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2021年2月25日 (木)

韓国による「竹島密約」の一方的廃棄

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毎度のことですが、韓国が島根県の「竹島の日」式典に抗議したそうです。

「ソウル聯合ニュース】韓国外交部の金丁漢(キム・ジョンハン)アジア太平洋局長は22日、島根県が「竹島の日」の式典を開催したことを受け、在韓日本大使館の相馬弘尚総括公使を同部庁舎に呼び出して抗議した。
 相馬氏は、式典の開催を続ける理由などを問う報道陣の質問に答えずに庁舎に入った。
 韓国の独島を巡って、島根県は2月22日を条例で竹島の日と定め、2006年から毎年式典を開催している。日本政府は今年の式典にも内閣府政務官を派遣した。
加藤勝信官房長官はこの日の会見で、「竹島は日本固有の領土だ」と改めて主張した」(韓国聯合2月22日)

「竹島」は国民の脳裏から忘れ去られようとしています。
「竹島の日」は、1905年1月28日に、当時の日本政府が竹島を島根県への編入に関する閣議決定を行い、同年2月22日に島根県が所属所管を告示したことに由来して制定されたものです。
本来は島根県が条例でやるものではありません。1905年の政府決定に根拠があるのですから、とうぜん政府式典で実施すべきです。

ところが、今年も政府は首相以下の閣僚は参列せず、派遣されたのは内閣府政務官の和田義明氏でした。
なにも竹島を奪還するぞなんて勇ましいことを言えというのではなく、こういう領土問題に対しては原則的な態度を貫くべきです。
メディアに至っては、朝日、毎日はとうぜんスルー、読売も知らんぷり、唯一報じたのは産経だけだったようです。

韓国のようにエキセントリックなナショナリズムを鼓吹しろ、と言っているのではなく、最低限のポテンシャルくらい維持しないとダメです。
韓国はわが国にとって一種の不良資産のようなもので、今までどれだけのコストをかけてきたのかということをいったん度外視してかんがえねばなりません。
はっきりいって、サンクコスト(回収不能なコスト)の項目に入れてしまったほうがいいような地域です。
といっても、慰安婦がどーた、徴用工がどーしたのとエキセントリックに騒ぎ立てるでしょうが、それは残務処理のようなものだと割り切りましょう。

だからこそ、残務処理はキチンとしないと禍根を残してしまいます。
原則は譲らず、譲れないことを国として表明していくだけのことです。
まぁ、そのしっかりノーという事が日本人のメンタリティですとけっこう大変なんですが、それが出来ねばいっぱしの国家とはいえません。 

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歴史的な「日中共同声明」調印の知られざる舞台裏 |

昨日見た尖閣密約は大きな禍根を残しました。
手柄に走った田中角栄という野心家によって、自由主義社会の橋頭堡であった台湾を切り捨て、中華帝国に門戸を開いてしまったからです。
いまなお角栄の日中国交回復は戦後外交の金字塔なんて言われているようですが、とんでもありません。
あれほど国益を棄損し、後の世代にツケを回した外交はありませんでした。
そもそも領土を確定しない平和条約などありえませんからね。
それを「後にすんべぇ」ですからね、角栄さんときたひにゃ。あんた一国の首相だろう、村会議員か。

後述する竹島密約もそうですが、オールド自民党の先生方、こういう阿吽の合意は同じ民族の間だけにしてください。
こういう言外に含みを持たせてとりまとめてしまうのは日本民族同士ならなんとかなりますが、約束自体に対する価値観がまったく異なる中韓相手にそれをすると大火傷を負います。

そもそも日中国交正常化自体が誤りでしたが、どうせやるにしてもやりようがあったはずです。
当時の圧倒的に日本が強かった力関係なら、充分に尖閣を日本固有の領土と認めさせることができたのに、絶好の機会を自分から逃して阿吽の呼吸に任せるから、後に約束は破られるわ、破ったほうが正義を振りかざしてくるわ、とエライことになります。

さて、情けないことに、尖閣と同じことをその7年前に日本は竹島でもやってしまっています。
というか、角栄の頭にはこの竹島密約が踏襲すべき前例としてどこかにあったのでしょうね。
当時の事情を知る人は少なくなりましたが、故三宅久之氏が書き残しておられるので参考にさせていただきました。
竹島密約考 

