ガザ地区空爆、ハマスの思惑を考えないとわからない
ハマスがイスラエルにロケット弾攻撃を仕掛けました。
いままでもハマスはさんざんやってきたのですが、今回様相が異なるのは、準備を重ねた千発を超える飽和攻撃だったことです。
名にし負うイスラエルのアイアンドームも、多くの打ち漏らしを出して死傷者を出しました。
その名も鉄のドームと名付けられたこのロケット弾対応ミサイルディフェンスは、いままで見事に市街地への着弾を防いできました。
今までかろうじて危うい平和を保ってこれたのも、このアイアンドームがあればこその話で、その都度今回のような大規模な報復攻撃をしていれば、やがて本格的な戦争に発展してしまいます。
ですから、今回、イスラエルがパレスティナ側に200名を超える死者を出すような過剰とも思える報復に踏み切ったのは、いかに今回のロケット弾飽和攻撃を深刻な脅威とイスラエルが受け止めたかを示しています。
日経
「パレスチナは15日、1948年のイスラエル建国で約70万人が難民になった「ナクバ(大惨事)」の日を迎えた。イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザに空爆を続けるなか、ヨルダン川西岸では14日、抗議するパレスチナ人がイスラエル部隊と衝突した。パレスチナ全土に広がった衝突のさらなる悪化が懸念される。
ガザへの空爆は15日も続き、AP通信やカタールの衛星テレビ局アルジャズィーラの支局が入居するビルが破壊された。AFP通信によると未明の空爆で難民キャンプの一家10人が死亡した。イスラエルでは同日、ガザから撃ち込まれたロケット弾のため中部テルアビブ郊外で1人が死亡した」(日経5月15日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR1538B0V10C21A5000000/
イスラエルの空爆によってAP通信が入っていたビルまでが破壊され、イスラエルは国際社会からも厳しい批判を浴びています。
西側報道もイスラエル批判一色といった様子で、西欧各国ではパレスティナ連帯デモも始まったようです。
では、ここで改めて問いたいのですが、この紛争のきっかけはなんだったのでしょうか?
いうまでもなく、ハマスによるロケット弾攻撃がきっかけです。ここは大事なことですから押えておいて下さい。
どうして多数の死傷者が出たのでしょうか?
このハマスという純然たるテロリスト集団が、無差別テロを働いたことによるイスラエルの反撃で、パレスティナ側にも死傷者が出たからです。
逆ではありません。イスラエルの空爆がきっかけではないのです。
では、ハマスの狙いはなんでしょうか?
それはパレスティナ住民に死傷者を大量に出すことです。
えっ、と思いますか。ハマスはパレスティナ解放組織なんだから同じ民族が死ぬことを目標にするはずがないと思われるかもしれませんね。
残念ですが、そういう甘い同胞意識は彼らには通用しません。
ハマスは、とうの昔に私たち日本人が考えがちな「パレスティナ解放組織」ではなく、イスラエルを抹殺することを自己目的化しているテロ集団です。
高橋和雄氏などは、ハマスはテロ団体ではない医療活動もやっている、なんて言っていますが、ならばISだって医療活動も教育もやっている「平和団体」でしたね(苦笑)。
それも今やパレスティナ人の組織ですらなく、イランから資金や武器弾薬を供給された下請け組織となっていることは公然の事実です。
イランでハマスに指令を与えているのが、イラン革命防衛隊です。
ですから、今回のハマスのロケット弾攻撃にゴーサインを出したのは他ならぬイランであり、今回のもうひとりの主役がこの国なのです。
イランはこの間のトランプの中東外交の成功によって、次々にアラブ諸国がイスラエルと国交を開いていく流れに強烈な孤立感を持ちました。
2020年8月にはUAEが、そして9月にはバーレンもイララエルと国交を結ぶことに合意しました。
ユダヤ民族とアラブ民族は同じアブラハムを父祖と仰いでいることから、この合意は「アブラハム合意」と名付けられました。
そして、父祖アブラハムにたちもどって、今後友好関係を持つことが謳われます。
1945年の独立以来、イスラエルの念願は、アラブ諸国がイスラエルを国として認め、中東諸国の一員として安定した関係が築くことでした。
