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2021年7月24日 (土)

山路敬介氏寄稿 一律給付金というポピュリズム政策は是か否か その2

193

すったもんだあったオリンピックが始まりました。どうなりますことやら。
私はひねくれていますから、開会式にはなにひとつ期待していなかったのですが、なんじゃこりゃというかんじ。 
多様性ですか、それで大阪さんを最終ランナーですか。
はぁ、なんて浅い。まるでポリコレ開幕式。
私なら、東日本大震災の時に子どもだった青年にやってもらいますが。
大阪さんをトリにもってきたのは、組織委員会が小山田事件などで国際社会に与えたネガティブイメージを払拭する意味だったのだとは思いますが、なにか引っかかるのです。

そもそも「多様性」というテーマほど、オリンピックになじまないものはありません。
ありていに言って、オリンピックはサッカーワールドカップと同じく弾が飛ばない「戦争」なのです。
たとえば、「多様性」なるものを求めて、中国は700名もの代表団を送ってきんたんでしょうか。
わきゃない。中華民族の優秀性を誇示するためです。
で、その彼らが「多様性」を認める国だとでも?
世界でもっとも少数民族の歴史と文化の多様性を拒否している国ではありませんか。
閉会式では、東京からペキンにバトンを渡すという胸くその悪い式典があるわけで、なにをかいわんやです。
※東京がバトンを渡すのはパリでした。すいません。

「多様性」というと、ストリート系を踊らせ、森山君に前衛的な舞踏をさせて悦に入る。
いかにも広告屋が考えそうな筋立てです。
電通さん、森山くんはイスラエルの舞踏団仕込みですが、いいんでしょうか、イラン選手団から抗議されますよ。
彼の舞踏はよかったですが。

そのくせ、ドメスティックな国民的英雄の長島さんを引っ張りだして、なにをしたいのさ、組織委員会。
長島さんを知っている世界の人が、どれだけいるのよ。

福島復興やコロナ復興を、ストレートに前面に掲げたほうが、よほどわかりやすかった。
復興の「ふ」の字もない復興五輪開幕式ってなんでのでしょう。
その意味でも、福島の食材で固めた食堂は素晴らしい。
それにイチャモンつけて「放射能フリー弁当」なんか作っている国の馬鹿さが浮きだしますしね。

それにしても、ブルーインパルスの美技が雲に邪魔されたのは痛恨でした。
楽しみにしていたのに~(泣)。
途中で台風も来そうですし、大成功ははじめから無理なのはわかりきっているので、せめてほどほどの成功で納めて下さい。
かくして、ほぼすべてのメディアが全面中止を求めていたオリンピックが始まりました。
どのツラ下げて放送するのか。

山路さん、すいません、ひとこと言うつもりが長くなりました(汗)。

さて山路さんの寄稿2回目です。
宮古は今台風の真っ只中ですので、お見舞い申し上げます。
HN「無学」さんがおしゃっていただいて助かっていますが、反論したい方は月曜が最終になりますので、そちらでなさって下さい。
途中でやりとりが始まってしまうと、収拾がつかなくなります。

                                                               ~~~~

                  一律給付金というポピュリズム政策は是か否か その2
                                                                            山路敬介

承前

■ ポピュリズム政策は必ずしも「悪」ではない  私はポピュリズム政策を一律全部が「悪いもの」とは考えていません。
そして、そのような考え方のほうが理解不足で不寛容なゴリゴリの一部保守派や頑迷固陋な財政規律派をのぞけば、一般的な理解であり通説でしょう。
むしろ「いわゆるポピュリズム政策」と定義しうる政策は世の中にあふれかえるほどたくさんあります。

私が「再度一律給付金」というポピュリズム政策を批判的に言っている理由のひとつも、自民党は民主党に政権を奪われる前からポピュリズム政策ばかりやってきた批判からでもあります。
「自民党という責任政党がそれでは困る」との主旨を言っているのであって、ゆえにどなたかが言われるような「自民党に寄ったポジショントーク」でもありません。
かつての民主党はもちろん、自民党もポピュリズム政策を多発します。民主主義について廻る「影の部分」として仕方のない事かもしれません。
しかし憲法改正や安全保障問題、資源エネルギー問題などの「ポピュリズムでない政策」の方は常に置き去りにされて来ました。


