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2021年3月15日 (月)

福島事故は必然ではなかった

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先週述べたように福島原発事故において、当時の民主党政権の致命的な欠陥は情報隠蔽でした。
事故が起きた当事国の政府は、一切の隠蔽と加工なしで情報を開示せねばなりません。これが常識です。
正しい情報の開示がなければ、危機管理もリスクコミュニケーションもなにもあったもんじゃありませんからね。
民主党は情報隠蔽を糾弾しつづけたのに、いったん自分が政権につくと手のひら返しを演じました。
国民にさえ知らしむべからずなんですから、外国政府に情報を開示するわきゃありません。

このようなカン政権に対して、真っ先に怒りをぶつけたのが米国政府でした。
やや長文ですが、当時の福島事故を巡る雰囲気を再現するために再録しておきます。
ゾっとすることには、米国政府は日本を「無政府状態だ」と認定していたようです。

「「日本の指導者の欠陥が危機感を深める」
 ニューヨーク・タイムズ紙は16日、こんな強烈な見出しで、菅首相が臨機応変の対応力や官僚機構と円滑な協力関係に欠けるため、国家的危機への対処を大幅に弱くしている、と指摘した。
 今週に入り、米政府やメディアは総じて日本に厳しい。悲惨な大震災への同情はどこかに吹き飛んでしまった。
 米国在住のジャーナリストは「ホワイトハウスや議会で連日、日本の原発危機に関する会議や公聴会が開かれているが、『日本政府や東電は情報を隠蔽している』『混乱して無政府状態』といった反応ばかり。かなり緊迫している。これを放置すると、反日感情がさらに高まる」と警告する。
 事故発生直後、米政府は原子炉冷却に関する技術的支援を申し入れた。ところが、原子炉の廃炉を前提とした提案だったため、日本政府は「時期尚早だ」と受け入れなかったという。
 その後も、米政府は外交ルートを通じて、「第1原発は大丈夫なのか?」「本当のことを教えてくれ」と打診したが、日本外務省は首相官邸の指示もあり、「適時適切に対応している」とお役所答弁。ところが、第1原発の危機は日に日に深刻化し、水素爆発や放射性物質漏れが発覚した。
 このためか、ヒラリー国務長官は「日本の情報が混乱していて信用できない」「米国独自の調査で判断する」とテレビのインタビューで強い不快感を強調。在日米大使館は第1原発の半径80キロ以内に住む米国民に避難勧告し、東京の米大使館などに勤務する職員の家族約600人に、自主的な国外退避や日本国内の安全な地域への避難を認めると発表した。
 米メディアも17日朝から「金曜日にも太平洋を超えて米国に放射性物質が到達するから危険」と派手に報じ、欧州やアジアのメディアも「天災が人災に発展」「事実を隠蔽した」などと報道。
 米西海岸はパニック状態で、抗放射能薬が飛ぶように売れて、品不足状態だという。
 現在、ワシントンに滞在している国際関係学研究所の天川由記子所長は「米政府は菅政権に対し『大量の放射能漏れを隠している』との懸念を持っている。菅政権の対応の遅さと甘さは、米国民に『日本人は放射能漏れを起こした厄介者』と思わせかねない」と語る。
 菅政権は、日本を世界の孤児にする気なのか」(産経新聞2011年3月18日)

事故直後という決定的状況において、米国政府は日本政府の統治能力をまったく信頼していなかったのです。
日本政府からの情報提供に見切りをつけた在日米軍は、早々と横須賀から放射能モニター車両を走らせ、関東一円の放射線量を独自に測定すると同時に、米国人軍属と民間人に退去を命じました。
また当時、横須賀に係留されていた米空母は出港し、安全海域まで避難を開始し、グアムから無人偵察機グローバルホークを福島原発上空に飛行させて詳細な情報を得ようとします。
まさに日米同盟は根底からガラガラと崩れようとしていたのでした。
この日本政府に対する米国の不信が続けば、米国はおざなりな義援金供与と、小規模な救助隊ていどでお茶をにごしていたかもしれません。

この崩壊せんとする日米同盟の絆をかろうじて食い止めたのが、福島原発に残留する吉田所長率いる「FUKUSHIMA50」と、全力で救援にあたる自衛隊の姿と、なかでも最も危険な原子炉直上で注水活動に従事する自衛隊ヘリの存在でした。

