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2020年10月29日 (木)

山路敬介氏寄稿 下地幹郎議員の彷徨

037                                      

                                                下地幹郎議員の彷徨
                                                                            山路敬介

下地幹郎衆議院議員は沖縄県宮古島市の出身で「中堅」とされる政治家です。選挙区が違いますが出身地という事で、宮古でも一定の熱いファンをもっています。
普天間の辺野古移設問題など沖縄問題がクローズアップされるたび、沖縄保守派の代表格として本土マスコミに登場する機会が多く全国的に知名度もあり、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

私自身も本土から宮古島に来られる方と話すとき、下地氏の動静を尋ねられる事が少なくありません。ただ、宮古島市においても政治的には常に主流派的扱いを受けて来なかったし、普段から話題に上る機会も少ないので返答に窮してしまいます。
率直に言って下地氏はパフォーマンス型の政治屋であって、政治家としての内容には乏しいと言わざるを得ません。「沖縄のキーマン」とか、マスコミは彼を過大評価し過ぎです。

たとえば地元でも「宮古病院の廃院を防いだのは下地氏の鶴の一声による」だとか、支持者の市内某葬儀屋の業容拡大は「下地氏の口利きで制度資金を優先利用できたから」などと噂される事がありますが、良くも悪くもそうした事実はありません。
また、以前のアゴラ言論で新田編集長の「下地氏が中心的役割をになって維新の全国展開を図っている」ような記事を見かけましたが、そういう大事を松井代表が下地氏に託すはずもありません。
東京の音喜多氏が維新に入党するさいの口添えになったのは事実でしょうが、維新の東京進出戦略と身ぎれいな音喜多氏の需給がマッチしただけであって、下地氏が趨勢を動かしたという事ではないでしょう。

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その下地氏は中国系企業から不正に金銭の提供を受け、かつ政治資金報告書にも記載していなかった科で、維新を除名された件はご存知のとおりと思います。
下地氏は前回の衆院選では三位となり、事実上の惨敗を喫しました。翌日の明け方近くになって、ようやく比例復活当選が確定しましたが、二位の国場幸之助氏との差が二万票あまりと凋落ぶりを印象づけています。

ここのところの沖縄二紙において、下地氏の沖縄一区での去就が取り沙汰される記事が出ています。
発端は前回選挙でトップだった赤嶺政賢氏(共産党)に数千票の差で敗れた国場幸之助(自民・比例で復活当選)の経済界応援団の側からありました。
保守一本化して次回の選挙にのぞむべき、という主旨です。

その事は一見して「下地おろし」と取れなくもありませんが、実態は下地氏の救済措置だとする見方が正しい認識です。
なぜならば、一区からの立候補を断念させる見返りとして、自民党への復党を認める事がセットだからです。側聞するところでは下地氏を自民党公認で他区から、あるいは参院選にはめ込む案を言う向きがあるのです。

 

                                                                                                                                    続く

 

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