おそらく「田中」さんも保守派的にポピュリズムというものへの危険性を感じておられる方と思います。
ポピュリズムがファシズムを生んだ例は世界中にあるのだし、国の財政を困難たらしめる要因にもなると私も考えています。
しかし、その事をもってして、ポピュリズム政策そのものの意味や範囲を狭小に捻じ曲げて誤魔化すのはやめて頂きたいものです。
つまり、「そのポピュリズム政策は是か非か」という問題なのです。そこで、昨年支給された10万円給付を考えてみましょう。
昨年支給された一律10万円のバラマキも「ポピュリズム政策」だった事に間違いはありません。ただ現在の目からみればやむを得ない政策だったと考えられるからです。

野口悠紀雄氏は2/18のダイアモンドオンラインの記事「コロナ「10万円給付」は史上空前のバラマキ政策だった」のなかで、バラマキによって実収入が増加した(前年比26.6万円増)、消費は伸びず、その事によって預金額が増加した事から見れば最低最悪の政策だったと批判しています。
あの時にまず山口那津男氏が(給付金10万円は)「日本政府と国民のきづな」と言い、安倍総理は「国民との一体感が何より大事」と言いました。麻生大臣は財務大臣の立場として名目が大事なので、「緊急経済対策として」と言っています。

「あの10万円で助かった」と言う人ももちろん少なくなかったでしょうが、「緊急経済対策」というのは、全体として「実収入が増えた」事実からみれば苦しい名分でしょう。
ただ、あの時の状況を振り返れば、現在とは全く違います。ワクチンはおろかコロナの何たるかすら分からず、着地点も見えませんでした。
そのうえ県や市でも補償体制が今ほど整っていたとは言い難かったので、「田中」さんが言う「補償対象として補足出来ない人々がおり、そうした方々に行き届くため」という見解は緊急措置としては正しいものでしょう。「あの時点としては」ですが。

政権が求心力を失い民心が離れてしまえば、矢継ぎ早に適切な政策を打ったとしても機能しなくなる恐れさえありました。しかし、副作用もあります。
あのような巨大なバラマキをすれば、状況が好転し経済回復が基調に乗っても、二度三度と求める声が必ず出る。
そこで利用されるのはいつもの「少数者の意見」だったり、MMTのような新奇の説を用いた税制無限論だったりします。さらに悪いのは地方政治への波及効果です。

■ ポピュリズム政治は地方が本場
 この、ばらまきポピュリズムは地方でこそ問題が深刻となっている点を指摘しておきたいと思います。
地方は選挙制度が首長も議員も直接選挙で選ぶ二元代表制になっているゆえに、ポピュリズム政策をかかげ、バラマキ公約が横行する要因になっていると言われています。もともと細かい住民サービスも地方の役割であり、住民と政治家の距離が近い事もあります。

出来もしない「辺野古撤回」を公約して当選した無能な知事がすぐに思い出されますが、優勢といわれた現職をポピュリズム政策によって逆転した林時彦丹波市長選のバラマキ公約についてちょっと触れたいと思います。 ( コロナ禍で増える“バラ色“公約|1/20NHK政治マガジンから)
林時彦氏は現職有利と言われた選挙戦を大逆転して制し、丹波市長に当選しました。その時使われた公約は「とにかく、5万円!」、「コロナ対策として、全市民5万円給付!」、「何が何でも5万円!」のスローガンは強烈だったそうです。

しかし、市長に就任したところが、財源がないというオチで、二万円すら給付出来ない状況に直面しています。水道料を上げて対応するとか、しないとか。
ところが、コロナ禍を利用したポピュリズム公約に走る新人地方首長たちは後を絶ちません。
いえ、現職候補さえそうです。プレミアム商品券と市長給与カットの座間市長選、全市民5万円配布の愛知県岡崎市長選、減収企業に20万円配布の青森市長選、長野県中野市、鹿児島市長選、三万円の商品堅の桑名市長選等々、沖縄県知事も真っ青のポピュリストぶりです。

