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2020年9月15日 (火)

山路敬介氏寄稿 菅義偉次期総理と沖縄 その2

070

速報のみ。総裁選の結果は以下でした。
菅氏は国会議員で圧倒的、地方票でも6割を制しました。文字どおりの圧勝です。
石破氏は国会議員でいかに人望がないかが明らかになってしまいました。頼みの地方票も3割でした。
岸田氏にも及ばず、4回目の挑戦でも3位にとどまりました。
岸田氏は2位につけたものの、その退屈なキャラから脱しきれませんでした。

菅氏は明日国会で首班指名を受けて正式に総理に就任します。
安倍総理、ご苦労さまでした。

             国会議員票    地方票     合計

・菅義偉  288(73%)   89(63%)   377(71%)
・岸田文雄 79(20%)   10(7%)     89(17%)
・石破茂    26(7%)       42(30%)   68(13%)

                                       ~~~~~~

                              菅義偉次期総理と沖縄 その2
                                                 ~「当たり前の沖縄」への期待
                                                                                 山路敬介

承前

■打ち続く県側敗訴
 普天間飛行場の辺野古移設に関連した訴訟はこれまで何件行われ、今どういう争いが進行中なのか、くわしく記録しているつもりの私ですらすぐには分からなくなるほどの県側の濫訴状態が続いています。
この6月20日には、「サンゴ移植」に関して農水省が下した県への是正支持が違法ではないとの判断が国地方係争処理委によって下されました。続いて高裁に提訴した県側ですが、県側敗訴は100%確実です。

同時進行中の「(県側がした)埋立承認撤回を(国交省が)取り消した事は違法」と主張する訴訟の方も「審議不十分」との県側の主張を退け、早々に結審しました。
おそくも11月中に判決が出ると見られ、こちらも県側勝訴の見込みはなくなりました。どうやら同じ「敗訴」ではあっても、県側の主張が部分的にも認められない「完敗」になりそうな案配です。

詳細な内容の記述はここでは避けますが、これまで誤報道をされて来た点を二点だけ記します。
第一に「実施設計の協議は事業の進捗に合わせて行うもので、軟弱地盤が存在するとしても、その工事に着手する前に必要な措置を取ればよく、事業全体を撤回する理由にはならない」という当たり前の件。

二点目は、「県は統合計画の返還条件を承知していた。高さ制限などの米国の基準を持ち出す事は牽強付会であり、あたらない」との国側の主張が当時の許可権者である仲井眞元知事証言によっても裏付けられています。
平成28年8月の「(仲井眞元知事がした)埋め立て承認は適法」とした高裁判決と、その後の最高裁の判決で全ては終わっており、いつまでも先鋭的な法解釈に頼る弁護士や学者に騙されて費用を垂れ流していては我々納税者はたまりません。

今後の事ですが、この9月8日に防衛局が軟弱地盤改良に関する変更申請を県に提出しました。通常ならば来年一月中にも許可が得られるはずですが、沖縄県は言を左右にして認めないでしょう。
すると、これまでの裁判と同じ事が起こります。他の箇所の埋め立ては進むので差支えないですし、新たな訴訟を県側が提議する事でデニーさんの「やってる感」も演出できるので、ウィンウィンの関係が成立します。

「今後とも大量の訴訟事案があれば、やがては国側敗訴の憂き目もあるはず」との見立てがありますが、そういうものではありません。技術的に小部分で、進捗に影響のない箇所での指摘はあり得ますが、判決による工事の中止や中断などの判断は絶対ありません。
県側の主張はすでにこれまでの訴訟で否定されて来た解釈に負って行くしかなく、それが原因で増々訴訟期間が短くなっています。

また、「普天間の危険性の除去のためには、辺野古移転が唯一の方法」という判断はすでに示されているのです。これからの裁判所が「そうでない」という判断に傾く事はないです。
責任は「政治」にあり、裁判所が負えるものではありません。物理的に施工が不可能であるならばともかくも、裁判所が条約遂行にともなう「高度な政治判断」に準じた考え方を根本に置くのは当然です。
「日米両政府間の協議や閣議決定を経て国において最終的に米軍に提供する埋め立て地として辺野古沿岸域を決定したものであって、収容の認定と同様、政治外交的判断や駐留軍基地に関わる専門技術的判断を要するものであるから、国の政策的、技術的判断にゆだねられている。(最高裁 平成8年8月28日判決)
「米軍施設及び区域の配置場所等につき決定できるのは内閣にほかならず、都道府県知事にかかる国家の存立を左右する事項について独自に審査判断する権限は付与されていない。」、「~、沖縄県知事は国の本来果たすべき役割に関する重要な判断について、これを尊重すべきである」(平成28年8月19日高裁判決、のち最高裁決定)

最高裁によるこうした判断は久しくすでに示されていて、それでも次々と訴訟に打って出る沖縄県の恥知らずな馬鹿さ加減はまず置くとして、そのねらいが「県政における革新勢力の維持」にある事は疑いありません。

■ 「15年期限設定」という、まぼろし 
9月3日の定例会見において、菅官房長官が質問に回答した「SACO合意によって日米で合意して、沖縄の地元市長、それで県知事とも合意したなかで、辺野古建設というものは決まって行ったのではないか」と発言しました。
この発言に対し、さっそく沖縄二紙がかみつきました。タイムスは「15年期限が発出された経緯に触れないのは不誠実」との論調で記事にしています。
官房長官会見はあくまで政府見解を述べる場です。タイムスは菅長官の発言内容自体を否定してはいませんが、「国側が約束を一方的に反故にし」た、あるいはあたかも「15年期限」という条件が今でも生きているような誤解を生む記事立てになっています。

