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2021年7月26日 (月)

山路敬介氏寄稿 一律給付金というポピュリズム政策は是か否か その3

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見たかぁ、スポーツの力!
しょぼくれた日本人が青空を見上げたぞ!
これがオリンピックをする意味だ、わかったか朝日、毎日!

「優勝者インタビューで阿部詩は「東京五輪があるかどうかわからない状況だったが、開催していただいて、金メダルを獲ることができた。4年間、この大会だけを目指して努力していた。報われてよかった」と涙をこらえながら喜んだ」(スポニチ7月25日)

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そう、彼女が言うとおり、アスリートは「やっていただいて感謝する」と涙を流しているのだ。
やらなければ、このはじけるような笑みは見られなかった。
今21歳という最適な年齢の彼女に、次のパリ大会が待っていてくれるとは限らないからだ。

そして日本人の、食い入る視線も存在しなかった。
あの時間、どれだけの日本人がテレビを通じて声を枯らしていたか。
有観客だったら、武道館をどよもす歓呼の嵐だったはず。
そういう時にこそ素直に日本人の連帯が始まるのだ。
コロナでひとりひとりに分断された今の日本人に今必要なものは、この素朴な一体感じゃないのか。
日本人として、スタジアムで戦っている同胞に声援を送り、明日は自分が戦う番だと思う、それがスポーツの力なのだ。

こいうホジティブなことすべて無視して、なにがオリンピックは太平洋戦争開戦と一緒だ、ふざけるな。

さて今回で山路さんの投稿は終了です。

                                          ~~~

                                   ■一律給付金というポピュリズム政策は是か否か その3
                                                                                             山路敬介

承前
■ 再度一律10万円とMMT、そしてベーシックインカム

 田中さんの論理を「補償対象として補足出来ない人々がおり、そうした方々に行き届くためには再度一律10万円給付金するしかない」としてまとめましたが、そのような言説と同路線で最も極端な主張をする専門家に井上智洋駒沢大准教授が上げられます。
「コロナ禍にバラマキが必要な理由を専門家に聞く」7/9ヤフーニュースの中で、「可能であれば毎月、毎月がダメでも数か月に一回は10万円の一律給付金を全国民に一律で配るべき」とし、その理由を「このままでは困窮している全ての人を救済することが難しく、手続きに手間取ってしまい、“今すぐに支援すべき人”を救えない」からと言っています。

企業対策もそうで、「例えば、無条件で『15万円×従業員数』といった給付形式を採用するべき」とし、「様々な条件を設けて複雑化してしまうと大打撃を受けている企業を救えないリスクがあります。給付形式を可能な限りシンプルにしたうえで、一律での現金を給付することが望ましい」としています。

また、井上教授と同様の主張をする政治家に山本太郎がいます。井上教授の著書には「資本主義から脱却せよ」(光文社)や「MMT現代貨幣理論とは何か」(講談社)などがあり、そのテの若者に人気がある新進気鋭の学者さんです。山本太郎と接点があるのかどうか知りませんが、主張するところは重なります。

上記主張については、あまねく補償や支援金を行き届かせるためにする給付金が、必要でない裕福な人々にも一律にばら撒く無駄を厭わない滑稽さを誰しも感じるところでしょう。
こうした無駄を意に介さないのは、この二人に共通するMMT理論のせいです。
「インフレにならない限り、紙幣は無尽蔵に発行してもよい」という過ちを基にものを考える。
ならば、高所得者への給付の無駄という考えは捨てられるので、弱者を救う事だけに集中出来るというワケです。

それにしても厄介なのは、現に困った人々がいて、そのような人々や国民100%を救う事を「道徳的である」とする観念です。
「道徳的で、無垢で正しい人」がこの場合のポピュリスト支持者であり、逆にその道徳性を損ねた存在が菅首相や厚労省・経産官僚や自民党議員だという事になります。
あるいは「人の命を救うのに、財源の問題を問うのはおかしい」と言う人々もいます。けれど、先の一律10万円給付金ですら、40万人の手元に届いていないのです。
最初の10万円が毒薬となって、すでに山本太郎や井上教授だけでなく、新自由主義を掲げて現実を動かしてきたタレント政治家や学者たちが、この給付金を「ベーシックインカムにつなげるべき」という言説を吹聴し始めています。
再度の一律10万円給付金を期待する人もなんと多いことでしょう。しかし、コロナが収まれば、あらゆる補償も支援金も無くさなければなりません。