いうまでもなく、口を揃えて「市民の生活を守る」とか、「現に困っている人が救えない」というのですが、困窮世帯への対応はそもそも国と県が協力して手当しています。
それでも漏れはあるでしょうから、いちばん住民に近い市としてはピンポイントで手当すれば足りる話です。しかし、それではダメなんです。候補者たちの目的が達成できませんから。有権者に配る事が目的であって、生活困窮者は含まれていさえいればいいのです。
まぁ、それは皮相的な言い方すぎるかもしれません。しかし、生活保護政策が制度としてあり、国・県・市と多重のセーフティーがあって、それでもなお「「補償対象として補足出来ない人々がおり、そうした方々に行き届くためには再度一律10万円給付金するしかない」というのは肯首しかねますね。


■ 「再度一律給付金」に関する各党の動向
 立憲民主党はこの2月に低所得者向け給付金を立案しました。その条件と対象の補足方法に問題がなければ、いつおう検討に値すると考えます。もちろん、これもポピュリズム政策ですが。

しかし、そのような方法をとるまえに、これまで政府がとって来た個別具体的な補償政策が不十分かどうか、自治体における対応はどうか、十分に検証する必要があります。その指標となるのが失業率の推移です。
5月度の失業率は3%です。厚労省は「雇用調整助成金がなければ、失業率は5.5%であった」との分析結果を発表しています。
この5.5%という数値は民主党時代の失業率と同じか、むしろ低いくらいです。

ただ、3%と言ってもその中身も問題なので、なお精査する必要があるでしょう。前月よりも0.2%上昇した点も留意する点です。
なお、緊急事態宣言が全解除されれば、雇用調整助成金などの支援策を打ち切る圧力が強まります。ですから、新たな低所得者向け給付金は、逆に一定の合理性が出てくると思います。

立憲民主党が「再度一律一括交付金」の要求にカジを切らなかったのは、合理的で賢明と言えます。かつて民主党時代にガソリン値下げ隊だの、高速道路無償化、あげくに埋蔵金云々のでっち上げに足を取られ、事業仕分けなどという無駄なポピュリズム政策にばかりうつつを抜かして大批判を浴び、支持率を落とした経験から多少は現実的になったのかも知れません。

そして、自民党です。自民党は衆院選をひかえ、立憲の低所得者給付金案をうけ、選挙基盤が固まっていない一回生など若手を中心に4月ごろから「再度一律給付金10万円案」を言いはじめました。
しかし、さすがに良識的にそれはありそうになく、下村政調会長は「住民税非課税世帯やひとり親家庭、生活困窮者を対象とした1人10万円の定額給付金」の追加給付を政府に提案したにとどまりました。
また、低所得者向け10万円再給付は「衆院選の公約に必要」としています。

この経過をみると選挙対策の動機も色濃く滲み出ています。再度一律10万円給付を主張した議員の中には「予算が確保されている」事を理由にしたものも多く、ゆるみ易い自民党の特色も示しています。
ただ、自民党は人権的観点から個人への補償拡大もずっとやってきています。年金生活者への上乗せ給付、性風俗産業で働く女性にも雇用調整助成金を出す事にしたり、雇用調整助成金の申請を雇用者本人でも出来るように切り替えたりと、細かく手を入れました。
一方では上限を設けたり、企業向け持続化給付金を廃止、家賃支援金を打ち切ったりと下方調整も見られます。一概に批判されるべきでありませんが、野党からの恰好の批判の的となっています。

国民民主は今年の3月頃までは予算枠をさらに30兆円拡大し、再度一律給付金10万円に加え、低所得者層にはプラス10万円を給付すべきとする要求をしていました。
緊急事態宣言の発出毎に一律10万円の補償措置があるべきとの考えだったようですが、このような主張は最近ではされていないようです。衆院選に向けての公約としては、立民・自民と同じく低所得者層向けに絞ったものになると予想されています。
また、各種補償措置の長期化にも重点をおいているようです。
こうして見ると、「田中」さんの主張のような「再度一律10万円給付案」は、各主要政党の視野から外れている事が分かります。

