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2021年3月13日 (土)

脱原発の妄想

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この3月11日に近づくと亡者が湧いてくるようです。
この亡霊たちはとっくに終わっているのに、まだ死んだことに気がついていないんですからタチが悪い。
小泉翁もかつては小澤と組んだり、細川と組んだり、そして極めつけはなんとハトカンと組むそうです。
なんでも「脱原発党」を作るとか(苦笑)。
こうして三人並べてみると、ただの三馬鹿大将です。

「小泉純一郎元首相は、東日本大震災から10年を迎えた11日、東京都内で講演した。東京電力福島第一原発事故について「人災」と述べ、原発は「安全じゃなかった。コストが先々まで莫大(ばくだい)にかかる」として、持論の「原発ゼロ」を改めて訴えた。(略)
 小泉氏の講演後には、鳩山由紀夫、菅直人の2人の元首相もあいさつ。鳩山氏が「久しぶりに小泉節を聞いた。小泉(元)総理ももう一肌脱いでいただいて、政治の世界に戻っていただいて、脱原発で政党をつくって党首になっていただければ、参上したい」と語ると、小泉氏が笑う場面もあった」(朝日3月11日)

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小泉翁の「反原発」は、まったく進歩していません。
かねてからこの人を知る人たちが口を揃えていうのは、勉強をしない、耳学問だけの人物、思い込んだら命懸け、ということですが、相変わらずブレない人です。
かつて、この人の「反原発」妄論は徹底的に批判し尽くしたので、私にとってはいまさら感がありますので省きます。
※関連記事「小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘」その1~9
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-cf8d.html

この人たちの「原発ゼロ」政策の致命的欠陥は、ゼロにした場合の代替エネルギーがないことです。
いま、現に基幹エネルギーの3割ちかくを占める原発をゼロにして、うごいているのはわずか9基です。

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その理由は、いうまでもなく、もうひとりの「原発ゼロ」男のカンが行った原発の点検の超法規的停止と、再生エネ法のために、火力発電一本に頼りきったいびつな状況となっているからです。

さて原子力だろうと、火力だろうと、はたまた再エネだろうとそれは電源選択の問題であって、電力供給制度とは何も関係ないはずです。 
事実、反原発・再生可能エネルギー論や電力自由化論も、3.11まで細々とですが存在していました。
この本来無関係なふたつを強引に結合させてしまったのが、福島第1原発事故によって生じた「東電悪玉論」、あるいは「東電戦犯論」でした。

彼らは福島事故を奇貨として融合してしまいます
そもそもが小泉翁のような市場原理主義者が作った電力自由化論者と、ハト・カンのような左翼リベラルの反原発派とは水と油の関係なはずですが、この福島事故で幸福なマリアージュを遂げたわけです。
原発運動家=電力自由化論者たちは、当時の原発事故がまるですべて東電の責任であるかのような「空気」を作り出し、そして「こんな悪玉・東電を許すな!」と処罰を要求しました。 
これにメディアが悪のりし、ワイドショー民がなびきました。

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https://www.businessinsider.jp/post-199316 国連サミットで発言するグレタ・トゥンベリ。顔がコワイよ。

そのうえにまったく別方向から吹いてきた気候変動論・二酸化炭素削減論が加わり、すっかりメーンストリームの定位置を占めるようになっています。

ところがちょっと考えればわかりそうなものですが、二酸化炭素削減論と原発ゼロ論は並立しないのです。
炭酸ガスを削減するには火力発電を減らさねばならないのですが、減らした代替エネルギーは現実には原発しかありません。
一方原発ゼロにするには火力発電を増やすしか方法が存在しません。コチラを立てればアチラが立たずの矛盾した関係なのです。
こんな簡単なことがどうしてわかんないのかな。

この論理矛盾がなんとなく整合できてしまったのは、福島事故があったからです。
福島事故をもってくるとなんでもオーケー、東電さえ叩けばなんとなく判った気になれる、さらに「地球にやさしく」でカンペキ。
最後はただの情緒論なのですが、
これを分解してみると、以下の6ツの論理パーツで成り立っています。

(1)電力制度批判
電力会社は地域独占体制で特権的利益を貪っている。
電力会社は総括原価方式でコストを電力料金になんでも転嫁できるので原発を国の言うままに量産しまくった。総括原価方式特権論。
 

