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2021年3月11日 (木)

3.11からの10年間はデマとの戦いでした

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あの2011年3月11日から丸10年たちました。
改めてお亡くなりになられた1万5899人、行方不明者2529人(2020年3月現在)の霊に手を合わせたいと思います。
合掌。らかに。
今なお、身体は海の底にあろうとも、あなた方の霊は、私たちと共にあります。

もうそんなになるのかという感慨が湧いてきます。
被災者・被曝者の末席につらなった者のひとりとして複雑な心境です。
忘れたいという思いと、忘れさせてなるものか、という矛盾した心理に陥るからです。
おそらく今日あたりのメディアには震災10年の記憶を風化させてはならないという報道があふれかえることでしょう。
その中には、きっといまだに癒えない原発事故の傷跡というものもまざっているはずです。

私はあえていいますが、この10年をひとつの区切りとして、もうそのような報じ方は止めて下さい。迷惑です。
国連科学委員会(UNSCEAR アンスケア) は今年も3月11日に合わせて報告書を出しました。

東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による健康影響を評価した報告書を、原子放射線の影響に関する国連科学委員会が9日公表した。報告書は2014年以来。最新の知見を反映して福島県民らの被曝線量を再推計し、前回の値を下方修正した。これまで県民に被曝の影響によるがんの増加は報告されておらず、今後も、がんの増加が確認される可能性は低いと評価した」(朝日3月10日)

今回の国連科学委員会の報告を読むと、至ってあたりまえのことをあたりまえに淡々と書いているにすぎないように見えます。
ところが2011年にはまったくそうではありませんでした。
この時代、この報告書にあるようなことを書くと「原子力村のイヌ」と呼ばれたものです。
朝日はさんざん煽った総本山のようなところですが、懺悔なのか詳細にこれを報じています。全文は欄外に貼っておきます。

朝日は新聞協会賞を受賞した『プロメテウスの罠」ではこんなことを書いています。

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「有馬理恵(39)のケース。6歳になる男の子が原発事故後、様子がおかしい。4カ月の間に鼻血が10回以上出た。30分近くも止まらず、シーツが真っ赤になった。(中略)
 原発事故後、子どもたちの体調に明らかな変化はありませんか」。すると5時間後、有馬のもとに43の事例が届いた。いずれも、鼻血や下痢、口内炎などを訴えていた。(中略)
こうした症状が原発事故と関係があるかどうかは不明だ。首都圏で内部被曝というのは心配しすぎではないかという声もある。しかし、母親たちの不安感は相当に深刻だ。たとえば埼玉県東松山市のある母親グループのメンバーは、各自がそれぞれ線量計を持ち歩いている」(朝日新聞「プロメテウスの罠」2011年12月2日)

もちろん急性被爆でもしないかぎり鼻血などでるはずがありません。
朝日がネタもとにしたこの「有馬」という女性は、共産党系の反原発運動家だということがわかっています。
これが放射能鼻血デマです。いまではお笑いですが、大きく拡散して母親たちを恐怖に陥れました。
このような煽りをする人たちは、実際の状況を見ないで、その人の頭の中にある脳内地獄を見ているだけにすぎないのです。
そしてこういう風評が被災地住民、特に子供たちを傷つけていることをわかろうとしません。

たとえばこの人たちのイメージはこうです。
農地はチェルノブイリ並の放射能にまみれ、山野には積もった放射性物質が堆積していて、常に川に流れ込んでいる。
作物は放射能で汚染され、今でも多くの作物が秘かに捨てられている。
除染をやってももきりがない、除染しても救われないほど放射能がしみ込んでしまっているからだ。
子どもたちにガンが出ていても、政府は隠している。実際は数万人がガンで多くが死んだという噂だ。
そして福島にはもう住めない、福島に子供を行かせるな。

最悪のデマッターのひとりであった武田邦彦はこう述べています。
今はシャラっと忘れて保守論客のような顔をしているようなので、
忘れさせないために掲載しておきましょう。


原子力と被曝 福島で甲状腺ガン10倍。国は子どもの退避を急げ! 武田邦彦
国は直ちに次の事が必要です。

1)高濃度被曝地の子どもを疎開させる(除染は間に合わない)、
2)汚染された食材の出荷を止める、
3)ガンになった子どもを全力で援助する、
4)除染を進める。また親も含めて移動を促進する。
5)「福島にいても大丈夫だ」と言った官吏を罷免し、損害賠償の手続きを取る。
日本の未来を守るために、大至急、予防措置を取ることを求めます。
2013年2月14日武田ブログ
http://takedanet.com/2013/02/10_6a83-1.html

