NATO、中国を安保リスクと認定したのはいいのだけれど
G7サミットに継いでNATOの首脳会議が開かれました。
ここでも「中国対策会議」の様相を呈しています。
[NATO、中国を安保リスクと認識 軍事的野心に対抗=共同声明
[ 北大西洋条約機構(NATO)は14日、ブリュッセルの本部で首脳会議を開き、中国を西側諸国に対する安全保障上のリスクと認識し、同国の軍事的野心に対抗する姿勢を示す共同声明を採択した。
共同声明は「中国が示している野心的で強引な振る舞いは、規則に基づく国際秩序、および安全保障に対するシステミックな挑戦になっている」と表明。中国の覇権主義と軍事拡大に対抗するようNATO首脳に呼び掛けたバイデン米大統領の外交的な勝利となった。
バイデン大統領は、加盟国が攻撃を受けた場合に他の加盟国が反撃する集団的自衛権の行使を定めるNATO条約第5条について、米国にとり「神聖な義務」と表明。「欧州は米国がここにいることを知っておいてほしい」と述べ、NATO脱退をちらつかせたトランプ前大統領とは一線を画した」(ロイター6月6日)
https://jp.reuters.com/article/nato-summit-idJPKCN2DQ1LY
NATO、露だけでなく中国を「脅威」に位置付け…宇宙空間も集団的
これは中国の脅威が、今やヨーロッパが自らの庭と考えてきたアフリカや中東欧諸国にまで及んでいることに対しての危機感の現れです。
「NATOのストルテンベルグ事務総長は、バルト海からアフリカに至る地域で中国が軍事的な存在感を拡大させていることは、核抑止力を持つNATOが準備を整えておく必要があることを示しているとし、「中国はわれわれに迫っている。サイバー空間のほか、アフリカでも存在感を増大させているが、これに加え、われわれの重大なインフラに対しても大規模な投資を実施している」とし、「われわれは同盟として、こうした事態に共に対応しなくてはならない」と述べた」(ロイター前掲)
この中国の影響力は広大で、その範囲は一帯一路に参加した諸国で見るとわかりやすいでしょう。
NATOに加盟していながら、バルト三国、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ブルガリアといった旧東欧諸国、クロアチア、スロベニアなどの中欧諸国、モンテネグロやギリシアなどのバルカン諸国、西欧ではポルトガルと並んでなんとG7メンバーのイタリアまでもが一帯一路に加盟してしまっています。
あげくそのせいかどうか、イタリアの中国人労働者が多く住む地帯がヨーロッパのコロナの発火点になってしまいました。
もっともイタリアは、G7閉幕後、「多国間のルールを守らない専制国家であり、民主主義国家と同じ世界観を共有していない」(日経6月17日)として一帯一路から脱退することを表明したそうです。遅すぎますが、とりあえずパチパチ。
さらに、アフリカの中国影響圏を見てみましょう。
西尾省二氏による
上図は昨日触れた香港の国家安全維持法(国安法)に対して、日米などが出した批判決議に反対票を投じた国が赤い色です。
これらの国々は、一帯一路を通じて巨額投資が行われた国々で、今や中国経済の強い影響下にあると目される国々です。
アフリカだけに限ってみても、中国が決して孤立していないことがわかります。
えー願いましては、エジプト、エリトリア、ガボン、カメルーン、ガンビア、ギニア、ギニアビサウ、コモロ、コンゴ共和国、ザンビア、シエラレオネ、ジブチ、ジンバブエ、スーダン、赤道ギニア、ソマリア、中央アフリカ、トーゴ、ニジェール、ブルンジ、南スーダン、モザンビーク、モーリタニア、モロッコ、レソトのなんと25カ国。
アフリカ諸国は56カ国ですから、半分弱が中国経済圏ということです。
この状況を見る限り、もはやアフリカにおける中国の覇権は完全に確立してしまっていると見るべきでしょう。
これらのアフリカ票を固めているために、国連の主要機関は軒並み中国が押えてしまい、今や国連は中国の下請け機関と化してしまっているのはご承知のとおりです。
それにしてもここまでベタ一色で中国の植民地となるまで、かつて自らの植民地で、かつ今もなお強い影響力を持つと自慢してきた西欧諸国は、一体ナニをやっていたんだと言いたくもなります。
もっともわが国も尖閣が陥落寸前になるまでのほほんとしていたのですから、まぁ言えた義理ではありませんが。
とまれ、習近平が「戦狼」路線で暴走しなければ、気がついてみたら、今頃世界は中国の手に渡っていたのかもしれません。