しかし不幸にも、アラブ諸国との間に4回もの中東戦争が繰り返されましたが、1979年にはエジプトと、94年にはヨルダンと和平が実現します。
それから26年間、中東諸国ではイスラエルと国交を結ぶ国が現れなかった不毛な状況を大きく変えたのが、この「アブラハム合意」だったのです。
おそらくトランプ政権が継続していたら、湾岸の盟主であるサウジまでもがイスラエルと国交を回復したでしょう。
既にサウジはイスラエル民間機の上空通過を認めており、さらに石油依存経済から脱却するために、アカバ湾沿いにエジプトやヨルダンとともに科学技術都市建設を企画しています。
これにせかいで有数の科学技術力をもつイスラエルの参加を求めており、いまやイスラエルは中東諸国にとって「海に追い落とす」どころか、なくてはならない戦略パートナとなっているのです。
ですから、今や海に追い落とせと叫んでいるような国は、イラン一国だけになってしまいました。
バイデン登場によって遅れることになりますが、イスラエルは悲願であった周辺国との和平をなし遂げる一歩手前まできていたのです。
その現実がよく現れたのが、今回、ハマスがテロ攻撃に踏み切った直接の原因となったパレスチナ暫定自治政府の選挙でした。
5月下旬の選挙は延期されましたが、延期の理由はアッバス議長の不人気です。
暫定自治政府選挙が15年ぶりであることからもわかるように、アッバスの権力独占によって自治政府の腐敗ぶりはひどく、多くのパレスティナ住民から乖離した組織となっています。
そのためにアッパスは選挙で負けるのがイヤなので、強引に延期をしたといわれています。
またハマスに危機感を持たせたのは、この自治政府選挙に周辺のアラブ諸国が無関心だったことです。
ありていに言えば、周辺のアラブ諸国は、もうパレスチナ問題には関心がない、手を出さないという態度を取り始めました。
今までなら、自治政府首班を自国に有利な人物を据えようと各国は争ってカネをばらまく地下工作を繰りひろげたものですが、今回はまるっきりの無風。
周辺国にとって、もうパレスティナ、パレスティナと騒いでくれるな、ここまでしっかりと出来上がってしまったイスラエルを地中海に追い落とすなんぞ夢想だ、もう「アラブの大義」という時代はとっくに終わっているだ、というのが本音なのです。
今やアラブ諸国の大勢は、イスラエルとの和平を進め、協力関係を築いた方が、自国のためにも中東全体の安定のためにも、そしてゆくゆくはそれがパレスティナのためにもなる、という流れが生まれていたわけです。
このイスラエルとの和平の流れに強烈な危機意識をもったのが、ハマスでした。
中東和平が完成すれば、ハマスは存立理由を失い、さらにはその後ろ楯のイランは完全に浮き上がります。
このイスラエルとの和平を絶対に妨害するというのが、ハマスとイランの固い意志でした。
ハマスは今攻撃を仕掛ければ、イスラエルの政情不安定につけ込んで一気に中東情勢を流動化できると踏みました。
ますムスリムの聖地東パレスティナでイスラエル警察当局と騒動を引き起し、ネタニエフ政権を挑発しました。
そこで登場するのが、ハマスが営々と作り上げてきた地下ミサイル発射基地網です。
ハマスはガザ地区を要塞化し、各所にトンネルを掘り、ビルや学校、病院にロケット弾発射基地を据えました。
ハマスがテロ基地を学校・病院にテロ基地に置いた理由は、イスラエルに空爆されれば、女性や子供が死傷するからです。
民間人を「人間の楯」にするだけではなく、殺されることによってイスラエルを批判できます。
意図的に民間人を巻き込んで被害を拡大し、これを国際社会にアピールすることでイスラエルに不利な状況を作りだす、それがハマスとイランの目的なのです。
今回の空爆の特徴は、450発のミサイルをロケット弾発射基地のトンネルとビルに集中させたことです。
バンカーバスターという地中貫通爆弾も用いられて、徹底的にテロ拠点を潰すつもりのようです。
もちろん、イスラエル側もハマスの民間人巻き込み作戦をよくわかっていますから、事前に徹底したインテリジェンスを行って、テロ拠点を洗い出し、精密なマップを作って、爆撃に際しても事前通告をしています。
「イスラエル軍はガザ地区にあるビルをこの4日間でいくつも破壊していますが、空爆するだいたい10分前に、そのビルの所有者に電話して避難を勧告します。イスラエル軍としては、民間人を攻撃していないという体裁をつくるためです。