関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-73da.html

武田は「東日本は住めない」「福島から子供を疎開させろ」「東日本の食物は食べたら死ぬぞ」などという流言蜚語を大量に社会にまき散らしました。
参考資料http://www.gepr.org/ja/contents/20150309-01/
「被曝」地で孤立する私たちに対して、2011年春から夏にかけて激烈なバッシングの嵐が浴びせられました。
出荷物は東日本産であるだけで市場から追い返され、農家はトラクターで売れない作物を踏みつぶし、牛乳は地面に捨てられました。農家から自殺者すらでたのがこの時期です。
なおも発信を止めない私のブログには連日、「お前らが農業を止めるのが一番の復興の道だ」とか、「お前は毒を国民に送る無差別テロリストだ」「税金をかけてこいつらを助けないでください」というような罵詈雑言が連日浴びせられました。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-6638.html

復興を大きく遅らせたのは、この放射能に対するデマッターたちの流言蜚語、そしてそれを拡散した朝日、毎日、東京などのメディア、さらにはそれをコントロールしようとしなかった当時の政府の度し難い無能にあります。
このデマをまともに受けた数万の家族が自主避難者になったのもこの頃です。彼女たちは住み慣れた家と地域を捨て根無し草になってしまいました。

デマッターたちは、福島事故の影響をこれでもかというほど誇張してみせて、口では被災者を救えなどといいながら、実際はサディスティックに叩きのめしていました。
彼らは福島事故が悲惨であると叫べば叫ぶほど、まるで自分たちの反原発の主張が国民に浸透すると勘違いしており、福島県をわざわざ「フクシマ」と表記しました。
そこには、どうか福島県が「ヒロシマ」のようであって欲しい、どうかチェルノブイリのように悲惨であってほしい、もっと福島が地獄でないと困る、という卑しい願いが込められていました。

ところで、無能であるばかりか、かえって存在することによって復興を妨げたのが当時の民主党政権でした。
本来は正しい情報を与えるべき政府がまったく情報を流さなかったために、SNSでデマッターの跳梁を許してしまいました。
民主党政権は大衆迎合主義者の集合体であったために、当時の「事故前はゼロベクレルだったのだから、ゼロベクレルでなければ危険だ」という極端なゼロリスク論に簡単に屈してしまいました。

たとえばチェルノブイリで最も深刻な打撃を食ったベラルーシですら13年間かけて漸減させた放射線食品基準値を、民主党政権はわずか1年で平時の欧米の食品基準値より低く設定したのですから、まともとは思えません。
この政府の過激な食品基準値に、大多数の食品降ろし、小売りが追随したために風評被害はいっそう拡がり、現地農業は更に大きな打撃を受けました。

関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-4e0c.html

ベラルーシにおける食品規制値の推移
単位ベクレル/㎏
 

      86年     88年   92年   96年  99年 

・水    370     18.5   18.5  18.5   10
・野菜  3700    740    185   100     40
・果物          同上                  70
・牛肉  3700    2960   600   600    500 
・パン  -        370   370   100     60
・豚肉・鶏肉 7400  1850  185    185     40
・きのこ(生) -      -   370    370    370
・きのこ(乾燥) -  11100 3700   3700   2500
・牛乳   370     370   111    111    100
幼児食品  -      1850                37

民主党政権の無能・無知・無神経は目を覆うばかりで、「被爆」地を訪れた枝野官房長官は防護衣に身をくるみ、平常の事務服で迎えた村長たちとゴム手袋をしたまま握手しました。

Photo_2

枝野官房長官のこの防護衣姿自体が、「被爆」地は放射能汚染地だ、近づくなというメッセージになってしまっていることに気がつきもしないのです。
もはや政治家うんぬんという以前の人間性の問題です。
事故収束に失敗し、風評被害を拡大させ、住民に塗炭の思いを味合わせた同じこの人物が、今性懲りもなく「原発ゼロ」を掲げているのを見ると、人間不信になりそうです。

一方科学的調査は、政府の無能ぶりとは別個に事故直後から地道に続けられていました。
2011年の夏という初期の段階で、既に完全ではありませんが、政府のホールボディカウンターを使った疫学調査結果は出ていました。  
これは秘密資料でもなんでもなく、公表されていました。

