気がついてみれば「パレスティナ解放」をいうのはハマスとイランだけ
今回のハマスとイスラエルの応酬について、もう少し考えていきましょう。
もっともよくある報道のパターンは、無差別に空爆するイスラエル軍と虐殺され続けるパレスティナ住民の悲劇という切り取り方ですが、この見方はアラブ贔屓しかいない日本の中東屋の定番のようなもので、これではなんの説明にもなっていません。
このような見方では、イスラエルを暴虐国家として批判するだけですべてを説明してしまうために、今回の仕掛けたのがハマスの側で、しかも長期間のロケット弾の備蓄があって始められた大規模テロだということを、意識的に見落としています。
また5月15日が「ナクバ(惨事)の日」と言って、1948年にイスラエルが独立した時に生じたパレスティナ難民の苦行の開始の日に合わせて、パレスティナ側が攻撃をしたのだ、という見方もよくされます。
5月13日がちょうど4月13日から始まった1カ月間のラマダン(断食月)明けだったので、宗教的感情が高まっていたので、ユダヤ教国家に対して攻撃をしかけたのだ、という説です。
宗教対立で説明しだすと、イスラエル独立、いやもっと過去のディアスポラまで遡らないといけませんから、解決不可能ということになります。
「報復の連鎖」も同じで、これではなにも言ったことにはなりませんが、なんとなくわかったような気分になってしまいます。
イスラエルは建国以来世界のどの国よりもテロを受け続けた国ですし、かつては民族絶滅の危機をくぐってきているのですから、テロに対しては厳しい対応を続けるでしょう。
もちろん宗教との関連はあるでしょうが、イスラム原理主義過激派がラマダン期間中にテロを実施することなど珍しくありません。
2016年7月に起きた、バングラデシュの首都ダッカのレストランにおける日本人を標的にしたテロでは日本人7人を含む20人が殺されましたが、犯人はISで 、ラマダンの期間中でした。
殺された日本人は途上国支援に来ていた人たちで、イスラエルとはなんの関係もなく、まきぞいを食った現地人はすべてムスリムでした。
つまりイスラム原理主義過激派にとって、宗教期間であろうとなかろうと、ムスリム同胞であろうとなかろうと無関係にテロを実施する存在なのです。
あえて関係あるとすれば、それは「宗教を利用できる」からにすぎません。
ですから、むしろ今回のハマスの攻撃の理由から宗教的要素はあえてはずして見たほうがよくみえるのではないでしょうか。
見よ、これが、ハマスのロケット弾だ
メディアの今回の事件の背景の説明で、なぜか触れられていないのはこの時期がパレスティナにとっても、イスラエルにとっても「政治の季節」だったことです。
パレスティナ側にとってこの時期は、なんと15年も自治政府に居すわっていたマフムード・アッバス議長が、5月下旬予定の自治評議会選挙をまた延期した時期にあたります。
アッバス議長:5月総選挙延期を表明へ 2021.4.28 – オリーブ山通信
「パレスチナ自治政府のアッバス議長は、1月15日に、15年ぶりとなる自治政府議会の総選挙とそれに続いて議長選挙を行うと発表。以降、アッバス議長自身のファタハからも若手ライバルが2人、ハマスも含め約25のグループが立候補し、政権交代の可能性が出始めている。
この選挙にはパレスチナ市民も大きな関心を寄せており、有権者の92%(約250万人)が、投票に参加すると表明していた。
しかし世論調査での最大議席獲得政党は、ガザのハマスが代表する政党で、アッバス議長は過半数に届かないという結果になっている。このため、アッバス議長は28日、選挙を延期すると発表した」(オリーブ山通信 石堂ゆみ 2021年4月21日)
アッバスは、イスラエルの承認が得られなかったと他人ごとのように言っていますが、イスラエル外交当局はそれを否定しています。
本当の理由はアッバスが負けそうだからです。
アッバスの腐敗はパレスティナ住民で知らぬ者とてない状況で、ハマスが政権を取る絶好の機会を先延ばしてしまったことに対してハマスは怒り狂っていました。
「アッバス議長の任期は、本来なら2009年までであったが、ハマスとの合意が得られないことから選挙が行えず、選挙は何度も試みたものの、一回も議長交代がないまま、今に至るという状態にある。
