香港 静かな抵抗が始まる
香港に対する国安法の施行によって民主活動家の海外脱出がすこしずつ伝えられるようになってきました。
「14年に起きた民主化デモ『雨傘運動』を主導した民主活動家、羅冠聡(らかんそう)氏(26)は2日深夜、SNSに『深刻な身の危険を感じている』と投稿し、既に海外に脱出したことを明らかにした。1日に米下院外交委員会の公聴会にオンラインで出席、中国の習近平指導部を批判し、『光復香港 時代革命!』と叫んだばかりだった。
羅氏の行為は、国安法が刑罰の対象とする『中央政府転覆』や『外国勢力との結託』に問われる恐れが浮上していた。羅氏は脱出先を明かしていないが、国際社会を舞台に活動を続ける意向を示した。在香港英総領事館の現地職員だった鄭文傑(ていぶんけつ)氏も1日、英国に政治亡命が認められたことを明かすなど、民主活動家らの海外脱出が続いている」(7月4日毎日)
「民主化運動の女神」と呼ばれてきた周庭(アグネス・チョウ)さんも6月30日、「生きてさえいれば希望はある」というツイートを最後に民主化団体「デモシスト(香港衆志)」の解散を表明し、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏も共に記者会見に立っています。
おそらく、水面下では多くの民主化運動の若者たちがさまざまな経路で、脱出を試みていると思われます。
このような国外脱出の動きに対して早くも中国当局は規制を開始し始めました。
「また捜査対象者に当局がパスポートの提出を命じるなど、移動の自由を制限する措置も盛り込まれた。罰則も設けられ、当局に虚偽の資料を提出すれば、10万香港ドル(約140万円)以下の罰金と2年以下の禁錮刑を科すとしている」(朝日7月6日)
また、令状なし捜査の適用を開始しました。
「香港政府は6日、反体制活動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)に基づく政策策定の司令塔となる国家安全維持委員会の初会合を開き、捜査手続きを定めた施行規則を決定した。緊急時などの「特殊な状況下」では、警察官に捜査令状なしでの立ち入りや証拠収集活動を認めるなど、捜査機関に強い権限を与える内容だ。7日から適用される」(朝日前掲)
つまり、今後香港において今のような「特殊な状況下」では、公安がパスポート提出を求めて本人確認をするということになりました。
これは当局が自由由に令状なしで恣意的な捜査・逮捕が可能都なり、かつその場でパスポート提出を要求し、偽造したものだったりした場合、即刻拘束すると二なります。
これは民主主義の重要な要件の一つである「移動の自由」を制限したもので、事実上の戒厳令下に置くことを意味します。
さて素朴な質問ですが、ここでなぜ香港民主派は国外に脱出せねばならないのかもう一回考えておきます。
国安法に対して、いやあんなものは日本にもあると言い切った阿呆がいたので念のため。
国安法の核心は第23条です。
●国安法第23条
他人がこの法律第二十二条の罪を犯すように扇動、幇助、教唆、又は金銭その他の財産をもって出資した場合も犯罪とし、懲役、拘留又は管制下に処する。悪質な場合は5年以上10年以下の懲役、状況が軽い場合は、5年以下の有期懲役、拘留または管制下に処する。
ここで中国当局は、「国家転覆」にかかわった者は「煽動・幇助・教唆」という概念で゙処罰すると言っています。ここが重要です。
煽動・幇助・教唆とは、国安法の対象は言論活動も含むということを意味します。
国安法に類似した法律に刑法第77条「内乱罪」があります、迂遠ですが、押えておきます。
●日本国刑法第77条
国の統治機構を破壊し,又はその領土において国権を排除して権力を行使し,その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は,内乱の罪とし,次の区別に従って処断する。
一首謀者は,死刑又は無期禁錮に処する。
② 外患誘致
(刑法)
第81条外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者
わかりますか、日本国刑法は「行使」「壊乱を目的とした暴動」だけを処罰対象にしているのであって、その「煽動・幇助・教唆 金銭的協力」はそもそも対象外なのです。