竹島は1905年の日本政府の領土編入によって日本領となりましたが、1951年9月、敗戦を経てサンフランシスコ平和条約で独立した際、返還すべき領土と、しなくてよい日本周辺の固有の領土に分けられました。
この返還される領土の中に竹島が入っていなかったために、狂信的反日運動家であった李承晩大統領が、勝手に李承晩ラインと称する国境線を引いてしまい、その中に竹島を強引に入れてしまったのです。

以後、竹島を巡って今に至る領有権争いが開始されてしまいましたが、この李承晩の蛮行がきっかけで始まったことをお忘れなく。
日本が軍事占領から立ち直ったばかりを狙って竹島を韓国領土としてしまったんですから、まったく性格の悪いことです。
ご注意いただきたいのは、この李承晩ラインこそ、今なお韓国が主張する国境線だということです。
国境線の一方的変更は、国際法違反なのはいうまでもありません。

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半島有事 起こりうる危機(下)】対馬海峡波高し…「李承晩ライン

それから10年後、日本は短期間で国力を回復させますが、一方の韓国は同族の金日成に攻め込まれて亡国の淵に追い込まれるなどして疲弊の極みにありました。
ちなみにこの時、国民を置き去りにして真っ先に逃げだしたのが、いままで日本にだけ威勢がよかったこの李承晩でした。
これを復興させたのが、1961年5月の軍事クーデターによって政権を掌握した朴正熙でした。
朴が最優先に置いたのは韓国の近代化でした。
朴は経済近代化資金を日本から取り出そうとします。
そのために始まったのが、後に日韓基本条約として結実する長期の日韓交渉だったのです。

日本側交渉のの窓口は大野伴睦自民党副総裁、韓国側は朴の側近である金鐘秘中央情報部長が当たり、1962年にはいったん交渉がまとまりかけ「大平-金合意メモ」が作成されましたが、窓口の金と大野の死去で御破算になっています。
この大野の後任に池田首相が指名したのが河野一郎、今の河野太郎の祖父です。
ちなみに一郎も外相、洋平も外相、太郎も外相経験者ですから、外相一族。首相をだすのが悲願だとか。ま、どうでもいいですが。

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半島有事 起こりうる危機(下)】対馬海峡波高し…「李承晩ライン

足かけ14年間もすったもんだで、ご承知のように経済協力総額5億ドル(無償3億ドル、有償2億ドル)で妥結しましたが、ここでも最後に喉に刺さったトゲが竹島でした。
これを「解決しないことを解決とする」というわけのわからないことを言って、ゴニョゴニョととりまとめてしまったのが竹島密約でした。

「竹島(独島)の領有権問題は両国の主張が平行線で対立、最後まで残った。そこで宇野、金鐘珞両氏は最終的に竹島問題を棚上げすることで合意、「両国は相互に領有権の主張を認め合い、互いに反論する場合には異議を唱えない」との密約を交わし、この密約内容を日本側は河野国務相を経て佐藤栄作首相(池田首相が病気のため64年の東京オリンピック後退陣、同年11月佐藤内閣が発足)に、韓国側は丁一権国務総理を経て朴大統領に報告され、それぞれ了承を得たという」(三宅前掲)

これが尖閣密約の原型である「竹島棚上げ」密約です。
ここで両国は、竹島の領有権問題を「事実上棚上げし、互いに領有権の主張を認め合う」という密約を結び、双方の政府に引き継がれました。
表だって公表はせずに、互いの領土主張は非難しないというよく言えば紳士協定、有体に言えばなぁなぁ取り決めです。
こういういい加減なことをすると、当事者が現役でいるうちはなんとかその線に納まっていますが、いったん退くともういけません。

それでも日本側は生真面目に密約を守っていましたか、韓国側は1993年の金泳三政権で豹変しました。
金はただ引き継がなかったばかりか、竹島に接岸施設を設け、軍隊を常駐させ、対空兵器などを装備する要塞化を開始してしまったのですから、おいおいです。
そればかりか、竹島を韓国反日ナショナリズムの燃料にして利用しまくったのですから悪質です。

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今さらいうまでもありませんが、この韓国の対応は合意の一方的廃棄であり、軍事的実効支配に至っては一方的国境線の変更ですからとうぜん国際法違反です。
ただし、なんどか私は書いてきていますが、いったんこの実効支配の形に持ち込まれると、そう簡単に覆りません。