しかし、今では、パレスチナ自治政府が腐敗していることに異論を唱えるパレスチナ人はいない。また、アッバス議長が15年も議長を続けて、今や86歳と高齢になっていることから、市民の間には、政府の改革、刷新を求める声が非常に大きくなっている」(石堂前掲)
ハマスにとってもうひとつ予想外だったのは、湾岸中東諸国がこの自治評議会選挙にまったく関心を示さなかったことです。
今までパレスティナ解放の旗印を「アラブの大義」として位置づけていましたが、この大義は完全に過去のものになっています。
アラブ諸国のUAE、バーレーン、スーダンが、次々にイスラエルの存在を認めて、「アブラハム合意」を締結し、サウジも近々これに加わると見られていました。
数々の利害対立を起こしてきたアラブ諸国も、こと「パレスチナ人問題」となると結束し、イスラエルを批判し、パレスティナ「解放」組織を支援してきた歴史があります。
多大なパレスチナへの経済的支援、軍事支援をしてきたのは、「パレスティナ解放」が唯一の汎アラブ主義を維持するテーマだったからです。
しかしこの汎アラブ主義は、今や「アブラハム合意」によって逆転し、むしろイスラエルとの平和共存による中東地域の経済発展をつくろうという流れに替わりました。
「アラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンは、2020年9月15日に米国が橋渡ししたイスラエルとのアブラハム合意共同宣言に署名したアラブ諸国の2カ国です。
イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)とイスラエル・バーレーン関係の正常化は、イスラエルに利益をもたらし、パレスチナ人をさらに去った取引として扱う批判者と、混在した反応を受けた。
2020年8月に関係正常化計画が発表されて以来、パレスチナ人自身が不支持と非難を表明して厳しい関係を示してきた。パレスチナ人はこの取引を「パレスチナ人の闘争の裏切り」と呼んだ。
しかし、イスラエルと米国は、他のアラブ諸国と政治的ロビー活動を続けています。2020年10月23日、スーダンはイスラエルとの外交関係の再構築に合意した3番目のアラブ諸国となり、トランプはスーダンをテロ支援国のリストから削除した。
ポンペオによると、彼の党は二国家解決、すなわちパレスチナとイスラエルが互いに共存するという考えに基づいて中東和平計画を実行した」
(2020年10月29日voi)
たとえば、サウジの若き皇太子にとって、かびの生えたような「アラブの大義」というような手垢のついた理念は足かせにこそなれ、なんの政治的価値もありません。
むしろ21世紀に生き残るためには経済大国・技術立国のイスラエルを積極的に戦略パートナーに選ぶ流れは、トランプの提案がなくとも別の形で実現したことでしょう。
その状況の変化を敏感に読んで、「アブラハム合意」という素晴らしいネーミングで包括的和平案を提案したトランプという政治家は並大抵ではありません。
いまやサウジは、アブラハム合意にこそ未参加ですが、イスラエルと軍事情報交換を行う関係を持っています。
軍事情報のやりとりをする仲なのですから、「パレスティナ解放」など夢幻です。
この背景には、イスラエルが無視することのできない巨大な科学技術国家に成長してしまったことが上げられます。
たとえば今、サルマン・サウジ皇太子は、今までの石油依存経済から脱却しようと模索しています。
その中心プロジェクトが、アカバ湾の科学技術都市NEOMです。
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「2017年10月、モハメド・ビン・サルマン皇太子は、世界の究極のスマートシティとしてNEOMの建設計画を発表しました。
サウジアラビア、ヨルダン、エジプトに広がる10,230平方マイルの土地(シンガポール37個分)に建設され、NEOMは世界で最も急速に成長する産業のハイテクハブになります。その戦略的な立地は、紅海、アカバ湾、スエズ運河の貿易ルートを利用するように設計されており、新しくキング・サルマン橋を建設し、サウジアラビアとエジプト間を直接つなぎます。
その名前にも、NEOMの野望が込められています。ギリシャ語で「新」を表すネオ、アラビア語で「未来」を表すmostaqbalに由来しているのです」
(アブドラ・ラティフ・ジャミール2018年8月12日)