だから言論手段で革命を呼びかけても、言論の域を出ない限り罪には問われません。
犯罪教唆という概念はありますが、それは爆破や殺害などのテロ行為に対しての具体的指示の場合の話です。
一国民の言論活動や、ましてや学者が学説で反政府的なことを発言したくらいでは絶対に拘束されることはありえません。
そんなことでいちいちパクっていたら、日本の私立文系の先生たちはみんな牢獄行きです。
ここが自由主義国と中国の決定的違いです。
また政府批判の旗を持っていたくらいで逮捕・拘束されることはなどかんがえられもしません。
そんなもんで逮捕していたら、赤旗祭りなんて出来ません。
しかし香港ではすでに「香港独立」の旗を持っていただけで国安法逮捕第1号となっています。
「6月30日夜から施行された香港国安法がどのように運営されるかは、まだ見定められていない。少なくとも現在までには、「香港独立」や「光復香港 時代革命」といった言葉を掲げたり、所持していると香港独立派として国家分裂を画策している、あるいは香港の法的地域を変更している、あるいは国家政権の転覆をたくらんでいる、といった容疑で国安法を根拠に逮捕されることはわかっている。(略)
言葉だけを対象に、刑事犯として逮捕、起訴される法律は、言論の自由を基本的人権としてみとめている西側法治国家では目下、存在しない。言論の自由がなければ、被疑者に対する弁護士も被疑者弁護のために言論を駆使できず、メディア、ジャーナリズムも存在できず、文芸・芸術などの活動も行えなくなる」
(福島香織の中国趣聞(チャイナゴシップ)NO.110 2020年7月6日)
では、どのていどの言論が国安法の処罰対象となるのでしょうか。
それがわかるのが、7月6日に起きた清華大の許章潤教授の拘束事件です。
清華大教授・許章潤
https://www.epochtimes.jp/2019/04/41602.html
「中国指導部の政治路線を批判してきた北京の名門大学、清華大の許章潤(きょしょうじゅん)教授が2020年7月6日、公安当局に拘束された。許氏は2019年3月に大学から停職処分を受けるなど当局の圧力にさらされていた。「香港国家安全維持法」の施行によって、中国の言論統制に厳しい目が注がれる中、共産党への異論を許さない強権的な体質が改めて浮き彫りになった形だ。
許氏の友人の証言によると、6日朝、20人ほどの公安当局者が、北京市内にある許氏の家にやって来て、本人を連行した。許氏の友人によると、警察と名乗る男性が、大学の住宅で別居している許氏の妻に電話を掛け、許氏が同国南西部に位置する四川省(Sichuan)成都(Chengdu)で買春を持ちかけた疑いで逮捕されたと伝えたという。友人は、許氏に対する容疑は「ばかげており恥知らず」だと述べている。 米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)によれば、許教授は自宅に踏み込んだ警官によって拘束され、同教授のコンピューターや文書なども押収された。北京のどの警察部門が許教授を拘束したかは不明。
中国外務省の趙立堅(ちょうりつけん)副報道局長は7月6日の定例記者会見で「提供できる情報はない」と述べるにとどめた。(略)
許氏は中国を代表する改革派の法学者。18年7月、インターネット上に論文を発表し、指導部が憲法を改正して国家主席の任期上限を撤廃したことを批判し、天安門事件の再評価を要求した。
その後に停職となっても言論活動を続け、今年2月に発表した文章では、新型コロナウイルスの対応を巡って、習近平国家主席への過度な権力集中が「組織的な秩序の喪失」を引き起こし、情報隠しや感染拡大の原因になったと指摘し、国民の監視や言論統制を批判した。
6月22日に新刊を米国の出版社から出版したばかりで、当初は香港で出版する計画もあったが、政治的な内容のために実現しなかったという。
中国では、大学教員などの知識人が中国共産党の価値観と異なる発言をしたとして処分される事例が後を絶たない。最近も、新型ウイルス対策を巡って率直な意見をネット上につづった湖北省武漢市の女性作家、方方さんが個人攻撃を受け、方方さんを支持した大学教員が共産党籍剥奪の処分を受けた」(毎日7月6日)