(2)東電バッシング
電力会社は事故を未然に防げたにもかかわらず、対策を怠ったために大事故を起こした。福島事故前防止可能論。

事故に際しては現場から撤退を図った。東電逃亡論。

(3)原発再稼働反対
全原発も直ちに廃炉にするべき
。再稼働阻止。

(4)再エネ普及のためのFIT推進
原子力がなくとも、省エネと安全・安心な再エネがあるので大丈夫だ。再エネ代替論。
再エネ普及のためのFIT推進。

(5)電力自由化
電力会社の特権を剥奪し、電力市場を開放しろ。電力自由化。

(6)炭酸ガス削減
地球温暖化阻止のために炭酸ガス排出をゼロにしろ。炭酸ガスゼロ論。

こうして整理してみるとまったく別の次元の論議が雑然と積み重なって、福島事故と東電バッシングでくっついて一つになっているのが分かるでしょう。
簡単に検討しておきます。

(1)の電力会社批判は、逆に東日本大震災当時に電力体制が現行制度でなければ、どうなったのか考えてみればわかります。
おそらく電力自由化がなされていた場合、群小の事業者は供給義務を履行したか疑問です。
また送電線の緊急補修も大幅に遅れたことでしょう。
小売りは供給不足を理由に料金値上げをしたでしょう。
発電-送電-小売りを一貫して管理し、管轄地域に対して責任を負わされている電力システムはこのような事故時に最大の効力を発揮します。
このような功罪を公平に見ないで、あたかも電力会社だけが独占による既得権益で肥え太ったというのは客観的ではありません。 

(2)の東電が撤退する気だったという完全なデマで、カンと朝日が広めたものです。
これは政府事故調報告書や、吉田調書の公表で完全に否定され、朝日は社長が謝罪する羽目になっています。

(3)の再稼働阻止は、反原発主義者の合い言葉ですが、再稼働をまったく認めないということは、段階的縮小という過渡期すら与えないということで、それをすれば3割の電源が失われます。
いや既に新規制基準に合格するために全原発はわずかを除いて停止状態にあり、それが各電力会社の電力供給をタイトにしています。
その結果、火力発電依存となり、いまのように電力料金の値上げ、再値上げに直結していくことになりますす。
もし、本気で原子力を減らしていきたいなら、原子力を再稼働して電力会社の経営体力を回復させないかぎり不可能です。

(4)再エネを原子力の代替にするというのはただの夢想にすぎません。再エネは宿命的に天候に左右される気まぐれ電源であり、火力によって常にその増減の振り幅をフォローされていることを知らないから言えます。
原発がなくなった3割を省エネするのはけっこうですが、ならば残った7割のうちの3割も中期的には原発を使っていくしかないのです。
エネルギー限は、常に3割+3割+3割+その他という電源比率にしておくべきで、なにかひとつの電源や、一国だけの供給国に強依存することは、死活を握られることで大変に危険です。 

(5)電力自由化はすでに行われていますが、予想どおり参入が易しい電力小売りと、高額で買い取りしてもらえる再エネの太陽光と風力にのみ集中する結果となっています。送電のように手間とコストが係あまりもうからない部門は、参入がなしです。

(6)炭酸ガスゼロは世界的に絶賛進行中です。

3.11からこの10年の震災後の不安定な時期に、一挙に既存のシステムを破壊し、パイの一部にありつこうとする人を、私は火事場泥棒と呼びます。
このようにひとつひとつ見れば、なんにも関係ない論理パーツを都合よくセットして、「地球にやさしい」という美しい包装紙でくるんでいるのが脱原発論です。 

 さて脱原発派が安易に想定する代替エネルギーは再エネですが、それが大規模に導入された結果を、私たちが既に身近に見ることができれます。
まずその破壊の兆候は、景観の変化として現れます。

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山口県萩市メガソーラーhttp://www.west-es.jp/results/mega-solar/details/01035.html

少し郡部にでかけてみれは、まるで皮膚病のように各所で森林が伐採されて、いいかげんな土止めの上に膨大なソーラーパネルがひしめいている風景に出くわすはずです。
私の村でも、「ソーラー用地高価借り上げます」というチラシが頻繁に投げ込まれ、ちょっとしたブームになりました。
今、ソーラー業者に貸し出せば、法外な金が手に入ると聞きつけて、我も我もと水田を捨て、畑を潰し、山々を売ったわけです。
この10年、ただでさえ風評被害出疲弊した東日本の離農をさらに促進したのが、このFITによる土地買収ブームでした。
20年間高値設定のまま固定買い取りするというような馬鹿げた制度(FIT)を作ってしまえば、人々は欲に目が眩むのです。

いやいや、太陽光発電なら「地球に優しい」し、「原発ゼロ」でしょう、と信じている人がいたら、どうぞ現地をご覧下さい。
理屈では、発電に際して温暖化ガスを出さないという建前でしたが、現実に太陽光パネルの数十万枚の大群が覆い尽くしているのはなんだったのでしょうか。
それは見れば分かります。森林です。森の樹木を数ヘクタール規模で伐採し、いったん裸山にする勢いで山林生態系を破壊し、その上にソーラーを設置したのです。
結果、「太陽光発電開発汚染」とでもいうべき、新たな自然破壊が急激に進行しました。