                                                                                                            (次回完結)

  

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コメント

本稿とは全く関係ない話題で恐縮ですが、
管理人さんが五輪開会式に触れられたのですこし書かせて下さい。

ここんところ何年間も五輪の開会式を真剣に観た記憶がなく、まず夜に執り行われることにびっくり。これが最近のトレンドなのでしょうか(そういえばロンドンも夜だったような)。まあ観るともなく観ていたわけですが、率直な感想を言わせてもらえば、とても感動しました。確かに細かく見れば管理人さんの指摘にあるように疑問に思える部分もありました。お体の不自由な長島さんをあそこまで無理をさせる必要があったのかとか、あまりにも多様性を前面に出しすぎて少々演出が臭くないかとか。しかし、ドローンによる空中に浮かぶ地球とか劇団ひとりと荒川静香さんのくだりとか、ピクトグラムをパントマイムによる表現なんて言うのは日本らしい演出で面白く感じました。(直前で解任された小林賢太郎さんの力だとすれば惜しいことをしましたね)

とりわけじじいゲーマーとしてはドラゴンクエストのテーマが流れた辺りでは少々涙腺が緩みそうになりましたね。(つくづく名曲だと納得)
橋本聖子さんやバッハ会長のスピーチが少々長いのが気にはなりましたが、まあこんなものでしょう。

スピーチと言えば、ラサール石井がバッハ会長の演説が長いとツイートすると、多くの人から「見てんじゃねーよ」という反応。まさに我が意を得たりの思い。

 私はアニメもゲームもからっきしな無知もので、それでも205の入場行進は圧巻でしたね。楽しみな競技がたくさんあるし、中止にならなくてホント良かったです。

右翼も左翼も大嫌いさんのおっしゃるように、OP曲は鳥肌が立ちました。
テレビの前で『これか!!』と高揚感を覚えました。
リオの閉幕式はドラえもんにマリオでしたから、日本のお得意のソフトコンテンツの一環で、ドラクエが選ばれたものだと認識してます。ドラゴンクエストはキャラデザインを鳥山明が勤めてますし、鳥山明と言えばドラゴンボールの名は海外でも広く知られています。そしてドラクエの作曲は昨年文化功労者にも選ばれた『すぎやまこういち』さんです。ファイナルファンタジーも使用されてましたし、お見事でした。
ただ、管理人さんのおっしゃるように、疑問符がつくのもあります。
あの広い会場で海老蔵が『暫』をやって見えをきってもモニターでしか分かりません。それこそ3Dの技術で会場内の空中に巨大な鎌倉権五郎をリアルタイムで浮かび上がらせたら日本中のテレビの前で『成田屋!世界一!』となったでしょう。
火消しや歌舞伎、文化文政の江戸は結構なんですが、華美な演出との対比で『能』『茶の湯』に現れるような、無駄を排した日本美に乏しかったように思います。それこそオメガの五輪CMは、日本美と精緻な工芸美、一流アスリートの所作の美しさ、『動と静』を融合させた見事な作品でした。
平成31年4月30日夕刻、天皇陛下(現上皇陛下)が退位礼正殿の儀を終え、皇居松の間から退出されるその最後の刹那。おもむろに総理以下百官を振り返り、一礼をされて再び松の間を出られた。平成の三十年間を背中に引き連れながら。陛下の一連の所作には、説明不要の圧倒的な『幽玄の美』がありました。
歌舞伎もゲームもコンテンツとしては立派な文化であることは勿論意義はありません。
しかし陰陽に例えられるように、『動』と『静』、異なるもの同士の平仄が融合してこそ、美しい環(わ)になります。
何も昨今のポリコレやらSGDsなんぞ持ち出さずとも、本邦には『和を以て尊しとなす』という立派な『包摂』の素養があるんですがなぁ…。管理人さんのおっしゃるようになんか『浅い』んですよね。