逮捕された許教授が言ったことは、習が永世国家首席になろうとする憲法改正や、今回のコロナウィルス対応が過度な権力集中によって感染拡大の原因となったなどといった、私たちから見れば至って穏健な政府批判にすぎません。
許教授は国安法がいう内乱幇助をしたわけでもなんでもなく、言論統制について批判したにすぎないわけで、これで拘束するならほぼすべての民主派の言論は違法とみなされるでしょう。
しつこいようですが、こんなていどの言論で逮捕されるなら、朝日や毎日なと即刻死刑です。
すでに香港の図書館では民主派の本が撤去されました。
「香港01など香港紙によれば、香港公共図書館で、民主化運動関係が執筆したり編集したりした書籍が、閲覧棚から一斉に撤去されている。図書館のネット検索でも、こうした本の図書名は検索できなくなっているという。
少なくともオンラインで目下閲覧、検索不能となっている本は9冊。香港反送中運動参加者のバイブルと言われる陳雲・嶺南大学中文学部元教授助理の著書「香港城邦論」「香港城邦論2」ほか4冊と、香港自決派の政治団体デモシスト事務局の黄之鋒の著書「我不是英雄」「我不是細路:十八前后」、元公民党立法会議員の陳淑庄の「辺走辺喫辺抗争」などだ。
この9冊は人気があるので、香港各地の図書館の中であわせて400冊以上、収蔵されていたという」
(福島前掲)
香港人はこのような圧政にしぶとく戦おうとしています。
さきほどの「香港独立」の旗も、実は「香港独立」の前に非常に小さい字で「不要」(いらない)と書いてあり、全体としては「香港独立(いらない 小声)」みたいなニュアンス」(福島前掲)だそうです(笑)。
私は好きだな、こういう抵抗。
小川和久氏は第2次天安門事件当時上海にいたそうですが、こんな光景にでくわしたそうです。
「このとき、上海市内のあちこちを上海国際問題研究所のC研究員の案内で歩き回っていた私は、おもしろいことに気づきました。大通りの交通を完全に遮断しているかに見えるバリケードでしたが、なんと、バリケードの両脇が、車一台が通り抜けられる幅だけ空けてあり、自転車を無造作に積んでバリケードの体裁を整えていたのです。そして、公安(警察)の車両が来ると、自転車をどけて通過させ、また自転車を積み上げることを繰り返していました。
私が、「それではバリケードの意味をなさないじゃないか」と言うと、バリケードの傍らで政治集会をしていた何人かが言いました。「上海人は頭を使うからケガをしないのです。北京の連中は頭を使わず、身体で勝負するから死ぬのです」。警察車両をフリーパスで通すのは、頭を使った上海流の「戦術」だと言いたいようでした」(小川和久 『NEWSを疑え!』第876号(2020年7月6日特別号)
上海も香港もしたたかに生きてきた商都です。
たとえばこんな思わず笑ってしまうような抵抗もあります。
「ほかにも「香港独立」の代わりに「香港独特」、「奪回香港」のかわりに「奪回香焦(バナナ)」と別の言葉に言い換えて、意味を込めるやり方などがある。
香港市民が民主化の願いをポストイットに書いてはる、レノンウォールは国安法施行後、すべて撤去されたが、とあるカフェの中などには、のこっている。だが、その場合、ポストイットには何も書かれていない。これは「大事なものは目に見ない」というメッセージが込められている、とか。
中国、華人社会は長い歴史のいろんな王朝で言論弾圧、焚書が行われてきたが、庶民はそれに耐えながら、批判精神を込み入った暗喩、暗号などで周囲に伝えよう、後世に残そう、と工夫をこらしてきた」(福島前掲)
そして爆笑ものの抵抗は、中国国歌「義勇軍行進曲」のこのワンフレーズだけ歌うことだそうです。
「起来!不願做奴隷的人們!
(立ち上がれ! 奴隷になるのを望まぬ人々よ)」
香港はかんたんには北京の言うとおりにはなりません。
香港人は静かな抵抗で、この冬の時代を生き抜いていこうとしています。
ある者は国外へ脱出し、海外で運動を継続し、ある者は「香港独立」の願いを「香港香焦」と言い換えることで。
そして周庭のように獄中で。
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「大事なものは目に見えない」というメッセージ、胸にきました。
しぶとく、したたかに戦う香港市民に心からの応援を!
