チベット支援法という大きな贈り物
トランプは就任当初、「アメリカファースト」というスローガンをあげつらわれて、米国の利害だけにしか関心がないミーイズムの大統領と冷笑されてきました。
そうでなかったことは去年からのウィグル支援法や香港制裁法などで明らかですが、先日これにチベット支援法が加わりました。
12月22日、上下両院を通過して「チベット政策及び支援法・The Tibetan Policy and Support Act pf 2020・TPSA 」が成立しました。
この内容は以下の8項目からなっています。
①名称 「チベット政策及び支援法 」
②2002年のチベット政策法の修正と再承認
③ダライ・ラマの継承または転生に関する方針の声明
④チベット高原の環境と水資源に関する方針
⑤チベット亡命コミュニティの民主主義
⑥文化、宗教、言語の保護を求めるチベット人コミュニティの持続可能性
⑦予算枠の承認
⑧予算効果の決定
②の2002年に出来ている「チベット政策法」を一部修正するもので、「米国チベット問題特別調整官によって、中国政府と接触している全ての連邦省庁に連絡される」とされ、領事館設置もこの項にあります。
中国はもっとも触れられたくないチベット・ラサに米国領事館を建てられ、星条旗が翻っているのを眺めねばならなくなりました。
もっとも新たな領事館設置には、接受国の承認が必要ですのでひと悶着ありますが、、中国が抵抗するのは自由ですが、すればするほどチベット人権弾圧の惨状を国際社会に明らかにされるきっかけを自ら提供するようなものですがね。
ダライ・ラマ後継者選びを国連が支援すべき」米特使 中国をけん制
③のダライ・ラマの継承について、中国が勝手に自分が擁立する人物をダライラマにしようとしていることに対するものです。
3項に、このように述べられています。
「チベットの転生プロセスへの中国の干渉は、国際的に認められた宗教的自由の権利の侵害で、中国以外の他の国々には長いチベット仏教の伝統があり、チベット仏教の転生に関連する問題は世界中のチベット仏教徒にとって非常な関心事である」
まさにそのとおりで、ダライラマ継承問題は、人権において言論・結社の自由と並ぶ宗教の自由問題に属します。
宗教の自由を奪う国家に゛自由や人権などどこにもないのです。
「1950年にチベットを管理下に置いた中国政府は、ノーベル平和賞受賞者で83歳になったダライ・ラマを、危険な分離主義者とみなしている。
自分の死後のことについて、ダライ・ラマは、中国政府がチベットの仏教徒に継承者を押し付けようとすると予測した。
「中国は、ダライ・ラマの生まれ変わりを非常に重要視している。私よりも、次のダライ・ラマの方に関心がある」と、伝統的な赤と黄の法衣をまとったダライ・ラマは語った。
「将来、もし自由の国であるこの地から出た人と、中国政府に選ばれた人との2人のダライ・ラマが出てきたときに、(中国が選んだ方は)誰も信じないし、誰も尊敬しない」と、ダライ・ラマは笑って付け加えた。
中国の指導者には、中国皇帝から継承した権限の一部として、ダライ・ラマの継承者を承認する権利があるというのが中国の立場だ」(ロイター2019年3月19日)
https://jp.reuters.com/article/china-tibet-dalai-lama-idJPKCN1R00MT
ダライラマはただの宗教的指導者ではなく、チベット民族の精神的大黒柱ですが、それを奪おうというのが中国の黒い企みです。
第5項で米国はこう述べています。
「ダライ・ラマ14世は、チベットの600万人のチベット人に真の自治を求め」ており、「11年に亡命中のチベット人の選出された代表者に彼の政治的責任を委ねた。この民主主義の原則に従って、選出された指導者に政治的権威を委譲するというダライ・ラマの決定は称賛されるべきである」
「現在チベット中で、僧と尼僧はダライ・ラマ法王を批判することを強いられ、ダライ・ラマ法王の写真を所持することが禁じられている。彼らは、中国が指名したパンチェン・ラマであるギャルツェン・ノルブへの忠誠を誓い、ダライ・ラマ法王が認めたゲドゥン・チョーキ・ニマ少年を非難するよう強制されている。ゲドゥン・チョーキ・ニマ少年の所在と状態は今のところ不明となっている。これらの規則を破ると、僧院や尼僧院から追放され、拷問を受ける。僧院や尼僧院が閉鎖される場合もある」(チベット亡命政府)