空爆にあたっては、まず軽い衝撃を与えます(rock-knockといいます)。その後、一瞬にして、きれいに崩壊させます。
それくらい、ガザ地区の内情は、イスラエル軍は徹底して把握しています。誰がビルの所有者か、その電話番号と現在位置、ビルの構造と破壊に必要な爆薬の量までわかっています。衛星とかドローンとかの偵察だけではなく、ガザ地区内にパレスティナ人の協力者がたくさんいて、情報を送り続けています。
戦力からいえば、イスラエル軍とパレスティナ側では、ライオンとネズミくらい差があります。
パレスティナ人の側としては、死者数がイスラエルとパレスティナで1:10くらいなら攻撃は大成功といえます。そのために、ガザ地区での地上戦、市街戦に持ち込むのが、戦略上は有効という発想になります。」(塩崎悠輝 静岡県立大学国際関係学部 准教授)
塩崎氏がいうように、ハマス側はガザ地区にイスラエル軍地上部隊を入れて、市街戦を展開し、また多くの死傷者を出すことを目論んでいたようですが、イスラエルはそのてに乗らないようです。
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コメント
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イスラエルは地上部隊も集結して侵攻するかと思いきや、まだ「砲撃」のみですね。
まあハマスは可哀想な住民とそれを守るんだー!という前提でしか成り立たない、日本でいう朝日新聞や日本共産党のような左翼みたいな存在ですね。身近に不幸が無ければ存在出来ない。そして親和性の高い国際メディアはパレスチナの悲劇!なんて報じ方をするというお約束です。「人道」が大好きですからね。それも悪化するほど。
オリンピック反対報道は、まんまそっくりですね。
ハマスに乗っ取られる前のパレスチナ代表組織だったPLOは、オイルショックを招いた第三次中東戦争から20年ほどはアラファトが指揮を取ってどうにか纏ってましたけど、中途半端な合意で自滅(テロリストに特化しきれなかった事情は分かります)というか汚職や腐敗が蔓延り過ぎて、結局はより急進的なハマスがパレスチナの主導権を握ったけど、やれることはやっぱりテロ攻撃だけというね。。統治機能は全く無い!
今回よく分かったのは、いかにアイアンドームでも飽和攻撃を食らえば撃ち漏らしもあること。
これ、日本のMDたったらと考えて下さる方はどのくらいいるやら。福島瑞穂みたいな国会議員ですら「MDは敵を攻撃する無駄金云々」とかつて言ってたレベル。まして中国や北朝鮮なら「核弾頭」もあり得るのだから、能力として前提に防衛しなければならないわけで。1発撃ち漏らしたらどうなるか···。。。
投稿: 山形 | 2021年5月18日 (火) 06時47分
多国間で「テロ組織」と認定されているハマスを「国家」とでも勘違いさせたり、「イスラム組織」とか言ってキレイ事にごまかす日本の報道は良くないですね。
飯山陽氏によれば、「ハマスはガザ市民に対する国際的な支援金、支援物資を横領し、学校や病院や道路がつくられるはずの鉄やセメントを使ってイスラエルを攻撃するためのトンネルやロケット弾の発射施設を作ったり、幹部は豪邸を建て贅沢な暮らしをしている」。
そして、「ハマスはわざと学校や病院を攻撃の基地や拠点とし、そこをイスラエルが空爆するよう仕向け、「イスラエルは無辜の市民を虐殺した」と主張し、その映像を大手メディアに撮影させ、世界に配信させることにより、世界中の人々にイスラエルに対する嫌悪、敵意を広め、ハマスはかわいそうなパレスチナ人を守る正義の戦士なのだというイメージを広めさせている。」
「ハマスはメディアのやり方を熟知。それを戦略の一環として利用していて、このやり方は、実にうまく機能しています。」としています。
記事中にあるように、ハマスの狙いはまさに「パレスティナ住民に死傷者を大量に出すこと」ですね。
バイデンのアメリカは今のところはオバマよりはマシで、イスラエルの攻撃を防衛行動として認めているし、国連でも拒否権を行使しています。
ですが、人権問題にこだわるあまり、サウジをイラン側に押しやってしまうような下手な外交をやっています。
そこをハマスなり、革命防衛軍が見逃すハズもなかったのだと思います。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年5月18日 (火) 12時33分