王毅は日本に媚びたわけじゃありません
先日の王毅外相の外交訪問は日本に改めて中国への警戒感をもたらすだけて終わったのですが、長谷川幸洋氏はこんなことを書いています。
(11月27日『習近平は焦っている…行き詰まった中国が、とうとう日本に「媚び」始めた…!』)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77738
長谷川氏は王毅訪日の意図についてこのように述べています。
「王毅外相の訪日は中国側が希望し、日本が受け入れる形で実現した。つまり、中国側に日本と接触したい意図があった。中国は、ドナルド・トランプ政権の米国と最悪の関係にある。そこで日中関係を円滑にして、日米の絆に楔を打ち込みたいのだ」(長谷川前掲)
ここまでは私の認識と一緒です。
私もこの米国の深刻な権力の空白期を狙って、日米同盟に楔を打ち込むために来たと考えています。
問題はその手段ですが、常識的に考えれば、宥和的姿勢を示すしかありません。
王毅の発言全文はこのようなものです。
来日の中国・王毅外相「スマイル外交」に転じた理由 - ライブドアニュース
「先ほど、茂木大臣が釣魚島(注・尖閣諸島)について言及されましたが、我々も最近の情勢と事態を注視しています。一つの事実を紹介したい。真相が分かっていない、日本の漁船が釣魚島の周辺の敏感な水域に入っている事態が発生しています。これに対して、我々はやむを得ず、必要な対応をしなければなりません。これが一つの基本的な状況です。
中国側の立場は明確です。我々はもちろん、引き続き自国の主権を守っていきます。それと同時に、3点の希望を持っています。まず、1点目は双方が原則的共通的認識を堅持することです。2点目は敏感的水域における事態を複雑化させる行動を避けることです。問題が発生した場合は、意思疎通と対話を通じて適切に対処することです。
我々は引き続き、双方の共同の努力を通じて東海(注・日本海)を「平和の海」「友好の海」「協力の海」にしていきたいと思います。これが両国の共通の利益に達する、と思います(NHKの記者会見動画より。通訳は中国側)」(長谷川前掲)
こうして全文を読むと、発言要旨では伝わらないニュアンスがあることは確かです。
長谷川氏はこの王発言を「むしろこの発言は中国にしては弱腰だったように思う」と評しています。
こういう見立てです。
「それは「周辺の敏感な水域」とか「やむを得ず、必要な対応をする」という点ににじんでいる。中国は「尖閣は自分たちのもの」と考えている。相次ぐ公船の派遣は「施政権を行使しているのは、日本ではなく自分たち」という実績作りのためだ。
そうであれば、日本漁船が侵入した「領海」について「敏感な水域」などと婉曲な言い方をする必要はない。まして「やむを得ず」対応する話でもない。
それは、立場を入れ替えて、日本が取り締まる側になれば、分かるだろう。中国漁船が領海に侵入したとき、日本の外相が「敏感な水域」なので「やむを得ず」取り締まる、などと言うわけがない。粛々と法執行すればいいだけだ」(長谷川前掲)
さすが練達のジャーナリストと膝を打ちたいところですが、違うと思います。
中国が「神聖な領土」と呼ばず「敏感水域」と呼び、「毅然とした領海取り締まり」と呼ばず「やむをえない必要な対応」と呼んだからと言って、だからなんなのでしょうか。
ただの外交的ジェスチャーで、尖閣水域への侵入を止める気などさらさらない以上、ただの外交的言い回しを変えただけにすぎません。
私からみればそれは「習の弱腰」やましてや「媚び」などではなく、バイデンに備えた「共存」モードに切り換えようとしている兆候です。
バイデン外交の基調にあるのは、ステイタス・クォー、つまり現状を維持をすること、それもトランプ以前の「現状」に戻すことです。
だから自由主義陣営に向けては「同盟重視」であり、敵対する中国陣営に対しては「共存」です。
むしろバイデン政権に入閣したほうがよかったと思えるマティス元国防長官は、FOXでこんなことを言ったそうです。
「米国は現在、米国の国益にとって明らかに有利な国際秩序の基盤を弱体化させてしまった。