■結語
 ネットの空間では、「再度一律給付金」を待望する声が若者を中心にとても多いです。
そのために様々な理由が付けられるのですが、少数者保護を理由とした言説もその一つです。コロナによる隠れ生活困窮者がまだあるのは事実で、それらの人まで隅々に補償を行き届かせる努力は大事でしょう。
しかし、それは低所得者向け給付金では補足できず、しかし一律給付金だとなぜ届くと思えるのか? そこが不思議です。
また、実際には国がまんべんなく施策しても、つねに漏れが出るのは事実です。
その原因は再地元たる自治体に原因があります。市や町も町内会などにも呼びかけて努力しますが、全部が全部補足しきれるものではありません。家族形態に多様性がみられる現代においては尚更です。

私個人の考えですが、一律給付金も含めたポピュリズム政策が息苦しくイヤなのは、利益を大衆に帰属させるという観点から、個は全体に従属するものという観念が含まれていると思うからです。
一方、20年度の税収は過去最高の60兆8000億円と過去最高です。
財務省があらかじめ試算したものよりも5兆円も多いようです。この増収分は消費増税効果と言われています。
ですから、そこから政府の施策を経て再分配するのではなく、消費減税こそが本筋です。
けれど、減税はどの政党も党の方針とはしません。おそらく、減税するくらいなら12兆円使って一律給付金とした方が、まだ為政者の立場としてメリットがあると考えるのでしょう。
そここそが本当の問題だと思う次第です。

                                                                                                                                         (了)

                                               文責 山路 敬介

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コメント

 山路さんへ

 > また、実際には国がまんべんなく施策しても、つねに漏れが出るのは事実です。

 つねに漏れがあるというのは知りませんでした。私は以前に国勢調査のアルバイトをやったことがありますが、ホントに正確な調査というのは不可能ではないかと感じさせられましたが、これと同様の原因が何かあるのでしょうかね。そうであれば、消費税減税が政策としてはイイのでしょうね。

 消費税減税はMMT論者の三橋氏の主張していることでもあります。しかし、山路さんはMMT理論には反対のお考えのようです。私はMMT理論に賛成なんです。

 続けますね(途中で送信してしまいました)。しかし、MMT理論を完全に理解をしているわけではなく、プライマリーバランス至上主義の政策への反発や防衛予算さえ十分ではないことへの不満もあってのことです。お札を無限に刷ればイイということを三橋氏が考えているとも思えず、彼の情熱は本物であると思えることが彼を支持する理由であります。彼を支持するもっとも大きな理由は、MMT反対論者に説得力のある方がいないということです(実際にそんな人を探しております)。

> 私個人の考えですが、一律給付金も含めたポピュリズム政策が息苦しくイヤなのは、利益を大衆に帰属させるという観点から、個は全体に従属するものという観念が含まれていると思うからです。

 このくだりどういう意味でしょうか? 全体主義、国家主義というような意味でしょうか? そうであれば、同感です。完全主義もありますね。この世は完全ではない。  

gymさん・田中さんへ

 私は07月13日付け記事のコメント欄で「故あって、こちらのブログには二度とコメントするまいと決めており、まして数日来の常連さんたちの言葉遣いの酷さを見ていて一層その思いを強くしていた」(16日 17時43分)と申しましたが、さらに一層その思いが強くなりましたので、現在の話題の終了をもってコメント欄はもちろん、このブログを覗くことも止めようと考えるに至りました。
 なお、現在の話題についても、もはや積極的な関与は控えたいと思っていますので、ご了承ください。以下にその理由を述べます。

 山路さんが田中さんへの反論のために寄稿したいと管理人さんに申し出られた、つまり反論の予告宣言をされたのが17日の09時15分。この時点で山路さんの主張につき、再反論したいと思うかもしれない者(「再反論予定者」とまで呼ぶのは些か誇張になりますが、田中さんやgymさん、無学な老人等がこれに該当するでしょう)は一種の「待機状態」を迫られます。
 管理人さんが山路さんの申し出を了承されたのが18日の01時24分。再反論予定者は待機状態の継続を強いられます。

