イスラエルとイラン、同時に強硬派新政権誕生
イランとイスラエルが同時に新政権をとなりました。
しかも共にバリバリの強硬派が政権を握りました。
「6月13日に、イスラエルの国会に当たるクネセトが総会を開催し、第36代内閣の発足を正式に承認した。8党からなる連立政権は、「イェシュ・アティド」のヤイル・ラピッド党首が中心となって交渉を進めてきた。
首相には「ヤミナ」のナフタリ・ベネット党首が就任、4年間の任期の前半2年間を担当するとともに入植地相を兼ねる。ラピッド党首は後半2年間の任期で首相に就任する想定で、前半2年間は副首相と外務相を兼ねる。また、ベニー・ガンツ副首相兼国防相が前政権から引き続き同ポストに就く。アラブ政党として初めて連立政権に加わった「ラアム(アラブリスト連合)」は閣僚を出さなかった。内閣全体で3人の副首相を含む33の閣僚ポストに延べ27人が名を連ね、うち9人が女性閣僚となる」
(JETROビジネス短信 2021年06月16日 )
アラブニュース
イスラエル新政権は右派のネタニヤフ政権を倒したのですが、たった1議席差だったそうです。
当然のことながら、ベンヤミン・ ネタニヤフが率いるリクードは巨大野党として残り続けます。
ナフタリ・ ベネット新首相からして、ネタニヤフの元側近でしたから、ネタニヤフからすれば手の内はすっかりお見通し。新首相のお手並み拝見、それ次第で倒すということのようです。
中東政界の寝業師はそうそう簡単に権力を手放すはずがありません。
「ネタニヤフ氏は退陣後もリクードの党首に残る意向を示している。リクードは現在、イスラエル議会の4分の1の議席を占めている。
熟練の政治的ストラテジストとして、ネタニヤフ氏は野党の立場から連立政権の弱点を突こうとするだろう。
新首相への批判はすでに始まっている。ネタニヤフ氏はかつての側近だったベネット氏が「100年に一度の詐欺」を働いて左派政府を作り上げ、イスラエルを危機に陥れる可能性があると非難した。
かつての王は、王冠の奪還を諦めていない」(BBC前掲)
12年間のネタニヤフ政権は毀誉褒貶の激しいものでしたが、直接の倒れた原因は長期政権につきものの腐敗です。
「国際舞台での成功とは裏腹に、ネタニヤフ氏の国内での問題は膨らんでいった。
ネタニヤフ氏には現在、賄賂として高価な贈答品を受け取った疑惑や、好意的な記事を書いてもらう代わりに規制上の便宜を図った疑惑などがかけられている。
ネタニヤフ氏は全ての疑惑を否定しており、裁判は政治的な魔女狩りだと批判している。(略)
多くのイスラエル国民にとって、ネタニヤフ氏をめぐる法的手続きの長期化と政治の停滞は連動した問題だ。同国では過去2年で4回の総選挙が行われたが、いずれも第一党による政権樹立には至らなかった」(BBC 2021年6月14日)
BBC ネタニヤフ
とはいえネタニヤフが、12年間も倒れなかったのは、もっと別な理由があります。
BBCはやや皮肉っぽく、「外交面でも、ネタニヤフ氏はイスラエルの顔だった。アメリカの発音の英語を流暢に話し、自国を実際の大きさ以上に押し上げていた」と評しています。
「ある伝記作家は、イスラエルをパレスチナとの長年の紛争という側面だけを通して見ることから、「完全にパラダイム転換させた」ことが、ネタニヤフ氏の功績の主要部分だと指摘している。
「Bibi: The Turbulent Life and Times of Benjamin Netanyahu」の著者アンシェル・プフェッファー氏は、「(パレスチナ問題は)中東の問題全てを解決するカギだと思われていた」と話す。
「それが根底から覆された」
「この紛争解決から最も遠ざかったにも関わらず、(ネタニヤフ氏は)アラブ諸国と4つの合意を交わした。イスラエルは世界各国との関係を改善し、新型コロナウイルス以前は10年にわたって経済成長を続けた」(BBC前掲)
ネタニヤフは、今までのオスロ合意がそうであったように、<イスラエルvsパレスティナ>という狭い視界を大きくこじ開けて、<アラブ世界全体とイスラエルの共存共栄>の道を拓いたのです。
前者のオスロ合意は民主党クリントン政権が主導したものでしたが、後者のアブラハム合意を主導したのがトランプとこのネタニヤフでした。