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この必死に戦う日本人たちの姿を見て、オバマはあらゆる手段で日本を救援するように命じ、史上空前の規模のトモダチ作戦が発動されたのです。

米国政府は福島第1原発の事故発生とNRC(米国原子力規制委員会)の支援を申し出ていました。
それはNRCが原子力事故に対して世界でもっとも経験豊富な機関であり、独自に原子力事故即応ユニットさえ持っていたからです。
すでにNRCは直ちに技術支援可能であり、ゴーサインを待っていました。

福島事故以前に2回日本はこれを防止する機会をあたえられていました。
ひとつめは
安全神話に安住する日本と違って、米国は既に1981年から1992年かけてNRCが、原発で電源が完全に消滅した場合になにが起きるのかというシミュレーションを実施してました。
それゆえNRCは福島事故の展開を詳細に予想できていました。

「東京電力福島第一原子力発電所と同型の原子炉について、米研究機関が1981~82年、全ての電源が失われた場合のシミュレーションを実施、報告書を米原子力規制委員会(NRC)に提出していたことがわかった。計算で得られた燃料の露出、水素の発生、燃料の溶融などのシナリオは今回の事故の経過とよく似ている。NRCはこれを安全規制に活用したが、日本は送電線などが早期に復旧するなどとして想定しなかった」(朝日2011年3月31日)

NRCのこのシミュレーションにおいて、福島第一原発1~5号機と同じ米ゼネラル・エレクトリック(GE)の沸騰水型「マークI」炉のブラウンズフェリー原発1号機をモデルにして、米オークリッジ国立研究所が実施していたものですが、ほぼ正確に後の福島事故の展開を予想しています。
ちなみにこの内容は、1982年当時日本側の原子力安全委員会・保安院にも伝えられていたはずでしたが、有効に活用されずにお蔵入りしていたようです。

では米国NRCの想定したシミュレーションを見てみましょう。
まず、今回の福島第一原発で起きた状況とまったくと同様に、「外部からの交流電源と非常用ディーゼル発電機が喪失し、非常用バッテリーが作動する」事態がシミュレーションの条件です。

いうまでもありませんが 、この全電源喪失という極限状況こそが福島事故で起きたことです。
NRCは、これを前提として、バッテリーの持ち時間、緊急時の冷却系統の稼働状況などいくつかの場合に分けて計算しました。
福島第1原発では、直流バッテリーは8時間使用可能でしたので、NRCのシミュレーションより4時間遅れとなりましたが、「燃料棒の露出」⇒「温度上昇・水素発生」⇒「燃料棒の融解開始」⇒「格納容器破損」という発生した事象の順序は一緒でした。

つまり、事故を未然に防ぐには全電源喪失という事態をなにがなんでも防がねばならなかったはずでした。
ところが愚かにも原子力安全保安委員会は、1990年に原発の安全設計審査指針を作った際に、このNRCの警告をまったく無視してしまいます。
信じがたいことに、
安全保安委員会は「長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧または非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」と一蹴してしまったのです。
原子力安全委員会の斑目委員長などは、「隕石の直撃など、何でもかんでも対応できるかと言ったら、それは無理だ」とうそぶく始末でした。この連中がもう少しまともな脳味噌を持っていたなら、福島事故は起きなかったはずです。

このように福島第1原発事故は、必ずしも必然だったわけではありません。 
たぶん回避可能な多くの事故と同じように、起きないで済んだことも考えられました。 
それはそう難しいことではなく、冷却系の電源を複数離れた場所に確保しておき、万が一地震や津波で一基が破壊されてもサブユニットが生き残る方法をとることで済んだはずです。 
下図は近距離にある福島第1と福島第2を比較したものです。
わずかこの予備電源の位置だけが、双方の運命を決したことがおわかりいただけると思います。

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福島第一原発事故への疑問・原因・対策 P.2
http://www.imart.co.jp/genpatu-jikogennin-bousisaku-p1-old12.19.html