それは、強固な同盟関係と国際的な制度の両方が、戦略的に重要だという基本的な認識への無知のためだ。
『アメリカファースト』は『米国単独』を意味してしまった。
このことは、問題が米国の領土に到達する前にさまざまな外交問題に対処する能力を損ない、その結果、脅威は突然現れるという危険性が増大した。
安全と繁栄を確保するための最善の戦略は、強化された文民的手段と、強固な同盟関係の回復されたネットワークによって、米国の軍事力を強化することである」
Mattis says he hopes Joe Biden takes 'America First' out of national security strategy
https://www.foxnews.com/politics/mattis-says-he-hopes-joe-biden-takes-america-first-out-of-national-security-strategy
他ならぬ哲人軍人であるマティスが言うと非常に説得力があるのですが、この認識は米国が強大だった冷戦期には有効でしたが、現在のように中国が勃興し、一帯一路によって米国の同盟関係が寸断され始めた現在に適合するとは思えません。
中国はマティスがいう「強固な同盟関係」を内側からとろけさせ、「外交的手段」を発揮せさることをいっそう難しくさせているのです。
中国が欲しいのは「時間」です。彼らが圧倒的に先端技術で優位に立ち、世界の大多数の国家を意のままに操り、その食指がマティスが期待する「強固な同盟関係」の裏側を削り取ってしまうための「時間」、あるいは「猶予」です。
現時点で米国と全面対決するには早すぎるが、2030年代には獲得可能と、彼らは考えています。
中国はそのためにはあらゆるジェスチャーをしてみせます。
吠えているように見えるのは習ひとりで、それは国内の他派閥向けアピールにすぎません。
中国官僚たちはむしろ「戦狼」と思われることを隠そうとしています。
今回の王毅のこの微妙にトーンを下げた言い回しも同様です。だまされてはいけません。
たとえば福島香織氏は、ニューヨークタイムスに乗った傅瑩(ふ・えい )の『中米の協力-競争関係フレームワークの構築は可能だ』という論文に注目しています。
(福島香織の中国趣聞(チャイナゴシップ) NO.219 2020年11月27日)
傅瑩中国外交部アジア司長は 、全人代で初めての女性報道官で、英語は当然ペラペラ、常に笑顔で穏やかに語りかける白髪のレディです。
英国ケント大学を卒業、修士学位取得、駐オーストラリア大使、駐英国大使の経験。
こういう人のほうがキャンキャン吠える外交部の共産党員の若造よりよほどコワイ。
このような欧米を熟知した優秀な中国の外交官は、「欧米の考え方」でしゃべることができるからです。
脱線するようですが、慰安婦問題を考えてみましょう。
なぜこれほどまで欧米で慰安婦問題が拡散し、韓国側の主張が固まったのかといえば、あの国の女性部長官が、欧米のポリティカル・コレクトネスに乗じて、その言葉を盛んに用いて宣伝し始め、メディアが定説化したからです。
パンフやアニメ、まんがなどさまざまな手段で「戦時性暴力」「性の商品化」などといった欧米リベラルの耳に心地よい表現が拡散されていきます。
日本の外務省は旧態依然として、「謝罪している」というプレスリリースを流すだけの対応ですからお話になりません。
従来は中国のプロパガンダの多くは共産党にしか理解できない用語をってガナるだけでしたが、傅瑩のように欧米メディアのボリコレをくすぐれば理解は早いのです。
傅瑩は、米国民は中国がが世界のいたるところで一国的な利害を押し通しているだろうといのは、それは深い誤解だとして、こう述べています。
「たとえば中国は「一帯一路」をグローバルな公共産品と考えて提唱し、その趣旨はより多くの経済成長と相互のコミュニケーションの増大であるのに、米国はこれを一種の地縁政治主導の中国の戦略であるとみている。