●2011年9月末までの福島県の住民4463名の内部被曝の疫学調査結果
・最大数値であった3ミリシーベルト・・・2人
・2ミリシーベルト・・・8人
・1ミリシーベルト以下・・・4447人 
 

当時デマッターたちは盛んにセシウムが女性の卵巣に影響を与えると言っていましたが、750ミリシーベルト以上の被曝線量が必要です。
それがチェルノブイリでの疫学調査の発症ラインだからです。 
 
セシウムは筋肉などに蓄積する性格をもっていますから全身均等被曝します。一定の臓器に蓄積されることはありません。 
百歩譲って、卵巣にのみ蓄積されたとしても、福島の最大内部被爆量3ミリシーベルトは、チェルノブイリの750ミリシーベルトの、250分の1でしかありません。  
これで福島の女性が不妊になる、あるいは先天性奇形を出産することは断じてありえません。

当時から相馬現地で医療活動をしていた坪倉医師は、体内被曝の数値を独自に測定してこのように述べています。

「南相馬で測定した約9500人のうち、数人を除いた全員の体内におけるセシウム137の量が100ベクレル/kgを大きく下回るという結果が出ました。これは測定した医療関係者からも驚きをもって受け入れられたそうです」 http://blog.safecast.org/ja/2012/09/dr_tsubokura_interview/

Photo

では、子供の被曝はどうでしょうか。


坪倉先生のチームでは、これまでに、いわき市、相馬市、南相馬、平田地区で子供6000人にWBCによる内部被ばくの測定をしました。親御さんの心配もあり、この地域に住む子供の内部被ばく測定の多くをカバーしています。(一番多い南相馬市で50%強です。)
6人から基準値以上の値が出ています。6000人に対して6人というのは全体の0.1%で、この6人のうち3人は兄弟です。基本的には食事が原因に挙げられるでしょうが、それ以外にもあるかもしれないそうです。
子供の線量について、坪倉先生はこう分析します。 「子供は大人に比べて新陳代謝が活発で、放射性物質の体内半減期が大人の約半分ということがわかっています。ですから、子供の場合は例え放射性物質が体内に入ったとしても、排出されるのも早いです」

福島県は県民健康調査で、2011年から3年間の新生児の先天性奇形やダウン症、早産、低体重を調査しましたが、全国の発生率と変わりがありませんでした。
そもそも原発事故によって甲状腺ガンが増えるなら、チェルノブイリのように4年から5年後に数値がハネ上がらねばなりません。

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(図 東海村ガン検診資料)

ところが福島県において、そのような増加は見られず、県内の地域ごとのばらつきもありませんでした。
増加してみえるのは検査対象数が倍増したからです。
もし放射能の影響ならば、事故の影響がなかった会津地域と中通り地域が同じはずがないのです。

6年前から国連科学委員会(UNSCEAR)は福島事故最終報告書でこう述べていました。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/unscear-0b78.html


「福島原発事故の結果として生じた放射線被ばくにより、今後がんや遺伝性疾患の発生率に識別できるような変化はなく、出生時異常の増加もないと予測している。
その一方、最も高い被ばく線量を受けた小児の集団においては、甲状腺がんのリスクが増加する可能性が理論的にあり得ると指摘し、今後、状況を綿密に追跡し、更に評価を行っていく必要があると結論付けている。甲状腺がんは低年齢の小児には稀な疾病であり、通常そのリスクは非常に低い

このように実証的調査によってガンが多発し、「40万人がガンで死ぬ」という妄説は完全に否定されました。

驚くほど放射性物質が土壌に吸収されなかったのです。 
当時、
山や河川、海に堆積しているという説も散々流布されましたが、それは土壌の復元力を知らないから言えたことだでした。
実際に11年当時 、
現地の農地に実地調査に入った農学者たちは、全体に驚くほど線量が低く、多く検出されるのはごく一部だと報告しています。
その原因は科学的に解明されました。
 セシウムは土壌中の粘土によって吸着固定されるからです。

 

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また土壌中に含まれる腐食物質はマイナスイオンの電荷を持つために、セシウムのプラス電荷粒子を吸着し、粘土質の細孔 に封じ込めしまうという驚くべきこともわかってきました。
農水省飯館村除染実験報告
http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf


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つまり土中の粘土質は物理的に放射性物質を封じ込め、そのプラス電荷でマイナス電荷の放射性物質を電気的に吸着していたのです。
このような察知とその後の科学的解明の作業によって、当時不思議に思われていた同一地域において空間線量が同一なのにかかわらず、作物の放射線量に差がでる現象は、粘土質であるかどうかなど微妙な土質の差にあることがわかりました。

このように福島事故からの10年間は、人を踊らせようとする者と地道に戦い続けた者との戦いでもあったのです。

                                                       ~~~~~~~ 

■「福島県民がん増える可能性低い」 被曝線量を下方修正
朝日2021年3月9日

 東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による健康影響を評価した報告書を、原子放射線の影響に関する国連科学委員会が9日公表した。報告書は2014年以来。最新の知見を反映して福島県民らの被曝線量を再推計し、前回の値を下方修正した。これまで県民に被曝の影響によるがんの増加は報告されておらず、今後も、がんの増加が確認される可能性は低いと評価した。

科学委は欧米や日本など27カ国の科学者らで構成。世界中の論文を検証し、被曝による健康影響の科学的根拠をまとめるのが役割。報告書は世界の科学研究や各国の政策のベースとなる。1986年のチェルノブイリ原発事故では被曝の影響で子どもの甲状腺がんが増えたと結論づけた。

 福島の14年の報告書では、データ不足のため、実際には流通していない汚染食品を食べたと仮定するなどして県民らの被曝線量を推計していた。今回は、事故後に流通した食品の放射能の実測値など19年末までに入手できた新しいデータを取り込み、実態に近い推計をめざした。

 その結果、事故後1年間の甲状腺への平均被曝線量は、県全体の1歳で1・2~30ミリシーベルト、10歳は1~22ミリシーベルトと、14年の推計値の半分以下になった。14年は、80ミリシーベルト近く被曝した子が大勢いれば「がんの増加が統計的に確認される可能性がある」と評価していたが、今回は「放射線による健康影響が確認される可能性は低い」とした。

甲状腺がん疑いの診断については

 福島県が11年6月から続ける県民健康調査では、事故時18歳以下の子らを対象にした甲状腺検査で251人が甲状腺がんか疑いと診断された。科学委は報告書で、被曝の影響ではなく、高感度の超音波検査によって「生涯発症しないがんを見つけた過剰診断の可能性がある」と指摘した。県の評価部会の専門家も同様の指摘をしているが、県などへの不信感から健康影響を心配する人もいる。

 全身への被曝線量も下方修正され、県全体の成人で平均5・5ミリシーベルト以下となった。がんで亡くなる人が明らかに増えるとされる100ミリシーベルトを大きく下回り、県民の間で将来、健康影響が確認される可能性は低いと評価した。

 科学委のギリアン・ハース議長は朝日新聞の取材に「今回の報告書が、福島の人たちの安心につながることを強く願う」と語った。新型コロナウイルスの感染状況を踏まえながら、福島の人たちに直接、報告書の内容を説明する考えも明らかにした。

 科学委の元日本政府代表で東京医療保健大の明石真言教授(被ばく医療)によると、今回の報告書は客観性を保つため、日本以外の専門家が執筆したという。明石さんは「独立した国際組織が示した今回の報告書の内容を、福島だけでなく、日本中の人に知ってもらいたい」と話した。

国連科学委員会による福島県民らの推計被曝(ひばく)線量

福島県内の各市町村の平均値。単位はミリシーベルト)

        2014年の報告書  今回

甲状腺(1歳)   15~83      1・2~30

甲状腺(10歳)   12~58      1・0~22

全身(成人)  1・0~9・3  0・046~5・5

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コメント

あれから10年です。
あっという間でしたね。私も10も歳をとりましたが、まるで昨日のように思い出します。特に20歳の頃からしょっちゅうドライブしてた岩手〜福島の海岸線の壊滅した映像は衝撃的でしたね。
あの春からしばらく、こちらのブログにも放射脳さんの酷い中傷コメントが続きましたね。それはもう凄まじいものでした!