 山路さんの寄稿を3分割して掲載する旨の付記がなされた第1回目の寄稿が23日早朝。3分割予定の主張に「きちんと」再反論しようと思えば、最後まで読む必要があり、再反論予定者には更なる待機が必要となります。
 この点につき、第1回目の寄稿のコメント欄で私は、23日09時01分にgymさんに、23日22時36分に田中さんに連載完結まで待機した方がよい旨を申し上げました。
 山路さんの理解力と人間性に限界を感じたのは、22時36分の私のコメント内の「連載3回目まで読めば「一括交付金」という言葉の謎も解明されるかもしれませんので・・・。」に対する山路さんの23日23時36分の返コメント(あえて内容は引用しません)。
 あのねぇ、一括交付金が一律給付金の間違いだろうとは私だって百も承知のこと、ただし最後まで読まなければ断定できない、裏を返せば山路さんは再反論予定者に対し連載完結までの待機を強いている、そのことへの皮肉だとご理解いただけなかったようです。当初は「言葉の謎」の後に「(笑)」を入れていたのですが、あまりにも侮辱的ではないかと思い直し、投稿直前に削除した次第。
 一方、田中さんは23日21時05分・21時11分のコメントで一括交付金という言葉に真面目に向かい合っておられるように見受けられました(こちらも皮肉だったのかもしれませんが)。
 しかし、山路さんはご自身の誤表記につき、田中さんには全く謝罪されていないんですよねぇ、田中さんが2コメントも費やしておられるにもかかわらず!(私にも謝罪されているのかどうか、疑問の残る表現ですが)
 山路さんにも管理人さんにも、他人に待機を強いているという自覚がないんですよ。

 加之、他の記事を挟んできたり、毎週のこととはいえ日曜写真館もいつもどおりでした。
 ブログの仕様は分かりませんが、オリンピックだの開会式だの記述を入れなければ、山路さんの寄稿は1回の記事で収まる分量だったのではありますまいか?
 もちろん、如何なる記事を掲載するかは管理人さんの裁量に委ねられるところではあります。しかし、議論の相手を待たせているという状況下にあっては出来る限り速やかに対応すべきである事柄だと思いますし、対応が遅延するというのならその旨を相手に伝えるべきではないでしょうか?

 こちらのブログのコメント欄は次のような世界観をもって接すべきという結論に至りました。

【『鬼滅の刃』第6巻(アニメなら第26話)より引用】
  鬼舞辻無惨「頭を垂れて蹲れ。平伏せよ」
  下弦の肆「も、申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので…」
  無惨「誰が喋って良いと言った?貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれた事にのみ答えよ」
【引用終了】

 さしずめ管理人さんや山路さんは鬼舞辻無惨なんですよ。ということで私はこちらのブログとはさよならすることを決めた次第です。

「無学な老人」さん、一人相撲ですよ。
まずもって、長すぎます。他人の記事に入れるという節操を持って下さい。

第1にまず私は他ならぬあなたが「最後まで読んでから反論しろ」という姿勢に感謝してかいたのですが、よもやそういった当人からこんな、あれはただの「皮肉」だったとのこと。
唖然とします。私は年長者の知恵だと思っておりました。

第2に、何回にわけようと、それを判断するのは編集権を持つ主宰者の私です。
山路さんの文章はを3回分割とした判断は、まず、その内容がかならずしも分かりやすいものではなかったことにあります。
分割したのは、分量的なことだけではありません。

第3に、この交付金「論争」は私の記事から派生していないことです。だから内容的に介入しようがありません。
できるのは読みやすくする、という編集技術的なことだけです。
したがって、私はどちらも味方ではありません。
「田中」氏が望めば、記事としてのスペースも考慮しておりました。
ただし、このブログのいわば論説主任格の山路さんと、「田中」さんでは与えるスペースに差があるのは当然のことです。

私は「頭が高いひれ伏せ」だなんて思いもしませんし、たかだか2,3日待つのがそんなに大変だとはおもいもしませんでした。
そういう貴兄の表現は、私と山路さんへの侮辱の言葉として受け取ってよろしいですね。

