「バイデン政権」の外交を考える
世界各国は急速に進む「米中戦争」の予感に震えています。
もちろんこう書いたからといって、明日明後日に南シナ海で戦争が勃発するわけではありません。
ひとつのシナリオとしては、「南シナ海の人工島からいついつまでに撤退せよ」と警告してからおもむろに一定の戦争開始のためのプロセスに移行していきます。
その後は海上封鎖・空域封鎖を行っていくのが通例で、このへんは北に対する制裁と同じです。
しかし中国が実力で海軍を使って海上封鎖を破ろうとすればそこで戦闘が発生します。
その時に、人工島まで爆撃されて破壊される可能性はありえます。
しかし双方共に核を持っていますから、それを局地的戦闘に止めようとするでしょう。
このように明日あさってにも核を撃ち合う全面戦争など起きることなどありえません。
ただ読みきれないのは、トランプが大統領選の真っ最中であって、ここで小規模戦闘をして勝つことが選挙戦に有利だと判断したケースです。
その場合、通常のステップを省いて、いきなり人工島に手をかけることもないとはいえません。
人工島は中国領土ではなく、国際法上ただの海ですから、かりに攻撃しても海に向けてミサイルを撃ったということになります(笑)。
いずれにせよ、この戦争プロセスに入るには大義を高々と掲げる必要がありました。
法治社会とはなにか、民主主義とはなにか、全体主義とは何故悪なのかを明らかにして、旗幟を鮮明にせねばならないのです。
司法長官、FBI長官が共に演説で述べたことはこの法治であり、そしてポンペオが言ったのはそれが「平和で安定した開かれた国際社会」にとって最も重要な理念であって、合衆国はそのために戦うという大義でした。
そして国際社会、なかんずく同盟諸国に対して、きみはどちらにつくのかのか、専制政治か自由主義かと態度を迫りました。
特に太平洋をとりまく当事国であるオーストラリア、NZ、日本には厳しい選択が迫られるはずです。
さて米豪2プラス2が開かれ、南シナ海問題での連携が改めて確認されました。
「米国とオーストラリア両政府は28日、ワシントンで開いた外務・防衛閣僚協議(2プラス2)の終了後に共同声明を出し、中国による南シナ海での広範な領有権主張は「国際法に照らして無効だ」とそろって批判した。米中対立が激化する中、閣僚レベルで一致した見解を明確に打ち出し、中国の反発は必至とみられる。 米豪は共同声明で、中国政府による香港国家安全維持法(国安法)施行や、新疆ウイグル自治区での少数民族に対する人権抑圧にも「深刻な懸念」を表明した。
ポンペオ米国務長官は「オーストラリアと連携し、南シナ海での法の支配を重ねて主張していく」と強調した」
(徳島新聞7月29日 上写真も同じ)「ポンペオ長官は共同記者会見で、オーストラリアが中国の圧力に立ち向かっていると称賛。中国が海洋権益を主張している南シナ海で法の支配を取り戻すため、米豪両政府は今後も協力していくと述べた。
ペイン外相は、米豪が法規範に対するコミットを共有したと指摘。中国による香港の自治への侵食のような行為に対して責任を負わせると改めて主張した」(朝日7月29日)
http://www.asahi.com/international/reuters/CRWKCN24T2U2.html
また、対中制裁で出遅れていたNZも、オーストラリアに続いて香港との犯人引き渡し条約を破棄、軍事転用可能な民製品(デュアルユース)に対する輸出管理強化に踏み切りました。
これでまだ態度が未定なカナダを除いて、いわゆる「ファイブアイズ」(5ツの目・英語圏同盟)の足並みは揃ったわけです。
大英連邦諸国と米国は香港へ輸出管理強化を進めており、いままで中国がとってきた香港経由でのデュアルユースの輸出は閉ざされることになります。
米国にとってアジア戦略の策源地である日本の位置は、ある意味で「ファイブアイズ」以上の重要性があるはずで、まだ直接の要請はないようですが(水面下では当然来ているはずですが)、中国との犯人引き渡し条約の廃棄、デュアルユースの輸出管理強化は避けて通れないはずです。
おそらく与党内部の親中派の必死の抵抗に合うでしょうが、もし拒否するなら日本もまた同等の2次制裁に合うことになります。
これがなされた場合、日本企業は米国政府調達から排除され、民間企業もそれに追随することになります。
首相の決断が迫られることになります。
ただし、この米豪2+2でオージーが盛んに自分たちは中国と直線的に対決する意図はないということでした。
それはこういう表現に現れています。
「ただ、オーストラリアのペイン外相は、豪中関係は重要であり、害を及ぼすつもりはないと強調した。(略)
一方、豪政府は中国や米国とあらゆる問題で合意しているわけではないとし、「対中関係は重要で、害を及ぼすつもりはない。ただ、われわれの利益に反することを行うつもりもない」と述べた。
ペイン外相は、米側との意見の相違に関する詳細な言及は避けたが、豪政府は国益と安全保障に基づき、独自に判断しているとし、「中国への対応も同様だ。われわれは経済や他の面でも強い結びつきがあり、両国の利益につながっている」とした」(朝日前掲)
朝日の報道だからというわけではありませんが、オージーは中国との強い経済的結びつきをもっています。
特に主要輸出品の鉄鉱石、石炭、LNG、農産品の大きな市場です。
中国経済と“運命共同体化”するオーストラリア 鉄鉱石、石炭、LNGなど ...
