中国とタリバンの愛憎関係
アフガンの新しい支配者になったタリバンと中国との関係は、愛憎相半ばする関係です。
中国は既にタリバンを承認していますが、かといって友好関係が万全というわけでもありません。
というのは、タリバンこそ中国が考えた新しい形の戦争「超限戦」の歴史上初めての実行者であり、その反面ウィグル独立を支援した過去を持っているからです。
「超限戦」とは毛沢東の人民戦争論の現代版です。
従来あった軍事と非軍事、軍隊と民間人、平時と有事の垣根を取り払い、あらゆる機会を狙って軍事的目標のみならず民間施設をも攻撃するというものでした。
簡単にいえばノールール。掟無用。弱者の反則技。国際法などあってなきがごとしの無法者の戦略、それが超限戦でした。
これを1990年代に書いた解放軍の喬良と王湘穂の二人の大佐は、超限戦でしか中国は米国に勝てないと信じると同時に、これを実際に中国軍がやることによる大きなデメリットも当然考えたことでしょう。
仮に成功しても、その主犯が中国であるとバレれば、中国は国際社会から追放されてしまうからです。
それは今のCOVID-19の世界的パンデミックの発生源が武漢ラボだった場合、計り知れない打撃を受けるのは、当の中国だということを考えればお分かりになるでしょう。
しかし、この超限戦を実際にあっさりとやってのけた一群がいました。それがアルカイダです。
アルカイダが行ったのが、2001年米国同時多発9.11テロでした。
この時、中国軍内部に異様な歓喜が走ったそうです。ざまぁみろ、米帝め、思い知ったか、というわけです。
中国軍の高級幹部は、そうかこうやれば勝てるのだ、これは我々が研究していた超限戦そのものじゃないかと考えたようです。
そして、この9.11同時テロをもって、現代戦には戦場がなくなり、あらゆる場所、あらゆる時を選んで攻撃が可能だ、という考えを新たにしたといいます。
かくして、中国軍にとって9.11は中国軍の不滅の金字塔となったのです。
「ビン・ラディンとタリバン・アルカイダ組織の“テロ傑作”によって、『超限戦』本は世界的に有名になり、毛沢東の『持久戦を論ず』の次に、中国が生み出した優れた戦略思想書の地位を占めることになった」
(福島香織の中国趣聞(チャイナゴシップ)NO.402 2021年8月16日)
さて、このようにしてアルカイダ、あるいはその親戚筋のタリバンは、中国軍の密かな憧れめいた対象となったのでした。
中国からすれば、もしタリバンとの関係が良好ならば、秘密軍事支援のひとつも送り、彼らを手先として使いたいような存在だったはずですから。
しかし、当のタリバンはそんな中国軍の熱い視線をよそに、90年代までアフガン国境を超えて来るウィグル人を訓練キャンプに入れて軍事訓練を与えていたのですから、皮肉なもんです。
アフガンで支配地域広げるタリバン 米軍撤収で力の空白、軍閥も呼応
これを重く見た中国共産党は、9.11の報復として米国が始めた対テロ戦争に賛同し、タリバンも敵視するようになります。
ただし表面的には、です。
中国の本音は、ウィグル人をイスラム原理主義過激派として弾圧する口実にするための方便だったにすぎません。
ですから、表面的には米国の対テロ戦争に賛同しつつも、実際は中国はアフガンに一切介入しようとしませんでした。
1993年に内戦が勃発すると、中国はすぐさまアフガンから外交官を引き上げ、1996年~2001年の第1次タリバン政権時にも、深くかかわろうとはしませんでした。
これは米国に協力しないという意志表示でしたが、外交に疎い(というか概念そのものがない)タリバンにはそんな腹芸は通じるわけがなく、「イスラムの敵」とみなされた中国人は、アフリカや中東で次々に標的になっていきました。
ここで表面的にはタリバンと中国は決裂します。
しかしそれが大きく変化したのは一昨年の2019年6月のこと、中国外交部報道官の陸慷は記者会見で次のように驚くべきことを発表し、世界を驚愕させます。
なんと中国がタリバンと手打ちしたというのです。
中国が米国の撤退を先取りしてタリバンを承認したというのも衝撃でしたが、それ以上にあの硬直したタリバンが「外交」に目覚めたということが驚かれたのです。