開会式の件、後追いで私も少し駄文を・・・。

正直言って大きなミスが出なかったことに一息ついてる、そんな気持ちです。
無難に、無難に終えて欲しい。
内容については勿論色々思うことはありますが、カッコつけて言わせてもらえば、清濁併せ吞むです。こんな状況下でやり遂げた「スタッフ」にお疲れさまです、と申し上げたく思います。

ただ1点だけ、「イマジン」はもういです。

以下、ご参考までに。
【小山田事件での追伸】
当時の雑誌の関係者、北尾修一氏が検証記事を出しました。それについて篠原章氏が問題提議を兼て取り上げてます。

https://hi-hyou.com/archives/10396?fbclid=IwAR3ObMQwxmb9yLh3YpDRdCOVdYk1loEasqxcuHo8DetBaLZqlRKdRhCU-p8

開会式の感想、私も便乗させてくだされ。
ちょい政治絡み編
・台湾はとりあえず「チャイニーズ・タイペイ」だけれど、実際の入場順がチェコの次じゃなくて大韓民国に続いての「た」の位置で、中華人民共和国より先に入場、NHK和久田アナが「台湾」とはっきり言った。
この段取り考えたの誰よψ(`∇´)ψ

・ミュンヘン・オリンピックで過激派テロに殺害されたイスラエルの11名の選手とコーチを五輪史上初めて大会で追悼。ご遺族の方々がこの開会式に主席していたとは。
これは開催国が日本じゃないとできないことでは。

文化芸術編
やっぱり「前衛的」は「独りよがり」に陥るかどうかの塩梅が難しいなぁと思うも、それは何処の開催国もやることなので、スピーチの尺含めてちょっと長かったけれど、選手の皆さんが立ちっぱなしではなく、座ったりごろっとしたりだったから、とりあえずそこはよかった。

ゲーム音楽(個人的にはエースコンバット5!)、ドローン、ピクトグラム(1964東京オリンピックで初めて使われた!)のマイム、は私にとってはとても良かったです。
海外の友人たちとやり取りしながら他国の反応も見ていましたが、友人たちやその家族もこれらにとても興奮していましたし、いろんなSNSを見ても盛り上がっていましたね。
開会式公式プログラム誌を見た方のツイートによると、前衛的パフォーマンスの方に重きが置かれていたらしいですが、実際世界と日本にツボったのはこっちだったようです。
演者の皆さんはいろいろなプレッシャーの中で役割を果たされたでしょうし、祭りだが祭り感を押し出せない事情の中では良かったと思います。
で、それとは別に、広告代理店丸投げ問題はちゃんと忘れずに記録し、考えないとってことですね。

ゲームミュージックは新鮮な驚きでした。
全て良かったとは言いませんが、大工や提灯で日本らしさを出せたと思います。

きっと切り札は閉会式だと思います。
ジャパニメーションを紹介し、最後はキャプテン翼がマクロン大統領にパスしてゴール、菅首相とグータッチ、と想像します。


本記事に対して:
給付金に課税すれば迅速かつ公平かも? と素朴に思いました。

完結編を待ちつつ五輪書き込みを私も少し。
早速メダリストも誕生し始めましたがネット上獲得数予想アンケートでの首位は「個数ではない」がぶっちぎりなのが日本らしさですね。
開会式は民族衣装や伝統織物をあしらったコスチュームが今回も楽しかった!ドローンとピクトさんにも大拍手。
劇団ひとりのペンタブへのへのもへじにもウケました。あれも起源はたしか江戸時代、文化ですね!
文化的演出については、コンセプトと個性と時代性のマッチングについて色々考える機会になる貴重な時間を持てた事にまずは素直に感謝します。
SUMOサーフィンの仏CM、オタクサブカル電脳ハイテク未来都市をクールにまとめた英CM、直前にバズったビジュアル感半端ないオメガCM。外側から見る日本、外に売り出されてきた日本、それらを彼等らしく凝縮してありました。
それを観て日本の内側から五輪で発信する時にはそれらのカラー以外を柱にする事がチャレンジだろうと感じていました。
混乱による明らかな時間不足は見せてしまいながら、私はそこを引かずに五輪コンセプトと今の日本(良くも悪くも)をぶっ込んだ事を評価します。

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