投稿: ゆん | 2020年7月 7日 (火) 07時53分
上有政策 下有對索
これを、田舎者にはないスマートさでやろうとしているのですね。
私も好きです、そういうの。
腹は立てずに黒くして。香港加油 加油 加油。
老子曰く
聖人処無為之事 行不言之教
賢者は要らぬ振舞いはせず 言葉に頼らない教えを行う
柔弱勝剛強
柔らかく弱いものが頑強なものに勝つ
今日の写真はブラック・スワン。
起こらないと思われていた事が急激に起きた時、不測かつ強力な衝撃が生じる、というのがブラック・スワン・セオリーでしたね。
不測の衝撃が向かう先として妥当なのは(以下略
投稿: 宜野湾より | 2020年7月 7日 (火) 09時25分
何だか今日の記事はロマンティックですね。
私には周庭(アグネス・チョウさんのような女性が本土に護送されたり、いい加減な裁判で裁かれたうえ、中共支配下の野蛮人の下で服役するなど考えるだにおぞましく、とても耐えられそうにありません。
中国のどこの都市だったか、習近平の顔写真に墨を塗って捕まり、一年後に廃人同様となって釈放されてきた娘さんを思い出してしまうのです。
問題の根幹は「国家安全法」なるものに中国国民のほとんどが賛成し、香港経済界を中心とした決して少なくない経済界・香港人ビジネスマンたちも賛意を示しているところにあります。
だから林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官も、ああも抜け抜けと涼しい態度でいられるわけです。
この勝負のキモは米国の態度にあります。
中国にだけ損害を及ぼす「香港自治法」の法制定だけでは足りず、米国経済も返り血を浴びる可能性のある「香港人権法」まで踏み込むかどうかが勝負の分かれ目です。
環球時報の論調では、米国経済のみならず世界経済までもたらす影響をかんがみるならば、米国は「香港人権法」までの強い制裁に出られないとする見方であり、それは同時に香港経済界の見立てでもあります。その確信があるから、彼らはのうのうとしていられるのです。
いったん、香港経済を焼野原とする覚悟が米国にないならば、民主派勢力の血や汗は無駄になるでしょう。
これからは香港でデモなんぞやっている場合ではなく、「米国をどう動かすか」だけに専心すべきです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2020年7月 7日 (火) 09時27分
中国の恐ろしいところは法律をいくらでも拡大解釈出来るように作っておいて、ガチでそれを行使する事です。
今回の法案と犯罪人引き渡し条約との合わせ技の危険性にいち早く気が付いたカナダが条約を停止するのも当たり前です。
たしかフランス、イタリアもこの条約を結んでいたはずですがこれを放置するのであれば彼らの抗議姿勢は形だけのものとみて間違いないでしょう。
日本では国賓来日中止で自民党外交部会が紛糾と当初報道されていましたが、参加した議員の方々の情報発信で「中止」はほぼ決定事項でそこに追加する理由(チベット、ウイグル、尖閣など)や表現に関しての意見についての話し合いが主であったということが早々にバレました。
最近の報道の傾向として中朝に対して弱腰な政府を印象付けようとする報道で現政府の支持層を分断させようとするものが目立つように感じます。
報道に対してたとえ自分が「そうであって欲しい」と思う方向であっても条件反射で飛びつかないように心がけないといけませんね。
投稿: しゅりんちゅ | 2020年7月 7日 (火) 22時33分
活動家の方々の命の危険ですね。
早々に外国に移住するべきですけれど、
三族誅滅とか普通にやりそうな国では後ろ髪が重すぎますね。
それを見越しての中国の法制定ですから、
英国には市民権取得の範囲を最大限広げて救済して欲しいです。
クラウンジュエル。
敵対的買収への対抗策です。
香港の宝石を台湾、英国、日本に移しましょう。
投稿: プー | 2020年7月 7日 (火) 23時55分