とまれそこまで考えて私は「あとで完結してから書いてくれ」といったのに、なにをひとりで興奮し二度とくるものか:なんていう捨てぜりふを吐くのですから、失礼ながらまことに見苦しいとしかいいようがありません。

おそらく私と貴兄はおなじくらいの年齢です。この歳だと、これから会える人のかずは無限ではありません。
もう少し出会いを大事にされたらどうでしょうか。決別の辞なんて、若い内ならともかく、ある程度の年になると軽々しくやってはいけないと思う次第です。


無学な老人さん

このブログに2度とコメントをしない、というのは勝手ですが、そのあとの「常連さんたちの言葉遣いの酷さ」というのはいかがなものでしょうか。

いつもここで勉強させてさせていただいているわたしにとっては承服しかねる言です。

一体どこをとっていっているのか理解にくるしみます。

それよりなにより、2度とコメントをしないというなら、黙って去ればいいだけのことではありませんか。

ブログに対する誹謗中傷にしかおもえないのですが。

やっぱり一番シンプルなのは減税しかないですね。
でも政府(特に財務省)は自ら金の流れに関わり権限を維持したいがために「給付」という方法にこだわります。
本来政治家がそれを抑制してより効率的な方法を選択するべきなのでしょうが、ほとんどの政治家が経済について疎い段階でブレーン含めて財務省に丸め込まれるという状況が変わらない限りいつまで経っても最適解へと至らないイライラする状況が続いている印象です。

とりあえず行政のデジタル化や効率的なデータの共有といった環境整備もロクに整っていない日本にMMTなどまだまだ先の話だと感じます。
少なくともマイナンバーと確定申告&口座の紐付け、支給用のデジタル円の発行くらいはやっておかないとグダグダ支給は改善される事はないでしょう。
デジタル通貨にすれば支給は一瞬ですし、生活保護等でもこれを持ちいれば用途を制限する事も容易になりますので遊興費や横流しで消える事も激減するかと思います。

昼休憩に入ってふとブログを覗いてみて、、、

「オリンピックだの開会式だの」、あー、ネガティブな「小山田事件」などをことをしつこく言い過ぎちゃったかなー、とか少し思ってしまいました。

でも、「無学な老人さん」、カッコ悪いよ。

管理人さんへ
(1) 私は「最後まで読んでから反論しろ」と申したこと自体が皮肉であったと主張した覚えはありません。
 皮肉として申したのは「一括交付金」の件のみであって、上の私のコメント全体を把握していただければ、「そもそも論」として、私の主張の趣旨が「相手の主張の全部を伺ってから反論すべきだ」にあることは自明、その上で議論の一方が自らの見解を主張するに際し、徒に反論の結語部分までを引き延ばすことは不当だと申し上げたに過ぎません。

(2) どのような記事をどのように掲載するか、それがブログ管理人の裁量の範囲内にあること自体は、既に私も上のコメントで認めているところではないですか。
 ただし、私は「議論中において、議論の相手方がある場合に当事者一方の主張を記事にするときには、他方当事者への配慮が必要だ」と申しているのです。

(3) 山路さんがこのブログの論説主任格であることは認めますが、それによって「与えるスペースに差があるのは当然」とまで仰るとは思ってもいませんでした。
 管理人さんは「何が正しいか」ではなく「誰に便宜を図るのが美味しいか」で物事を判断されるのですね。
 「たかだか2,3日待つのがそんなに大変だとはおもいもしませんでした」って、だから私は山路さんの反論予告の日時から記載しているではないですか。それが「2、3日」ですか?

(4) 私のコメントが長すぎるとのご指摘、(3)で申しましたとおり、常連と一般コメンターの間に違いを設けることが当然だとお考えなのでしたら、私には再反論の手立てはありませんし、そのような差別主義者のお相手はこちらの方でも願い下げです。

(5) なお、いつかはお詫びしなければならないと思っていたのですが、2019/04/04付け記事「新元号 中国の反応の滑稽さとは」に「大昔の中国史学徒」名義でコメントしたのは私です。
 出先からガラケーでコメントしたのですが、HNを失念しましてそのようなことになりました。ごめんなさい。