とうぜんのこととして、全国各地でメガソーラーの設置反対運動が起きています。
http://ito-ms.chu.jp/%e5%8f%8d%e5%af%be%e9%81%8b%e5%8b%95/

「このメガソーラー建設のためには、広い範囲で樹木を伐採しなければなりません。樹木の伐採は伊豆高原の美しい景観を台無しにしてしまいます。伊東市の基幹産業である観光業にとって、景観は重要な観光資源であり、それが損なわれることは死活問題と言えるでしょう」(伊東メガソーラー建設の中止を求める会)

そしてさらに景観のみならず、森林が果たしている治水機能を破壊することになります。伊東市中止を求める会はこう述べています。

「景観が変わるという、すぐに目に見える影響だけではありません。
 斜面にある樹木を伐採することによって、森林の保水力が低下し、洪水や土砂流失の危険が高まります」

ソーラーの事業者は、下の写真のような調整池や砂防池を設けて土砂流出を防止すると説明しています。

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杵築市のメガソーラーの沈砂池

ところが、実際に蓋を開けてみると、上の写真のようなチャチな砂防池は日々流れ込む土砂に埋まって、やがて溢れ出して、斜面を急流となって下ることになります。

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これはソーラー事業のみならず、西日本豪雨で砂防ダムが各地で決壊したのを見ればわかるはずです。
下の写真は、現実に八幡町のソーラー事業地で濁流が流出した後の斜面の様子です。

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あげくは、ソーラー自体も水害に極度に弱いことは各地で実証されています。
下の写真は群馬県伊勢崎市のソーラーですが、ちょっとした豪雨でこのありさまです。

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このように自然環境保護を無視したソーラー事業は、メガソーラーを作れば作るほど、日本の貴重な森林は伐採され、農地は手放されるといった、再エネ普及の大義とはまるで正反対のものになり下がっています。
森林の地道な植林と、保全こそが二酸化炭素対策としてもっとも有効な解決策であることは自明であって、大事な森林保全をないがしろにした「原発ゼロ」など欲惚けたちの虚妄の宴にすぎないのです。

しかも、これらの太陽光パネルのほとんどすべては中国製であり、事業者もまた海外企業がひしめいているのですからシャレになりません。
かくして再エネ普及賦課金によって電気料金は上昇し、山は荒れ、沃野は捨てられ、事業林益は外国に吸い出されて行くことになりました。

これが「原発ゼロ」を目指した結果です。コイズミ-カン-ハトに現地を見てこい(といっても行くわけはありませんが)、少しは現場を見てから寝言を言ってもらいたいものです。
お盆でもないのですから、亡者は元の冥界にお戻り下さい。塩まけ、塩!

 

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コメント

脱原発が妄想だというのはよく分かります。しかし核のゴミの問題など原発維持にも弱点があることは事実です。実際小泉翁はそこをついています。ですから核のゴミをどこに埋めるのかというロードマップを作らないと世論は脱原発に流れるでしょうか?管理人さんがそこのところをどう考えてらっしゃるのか気になります。

ken さん。これについては簡単な解決案は現時点ではありません。
フィンランドのオンカラで小泉さんは「目覚め」ちゃったんですが、日本は経済規模がちがいすぎます。
また核武装をしている国は核爆弾という「解決」方法があります。
となるとあとは地層処分か核リサイクルしかのこりません。
しかし核リサイクルは現時点では頓挫しているわけです。
今北海道で候補地がでましたが、まだなんともいえません。

とりあえずいまは暫定保管しかないでしょう。
いきなり最終処分に向かうのにはむりがある場合、数十年から数百年程度のモラトリアム期間を暫定的に保管するという方法です。
これはいまは悪名高くなってしまった学術会議が提案したものです。

「保管終了後の扱いをあらかじめ確定せずに数十年から数百年にわたる保管を念頭に置く。
「暫定保管は、回収可能性を備え、他への搬出可能性があるため、そうした可能性が開かれていない最終処分と比較すれば、施設立地にあたって、より説得力ある政策決定手続きをもたらす可能性がある」 
(高レベル放射性廃棄物の処分について 日本学術会議)

ただ未解決の問題が残るからといって全否定してしまうとエネルギー問題の出口がなくなってしまいます。
私は原子力は完成された技術ではないので、段階的に縮小して、やがては廃絶すべきだと考えていますが、そのためにもいまは温存せねばならないのです。

このことについては来週どこかでまとめるかもしれません。

三馬鹿大将とは何とも辛辣な(笑)。
(歳がバレますが幼い頃観ていたことを懐かしく思い出しました)
三馬鹿とは言いませんが、私なら「晩節汚しトリオ」とでも名付けますかね。細川護熙を入れればカルテット、村山富市を入れたらクインテットなんてね。冗談はさておき、恥ずかしながら私、このお三方とも一時とはいえ支持をしてたんですよ。自分の不明をただただ恥じ入るばかりです。