近年、両国の関係が緊迫する中、ワシントンは中国のテクノロジー企業を圧迫し、中国人留学生に迷惑をかけ始めている。 私は、かつてアメリカに留学した多くの中国の若い中国人の起業家に出会った。
彼らは、長年両国で実りあるパートナーシップ関係を経験した後、今になって米国の安全保障上の脅威とみなされることに困惑している。人文交流を政治化するようでは、双方にかつて利益をもたらしていいた絆の復活がかのうかどうか、多くの人々が懸念している」(福島前掲)
傅は、一帯一路は世界覇権は「グローバルな公共品だ」としています。
一頃の日本の民主党が好んで使った「新たな公共」というイメージをうまく利用して、一帯一路は世界の公共インフラなんだというわけです。うまいね。
そして政界制覇のの野望ではなく、「より多くの経済成長と相互コミュニケーションの増大」という利益があるではないかというのです。
これなど日米リベラルが泣いて喜ぶ「相互対話」なんて言葉が散りばめられています。朝日やハトさんなどゴロリといきそうでしょう。
そして、米国で学んだり起業した中国人青年は皆そのことを理解して米国と協調したいと望んでいるのに、偏狭な差別的意識を振り回してねいるのはトランプではありませんか、というわけです。
そうそうトランプは黒人差別を助長し、社会を分断しようとしたのだ、中国とのかんけいにも分断を持ち込んだのさ、なんてニューヨークタイムスやCNNは思うでしょう。
また傅は、トランプが言っている先端技術の盗用などについては、中国は真摯に改善しているのに見向きもしないのはトランプのほうだとしています。
「経済・技術分野では、ルールや法律が守られる必要はある。中国政府は知的財産権、サイバーセキュリティ、プライバシーの保護の改善など、中国の米国企業から定期された合理的な懸念に耳を傾け、対処することが重要である。中国は法律を絶えず改善し、厳格に法を施行するために、これらの分野してきた。全人代常務委員会が可決したばかりの改正著作権法では、著作権侵害に対する罰則を大幅に強化した。
ワシントンはむしろ、米国で活動する中国企業にフェアな環境を与えるべきだろう。 米国のファーウェイがハイテク分野の優位に立つという恐れを、政府の企業いじめに利用するべきではない」(福島前掲)
そして、「米国企業とファーウェイの協力と競争、つまり競合の展開を奨励する」べきで、正当な企業間競争を阻害しているのは、米国のほうだそうです。
ですから、「人気のSNSであるTikTokを禁止しようとする試みも不公平だ」としています。
ここで彼女はファーウェイという国有企業がいかに不当な国家助成金を得て安価で輸出し、しかも不正な手段でシェアを獲得していったのかを無視しています。
もちろんファーウェイが5Gを使って、欧米日の情報インフラを征服してしまおうという野望も隠しています。
中国企業を弾圧するのは「中国人から見ると、すべてフェイク」で、「中国は過去40年あまりの改革開放の中で、いろいろな西側の技術を導入し、米国企業を中国に歓迎した。それらは、決して中国の国家安全を妨害してこなかった」とします。
欧米日の企業を大歓迎し、その技術を強制的に提供させ、軍事部門もそれを流用したんでしたっけね。
つまり中国は寛容に米国企業を受け入れて共存してきて共に発展したのに、米国はいまになってなぜその基盤を破壊しようとするのか、まったく理解できないそうです。
米国や西側先進国企業が被った膨大な技術盗用や資本移動の制限など知らなければそう思うでしょう。
そして傅は、政治・外交分野では、米国は中国が世界支配しようとしていると幻想をしているようだが、外国への内政干渉を続けているのは他ならぬ米国ではないか、と言います。
「政治分野では、米国はそろそろ他国に対する内政干渉の収監を放棄すべきである。長年来、米国の世界的な干渉行為はたびたび壁にぶつかっている。アフガン、イラク、リビア、などでの経験からワシントンは教訓をくみ取るべきである。米国は、外国が大統領選に介入するのではないかと心配するのであれば、なぜ外国が米国から干渉を受けるのではないかと敏感になることも理解すべきではないだろうか?」(福島前掲)