この画期的な合意は、やれイスラエル寄りだ、「パレスティナ解放の大義を捨てるのか」といわれながらも、新たな中東和平の枠組みとして定着しています。
さて、新たに生まれた新政権ですが、なんと右から左まで全員参加、そのうえラアムというムスリム同胞団系のアラブ人政党も含まれ(閣僚は出さず)、女性閣僚が9人という、朝日新聞が泣いてよろこびそうな多様性全開ぶりです。
とうぜん、主義主張はてんでんばらばら、ムスリム同胞団系政党は国のイスラム化を目指していますし、一方の右派は真性ユダヤ人の国家を目指すというのですから、頭がぐるぐるします。
しかしこれが、ネタニヤフを倒したい一心で連立を組めたのは、ひとえにイスラエルが完全比例代表制をとっているからです。
なにかどこかの国みたいに「反自民」一本で、共産党まで入れる(というか共産党が主唱者ですが)「全野党共闘」みたいですね。
こういう呉越同舟ぶりですから、連立政権の首相は2年間の輪番制(!)、初めの首相は極右派から「ヤミナ」のベネット党首がなることになりました。
かくしてネタニヤフ以上の極右政権となってしまいました。
といっても、私にはとても2年間、このゴッタ煮政権が持つとはおもえませんが。
ネタニヤフより右だと言われるベネット新首相がやった初めの仕事が、ガザ爆撃です。
彼からすれば、なめられないために初めからガツンと、というところでしょうか。
ベネット新首相 イスラエル新政府に対する新任投票が来週開催|ARAB NEWS
「イスラエル軍は16日、イスラム原理主義組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザを空爆したと発表した。ガザから発火装置付きの風船がイスラエル領内に飛ばされ、火災が相次いだことへの報復としている。イスラエルでは強硬派の新政権が発足したばかりで、双方の緊張が高まる恐れがある。
イスラエルによる攻撃は5月21日に発効した停戦後初めて。イスラエル軍は16日未明にハマスの軍事施設を標的に空爆を実施した。同軍は「テロ行為が続くなかでは、戦闘を含めたあらゆるシナリオを用意している」と声明を発表し、ガザへのさらなる攻撃の可能性を示唆した。
イスラエルとハマスは11日間に及んだ軍事衝突の末、双方が停戦に合意。ただ、交戦のきっかけとなった聖地エルサレムをめぐる対立などが未解決なうえ、13日にはイスラエルでナフタリ・ベネット首相が率いる新政権が発足。パレスチナでのユダヤ人入植活動を推進し、ネタニヤフ前首相よりも強硬な右派とされる」(日経2021年6月16日)
ガザ地区に対する2日続けて空爆で、その理由はまたもやったらやり返すという応酬から始まっています。
「イスラエルでは、今月13日に12年ぶりの政権交代で発足した連立政権がエルサレムでパレスチナ人が多く暮らす地域での極右支持者の行進を認めたことをきっかけにハマス側が反発を強め、イスラエル南部に向けて発火物を付けた風船を飛ばし、火事が起きています。
これに対しベネット首相が率いる新政権は16日、ガザ地区に停戦後初めてとなる空爆を行い、17日にも北部にある武装勢力の拠点を空爆しました。これまでのところ、空爆によるけが人は報告されていません」(NHK6月19日)
ただし今回の新政権の爆撃は、ハマスが風船爆弾で放火を重ねていることに対する報復措置で、小規模限定的なものです。
大戦末期の日本じゃあるまいに風船爆弾なんか飛ばすハマスもハマスなら、いきなり新政権になっていきなり爆撃から始めるというところが、いかにも「らしい」ところです。
ネタミヤフ政権末期の猛爆と違ってハマスへジャブを撃ち、ハマスはハマスでロケット弾を撃ち尽くしたせいもあってか、愉快犯もどきのテロです。
まぁ、一種の名刺交換会のようなものでしょうか。
ところで、イランでも強硬派が大統領に就任しました。こちらについては簡単に。
イラン大統領選、保守強硬派のライシ師が当選 - BBCニュース
「中東、偶発衝突の懸念 イラン大統領に強硬派ライシ師
