先制攻撃をすることは、否定もせず肯定もせず、です。専守防衛を口にしなくなったことを相手にわかるようにするだけで、あとは机上の攻撃計画でもリークすればよい。イージスアショア海上基地案はアメリカでもXバンド基地の実績があり運用は海自にすべきでしょう。
投稿: 相模吾 | 2020年6月25日 (木) 14時40分