原発は大地震そのものには耐えたにもかかわらず、津波によって予備電源が水没したことで事故に至りました。
津波が到来しても予備電源が生きていれば大丈夫だったのです。
つまりなんのことはない予備電源ユニットを屋上に乗せるか、あるいは水密構造にすればいいだけのことだったのです。
この改修は、後の安全基準で実施されている高い防波堤や、建屋の耐震構造の見直しなどから較べればはるかに簡単で安価、しかも直ちにとりかかることが可能でした。

ところでここで深刻な疑問が湧きます。
なぜこのような小規模の安全措置の多重化すらしなかったのでしょうか。 
それは、日本独特の悪しき「原発安全神話」が生きていたからですが、二度目のチャンスも存在していました。

2002年、米国NRC(原子力規制委員会)から、原発施設の強靱化方法が伝えられた時です。
2001年、米国は世界貿易センター同時テロを受けて、仮に原子力発電所が標的だった場合を想定しました。
NRCは、9.11同時テロの際、ワシントンに向ったユナイテッド93便の飛行コース上に、ホワイトハウス、議会以上に恐ろしい施設を発見し愕然となりました。
それは乗っ取られた旅客機のコース上に
ハドソン川河口のインディアン・ポイント原発(PWR2基)があったからです。 

 

インディアン・ポイント原発

旅客機を乗っ取ったテロリストが、もし原発に旅客機を衝突させたら、それによって原子炉建屋が破壊され、ニューヨークは一瞬にして壊滅し、風向き次第でその風下域は居住不可能となります。  
その可能性を考えたNRCはこのそれまで予想もしなかった旅客機の衝突を含む核テロに対して対策を練ります。
それがこの「原発事故・核テロにおける減災対策連邦基準」 であり、その核心がB項5のbだったのです。

NRCは旅客機だけではなく、テロリスト集団の侵入による核テロを想定しました。
テロリストが原発施設内に侵入し制御室を制圧し、制御室へのアクセスが不可能になるといった事態です。
自爆テロリストが制御室にまで武力侵入し、彼らの支配下に原発が落ちたらどうしたらよいのかと想定したのです。

特に恐ろしいのは、彼らが全電源のメーンスイッチをオフにした場合です。
福島で起きた状況と同じです。
福島の場合、原発への電力網が倒壊して外部電源が止まり、そのうえ頼みの予備電源が水没してしまい全電源電喪失という、もっとも恐ろしい事態が発生しました。
冷却系への給水が止まるという最悪の事態が発生したのです。

NRCは、福島事故の10年のそれをそれを予想し、対策を立てていました。
そしてこの全電源停止事態に対処するために作られたのが、この原発事故減災対策B・5・bなのです。

船橋洋一『カウントダウン メルトダウン』によれば、NRCが作ったは原発事故B・5・bの内容はこのようなものでした。 

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NRC「原発事故・核テロにおける減災対策連邦基準」B5条b項
①第1段階 想定される事態に対応可能な機材や人員の準備
②第2段階 使用済み燃料プールの機能維持及び回復のための措置
この際に、第2段階では
③サイト内での給水手段の多重化 
サイト外では給水装置の柔軟性と動力の独立性
第3段階 炉心冷却と格納容器の機能の維持及び回復ための措置
この際に第3段階では
⑤原子炉への攻撃に対する初動時の指揮命令系統の強化
⑥原子炉への攻撃に対する対処戦略の強化
 

米国NRCは核・原発テロは4つのシナリオを考えていました。

a 核施設に潜入して、中央制御室に立てこもり、要求を受け入れないとベントするか爆破すると脅迫する
b 9.11スタイルで、乗っ取った航空機で核施設を自爆攻撃する
c 電源喪失などの核インフラを切断する
d 配管・パイプを切断する

未曾有の津波が襲った結果、第2段階(④)及びcの状況になったのがまさに福島第1原発事故だったわけです。
つまり、この米国原発減災基準B・5・bは全電源喪失による給水系のダウンを想定していたのです。 
特に③の冷却系に対する給水手段の多重化、④給水装置の柔軟化と動力の独立などは、していたわけで、後に原子力規制委員会が重視した原発安全新基準とまったく同じで、それをはるか前に勧告していたわけです。 