その時タリバン使節団の代表で登場したのが、今のタリバン政権の実質的首領であるガーニ・バラーダです。
ガーニ・バラーダ
タリバン幹部に日本から独占インタビュー 「われわれはアフガニスタ
「タリバンの在ドーハ弁事所主任のムラー・アブドゥル・ガーニ・バラーダおよび数名職員が中国を訪問した。中国側高官は彼らとアフガン“和平和解プロセス”について意見交換を行った。
これには世界が驚愕したが、中国の超限戦思考を知っていれば、十分ありうる展開だったといえる。
当時、トランプ政権はタリバンとの和平協議を模索していた。近くアフガンの大敗戦処理があるとみた中国の方が先手を打った格好だった。
そして今年の7月28日、王毅国務委員兼外相は天津市でタリバンの幹部と会談し、アフガニスタン和平などについて意見交換を行った」(福島前掲)
福島氏によれば、この中国-タリバン会談で中国側は、①「アフガンで決定的な力を持つ軍事、政治勢力だ」と強調。②東トルキスタン・イスラム運動らテロ勢力と一切の関係を絶て、と主張し、
タリバン側は、「いかなる勢力もアフガニスタン領土を利用して中国に危害を与えるようなことをは許さない。中国にアフガンの再建にさらに参与するよう希望する。タリバンは中国の投資者のためにより良いビジネス環境を提供する」と答えたといいます。
つまりタリバンは中国がアフガンに手をださなければ、「良いビジビネス環境を提供する」、というのです。
あのコチコチのイスラム原理主義者のタリバンが、「投資歓迎」と言ったのですから、こりゃ驚きです。
この会談で中国のアフガン方針は決定しました。
タリバン承認、その後に政権が樹立されれば支援を与え、投資を促進していく、です。
「これは我々が実務的態度だということ。(アフガニスタンについては)あなたがあなたの国をどのように統治しようとかまわないが、中国に影響を及ぼしてくれるな、という態度だ。
中国のようなアジアの大国がこうして公開の場でタリバンとの会見を行い、タリバン政府の合法性を約束したのだから、これはタリバンの巨大な外交勝利であったろう」(上海復旦大学南アジア問題専門家・林民旺)
このような情勢の中でタリバンは全土を掌握したわけですが、当然のこととしてこの会談合意の履行を求めるでしょう。
中国からしてみても、汗ひとつかかないで米国を追い出すことに成功し、そのうえアフガンを一帯一路に組み込めるまたとないチャンス到来というところです。
中国にとって、アフガンをおさえることのメリットは計り知れません。
たとえばアフガンには、中国の一帯一路政策の中央アジア部分を成す中国-パキスタン回廊(カラコラム・ハイウェイ)が通っていますが、その安全を保障させ、敵国インドを回避して友好国イランへの直通ルートを作ることができます。
完成すれば、中国の数少ない同盟国ののイラン、パキスタンと陸路で結べ、いくらインド洋がクーッド聯合艦隊に支配されても安心できます。パキスタンのタリバンTTP武装集団を抑えることもでき、タリバンを通じてカジキスタンやウズベキスタンなどの周辺国にも影響を強めることができます。
これで中国か構想するユーラシア陸路の完成に一歩近づくというもんです。めでたし、めでたし。
パキスタンのカラコルム ・ ハイウェイ沿いインダス川を渡る橋の建設
そのうえ、また
周辺のウズベキスタン、トルキスタン、カザフスタンの石油・天然ガス資源に対し数十億ドルの投資をしているので、これら油田から中国に伸びるパイプラインの安全も確保できます。ついに動き出した中央アジアの北朝鮮、トルクメニスタンの天然ガス輸出
中国にとってはいいことづくめ。
タリバンがこのような中国の権益さえ守ってくれれは、いくらでも支援しよう、カネも武器も喜んで売ってやろう、いやーまったくオレラはウィンウィンじゃないか、ということのようです。
と、ここまではチャイナの「明るい未来」ですが、この先となると微妙です。
諸外国でタリバン政権に援助を与える国などありませんから、必然的に中国だけが唯一の援助国となります。
タリバン国を承認するのは、中国の属国となってしまったパキスタンか、トルコ、イランくらいなものでしょうか。