メルボルン、シドニーでは中国資本が不動産を買いあさり、マンションは中国人で満杯。
オージーは日本以上に中国に強依存した経済構造を作ってしまっており、中国が風邪を引けば、オージーも風邪を引くと自嘲するような状況だったようです。
しかし日本と同じように 、オージー投資ファンドは今後も中国の発展は7%を超えて続き、中国の繁栄は未来永劫続くだろうといわんばかりの予測をして投資を勧誘していました。
2014年には、メルボルンの投資アナリストはこう楽観していました。
「中国にはまだまだ発展していない地域も多く、これから成長が期待できるのびしろは十分あります。2014年は7.25%前後、2015年は7%前後の成長が続くと見ています。短期的に見ても長期的に見ても、中国経済を過度に悲観する必要はないと私は考えています」(『中国経済と“運命共同体化”するオーストラリア)
https://president.jp/articles/-/12673?page=2
今、ぜひこのメルボルンのアナリスト氏に同じことが言えるかどうかお聞きしたいものです。
これとそっくりなことを日本の投資ファンドのアナリストはつい先日まで口にしていたことを思い出します。
それは日本も似た貿易構造を持っているからです。
NHK
それはさておき状況は劇的に変化しました。
にもかかわらず、オージーのペイン外相のように「対中関係は重要で、害を及ぼすつもりはない。ただ、われわれの利益に反することを行うつもりもない」(朝日前掲)と言うのは、この貿易構造だけのも問題ではなく、もしトランプが負けてバイデンにでもなったら、またドンデン返しが待っているのではないかというためらいがあるからです。
そして現在の状況では、来年1月にバイデンが大統領になるか確率はフィフティフィフティです。
バイデンが首ひとつ抜けているでしょう。
特にマスクも拒否し続けたようなトランプの感染対策の失敗が響いているようです。
では、もしバイデンが時期大統領となった場合、どのようなことになるのか考えてみましょう。
まずはトランプ外交のプラスとマイナスです。
プラス面としては
①中国に厳しい態度を取り続け、自由主義陣営の結束を呼びかけた。
②安倍氏と良好な関係を保ち、友好関係を作った。
③北朝鮮と非核化交渉を現実化させた。
一方トランプ外交のマイナス面として
①反同盟的態度が目立ち、従来の同盟関係を破壊するような言動が目立った。
②日米同盟についても金銭勘定で量るような根本的な認識に疑問がつく言動が目立った。
③衝動的、かつ感情的な言動が日常的になされた結果、トランプ劇場に世界は振り回された。
④国連などの国際機関と敵対した。(これはプラスかマイナスか立場によってわかれるでしょうか)
以上まとめてみると、立場によって藤井厳喜氏ならここで私がマイナスとしてあげたものはことごとくプラスに得点するでしょうし、逆に宮家邦彦氏ならプラスなんかひとつもないデタラメ野郎だと吐き捨てるかもしれません。
まぁこれほどまでに立場によって大きく評価が別れる大統領は初めてなのは確かです。
バイデンが大統領となった場合にはどのようなことになるか、考えてみましょう。
私は従来どおり同盟各国と、なかでもNATO諸国とは協調的な関係に戻るのは確実だろうと思います。
したがって、トランプが覆した国際的合意の数々、パリ協定やイラン核合意の廃棄は見直されるでしょう。
国連やWHOとも協力的な関係に復帰するかもしれません。
TPP復帰については、民主党内部の反対もありますが、進めたのがバイデンが副大統領をしていた時に決めたことなので、なんともいえません。
日本おの関係は同盟重視政策をとる以上、良好な関係が保たれるとは思います。
ただし、かつてのオバマ時代が口ではアジア回帰という言い方をしながら、内実はなにひとつしなかったことを考えると警戒する必要はあります。
とここまではかなり読めるのですが、決定的な中国との対応については、結論から言えば微妙と言っておきましょう。
素直に考えれば、オバマ時代は惨憺たるものでしたので、当時の副大統領だったバイデンはこの遺伝子を大量に持っているはずです。
オバマは米中で世界を管理していこうというG2構想にかなり乗り気でした。
オバマとスーザンライス安全保障補佐官 WSJ