武田邦彦氏に至っては、テレビで煽りつつ自分が主張する「管理区域」である我が県にやって来て講演会をして除染(笑)もせずに帰るし、散々ポケット線量計をリンクサイトで売ってボロ儲けしたあげく、バレてきた2014年夏にパッタリと原発関連の発信を止めました。見事な商売人です。

マスコミはなあ。。今回の記事とか、それこそ煽りまくって多くの人の人生を狂わせた朝日がどんな面で書いてるのやら(呆れ)です。
全面使って「ごめんなさい」記事を書くくらいしてみせなさいと。。

とにかく、今日は鎮魂の日です。


当時、放射線、放射性物質、放射能等の用語の区別付かない、核分裂反応と放射壊変の混同、低濃縮ウランで核爆発起きない、原子番号20(高校化学は20迄学ぶ)以上の物質を不必要に怖がる(そもそも周期表自体知らない)、指数関数が解らないから半減期を正しく理解出来ない等々の物理や化学を中学生レベルでしか理解出来てないとしか思えない方(理系志望の高校生以下要は素人)が大学教授(マルクス経済の金○勝氏等)、弁護士等の「識者」として無茶苦茶な事言っても、その肩書きの為我々一介の技術者より一般受けしてたの思い出し、日本が文系社会って思い知らされました(今のコロナもそんな感じ?)

個人的には理科教育の充実や解りやすく伝えるサイエンスライター育成等必要と思われますが多分無理でしょうかね。


Si氏のコメント:
「大学教授、弁護士等の「識者」として無茶苦茶な事言っても、その肩書きの為我々一介の技術者より一般受けしてた」・・・強く同意します。
 科学技術を論ずるのに数字と単位を言わない(言えない?)論者はニセモノで信用してはいけません。電力の基本単位KwとKwhの違いが判らない自然エネルギー評論家など無茶苦茶です。

一読者様

kwhとKwの区別が付かない、と言うより自然エネルギーの出力を大きく見せる為に意図的に単位を混同させたと思われます。
某宣伝も「タウリン1000mg配合」は1g配合より聞こえが良い。

1秒間に1J→1Wと1Wの出力で1時間→1Whなら数字を3600倍に出来るから単位が解らない方は最後のhなど見落とし「太陽光が有れば原子力(最近は石炭火力も?)要らない」と騙されるんでは?
尚、kは桁なので省きました。

そもそも、Wも電流(A)×電圧(V)要は量×力なので大した電圧稼げない自然エネルギーでは下手すりゃ三相200Vにもならないし(流石に大袈裟?)変圧器かけたら振幅増え過ぎ使えないジャンク電力に成りかねませんが、Wの意味理解出来てないとこのあたり考えず自然エネルギー礼賛なんですね。
プロボクサーの1発と一般人の10発はかなり人体への影響ちがってても10×1と1×10で同じ数値なので同じ10に見える模様です。

2007年頃(だったと思う)からフジ「ホンマでっか!?ニュース」に出演し始めて、資源リサイクルや環境問題にある欺瞞のぶっちゃけ話(その内容には首肯できる部分もある)などで馴染みになってきていた工学者武田邦彦氏の影響力は既にけっこうなもので、震災・津波と原発電源喪失事故後に氏のブログを覗くと、コメントに集う多勢ともども、見当違いな、或いは酷い盛り上がりになっていった。
コメント欄がプロメテウスも嫌韓嫌中も陰謀論も網羅して勝手に増殖していくのはそのままに、武田邦彦氏は自説を滔々と述べていた。
流体力学者にして航空工学の父といわれたカールマーン・トードル(セオドア・フォン・カルマン)は、「科学者はあるがままの世界を研究し、工学者は見たこともない世界を創造する」と言ったという話を思い出して、武田邦彦氏のあの言説はそういう違いから来るものなのかしらねぇと、当時考えた。

10年。
科学に忠実であろうとする声は、人文系の「お気持ち」の大声に軽んじられ、かき消されてきた。
科学で事実が知られてくるようになると、朝日新聞は「科学を振りかざすな」といった。
支援する側の中にも、被災地は被災地らしくあり続けろという態度の者があったという。
https://www.zakzak.co.jp/smp/soc/news/210310/dom2103100002-s1.html