国連の議決権すら与えられるか微妙です。
おそらく国際社会はミャンマー軍事政権に対してと同様の厳しい経済制裁をかけるでしょう。
常日頃は安保理でならず者連合を組んでいたロシアさえ、制裁に回ると思われます。
つまりまたもや、中国は世界の中で孤立すると展開になります。
また、今まで中国がうま味を味わえたのは、距離を開けていられたからです。
しかし、今後中国はタリバン新政権に対していやでも深入りすることになります。
一帯一路の名目で与える経済支援のみならず、近代兵器の操作を教える人民軍の軍事顧問も派遣することでしょう。
おそらく相当数の中国軍人が軍事顧問団としてアフガンに渡ることになるはずです。
今のアフガンはとりあえず全土を粗ごなしに平定しただけのことで、反タリバン各派は周辺国に逃げ込んで機をうかがっているだけです。
アフガン戦争の原因の一つは部族対立ですから、簡単に終わるはずがありません。
時期を見て反タリバン勢力は、ゲリラ戦やテロ襲撃というかつてタリバンがやった方法を、そっくりそのまままねた攻撃をしかけてくるでしょう。
パイプラインは狙われ続け、中国企業や中国人はテロに合います。
その背後には、ひょっとしたら苦い敗北を喫したロシアや米国の影も見え隠れするはずです。
さぁ中国さん、シリアでロシアがやったような空爆で支援しますか、そこまで踏み込むともう後戻りはできませよ。
一方、初めこそ友好的ですが、やがて厚かましく利権漁りをしてくるにちがいない中国をタリバンがどう思うか、です。
タリバンというか、アフガン人の攘夷体質はそうそう簡単に変わりませんからね。
お手並み拝見です、習さん。
たぶん自分だけはうまくやれると信じているのでしょうが、ここが「帝国の墓場」だということをお忘れなきように。
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一口で言って、中共外交の大失敗でしょう。
短期的にはともかく、中長期的にはドロドロの底なし沼に足を取られる事はあきらかです。もう漁夫の利を浚うことも出来ません。
だいいち、民主主義国相手に慣れている中国企業がアフガンに投資するなんて、砂漠に水を撒くようなもの。アフガンは他の後進国とは全然違います。
米国をはじめ西欧諸国はどこも中国の進出を賞賛するどころか、足をとられて国力を無駄に消耗する様を冷ややかに傍観する姿勢に入ってますね
焦りすぎて逸る中国のこの帝国主義は、世界からつまはじきにされつつある事への抵抗であり、面目だけを糊塗する自己満足で中身のない演劇みたいなものに見えます。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年8月17日 (火) 15時10分
言ってしまえばアメリカが尽力していたかりそめの平定に中国がタダ乗りしようとしたので「そういう事なら後の世話はヨロシク」とばかりにアメリカが押し付けた感じですね。
きっと今後も米ソはぞれぞれ裏から手を回して国内が混乱するように仕向けるでしょうから第二第三のアルカイダが生まれるという救いの無い歴史が繰り返されるのでしょう。
普段アフガンのアの字も報じなかったお昼のワイドショーが突然のクローズアップには驚きました。
予想通りアメリカは無責任だというスタンスの報道ばかりでTVマスコミは単なるバカなのかどこからか金貰ってイメージ作りをやっているのか…ドラマの再放送でも見ていた方がまだマシです。
投稿: しゅりんちゅ | 2021年8月17日 (火) 16時55分
http://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20091125/25926/
治安維持を米軍に任せて既に中国はかなりの資本投下をしています。
所謂米軍治安維持のタダ乗り恩恵をしっかり受けた国ではないかと思います。
今後ここに解放軍関係者や有象無象が向かうと、インフラ整備や資源採掘の投資回収は全くないままマフィアの麻薬密売だけ扱い高が激増しそうです。
宵山に入りて山賊に身包み剥がれるような一帯一路、普通の道は通らないですね。。