この竹島密約は 角栄の尖閣密約と異なり文書化されて双方が保管していたようですが、韓国側の密約文書は金鐘珞が自宅に保管していた80年頃に廃棄してしまい、日本側はこの密約文書の存在を否定しています。
また公式に日本政府は、2007年3月の鈴木宗男氏の質問趣意書に対して、正式に「合意があったとは理解していない」と回答しているようです。

 

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コメント

国際法違反そのものですね。ですが全く当時の自民党政権の外交はまともに「将来を見越す」ことが出来ない。とりあえず「今は問題は置いといて仲良くしましょう」なんてその場しのぎは日本人ならではの「察しと思いやり」が前提でなければ成り立ちません。
中国が百年・千年の計で考えるのとは大違いです。。
逆に韓国はとにかく一時の感情で世論が動き過ぎるし、状況が悪くなると「何でも日本のせいだ!」が今でもオートスタートして騒ぎ立てる夜郎自大のまま。全くタチが悪い。サンクコストとして切り捨てるにしても、国家として政府がちゃんと毅然とした態度だけは国際的にアピールしなきゃなりません。

マスコミや左翼さんは全くもって韓国的なことばかりやってて、どこの国のメディアなんだか?と。まあ政治でも芸能でもいいからゴシップやスキャンダルを騒ぎ立てれば儲かるんでしょう。

個人的にはバブル崩壊から「失われた10年」だった頃にそこら中の企業がブラック化して、ちょっとした気に入らないことでブチ切れて不満を関係ない知り合いにぶち撒けて「お前が謝れよ!」なんてのを繰り返して職場も友人もいなくなるようなヤツがいたなあ、と。オレも絡まれたけど。ま、後にケーサツのお世話になったようですけど。
今思うと立民とかの議員がそっくりだなあと。。
まあ、なんだ、呑気に半分持ってかれた「日韓ワールドカップ」なんてのをやってた頃ですね。。

福沢諭吉は、120年以上前に、「朝鮮との約束事は無効になると覚悟しろ。背信違約は、彼らの本質で、これは外交的経験から明らか」と喝破しています。今こそ、福沢諭吉の言葉を思い出すときです。

儒教の本場である中国は、まだ救いがある。儒教なんてのを科挙の試験に
練り込んだのも、本質的に中国は五胡十六国の地方王家を中央皇帝がムリ
やり統合しようとした帝国で、必死こいて儒教を統治に利用しようとした
ところをみると、中国は元々全然儒教的ではなかった。自己の利益にさとく、
理想より実利を取るのがアタリマエの、地方氏族の血縁・メンツ主義ですわ。

そんな作りモノの儒教をマジに頂く朝鮮は、まったく救いが無い。それだから
日本は、そんな不幸を絵で書いたような国とマトモに付き合っては不幸がう
つるというものですわ。朝鮮の人達にも個人的には好感を持てる方々はいる
と思うけど、なんせ李王朝両班直系のカチコチ長老支配の集団主義なので、
まるで個人の裁量がなく、事ナカレと事大主義でコトが決まっていく・・いやさ、
お上の事情でコトが移ろっていって只々定まらない! 情に篤い(熱い)ところ
を、『武士の情け』的に日本人は「情が通じた」と勘違いしやすいが、そのよう
な個人の感情は朝鮮人にとって最下位の価値しかない。

悲しい事ですが、隣国なのに、朝鮮とは上っ面のお付き合いだけにしたいで
すわ。中共との鍔ぜり合い時においても、うっかり信用して後ろを見せたりし
たら、小早川秀秋モンですわ。

滅ぼせ、韓国。

ねこねこさん。こういう類の発言はこのブログでは歓迎されません。
「滅ぼす」という能動的なことをするのは有害無益です。
能動的なアクションをすることはなんの解決にもならないばかりか、かえって反日の燃料を補給してやるようなものです。

ですから、かの国が亡国の道を辿ることを止める事もせずに冷淡に観察し、距離を開けて原則を貫いた対応を続けること、これに尽きます。
これが亡国プロセスに入った国家とつきあう最もいい方法だと私は考えます。
滅ぼせではなく、滅びたいならご勝手に、ただし巻き込むなということです。

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