したたかなミャンマー国軍の投げた球とは
ミャンマーのクーデターの話を続けます。
クーデターなんぞという今どき流行らないものをやらかして、国際社会を敵に回す動機がわかりませんでしたが、やっと少し腑に落ちてきました。
よく分からなかったのは、昨日も書きましたが、現況の憲法でも議席の4分の1は軍部に割り当てられていますし、内閣のポストも国防・国境警備などの主要ポストは軍部の指定席です。
これでなにが不満なのか、さっぱりわからなったのです。
クーデターなどというリスキーなことをやってしまったら、うまくいっても経済制裁、失敗すれば軍部の特権は取り上げられ、軍備削減なんてなりかねませんからね。
そのうえ南国の軍隊だけあって、ミャンマー国軍がクーデターをする兆候はかなり前からバレバレで、ヤンゴンの外国大使館筋はこぞってクーデターの兆候ありと政府に警告していたようです。
しかしスーチー女史はこの外交団の警告を聞いてもなにも手を打たなかったようで、おそらく軍部が最後のチャンスとして考えていたはずのクーデター前夜の会談も一蹴してしまったようです。
結果論ですが、スーチー姫(いい年をしていても心は姫君)、一国を背負う政治家としては稚拙ですぞ。
この時には全軍がクーデター準備を完了していたはずで、それをバックにして恫喝されたわけで、クーデターをされてしまえば一切合切すべて失うのはわかりきっていたはず、しかも姫君陣営は丸腰。
なのに、国際社会に救援を求めるでもなく、生硬に決裂させてしまいました。
やりはしないとなめていたか、ボケていたかです。
ロイター
この前夜の会談で軍部が突きつけた要求は、実現不可能なものではなかったと思われます。
クーデター後に軍部はこのような声明をだしています。
なかなか渋い声明で、自分らは軍事政権に戻る気はない、選挙管理暫定政権を作っただけだと言っています。
「行政評議会設置の発表に先立ち、ミン・アウン・フライン氏は2日、任命済みの閣僚らとの初会合で「次の総選挙後に新政権が発足するまで、我々が国を導かなければならない」と発言した。優先課題として、新型コロナウイルス対策に加え、選挙実施に向けて国軍が不満を唱えた有権者リストの精査を挙げた」(日経2月3日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM02E8E0S1A200C2000000/
つまり軍事政権に戻すのではなく、不正な選挙を糺して、正当な選挙を実施し、そこで新たに選ばれた民主政権に引き継ぐということのようです。
憲法もいじりませんよ、新型コロナ対策はしっかりしますよということで、これがほんとうなら短期間でこの暫定政権は終了するということになります。
ただし、選挙結果が再び同じように国民民主連盟(NLD)の勝利と出た場合、どうするのでしょうかね。
お神籤じゃあるまいに、吉がでるまで引き続けるわけにもいかんでしょうが。
軍部は、国際社会が再び選挙監視団を送って投票を監視するなどの条件が満たされれば、国際社会が容認できるギリギリの線を狙ったようです。
というのは、スーチー女史のこの間のあまりにひどい中国傾斜にいささかうんざりしているからです。
「ロヒンギャ問題をめぐる軍への擁護で欧米諸国からの名声が地に落ちたスー・チー氏は、17日に行われた習主席の歓迎式典で、ミャンマーはこれからも常に中国の味方だとして、「言うまでもないが、隣国としては世界が終わるまで(中国に)足並みをそろえる以外にない」と述べた」
(AFP2020年1月18日)
「世界が終わるまで中国について行く」なんて言っちゃお終い。
しかも武漢ウィルスとも言われる新型コロナが世界を飲み込み、中国への怒りに満ちていた時期です。
よりによってこんな時になにを寝ぼけているのか、この姫君に国際社会はげんなりしたことでしょう。
西側各国が、ミャンマーをこんなベタベタのパンダハガーに任せられないという気持ちになりかかったのに、知らぬは当人ばかりなりです。
ロヒャンギ迫害事件で、スーチーの声望は地に落ちていますから、彼女を軍部から擁護しなければならない理由はあまりないのです。
ミャンマーは中国に隣接し海洋進出のルートを握る要衝にあります。
ですからミャンマーの国是は、中国に吸収されないように、かといって敵に回さないようにというどっちつかずの路線でした。
西側の制裁で国軍はすっかり中国軍スタイルになりましたが、それでもなんとかバランスを取りたいという気持ちは国軍には残っていたはずです。
この微妙なバランスの秤を一気に中国ベッタリに向けてしまったのが、他ならぬオックスフォード大学で学んだ「英国人」スーチー女史だったというのは皮肉なことです。
一方、米国のジジは口では非難しつつも、「クーデター」という表現を慎重に避けていました。
なぜでしょうか?