ありがとう、習近平さん、あなたがいなかったら世界はまだ寝ボケていました。
さて、今回のNATO首脳会議を報じる欧米メディアのトーンは、ベタでウェルカンバック・USAといった調子です。
「バイデン氏はその後、記者会見で、NATO条約第5条が定めている通り、米国のNATO加盟国に対するコミットメントは「揺るぎない」とし、「米国は戻ってきた」と述べた」(ロイター前掲)
なにが戻ってきただ、と言いたくもなります。
中国の脅威を低く見積もって、中国も豊かになれば民主化するという甘い想像をしていたのはバンデンが副大統領だったオバマ時代でした。
そして愚かにも「戦略的忍耐」とやらで中国に歩み寄り、南シナ海全域を中国の領土としてしまっても指一本動かさなかったわけです。
この無為無策・無知無能のオバマ時代の融和策の数々が、中国を世界帝国に押し上げたのです。
では、米国は帰って来たといいますが、なぜトランプはEU・NATOに距離を開けたのでしょうか。
それはトランプがいち早く中国の持つ本質的な危険性に気がつき、安閑としている自由主義陣営に激しく警鐘を鳴らしたからです。
この警鐘に、アレはトランプが極右だからさ、とばかりに無関心を決め込んでいたのがEUでした。
彼らは本音では、南シナ海が主権範囲外であることをいいことに、せっせと中国輸出で稼いでいたので、トランプに邪魔されたくなかったのです。
だから、トランプは安倍氏を唯一の盟友に選んで、EU抜きで中国の差し迫った脅威と戦わざるを得なかったのです。
そのプロセスで生まれたのが、クアッドという同盟に準じるまったく新たなインド・太平洋防衛構想でした。
バイデンはトランプの残した遺産を引き継いで、自分の手柄のように言っているだけにすぎません。
終了後の記者会見で、臆面もなくこんなことを述べたそうです。
「会議にはバイデン米大統領が就任後初めて参加した。終了後の記者会見では「中ロは結束にくさびを打ち込もうとしているが、同盟は強固な礎だ」と強調。米国による集団防衛条項の順守は「固く揺らがない」と断言し、同盟軽視で米欧の亀裂を招いたトランプ前政権からの転換を印象付けた。
米国を中心に民主主義陣営の結束を固め、「専制主義勢力」と見なす中ロに軍事・政治両面で対抗。来年の首脳会議に向け戦略を具体化する。声明では「ルールに基づく国際秩序」の維持へ、日本や韓国、オーストラリアなどアジア太平洋のパートナー国との関係深化も打ち出した」(時事6月15日)
ほー、「転換を印象づけた」ですか。トランプの先験的な対中政策にただ乗りしているだけのことで、「転換」とは図々しい。
中国を大事なお客さまとしか考えていなかったヨーロッパ諸国に、NATO脱退までほのめかして中国のもたらす危険性を叫んだのは誰だったのでしょうか。
今になってやっとその危険性に目覚めたにもかかわらず、自分のボケぶりを忘れて口を開けばトランプが悪い、トランプが欧州と米国を離反させたんだ、というのはとんだ品下りではありませんか。
EUは、中国がロシアと2015年に地中海で、そして17年にはバルト海で海軍合同演習を実施し、地中海の制海権を握るジブチに空母が寄港できる軍港を作り上げられ、さらには内懐のギリシアの港湾にまで手を延ばされても、まだ泰平の眠りに浸っていたのです。
そして今や、NATO声明にもあるように、サイバー攻撃によってひんぱんに欧州の軍事技術や知的財産を盗み出され、国家の重要なインフラを攻撃対象にされるまで放置し続けました。
ところがいまでもマクロンは、「米国に頼らないヨーロッパ独自の安全保障体制を」と主張しています。
おいおいいつまでゴーリズム(ドゴール主義)をやっているんだいとおもいますが、2019年8月にはマクロンはロシアに急接近し、プーチンを自身の別荘に招いて独自の外交を始めています。
また今回のG7でも、共同声明の中の文言に「中国を敵対視してはならない」と入れようとしたと伝えられています。
フランス軍は既に中国を第一級の脅威として認識し、東アジアに2隻の軍艦を派遣しています。
つい先だっては、いらだった中国海軍がフランス軍艦を追いかけ回して追突するイヤガラセまで演じています。
一方、NATO主要国の一角であるトルコに至っては、ロシアと両天秤をかけています。
この間のエルドアンの暴走ぶりは目に余るもので、国内では民主主義をふみにじり、NATOとの事前協議なくシリアに軍事侵攻して、クルド人勢力を攻撃しました。