https://www.alj.com/ja/perspective/saudi-arabia-ready-lead-world-smart-city-development/
つまり今や、「パレスティナ解放」の外堀は完全に埋められしまい、「アラブの大義」は過去の遺物と化していたのです。
このような状況を反映したのが、パレスティナ自治政府の選挙にアラブ諸国がまったく無関心を決め込む、という事態でした。
かつての「パレスティナ解放闘争」華やかなりし頃には、アッバスの出身母体のPLO(パレスティナ解放機構)には、アラブ諸国がこぞって資金援助を申し出て、各派にパトロンとしてついたものですが、いまやその影すらありません。
かくしてポツンと取り残されたのは、イランとハマスのような過激派だけとなってしまったのです。
これに激しく危機感を持ち、鋭く反発したのがハマスでした。
「これはパレスチナ人たちが、忘れられるという流れである」(石堂前掲)
この忘れられそうなハマスが、イランの後押しでパレスティナの「政治の季節」に仕掛けたのがこのテロ攻撃だったのです。
長くなりましたので次回に続けますが、パレスティナとイスラエルを取り囲む状況は激変しているのであって、今までのような「パレスティナVSイスラエル」という古臭い構図で見ていてはなにも見えないのです。
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あえて例えて言うなら、現在のハマスってのは半世紀前の日本で左翼過激派が次々と支持を失って行き、辿り着いた「連合赤軍」みたいな存在っすね。。
そういやあ赤軍派はその前からハイジャックやらビル爆破やらで名を轟かせていたし、テルアビブ空港で乱射事件起こしてアラブ過激派に英雄扱いされたのまでいましたね。なんという親和性。
で、メディアや弁護士なんか若かりし頃の当時のお友達たちが偉くなって握ってきたわけで。。年代的には民主党政権が出来た時のトップ連中ですな。
仙石さんはお亡くなりになりましたが、あの世代ですよ。千葉景子が法務大臣なんて、何の冗談だ?と。
一方で、イスラエル現政権のネタニヤフ首相もかなり胡散臭い。
それこそ民族主義で台頭してきたポーランドやハンガリーの政権と急接近してたりしますね。アンタ、本当にユダヤ人なの?と。
それにしても人間って「悲劇」が大好きですね。というか権力者や反権力勢力といった扇動者は「悲劇」を愛して利用します!つまり必ず末端では悲劇が起こり続けますね。。。
投稿: 山形 | 2021年5月19日 (水) 07時18分
まるで子供が造るオモチャに爆薬載せただけのようなハマスのロケット弾に対して、迎撃側のアイアンドームは一発500万円します。それでも対空ミサイルとしては格安なんですけどね。
また「自爆ドローン」もイラン経由(核心技術は中国からっすね)で大量に入って使用されているようです。。
投稿: 山形 | 2021年5月19日 (水) 07時22分
アブラハム合意は大きな転換点ですね、宗教対立で説明しだすと解決不可能というのは記事の通りで、歴史的経緯をいくら遡ろうがそこに解決の糸口が無い限り、その行為は不毛としか言えません
むしろ戦争の継続のために、信仰が利用されてしまっている
今後は合意の継続が肝ですが、なんとか堪えて欲しいものです
投稿: | 2021年5月19日 (水) 11時54分
ハマスとは無関係ですが。
山形様、アイアンドームみたいなリーズナブル?対空誘導兵器でも5百万円ですか。
素人考えですが、護衛艦搭載のCIWS等の方がハマスのロケット弾対策に金銭的には有効な感じですかね?
実家近くには陸自の高射特科大隊駐屯地が有り、野戦防空用対空ミサイル積んだ車両よく見かけます。尚以前よく見た高射機関砲は退役模様。
なかなか高性能らしく、同じく実家上空を毎日飛んでる(帰省時ヘリの爆音が聞こえないと物寂しい?)陸自戦闘ヘリやブラックホークみたいなのへの対応なら兎も角、この手のゲリラ兵器には鶏に牛刀?。現在は「対岸の火事」ですが陸自の対応は大丈夫?って何となく心配な感じです。
投稿: Si | 2021年5月19日 (水) 14時51分
沖縄の米軍基地周辺で風船とばしたり、米軍のヘリやら飛行機やらにレーザーポインターあてて飛行妨害する連中のメンタルも同じようなもんでしょうね。それこそ事故でも起こして被害者がでること望んでるでしょうよ。
投稿: クラッシャー | 2021年5月19日 (水) 17時54分