菅直人にいたっては今から二十年以上前に書かれた「日本大転換」という本にいたく感動し、心酔に近い感情を覚えた記憶がありますが、ほんと馬鹿でした。久しぶりに書棚からこの本を引っ張り出してみると、帯に若かりし著者の写真の横にこのような文言が書かれてあります。「この男にすべてを任せてみないか!!」何とも笑うに笑えない思いがしましたね。

太陽光発電パネルはご多分に漏れず当地近郊の遊休地という遊休地すべてと言っていいほど増殖を見せています。そして管理人さんが指摘されている通り、我が家も賦課金という名目で毎月千円以上ふんだくられています。何故みんなこの事に怒らないんだろうと不思議でなりません。

  二酸化炭素排出量ゼロ目標とかSDGsとかへの疑念は多々ありますが、経済界はこれを新たなビジネスチャンスととらえているようです。
しかし、そのためには増大化する見込みの発電時点での二酸化炭素排出量をゼロにしなければ意味がありません。
つい先日の経団連会長のインタビューや豊田社長の会見でも同じですが、原発を有意義に使用する以外に手段はありません。

また、先の玄海原発判決でも示されたように、「(世界一きびしい)規制委の審査基準は最新の科学的・技術的知見を取り入れたもので、不合理な点はない」と判断されています。

最終処分場の件ですが、北海道の神恵内村はすでに調査受け入れ表明をしていて、寿都町も文献調査に入るかどうかを検討中です。適地か否かの判断自体に数年かかるでしょうが、実際には手を上げたい自治体はもっとあると考えられます。

例えば神恵内村のばあい、地元の商工会や有志住民から誘致希望がはじめにあり、それから議会へと堅い手順がされている事をみても、マスコミの論調と実際の地元住民との温度差は顕著です。この点まるで辺野古のようで「知事判断」という事も欠かせませんが、そうまで難しい事にはならないと思います。

原発開始当初、最終処分の決まらない見切り発車だと思いますが、技術革新が進むうちに解決するはずだったのでしょうね。
しかし現在、先がないと見做されている産業に従事したい若者などいないでしょうから、技術革新も進みませんね。

国際社会の足の引っ張り合いが続くうちはマスコミ等が反対反対叫ぶために進捗はなく、次世代に持ち越し必至なのでしょうね。

 管理人さんご返答頂きありがとうございます。現時点では解決するのがなかなか難しい問題であることが分かりました。私の素人的な馬鹿な発想ですがどこかの無人島や人がいない地域に埋めれば良いのにとなんとなく思ってしまいましたがそう簡単ではないですよね。放射能の半減期を減らすとか核変換の技術が高められれば良いのですが。

核のゴミ問題については、もう知られているように、純粋物理的には解決策が
あります。どっかの土地を半永久処分場にしてしまい、そこへ半永久的に核
のゴミを密閉保管するというものです。福島第一原発事故の放射能デプリの
処理だって、純粋物理的にはそのままコンクリートづけにすれば、いちいち
回収などせずに一発で処理完了ですわ、チェルノブイリだって石棺にした。

ところが人間は感情の動物なもんで、地元の人達は怒りますわ。「何でオレん
トコの町が処分場やねん?ふざけるな!」「原発事故でヒドイ目に合わされた
のに、さらに又核の汚物を押し付けられるんか!ナメとんのか!」 もし私が
その地元民だったら、普段は大人しい私でも、棒を持って押しかけますわ。

まあ、中共ならば朝メシ前で出来るでしょうが、ムラ意識の強い日本ではムリ
ですわ。どうしてもという事なら、半永久処分場を受け入れた自治体には破格
の見返り、例えばその地域の長期住民にはベーシックインカムを導入するとか、
福島第一原発事故現場を事故遺産として保全し国際的な観光地として開発し
て、地域住民にはモレなく観光会社の株主になってもらうとか、が必要ですわ。
しかし、中共ならともかく、日本人の感性には難しいです。

私のいる自治体では、(一般)ゴミの最終処分場を受け入れた過疎地域には、
温泉施設と地域医療センターとが建設されました、過疎地なので事実上その
地域専用みたいになっていて、まずまずのディールだったと思えます。ただ、
核のゴミについては、こんなディールが出来るのかどうか、それを実現できる
政治家がいるのか?(角さんならばヨッシャヨッシャ?) 核のゴミについては、
政治モンダイとしての側面の方が強いように思えますわ。数十年やそこらで
放射線を完全無害化する技術など、ドシロートの私にさえ絶対ムリ!と思え
ますので。

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