南シナ海で国境の力による変更をしたのはどこの国なのかと思いますが、なにかというと米国外交を目の仇にしてきたリベラル左翼は膝を打ってそのとおりといいそうです。
ですから中国から、お互い誤解に基づいた争いをするのではなく、互いにお互いの価値観を認めて、平和に共存しようではありませんか、なんて呼びかけられると、オーと手を差し伸べて肩を組みそうです。
「中米はお互いに尊重し、お互いの政治制度が同じでないことを認め、それぞれがよいとして、そこから一種のより平和的なムードを作り出すべきだろう。
安全保障領域において、双方はともにアジア太平洋地域が長年享受してきた平和、安寧局面の維持、保護に対して共に責任がある」
(福島前掲)
平和共存な以上、具体的には台湾や南シナ海、そして当然尖閣についても米国は干渉することを止めねばなりません。
「米国は中国人の国家統一の信念を尊重すべきであって、台湾問題において、中国側に挑戦、あるいは南シナ領土問題に加入するべきではない。
気候変動は緊急に協力が必要とされるもう一つの関心分野であり、世界が中米の指導的影響力を期待し、両国が多くのことを一緒できる。
経済の安定、デジタルセキュリティ、人工知能ガバナンスなど、他の地球規模の課題も団結協力して応対する必要がある。中米はこれらの課題に対応するために他国とも手を取り合い、多極主義を継続することで、人類の進歩に希望を与え続けることができよう」(福島前掲)
気象変動とはバイデンがいちばんやりたいことに手を伸ばしてきました。
こここそ中国が対中包囲網を突破する切り口にしたい場所です。
かぶんバイデンは、当初は中国との強硬とも思える政策を継続しながら、一方で地球温暖化で中国と協調しようとするでしょう。
そして温暖化対策で多くの妥協を引き出すために、徐々に中国と宥和的に変貌していき、4年後にはすっかり共存体制に入っているかもしれません。
さていかがでしょうか。日米のリベラル左翼が手をうって喜びそうな言い回しに溢れていますね。
特に決め言葉は「価値観の共存」です。
多様な価値観を持つのは、先進文明国の誇りではありませんか、欧米的価値観だけが正しいわけではなく、中国の価値観も認めて仲良く共存すれば戦争はなくなります。朝日やハト氏といった地球市民が聞けば歓喜しそうな言葉です。
このロジックにコロリとする人は日本にも大量にいそうですが、ちょっと待って、中国において「多用な価値観」が許容されていましたっけね。
中国共産党に対して異見を表明すれば、社会スコアで減点され、教育施設に収容されるんじゃありませんでしたっけ。
宗教を持つことも、宗教的祭祀をすることすら禁じられていませんでしたっけね。
ウィグルに百万単位の強制収容所を作ったのはどこの国でしたっけ。
中国は異なる考えが生まれないように、社会の隅々まで統制された全体主義国家です。
このような全体主義価値観と自由主義価値観は共存できません。
そもそも「共存」とは互いの国同士が政府が選挙で選ばれる民主主義体制を持ち、法律が支配し、自由な議論が活発にできる社会でなければ不可能なのです。
米国は長年の間、経済が発展すれば中間層が生まれ、彼らは必ず民主主義をもとめるという宗教的とすらいってよい確信をもって、中国と関わってきました。
しかし超近代的オフィスビルに住み、ダイヤモンドのスマホを持って外車を乗り回すキンピカの富裕層は、民主主義など見向きもせずに、世界市場の制覇に乗り出しただけだったのです。
それを見て従来の関与政策を捨てて、直接対決へとトランプは舵を切ったのです。
中国はそれを元の関与政策、言い換えれば「共存」政策に戻さないかと誘っています。
だから、日本に対しても長谷川氏がいうように一見穏やかな口ぶりで、慎重に言葉を選んだつもりで「敏感水域で違法操業する日本漁船仕方なしに取り締まっている」という言い方に切り換えたのです。
しかしこれは長谷川氏の見立てのように「習の弱腰」ではなく、ましてや「媚び」などではまるでなく、バイデン政権との「共存」シフトに切り換えようとする現れにすぎないのです。
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