「スーザン・ライスはオバマ政権二期目に国家安全保障担当大統領補佐官を務めていたが、2013年11月に「アジアにおけるアメリカの将来」と題するアジア政策演説を行った際、対中国政策に関しては、「(中国が提案した)『大国間関係」という新しいモデルを円滑に運用(operationalize)すべく模索中である」と述べて、日本政府関係者を狼狽させた。このような発想が、民主党系外交専門家の根の部分に存在することは否定しがたい。ちなみに、彼女もバイデン候補の副大統領候補の一人である」(久保文明 東京大学大学院法学政治学研究科教授)
この「中国が提案した大国間関係という新しいモデルを円滑に運用する」というのが、G2路線、すなわち超大国2国で世界を管理運営するという対中融和の極みのような政策でした。
政権末期になって、オバマはやっと中国に警戒心を持ち始めたようですが、またスーザン・ライスが入閣するようなことがあると、眼も当てられない対中融和が再開されるかもしれません。
ポンペオ演説は捨て去られ、言葉ヅラだけの対中非難はあるものの実効性ある制裁は手控えられます。
「アシュトン・カーターはオバマ政権の最後にして4人目の国防長官であるが、前任者同様、自分の以前のボスに厳しい言葉を浴びせている。すなわち、彼は南シナ海での航行の自由作戦の着手について何度もホワイトハウスに打診しながら、そのたびにオバマ大統領とライス補佐官に拒否されたことを、批判的に語っている。それはようやく2015年終わりに実行に移された7。人権や通商でいくら強い態度を示しても、最終的かつ本質的には力の論理に依拠した言動でないと、中国に対しては迫力を持たないであろう」(久保前掲)
ですから、トランプの激に乗ってしまった諸国は、二階に上がってはしごをはずされた形になってしまいます。
これが最悪シナリオですが、たぶんオージーや東南アジア諸国や、あるいはわが自民党内親中派の諸氏は皆これを心配しているであろうことは想像に難くありません。
なにぶんポンペオ演説は、政権末期のどたんばでしたから、これが政権初期なら大分様相は違ったはずです。
一方、必ずしもそうとは限らないという見方もあります。
この中国に対する強硬姿勢は議会で全会一致で決めたことであって、香港やウィグル人権法などの制定には民主党は大いに賛同したわけです。
特に新型コロナにおける中国の情報隠蔽には、民主党も強い非難をしていました。
「バイデン政権の対中外交も、トランプ政権の対中政策同様強硬なものになるであろう、という推測をする者もいる。現在アメリカでは、超党派で中国についての見方が厳しくなっている。とくに今回の新型肺炎の問題では、中国の隠ぺい体質が党派を超えて強く批判されている。
トランプ政権の対中政策はその強硬姿勢で目立っているが、最近制定された中国関連の法案は、ほとんどが超党派で、すなわち民主党が多数党となっている下院も同調し、多数の民主党議員の賛成のもとに可決されていることは事実であり、議論の前提として確認しておく必要がある」(久保前掲)
またバイデンの外交チームに入ると予想されているカートキャンベル前米国務次官補(東アジア・太平洋担当)とイーライ・ラトナー 前米副大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)は、米国外交専門誌「フォーリンアフェア」(2018年4月号) に共同執筆した『対中幻想に決別した新アプローチを。中国の変化に期待するのは止めよ』の中でこう述べています。
「リベラルな国際秩序も、期待されたように中国を惹きつけることも、つなぎ止めることもできなかった。中国はむしろ独自の道を歩むことで、アメリカの多方面での期待が間違っていることを示した。さまざまな働きかけで中国が好ましい方向へ進化していくという期待に基づく政策をとるのはもう止めるべきだ。中国を変化させるアメリカの力をもっと謙虚に見据える必要がある」
https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/201804_campbell/
この論文にはこのようなタイトルが並びます。貿易による経済開放の試みと挫折・実現しない政治の自由化・平和的台頭への決別・独自の秩序構築へ、そして末尾には希望的観測の排除をと締めくくっています。