イランの次期大統領に反米の保守強硬派として知られるライシ師が就任することが決まった。超大国の米国が中東への関与を低下させようとする中で、イランと対立するイスラエルでも今月13日に首相が交代し、地域の政治の予見性は大きく下がっている。米国が制裁対象としてきたライシ師の大統領就任で、偶発的な衝突のリスクは一段と増しそうだ」(日経6月10日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB186J20Y1A610C2000000
中東各国がアブラハム合意へと足並みを揃えて行く中で、締め上げられていくイランはとうとうテロの指導者と目されてきたイブラヒム・ライシを大統領にしてしまったようです。
ライシは黒ターバンを身につけていることから、ハメイニ師に継ぐ3代目指導者の地位を約束されているといわれています。
「ライシ師はシーア派の最高位アヤトラの称号こそ持っていないが、イスラムの預言者ムハンマドの血筋であることを象徴する黒のターバンを身に着けている。初代最高指導者のホメイニ氏、2代目のハメネイ師も共に黒ターバンだ。「82歳という高齢のハメネイ師がライシ師を自分の後継者の3代目最高指導者に決め、その布石として大統領にさせたのではないか」(ベイルート筋)というのが一般的な見方だろう」(佐々木伸 6月20日wedge)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23314
ライシは、「革命の処刑人」として頭角を現し、反米強硬派として知られた存在です。
アムネスティはライシの当選発表後、直ちに「この人は人道に反する罪を犯した疑いが強い、調査すべきだ」と声明を発表、イスラエルの首相や外相は「虐殺者」「残虐な吊るし人(ハングマンhangman)」などとライシを呼んで非難しました。
どうして「ハングマン」と呼ばれるかというと、ライシが捕まえた反体制派の人々をクレーンで縛り首にしたからです。
このライシのクレーン縛り首はいまでも続けられています。
「ライシ師を有名にしたのがこの革命法廷の検事時代だ。1988年のこの当時、イラン・イラク戦争が終結を迎え、敵国イラクの支援を受けていた反体制派ムジャヒディン・ハルクの活動家に厳しい判決が相次いでいた。同師は反体制派に次々に死刑判決を下した“死の委員会”のメンバーだったといわれている。
本人はメンバーだったことを認めてはいないが、2カ月間で約5000人に死刑が言い渡された。反体制派は3万人が処刑されたと主張している。しかも適切な裁判手続きを経ないケースが相当数あったといわれ、イラン史に残る「暗黒の集団処刑」と指摘されている。80年代初め、ライシ師はハメネイ師に近いイスラム導師の娘と結婚した」(佐々木前掲)
ライシによって、イランがかろうじて維持してきた宗教指導者と世俗的権力という二重支配構造が崩壊し、宗教指導者が一元的に支配する国に純化していくようです。
そして最高指導者が直接指揮する革命防衛隊が更に強化されることになります。
このようにイスラエルには脆弱な右派政権が誕生し、一方イランにもイスラエルを海に追い落とすことを信念にする政権が生まれました。
そして本来この二国を衝突しないように強くコントロールすべき米国が、トランプのアブラハム合意を壊したいはずのバイデンですから、なんともかとも。
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BBCとHBOが共同制作した「ROME」を見ました。
もう、この地域は紀元前から戦争ばかり。
この地域には、アラブもイスラエルも両方抑え込む強力な力でしか平和は来ないでしょう。ローマ帝国だったりイギリスだったりアメリカだったり。
この地域に首を突っ込んだ国は痛い目にあっています。
今、中国がアフリカに首を突っ込んでいますが、中国とて中東に深入りはしたくないでしょう。資源も豊富にあるし大国の利害が衝突する地域でもある。世界は自由主義か共産主義かで揺れていますが、第3の勢力イスラム勢力も無視はできない。弱肉強食の世界ではある。
アフリカのジャングルとて、強いライオンや大きい像が生き残れる保証はない。でも何とかギリギリバランスを取っているが、大食でない分案外小型動物が生き残るかもしれない。
投稿: karakuchi | 2021年6月23日 (水) 00時57分