 それでは「さようなら」。とは言っても本件に関する私への批判的コメントについては、再反論コメントをさせていただくかもしれませんが・・・

ゆんさんへ
 07月13日付け記事のコメント欄をお読みになって、なお「常連さんたちの言葉遣いの酷さ」をご理解いただけないのであれば、貴方と私との感性の違いとしか申しようがありません。
 議論をしても無駄だと思いますので、これにて失礼いたします。

宜野湾くれない丸さんへ
 >でも、「無学な老人さん」、カッコ悪いよ。
 某巨大匿名掲示板レベルのコメント、ありがとうございました。

 無学な老人さん

 残念ですね。
内容についての反論が聞けると思ってたら、ねじくれちゃったんじゃ。
言ってる事が、揚げ足取りですよ。

誤表記について謝罪がないとか、何様なのだか。
すると、一律給付金がポピュリズム政策であった事について田中氏から私に謝罪でもあるのでしょうか? そんなもの誰も期待してないし、その先の議論に差し支えるから正しておくべき事柄だったに過ぎないです。

山路さんへ
 他人と議論するに際し、最低限のマナーも守れない方とは内容について議論する気持ちになれませんので悪しからず。

なんか凄い状況になってますね…
空気を読まずに書き残したコメントを追加をしますw

国民の労働意欲の観点からも給付金というのは麻薬に近いものがあるのでそれを回避出来るのであれば別の策を講じるのがベターだと個人的には思っています。
したがってMMTのような尖った経済政策は欧州の意識高い系の国家で実験してもらってからでも遅くはありませんし、日本のようなベース財源となる資源のないモノ作りを生業とする国家には向いていないと思っています。

管理人として通告します。
「無学」さん、もはやあなたの行為は荒しです。
最低限のマナーを守れないのはあなたのほうで、議論に入るはるか手前でそれを邪魔しているのは他ならぬあなたです。

もう来ないで下さい。大変に迷惑です。

なんだか他所様のブログにお邪魔して「自分ルール」を設定してそれが守られないからって勝手に憤慨して出て行くって、まさに「一人相撲」じゃないですか。結局何も残しませんでしたね。てか、飛ぶ鳥跡を濁していかれましたか。

話それますが、冒頭でオリンピックに触れられて増したので便乗させていただきます(本文じゃなくてスミマセン)。

私はオリンピック推進派でしたので、どんな形であれどうにか開催できて喜んでます。必死の精進を貫いてきたアスリート達の真剣な様は美しいし、感動します。賛否ある開会式でしたが各国の入場行進を見て感動のあまり泣きそうでした。全ての国の競技者達が満面の笑みをみせてくれました。

内外のメディアが否定的な雰囲気を醸し出す中、みなさんキラキラ輝いて「ああ、みんな本当にこの日この時を心の底から待ち焦がれていたんだ!」と確信することができました。日本の日本人の心意気を思う存分発揮して、「日本だから開催できた」と誇りにできる大会になってもらいたいと願う次第です。

 今日は特に楽しみにしてたバレー、バスケット、卓球の決勝があります。
ダイジェストまで見ればAM2:00頃まで目が離せませんね。
観客のいない試合は何だかヘンな感じですが、五輪反対派も楽しんでくれているようなので良かったです。

掲載ありがとうございます。

色々言いたい事があるのですが、どうしても「長く」なってしまうので、諦めました。

まぁ、日々、短いコメントをして管理人さまに信頼頂ければ、長くても良くなるのだろうと思います。

でも、色々思うところがあっても全て飲み込んで、ただただ絶賛コメントを続けねばならないというのは、ちょっとしんどいので、やはり、今後は参考として見るだけに止めようかと思います。(例外はあるかもですが)

この度は例外的に長いコメントを許忍頂きありがとうございました。

「田中」さん、ご理解いただけてありがとうございます。
私は貴兄の熱心な姿勢を好ましく思っています。
またどうぞおいで下さい。

なんやら、このところ毎月曜日はWindowsのアプデで、悲しいことに我が8年
落ちHDD搭載PCは、まず2時間はマトモに動きませんで、最終稿「その3」に
対するコメント欄の意外な展開には時間軸的についていけませんので、その
空気を読まないで書きますわ。