菅氏が言うように1996年のSACO合意によって、1999年に辺野古への移設合意があった事に間違いはありません。
日本政府は県側に場所の確定をもとめ、当時の稲嶺知事はそれに答える義務と必要があったから「辺野古」という回答をしたのです。
その時に「15年期限」とか「軍民共用」などの条件を勝手に出しましたが、それは「要望」というまた別の問題です。当たり前ですが、そのような「空文」は日本政府として達成すべき「条件」として認識していた、という事ではありませんでした。

稲嶺元知事は最近でも「当時の日本政府は、十五年期限合意を反故にした」と言っていますが、非常に沖縄チックで身勝手な言い分です。
それなら元知事は、「15年期限や軍民共用の条件が達成されないならば、合意を白紙にする」と宣言していましたが、それをしたのでしょうか?
また、「15年期限」という所有権の変更に関する重要な事柄であるならば、必ず国が県から得た埋め立て許可書に記載があるはずですが、それがないのは何故ですか?

稲嶺元知事が当選した1998年の選挙戦に関わった当時の自民党幹事長だった翁長雄志は、「稲嶺恵一知事は普天間の県内移設を認めたうえで、「代替え施設の使用は15年に限る」と知事選の公約に掲げた。防衛省の守屋武昌氏らにも「そうでないと、選挙に勝てませんから、と伝えた」と証言しています。(2012年11月24日朝日新聞)
その後、選挙の神様翁長氏のせいで公約にかがげた手前引っ込みもつかず、かといって合意撤回など出来ようはずもなかった稲嶺氏にはラッキーな事に、嘉手納統合案だのシュワブ沖合案だの様々な案が新たに出され、辺野古現行案自体が事実上の白紙に戻った状態に陥りました。しかし、2005年ころから小泉政権が本格的に解決に乗り出しました。安倍晋三官房長官は「仮に地元との合意がなくとも、最終案をまとめる」とし、守屋次官は「修正案を作る事は考えていない」と言い切りました。
ここで名護市の島袋市長と額賀防衛庁長官はV字案で合意してしまいます。島袋市長に梯子を外された形になった稲嶺氏は困り果てましたが、なお「15年期限」を主張して反対の態度を崩しませんでした。
この状況に最初に危機感を抱いたのは県庁内からで、「大田知事の二の舞になりかねない」と強く危惧され、「沖縄振興策や跡地利用などの協力が得られなくなるのでは」との声があがりました。
さらに経済界からは「名護が承認している以上、これ以上の対立は雇用対策や交付金を考えると得策ではない」とする意見が多数を占めるようになったのです。(森本敏 「普天間の謎」)

こらえきれなくなった稲嶺知事は次第に「十五年云々」など強硬な事は言わなくなり、あいまいな「継続協議」だけを条件に政府案にて「確認書」を結んでいます。もちろん、そこには「十五年条件」など入っていません。沖縄タイムスこそ、以上のような経過をちゃんと県民に説明しない事は不誠実なのではないでしょうか。
それと、この件について琉球新報の9月2日の記事は「当時の稲嶺知事は「15年使用期限」の条件付きで合意し閣議決定された。その後この条件ははずされて閣議決定されており、現在の辺野古移設が沖縄側の合意に基づき進めているという誤解を招く発言だ」としています。
しかし、これは明らかに事実と相違します。「「15年使用期限」条件で閣議決定された」という事実そのものがありません。
閣議決定されたのは「沖縄の要請を重く受け止め、日米間の協議事項とする」というだけのものです。新聞というなら正確に書かなければいけませんし、これでは意味内容が全然ちがってしまっています。

                                                                                                      (次回完結)



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コメント

 今日の山路さんの論説、見事だと思うし、貴重なものだとも思いました。辺野古の問題も長い経緯があり、今の私も多くのことを忘れつつあります。歴史的にもこの論説は価値ありというべきでしょう。大事にしましょう。

 浪魔人日記の江崎さんも山路さん同様に優れた論説家だと言えます。沖縄の戦後史の真実を浮き上がらせてくれました。このような方々が沖縄にはいるということの貴重さをあらためて感じ入るものです。

 忘れっぽいマスコミ記者たちの書く浅薄な落ち着きのない記事に振り回されることのないよう、私たちは過去の事象を正確にとらえてゆく必要がありますね。

 昨日、クラッシャーさんが言われたように「辺〇古」について、沖縄県民の大部分はすでに無関心ですね。
訴訟での勝ち目など全くないなか、埋め立ての現場での反対派運〇員などなきに等しいものです。沖縄県人は「恩を忘れやすい」のが欠点ですが、「恨みも忘れやすい」という長所があるし、「やむを得ない事」を静かに受容する美質もあります。

 菅新総理の誕生は沖縄にとって、喜ぶべき結果でした。
沖縄の地方票三票はすべて菅さんに入りました。

オール沖縄へ流出した元自民党県議らは、野中広務や旧田中派などの自民党内リベラル勢力を支持していた面々でした。
なので、菅氏や安倍さん、仲井眞元知事など現実主義路線についていけなかった。
菅氏の「当たり前の政治」が沖縄県を変える事を期待します。

惜しむらくは安里繁信氏ですが、彼は自民党支持者でありながら、このような変化を読み切れなかった。
沖縄を混乱させた稲嶺元知事の薫陶を得るなど、八方美人的な面が否めませんでした。
そこが石垣の中山知事との違いです。保守層に嫌われたゆえんでもあります。

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