https://www.tibethouse.jp/about/information/destruction/
このダライラマ継承問題はただの宗教問題ではなく、チベット文化そのものを完全否定し、「新社会主義チベット文化」に置き換えようとする中国共産党の政策に基づいています。
そもそもチベット問題の発端は、共産中国が朝鮮戦争や台湾海峡危機のさなかに、軍隊を送ってチベットを軍事占領したことから始まっています。
このような臆面もない領土拡張主義が共産中国の特徴で、同時期に行われたウィグル占領に並んで、中国は領土を3割以上拡げ、いまや南シナ海にまで膨張しようとしています。
しかしこれに対してチベット人は果敢に抵抗を試み、1958年末からラサ蜂起を激化させましたが、翌4月には鎮圧されています。
文革の狂気の中で紅衛兵らによってチベット寺院や遺跡はことごとく破壊され、多くの僧侶が虐殺されました。
そして習近平は、従来にも増してチベット人から古来の文化や伝統を奪っています。
軍事訓練風の技能訓練などを通じて強制的に同化させるための強制労働プログラムを課し、学校に中国語で教えることを強制するなど、ウイグルや内モンゴルと同じ民族浄化をし続けています。
「チベットや他の少数民族の文化的後進性を証明するために、中国の知識人は「5千年の歴史を持つ漢文化」というフレーズを用いる。チベットに在住する中国の知識人はこの考え方によって、自らの職務はチベット文化を改革することなのだという確信を強め、チベットの文化的遺産がいかに遅れているかを示すことで改革が成し遂げられると信じている。この知的優位性と政府の政治的計画が組み合わさり、一連の宣伝戦がチベットで起こった。その結果、二つの文化が展開した。ひとつは伝統的なチベットの精神文化であり、もうひとつは共産主義によって培養され、チベット文化にも中国文化にも属さない「キャンパス・カルチャー(大学構内の文化)campus culture」(※)である。伝統的な精神文化が封建的支配者の文化として弾劾される一方で、「キャンパス・カルチャー」は社会主義的新生チベット文化として売り込まれた。「キャンパス・カルチャー」は小学校から大学レベルまで教授されるが、チベット社会の現実とは一切関連を持たない」(チベット亡命政府)
https://www.tibethouse.jp/about/information/destruction/
中国はこのように、独自の民族文化を博物館の見せ物に追い込む一方で、生きているチベット文化を漢民族化させようとしました。
そしてそれに抵抗する宗教者たちを、香港国安法で見せたように国家分裂罪で牢獄に送り込んできました。
いや正確には、チベット・ウィグルで行われていることこそ、香港国安法の先取りだったのです。
下の写真は近年撮影されたもので、いまだ文革当時と少しも変わらぬ所業を続けていることがわかります。
この民族独自の宗教を奪うことで、その民族に隷属を強いようとする政策は、ウィグルで行われている強制収容所政策とまったく同じです。
ダライラマ14世はかねてから、後継者はチベット人が自ら選ぶべきことだとして、国連の仲介に期待していましたが、国連は安保理に中国がいるかぎり動くことはできませんでした。
そこで、米国がダライラマの正当な後継者選びをチベット人にまかせるように乗り出したわけです。画期的なことです。
⑤は、来年の2021年から25年まで内外のチベット人、およびその支援者たちの人道支援に資金を提供しようというものです。
これも大変に目配りの効いた項目で、中国の少数民族弾圧と戦うチベット人や、外国に逃れた亡命チベット人たちは苦しい生活の中で戦いを継続しています。
中国政府は、国内で容赦ない少数民族弾圧政策をすすめるだけではなく、国外へ逃れようとヒマラヤ超えに挑むチベット人を殺害してきました。
亡命チベット人について | ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
上2枚チベット亡命政府