10年。
本土勤務時代からの仲間のひとりは、行方不明であった御母堂様が、見つけてもらえたお骨の鑑定で特定されることが叶い、いろんな気持ちにひと区切りをつけることができたと言った。
縁があって震災以前からお付き合いが続くご家庭は被災者となったが、お子さんは大学進学卒業を果たし、今は診療放射線技師として働いている。
沖縄へ越してこられた方々には、新天地に馴染む方も残念ながら馴染めない方もあったようだが、その中には、冬場の沖縄キッズが楽しみにしている、青森三沢から運ばれてくる雪で遊ぶイベントを、全力で潰そうとする人たちもあった。
「信じられる政治家は山本太郎だけだ」と周囲を説得する人もあった。
10年。
何を信じて何を信じないか、何を選んで何を選ばないか、それは誰でも自由なので、反論を呈する時以外、肯定できなくとも邪魔はしないが、己と違う考え、選択をする人々をただ猛否定し悪様に罵る人たちは確かに多勢いて、それは最早宗教だと感じた人々もまた、敢えてそうと言わないだけで、多かったと思う。

答えは出てきた。
只管「お気持ち」に動かされる人々が信じ、言った通りにはなっていない。
この後もならないだろう。
そのことを責めたり揶揄したりは詮無いが、「お気持ち」をつくり流してきた新聞・テレビ、デマゴギーで影響力を行使してきた人たちと共に、己を振り返って「お気持ち」に区切りをつけた方がよかろう。
如何なる時も己は無謬だと信じ、そういい続けるよりは、ずっとマシになれるだろうと思う。

  何日か前の琉球新報の一面に、原発事故当時に福島からのがれて来たという、まだ幼い子供を抱えた若い母親の記事が載っていました。仕事の都合で福島に戻った夫と離婚さえして、現在は母子家庭にて沖縄県内で職を得て元気に頑張っているという主旨だけの記事です。

このお母さんの判断の是非まで我々はとやかく言えませんが、与えられた情報が最初から確かなものだけであったとすれば、別の選択をしたのではないだろうか? という気持ちを強く持ちました。
また、このお母さんの判断の正しさは、「いまだに福島は放射能に汚染されたまま」という非科学的な根拠や、自己の中で安全を安心へと転換出来ないで漠然たる不安にささえられたものであろうと想像いたしますと、ちょっとやり切れない思いがしました。

震災の犠牲者には、ただただ黙祷するしかありません。東海・東南海・南海
の海溝型大地震が来たら、私の所も想像を絶する被害になりそうで、覚悟を
決めていますわ。当地は室町末期の明応地震で、町ごと津波にさらわれて
壊滅した所として、当時京の都でもウワサになっていたとのことです。なんでも
鎌倉の大仏さんが大仏殿を津波で流されて現在の露天の状態になったのも、
古代より遠き淡海(近江)と言われていた淡水湖の浜名湖が砂州の部分を壊
されて海とつながり汽水湖となったのも、同じ明応地震が原因だとか・・

マスゴミが、震災10年のお涙頂戴やら人々の絆やら復興の進まぬ様子やら、
大衆の「カワイソウ」の情に訴えて視聴率をかせぐのに躍起になってるように
見えて、私は不満ですわ。今こそ、次の大地震に備えて「テメーら、他人事じ
ゃないんだよ、今度はお前らの番なんだぞ、準備できてんのか!」と、科学的
な総括をした上で大津波に対する防災について報道するのがマスコミの良心
だと思いますわ。

何度も書きますが、あの大地震直後のTVには津波情報として、福島6M他3M
とテロップが出ていました。それを見た私は「6Mなら大した事にはならないな」
と思いましたし、後日現地の人達の同じコトバを聞きました。その後30Mもの
巨大津波が来たんだから、こりゃ気象庁サギですわ。その気象庁の人が言う
には、「アレは6M以上という意味なんです」だとさ。この津波情報サギについて、
ほとんど人の口に登らないのが不思議です。もし私が大地震当時、旅行で福島
の海岸にいたら多分、高台へ避難などせずに、野次馬根性で海の近くへ行き、
「おお、津波スゲー、ああああっっ」と、そのまま死んでいたと思いますわ。

それに、原発事故の直接的原因が、全電源喪失ってのにドン引きしましたわ。
電源車が1台でも接続可能なら、ナンの事は無かった。とにかく電源コードが
原子炉まわりの冷却装置につながるようになっていれば良かっただけ!100V
と400Vじゃ合わないって、電力会社なのか?こんなツマラナイ初歩的ミス?で、
人も町も原子力政策も、みんなパーになった。これもあまり人の口に登らない
ようですが、凡ミスが招いた被害のあまりの大きさに、言ってはイケナイことに
なってる?被害受けた人達の怒髪が天を突くから。

 使用済み核燃料の問題について管理人さんはどう考えているのでしょうか。

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