このクルド人勢力は、NATO軍がシリア領内のテロ組織に対して軍事行動に出た際、これに協力した穏健派の武装勢力であり、NATOとしてはトルコの軍事行動は絶対に認められるものではなかったはずでした。
ところがエルドアンは、自国の都合で越境攻撃までしてしまいました。
このNATOとトルコの離反に目を付けたのがロシアです。
ロシアは、ここがチャンスとばかりにトルコに高性能対空ミサイルS400の売り込みに成功してしまいました。
仰天したのは米国で、当時米国はF35をトルコに売却することを進めていて、こんなロシア製迎撃システムがトルコに入ってしまえば、F35のスティルス能力が白日にさらされてしまいます。
当然、F35の売却にストップをかけたのですが、これにエルドアンは気に食わず、さらにNATO加盟国でありながら、まるで見せつけるように仮想敵国のロシアと蜜月を演じるのですから、これではまるっきり困った君です。
今回もバイデンとエルドアンは直接会談したようですが、双方手応えがあったといいながら、おそらくなんの進展もなかったはずです。
それは米国としては、トルコがロシア製S400ミサイルを撤去しない限り妥協はありえないし、一方トルコとしてみれば既に金を払っているF35のは売却停止措置を解除しないうちには聞く耳をもたないはずだからです。
というわけで、既に中国にすり寄っていった中東欧諸国、乗っ取られかかったバルカン諸国、そしてロシアに走ろうとするトルコ、いつまでも日和見を変えようとしないフランス、今やレームダックとなったメルケル女帝・・・、さっさと見切りをつけてブレグジットしてしまった英国、これがNATOの内情なのです。
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昨日リンクさせて頂いたドイチェ・ヴェレの記事にも、「しかしながら」ストルテンベルグ事務総長はNATOサミットに先立って、「我々は新冷戦に入ろうとはしていない。中共は我々のadversary(対立・紛争・競争の相手)でもenemy(積極的に敵対してくるもの)でもない」と「強調し」、「我々は同盟として、中共の膨張がもたらす難題に共に取り組む必要がある」と付け加えた、とあります。
配慮しまくり感はありますが、同盟国でもそれぞれに描くものに違いや濃淡があって当然で、それが民主主義の強みでも弱みでもあるわけですね。
一方、独裁を当然かつ至上の価値とする中共だから、「真の多国間主義は国連憲章や国際法を根拠とし、小さなサークルの利益やグループ政治に基づかない」(G7開幕日の楊中共外交部長)と、幾重にも重なる「お前がいうな」状態を平常運転できる。
バランスの取り直しをどういう段階でやることになるのか分かりませんが、民主主義には独裁と同じスピードと完全一致は出せない。
アグネス・チョウさんのような方々に、とにかく生き残って最後に「私の勝ち」と頭の中で言って欲しい、私も言いたい、と考えるしかない理由。
投稿: 宜野湾より | 2021年6月16日 (水) 13時16分
このところの私たちがふれる情報からは、バイデンの同盟国主義や人権外交が着々と実績を上げているように見させられています。
ですが、記事にあるように様々な要因から主要民主主義国間ですら、対中包囲網として一枚岩になっているとは言い難い。
こうした多国間主義の欠点は習近平の中共にはお見通しです。「いつか来た道」ってワケです。
人民解放軍が武力によって台湾を取りに来るような事でもあれば、西側が完全に一枚岩になる可能性もあります。しかし、中共は外交戦を持久戦に持ち込んで西側の結束を乱したほうがはるかに有利になると踏んでいるでしょう。
この要因は「唯一のスーパーパワーたる米国が率いた国際社会」、という公式に則っていないからだと思います。
トランプが実現しようとした「米国一国主義」は、たくさんの誤解から評判の悪いものでした。ただ、良くも悪くも、平和は米国の秩序の下でこそ保たれていた歴史を忘れてはなりません。
トランプの対中戦略は香港の金融優遇措置を撤廃する段階にまで達していました。香港を取り戻すには、西側経済も出血する方法しかなかったからです。
いずれにしろトランプはバイデンと比較にならない本気度を示していました。
私は日本をはじめ、西欧諸国もバイデン政権の本気度に懐疑的で、それゆえに後退できるのりしろを作っているように見ています。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年6月16日 (水) 22時35分