もし、この時に日本政府がB・5・bを受け入れて、冷却系の動力をいくつもに分けて多重化し、万が一ひとつが破損しても別な系統で代行できるようにした上で、配電盤も水密構造にし、これも多重化しておいたならば、福島事故は相当な確率で予防できたはずでした。
現実に3.11時にも、女川、福島第2、東海村第2の各原発は、震災と津波に合いながらもかろうじて残存した電源があったために事なきを得ました。 

このようなNRCからの重要な情報に耳を閉ざしていたのが、誰あろう当時の宰相であった小泉純一郎首相でした。
彼はブッシュ・ジュニアのご機嫌をうかがってイラク戦争に自衛隊を送り出すことに必死で、そんなNRCの情報など見向きもしませんでした。
今頃になって、小泉元首相は「原発安全神話」を盛んに批判していますが、日本でもっとも深く原発安全神話に犯されていた馬鹿野郎がこの人物だったのです。

彼は、唯一福島事故を回避する手段だったB・5・bに目もくれず、安全委員会や東電には資料を渡すことすらせずに放置しました。
例によって官僚に丸投げして、「うん、わかった、任せる」とやったのでしょうから、当人は忘却の彼方で、そんなことがあったことさえ記憶に止めていないことでしょう。
ですから『カウントダウン メルトダウン 』によれば、 3.11時に支援に入った米国NRCのスタッフは真っ先にこの減災基準B・5・bを利用して事故対処ができないかと考えたようですが、斑目委員長からして初めて聞いた、今聞いたというていたらくで、むしろそのほうにNRCは仰天したようです。
情けないというか、バッカじゃなかろかと心底思います。

こうして、たった2回限りの福島第1原発事故を防止できたチャンスは永遠に消え去りました。
このような平成の無責任男と半狂乱男のふたりが揃って反原発を絶叫するというのは、なにかの悪い冗談でしょうか。

 

 

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コメント

まあちょうど10年前の今頃、国会や会見見た視聴者から
「菅は起きろ!枝野は少し寝ろ!」なんて、今では考えられない枝野官房長官同情論がネットで沸いてたくらいですからね。
あと、経産相の海江田万里(どこいった?)の涙の会見とかねえ。。

民主党政権の悪夢ばかり言っても仕方ないですけど、そのずっと前から保安院とか原子力安全委員会がバラバラで、国策電力会社とズブズブだったのは確かですね。情報すらろくに共有していない理系バカと利権バカばかりで。。

先週日テレで放送された映画「FUKUSHIMA50」ですけど、よく出来てましたね。
たまたま放送観ながら当時の中の人や元東電社員がガチで参加してるライブチャットやってるスレを見付けて両方見てました。
佐野史郎の総理や渡辺謙の吉田所長はかなりリアルだったとか。。

原発の中央制御室がテロリストに占領された場合どのように対応するのでしょうか。仮に占領されたとしても防ぐ手段はあるのでしょうか。中央制御室まで占領されたらベントを爆破するとかテロリストのやりたい放題にならないのか。

柏崎刈羽原発の制御室に不正にidを使って侵入した輩がいたという話があります。日本の原発にもテロリストが侵入する危険性は十分あるのではないでしょうか。

ken さん。中央制御室に入られて人質をとられた場合、きわめて危険です。
現況では、たぶんやりたい放題となる可能性があります。

だからNRCはそのシミュレーションをしていたのであって、柏崎のたるみぶりは論外です。東電本社はあいかわらず無能な馬鹿が支配しているようで憂鬱二なります。

管理人さんご返答頂きありがとうございます。核のゴミの問題について来週のどこかで記事すると仰っていたので楽しみにしていたのですが該当する記事がなかったことが気になりました。管理人さんは暫定保管が適切であるとしていましたが保管場所として具体的な候補地はあるのでしょうか?    例えば東電の保有している土地の敷地内ですとか国が所有している土地ですとか具体的な候補地を挙げていかないといけない段階に入っていると思います。

管理人さんが挙げられた学術会議の提案については私も承知しています。ただ地上で乾式キャスクで暫定保管する案は地下で保管する地層処分よりテロや災害時のリスクが大きいのではないでしょうか。

ken さん。記事のテーマは状況の流れと私の中の重要性で決めています。
どう考えても2+2と米中会談のほうが重要なのでそちらを選びました。

今週も保管についてかならず書くとは限りませんので、そのおつもりで。

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