このようなチベット人の抵抗運動に対して、なかでも在インドのチベット亡命政権に対しての支援を、米国が明らかにしたことの意義は巨大です。
インド亡命中の中央チベット政権(CTA)のセンゲ大統領は、同法案可決を「チベット人にとって重要なランドマーク」とし、「中国政府当局者によるいかなる干渉も深刻な制裁に直面し、米国への入国は認められないと見做されるだろう」と述べています。
④はメコン河源流のチベット高原を中国が支配することによって、東南アジアの水資源を一元的に支配しようとすることに対してのものです。
「チベット高原には、氷河、河川、草地、その他の地理的・生態学的特徴があり、植生の成長と生物多様性を保ち、推定18億人の水流と供給を調節している」が、中国による「チベット以外に電力を送るための大型水力発電ダムの建設や四川-チベット鉄道を含む他のインフラ計画が、チベット人の居住環境を変える可能性がある」(前掲)
私が驚嘆するのは、このチベット支援法が人権分野のみならず、チベットコミュニティや水資源、鉄道まで言及していることです。
中国は、メコン河源流のチベット高原を抑え、多数のダム建設をすることで、下流域のベトナム、タイなどの水資源の喉くびを押さえようとしてきました。
このことに対して初めて大国が言及し、環境破壊と住民保護を訴えた意義は大変に大きといえます。
そして⑦にはその予算措置としてこうあります。
●7項 予算措置 2021年から25年までの会計年度毎の金額
・チベット問題の米国特別調整者当局のために年1百万ドル
・チベット奨学金計画実施のために年675千ドル
・ァンチョペル交換計画(旧教育文化交流計画)の実施に年575千ドル
・チベット自治区のチベット人コミュニティと中国の他のチベット人コミュニティにおいて、文化的伝統を維持し、持続可能な開発、教育、および環境保全を促進する活動を支援するために61年の外国援助法に基づき年8百万ドル
・チベットの文化と言語の発達、およびインドとネパールのチベットのコミュニティの回復力を促進および維持し、次世代のチベットの指導者の教育と発展を支援するため61年の外国援助法に基づき年6百万ドル
・チベットの統治-チベットの機関の能力を強化し、民主主義、統治、情報および国際的な組織的奉仕や研究を強化する計画のために年3百万ドル。この一環でチベットのチベット人を含むチベット人にチベット語で無修正のニュースや情報を提供する放送のためにVoice of Americaに年3,344千ドル、Radio Free Asiaに4,060千ドルを割り当てる。
以上は、中国の迫害の脅威から逃げてきた南アジアのチベット難民のために、食糧、医薬品、衣類、医療および職業訓練を含む人道支援に利用できるようにする。
なお、議会に有象無象のコロナ追加新法と一緒に提出されたために拒否されたのではないかという報道もありましたが、台湾保証法とともに無事通過したようです。めでたし。
私はトランプが仮に去ることになったとしても、このような巨大な遺産を残したことに深く感謝します。
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フリー チベット!!
かつて「シルクロード」で大ブームを起こしたNHKなんかは15年くらい前に与圧室装備の「青海チベット鉄道」を特集して、深夜の環境映像的なヤツでも散々流してましたけど(実際に映像はすばらしかった)、あの鉄道こそが漢民族と共産党によるチベット支配の象徴なんだよなあ。。
トランプさん、よい置き土産を残してくれました!
投稿: 山形 | 2020年12月30日 (水) 08時09分
チベット弾圧反対の声をあげてから数十年、インターネット黎明期からブログ等で発信されてこられた方々にもほのかながら灯りがともったような、今回の置き土産です。
鬼籍に入られた方々もおられますね。
何よりチベット人の悲しみとそれでも諦めない人としての尊厳に関わる闘いの勝利へ、祈りをささげたいと思います。
⑦が特にすごいです。とはいえこれはメコン川流域の小国にとっては米国に心を寄せて梯子を途中で外されたらひとたまりもない話であり、水利問題と併せ厳しい2021年となりそうです。
投稿: ふゆみ | 2020年12月30日 (水) 11時02分