貨物機ぎっしりに身を寄せてアフガンを脱出するツイート画像を見ながら、1人でも多く逃げられる事を祈っています。
日本人は「アフガン人可哀想、米軍無責任、中国これからザマぁ」とはまた別に
「時間は十分あったのに、自助努力を怠った国を米国は助けない」というハドソンでの公開イベントでのブリッジ・コルビー元国防次官補代理の言葉を、自分ごとに考える期限が来つつあると知るべきです。
投稿: ふゆみ | 2021年8月17日 (火) 17時29分
元政府は、タリバンの敵だから、米国と手を組んだとうだけの人たちで、その腐敗はひどく、タリバンの方がマシと思っている住民を多かったようですね。
これは国共戦争の国民党の腐敗が酷くて米国が警告したのにも関わらず改めなかったのにも、ベトナム戦争で南ベトナム政府の腐敗が酷かったというのにも似たような…というか繰り返しです。
中共はより腐敗してない、宗教的価値観以外はマトモなタリバンと手を組んだわけで、それが元政府の腐敗よりマシなら、国民も我慢するんじゃないかと思います。
いろんな視点はありますが、ビンラディンを殺害した10年前にアメリカとしては目的は達しているわけで、その後10年いたのは、サービスみたいなもんです。
ただ、混乱して空港に詰め掛ける群衆を見たら、米国民の気持ちはまた変わるでしょう。
撤退するにしても、もう少しやり方はなかったんかーい?と。
日本の多くの人が、今回の事から、日米同盟も磐石じゃないよなと察する方向になれば良いなと思います。
投稿: 田中 | 2021年8月17日 (火) 21時58分
タリバンの機関紙「スムード」などによれば、タリバンが標ぼうする経済指標のうち、中国との障害になりそうな主要な点は以下のようです。
①鉱山、石油・ガス、水、土地のような戦略的資源や、道路、橋梁、ダムのような社会資本、及び電話、インターネット、公共運輸網、輸送機と空港はイスラーム首長国(タリバン)の官庁が管理する。
②希少鉱物を外国資本から奪回する。
③内外の交易とその経路をイスラーム首長国(タリバン)が管理する。
こうした原則論をタリバン側が少しは変更する可能性もありますが、それだと資本主義傀儡から国を奪還するという、タリバンの理念や存在意義が失われます。中国は既得権すら交渉の俎上に上げられかねない状況にあって、アフガンの安定化は欠かせない前提です。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年8月17日 (火) 22時47分
イランと米国の対立も石油メジャーの利権を守りたい米国と、それを許さないイスラムとの対立です。何のことはない第2次世界大戦後の米国が繰り返した失敗に中国が手を染めた。それを避けるには大幅なイスラムに対する譲歩が必要です。様々構造の中でも中東は親米、親ロシア、親中国の三つ巴の様相を呈してきました。魑魅魍魎が跋扈する世界に中国が足を踏み込んだ歴史的瞬間です。
人道面から中東からの移民を受け入れた、EUも今では頻発するテロに悩まされています。中国とタリバン。蜜月関係が崩れた時、三峡ダムの爆破だってあるかもしれません。
投稿: karakuchi | 2021年8月17日 (火) 23時22分
いつも楽しみに拝読しております。
今回のアフガニスタンの事態を現在の日本に置き換えると、なぜか大陸勢力の支援を受けた神道原理主義の武装勢力が東京を制圧、すべての価値観を江戸時代以前に戻そうとしているような感じに見えます。逃げ出したい日本人は、やはり逃げ出す米軍に縋ろうと横田基地や横須賀に殺到しているかもしれません。私は亡くなった祖父から、終戦後北朝鮮の平壌からソ連兵に追われながら引き揚げてきた時の体験を聞いたことがあり、カブールで米軍に殺到する人たちを完全に他人事とは思えませんでした。
ふゆみさんや田中さんがご指摘されているように、米軍がいつまでも永遠に日本に存在するわけではありませんから、そろそろ日本独自の核抑止力保有や諜報・工作機関を検討する時期に来ているのかもしれませんね。
投稿: 都市和尚 | 2021年8月17日 (火) 23時49分