つまりカートキャンベルは、米国が中国を国際社会に迎い入れようとした試みはすべて失敗したと総括しており、オバマ政権の二の舞はしないと述べているようにも見えます。
ただし全会一致といっても、民主党には強力な左派が存在しているのはご承知のとおりです。
そしてバイデンは20以上にも分裂した民主党候補を自分に一本化するために、社会主義者と自称しているバーニーサンダースなどの左派に大きな譲歩をしたことは知られています。
「かりに副大統領候補にエリザベス・ウォーレン上院議員、あるいは似たようなイデオロギー傾向をもつ政治家を選べば、いかに外交・安全保障チームに対中タカ派が抜擢されたとしても、政権全体は左派色を強める。たしかに民主党左派も通商や人権では中国に厳しい批判を展開するが、トランプ以上に踏み込むであろうか。とくに人権では、それほど実体のない制裁で終わる可能性はないであろうか。同時に、バーニー・サンダースらは、国防費の大幅削減を一貫して要求している。彼らは、大統領の戦争権限を制約することにも熱心であり、中国に対して軍事的に対峙しようとする意志をもっているであろうか」
(久保前掲)
特に警戒すべきは頑固なG2論者であり、地球温暖化などで中国と協調するためには多くの妥協を厭わないとされるスーザンライスが副大統領になった場合、人権非難は口さきだけのものに終り、米中融和の新段階が始まる可能性も否定できません。
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コメント
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バイデン候補は副大統領に黒人の女性を抜擢すると広言してますし、現在それに該当する人物はライス氏しかいません。
一部米国メディアが「バイデンのほうがより中国に厳しい姿勢を取る」とふれ回っているのと相まって胡散臭さがリミットブレイクしている状態なのですが、それを米国の有権者がどう判断するか。
とはいえ、結局大半の方々は対中問題よりもどっちを選んだ方がコロナ対応や国内経済がマシになるかだとは思いますが。
投稿: しゅりんちゅ | 2020年7月30日 (木) 16時10分
記事と違う内容で申し訳ありません。しかし、大いに関連するものと思います。李登輝元総統がお亡くなりになりました。大変ご高齢ではありましたが、もう少しご存命であって欲しかった。御冥福をお祈りします。
李登輝元総統が死去 97歳 台湾の「ミスター・デモクラシー」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba128ed49c57f5cf18659ac08e04962b554696b3
投稿: | 2020年7月30日 (木) 22時12分
↑HN入れ忘れました。クラッシャーです。
投稿: クラッシャー | 2020年7月30日 (木) 22時13分
バイデンが大統領になれば、米国の対中強硬姿勢は時間をかけた壮大な出来レースで終わります。
徹底して効果的な対中政策を行うなら、国際社会を重視した多頭体制では無理です。
まず強烈な意思を持った米国があり、その後に続く強力な支持同盟国集団をつくる事が絶対的に必要です。
そのために、韓国や日本を軍事費で締め付ける踏み絵的方法も取り得る手段です。
一方、ボルトンは「トランプが再選されれば、対中妥協が行われるだろう」としていますが、それは戦争屋のボルトンの位置からの見立てです。たしかにトランプに全面戦争を仕掛ける根性はないでしょうが、逆にその方が良いでしょう。
少なくも、見せかけの平和のためにたくさんの戦争をしてきた民主党よりはマシです。
トランプが共和党を背にした大統領であること、「グローバリズムの破壊者」と言った点でも期待でき、中共との経済紐帯を断ち切る覚悟はありそうです。
トランプ政権がトランプ的経済強硬派から軍事強硬派路線へ転換している事は紛れもない変化であって、この評価を誤るべきではありません。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2020年7月30日 (木) 22時21分