ミャンマー民主化は、ジジが番頭だったオバマ政権の唯一(ホントにホントにこれだけ)の得点ですから、非難しないとしまらない。
スーチー女史はオバマの勲章ですから、ジジとしても無条件に守りたい。
かといってクーデター認定してしまうと、ワンセットで制裁しなければなりませんから、それも国際協調主義者のジジとしてはやりたくない。
うー、どうしようとジジにとっていきなりの難問でした。
ポンペオなら、即日制裁プロセスの検討にはいることを宣言しつつ、それを圧力にして軍部との妥協線を探るでしょうが、ジジにそんな高等なことができるかどうか。
ジジはやっと昨日になってクーデターと認定しましたが、それとて単独制裁ではなく、まずは国連安保理なんぞに持ち込んで無意味な討論を重ね、そしてとどのつまりはお約束の中露の拒否権に合って立ち消えとなることでしょう。
本気で制裁したいなら、国際緊急経済権限法(IEEPA)などを使って単独でするしかないのです。
しないならしないで、軍部とNLDを仲介し、軍を撤収させ監禁している者の解放を条件に、軍部の望んでいる再選挙を国際監視団の立ち会いの下に認めてやるなんてこともできないわけではないのです。
国際社会としてもスーチーなどにはミャンマーを任せて中国の属国をひとつ増やしたくはないでしょうし、かといって軍事政権にも戻したくはないはずです。
本音と建前が又割きしているのです。
それを軍部はしっかり読んでだしたのが、この声明です。
皆さん、クーデターなんてモノ騒がせなもんじゃありませんよ。ただの選挙管理暫定政権を作っただけで、混乱を抑えるために拘束しているだけのことです。
選挙をやり直せばすぐに民政に復帰しますから、というのがこの軍部のクセ球です。
国軍も中国派には違いありませんが、この土着的集団の面従腹背ぶりは年季が入っているのです。
そもそも国軍を作ったのは他ならぬ日本でしたが、負けそうになるとさっさと連合国に寝返ってしまいました。
こんなDNAを持つ国軍ですから、今の中国を巡って緊張する国際状況を塩辛く見ています。
中国に極度になびくスーチー路線は危険だし、かといって中国に楯突きたくもない。
ですからもう少しお目こぼしいただけるなら、中国への属国路線を凍結し、元のどっちつかずの国に戻しますから、と言いたいようです。
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スーチー氏は開放されるべきだと思うけど、NLD側もこれまで「民主化を図って来た」とは言えないと思います。しかし、「軍はスーチー氏宅で無線機6台を押収した」との報道がありますが、そういうカタチで行われた不正選挙ではない気がします。
ヒューマンライツウオッチは選挙前から「選挙プロセス自体に問題あり」としていて、「市民から政府を公正に選ぶ権利を奪う組織的な問題と権利侵害によって損なわれている」、「政府批判者の刑事訴追、選挙当事者の平等ではない国営メディアへのアクセス、独立した選挙管理委員会および不服申立メカニズムの欠如」を指摘しています。
特に「9月20日に政府は報道活動を不必要な事業と宣言し」、「記者が外出禁止令の対象となり、選挙報道のために移動したり、新聞や雑誌を印刷・出版することが難しくなった。著名報道機関が新聞の販売を停止した一方で、政府を支持する2つの国営新聞は印刷を続けることができている。」と報告しています。
「何十年にもわたって軍事的な抑圧に苦しんできたNLDの政府こそは、報道の自由なき選挙が公正ではないことを認めるべきだ」と指摘しています。
総じて、自由かつ公正な選挙のために必要不可欠と国際的に認識されている多くの要素が、ミャンマーの選挙プロセスにはなく、効果的かつ公平かつ独立し、かつ説明責任をはたせる選挙管理委員会も存在していなかった、という事のようです。
そうして見ると、軍のいうような「戒厳状態を短期間で終わらせる事は無理」で、相当長引くと思います。で、また国際世論戦みたくなるのでしょう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年2月 4日 (木) 07時51分
彼らの主張通りに選挙プロセスの問題が放置されたまま行われていた選挙であるのであれば選挙監視団に瑕疵があったと言う事にもなりこれまたややこしい状況になり長期化は必至です。(あったとしてももみ消されそうです)
その間は現政権はNLD以上の難しい経済運営を強いられる事になる訳ですが、たいした外貨も輸出品も無い国でお金をじゃんじゃん刷ってハイパーインフレともなれば内乱まっしぐらの目も当てられない状況になります。
そしてここぞとばかり中国が「お困りのようですが元はいりまへんか〜」と手を差し伸べてくれば
赤いホワイトナイト様によるミャンマーの経済支配の出来上がりとなります。
こんな感じで愛国心をくすぐられて蜂起したものの結局は国を売り渡すような結末にならないといいのですが…
投稿: しゅりんちゅ | 2021年2月 4日 (木) 12時16分
ミャンマー国歌「ガバ・マ・チェ」は和訳すると、世界の終わりまで、世界は磨耗しない、だそうです。歌詞を見ると世界における共存と自身の独立を讃える内容でした。
彼らにとってこのフレーズは中国に媚びるというより国家を挙げて、と言ったニュアンスで使うものなのではないかと思いました。
今日もスパムが厳しいですね。分割して送ってみます。
投稿: ふゆみ | 2021年2月 4日 (木) 23時01分
前半は送れたようです。連投ですみません。
ここ数年衣服のタグにミャンマー製の6文字を見る機会が増えました。繊維業だけでなくスズキ等機械系も進出していましたね。
旧友がミャンマーに旅した折に、国民の温和な仏教徒らしさとアジア的な強かさ、タイともベトナムとも違うカラーの文化にたいそう魅せられていました。日本人好みの文物が満載なのだそうで、地理条件や伸び代と相まって進出を決めた企業も多い事でしょう。
ヤンゴン周辺から半島へ延びる南部沿岸地域は交通の要所のアンダマン海。彼方の手の内に置かない為に打てる手立てとして、米国は同盟国「インドと日本」に交渉役を振ったようです。
国選びとしては妥当ですが、分かりやすい民主化を実現できない土地なので難題ですね。。。
投稿: ふゆみ | 2021年2月 4日 (木) 23時06分
交渉の決裂はおそらくラカイン州の選挙についてですね。スーチーさんは今まで態度を保留にしてましたが、交渉で解決すると言ったようです。アラカン軍とのイザコザが今回のクーデターの原因かと思われます。唐突にお邪魔して失礼しました。
投稿: いろは | 2021年2月 5日 (金) 03時53分