上杉鷹山さんをエライと思ったのは、かの悪名な餓死者続出の東北大飢饉
が度々おこる時代、当初は大勢の百姓を離散させたり餓死させたりしたもの
の、対策を重ね、後には他の東北の各藩が壊滅的被害になった時でも、米
沢藩では餓死者を1人も出さなくなったことですわ。

なんでも、飢饉が来るのは1年前に判るのだそう。それは簡単で、春に蒔く
種籾をひもじいと冬の間に食べてしまうから。次年の収穫は無しになります。
とにかく、1年分の食料を何が何でも確保しておけば種籾を死守できて、飢饉
の年(天災や天候不良)は続かないので生き延びられます。鷹山さんは、とに
かく野草の類でも食料になるものは何でも研究して、それらを村に常備する
ようキビシク言いつけた。

「自助・互助・扶助(公助)」は鷹山さんが言い出しっぺで、家・村・藩で支え合
うことを意味しますが、自助はアタリマエとして、互助は雑穀倉など村の助け
合い、公助は治水や商品作物の研究などを含む農法改良などと藩米の手当
となります。

鷹山さんがした事は現代の企業経営と同じく、ムダを省き、積極的に有能な
者を登用して、とにかく何でも試してみて、イケルと思ったらド借金して投資し
て、しくじってカネを無くしても金主には誠意でもって謝り利子だけは返して、
次の計画への協力を願う、ということです。真の富を生み出し、それを蓄積
すること無くして、人や社会は豊かにはなりません。間に合わせ的な借金は、
将来に負荷をかけて、信用を無くすだけですわ。その意味で、一律給付金
はやはり借金に過ぎないし、未来の少ない(よって将来の負担増なんて知ら
んという)高齢者の票を狙うなんて邪なポピュリズムは好かんですわ。

不換紙幣の現在、MMT理論は、金利が永久にほぼ0で固定されるのが経済
理論的に証明されれば(もし、そんなドラえもんのポケット級の理論=借金は
いくらしても中央銀行が消化するんでチャラ、なんてノーベル賞モノだと思う)、
人類にとって素晴らしいと思う。事実上の、借金の永久引き伸ばしなんで。

ただ、本当のホントに困っている人達はいるので、コロナ直撃で極端な生活
苦になっている人には、公務員やNHK職員などに負の一律給付金(ボーナス
カットなど)を貰ってもらうのが、鷹山さん的な扶助(公助)になると思いますわ。
もはや富を作れず、過去の遺産を喰い潰していくような日本じゃ、そら若い人
達はタマリマセンわ。

私も行き過ぎた金のバラマキは反対です。
選挙で票は集めやすいとは思いますがすが、財源を確保できるかは別問題です。日本でもすでに、民主党政権が失敗しています。
貨幣は、その証明となる価値が無ければただの紙屑です。日本は製造業で成長した国です。
素朴な疑問ですが、中国の債務の罠で、土地を取られる国が頻発しています。通貨を発行できる国なら、通貨をガンガン発行して返済できるはずです。
しかし、それが出来ない。何故なら経済的に貧しい国の通貨には価値が無いからです。いや日本は国力があるから大丈夫。円建てだから国債の調達コストも上がっていないという意見もありますが、銀行に預けるには金利が低い。株に投資するには危険がある。そういう金が国債に行っているのでしょう。
金が本来持つ以上の投資に走ったのが、バブルではないでしょうか。
土地や株が、本来の価値以上の投資対象となった。結果日本は後始末の20年を過ごした。貨幣が持つ価値は、例えば産油国なら石油がその国の貨幣の価値を裏付けします。日本の貨幣の価値はやはり国民の勤勉さとそれに裏付けされた製造業です。
いや、日本のGDPの大半は国内消費だという意見もありますが、その国内消費を支えてきたのは、輸出であり企業が輸出で得た金が、賃金として国民に配分され、それが国内消費に向かいます。
うまく表現できませんが、財源不足を貨幣の発行で補う。それも一つの方法です。ただし発行される貨幣はその価値の裏付けが無いとただの紙屑です。
蛇足ですが、中国の人民元の価値は安い労働力です。それで得た金で人民元を刷りまくり、投資に回しGDPは飛躍的に成長しました。その金で技術力も身に着けてきました。中国の破綻は安い労働力が維持できなくなった時でしょう。

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