バイデンの「類いまれな勝利」とは
毎日眠たい男の話題で恐縮ですが、バイデンが「撤退勝利宣言」を出しています。
「アフガン戦争終結を正式宣言 駐留軍撤収「類いまれな成功」 米大統領
バイデン米大統領は31日、ホワイトハウスで国民向けに演説し、2001年から続いたアフガニスタン戦争の終結を正式に宣言した。
民間人の退避と駐留部隊撤収について「類いまれな成功だった」と自賛。アフガンへの軍事関与を続けるのではなく、中国など今後の脅威への対処に国力を傾けるべきだと訴え、アフガン戦争に幕を引いた決断を正当化した。
バイデン氏は約25分間の演説の冒頭、「米史上最も長い、20年に及ぶアフガン戦争を終わらせた」と表明。これまでに莫大(ばくだい)な資金を投じ、計80万人の兵士を送り込んだが、その対価として多くの機会を失ったとして、「もはや国益にかなわない戦争を続けることはしない」と理解を求めた。
一方、イスラム主義組織タリバンが全権を掌握したアフガンから現地協力者ら12万人以上を退避させ、出国を希望する在留米国人の9割を救出したと強調した。「米国だけがこの退避作戦を遂行する能力を有していた」と胸を張った」(時事9月1日)
アフガン戦争終結を正式宣言 駐留軍撤収「類いまれな成功」 米大統領(時事通信)
へー、そうなんだ。勝ったんだ、知らなかった(爆笑)。
平均年齢20歳の米軍兵士16名と200名を超えるアフガン人の死亡者を出した自縛テロを受け、ブリンケンも認めているようにまだ百人以上の自国国民と、数万人規模のアフガン人脱出希望者を残しておいて、そうか、これは「類いまれなる成功」であったのかぁ。(遠い目)
今残されている米国人は事実上タリバンの人質扱いで、今後取り返すのが大変ですが、バイデンに言わせると「9割退避させた。エライだろ」のようです。
米国人以外にも、米軍に関係したアフガン人は少なく見積もっても8万人。いまだ6万人前後が国内に隠れていると言われています。
見つかり次第処刑されるでしょう。
ちなみにアフガン人は皆タリバン、だから逃げるアフガン人はただの経済移民です、なんて妄説を振りまく高橋博史元アフガン大使と元外務省の宮家邦彦さん、そりゃタリバンの言いぐさですよ。
この元外交官コンビのロジックでいくと、アフガン人=タリバンなんだから、ひとりの現地の人も避難させる必要がないことになります。
ああ、だから日本大使館は真っ先に逃げたのですかね、これでわかりました。
この人らについては、別記事でとりあげるかもしれません。
それはさておいても、バイデンはこの「20年間にわたる戦争を終わらせた最大の功労者はオレだ」、と言いたくて8月31日なんてムチャクチャな撤退計画を立てたのでしょうから、どんなに人が死のうと、置き去りにしてこようと、アフガンを中国に譲り渡そうが、言うことは決まっていたのです。
ただし、バイデンがなんと言おうと、民主主義を支持するアフガン人は、米国が彼らを保護し、避難場所を提供してくれると思っていました。
同じように見える米軍撤退であっても、ベトナムは米地上軍が撤退して「現地化」が図られるところまでは同じでも、そこから2年間の余裕がありました。
その間に、自国の行く末をはかなんだ者は、米国なりフランスなりに逃げる時間がたっぷりあったわけです。
そして1975年5月の南ベトナム政府の崩壊に際しても、米国は全力で米国支持者らを救援し、米国で永住権を与えました。
だから負けても、後々まで米国の信用という無形の資産として残されたわけです。
米国に協力しても、失敗したら捨てて逃げるでは誰も信用しませんからね。
しかし今回はまったく違います。
8月末撤退完了を命じたホワイトハウスに、国務省はこんなに短期での撤退は無理だ、ビザ申請の処理だけで12〜18か月かかると答えたといわれています。
ですから、民主主義を支持したアフガン人を国外に脱出させるには、最低で1年半、可能ならば2年の時間の余裕が必要だったのです。
それを数カ月でやれというのは、初めから現地協力者は切り捨ててかまわない、と命じていると一緒です。
つまり、はイデンは初めから夜逃げ撤退作戦をする気だったのです。
この撤収期間、米国は主力が撤退したとしても、最低でも緊急対応可能な特殊部隊と空軍をアフガンに残しておかねばならなかったはずです。
その拠点としてバグラム空軍基地は絶対に押さえ続けておくべきでした。
撤収だから放棄するのではなく、秩序ある撤収をするには軍事的担保が必要なのです。
BBC
このバグラム基地は、2001年以来最大の軍事拠点であると同時に、米国のビヘイビア(行動)の象徴でした。
この基地は、旧ソ連軍が1980年代にアフガニスタンに侵攻した際、基地として建造され、米軍が2001年12月に基地に入り、最大1万人の駐留が可能な巨大基地へと作り変えました。
2001年12月の基地改築着工時には、同時多発テロで破壊されたニューヨークの世界貿易センタービルのがれきを、遠くニューヨークの消防士と警察がバグラムまで運び、下写真の礎石として埋め込むセレモニーがあったそうです。
その意味で、米国民の9.11テロへの怒りの象徴でもあったわけです。
アフガニスタンのバグラム空軍基地、最後の外国部隊が撤収 - BBCニュース
ところが下の写真をご覧ください。これは米軍撤退直後の7月初めに撮られたものですが、そこかしこに車両は散乱し、食料や備品も置き去りにして米軍は「夜逃げ撤退」をしてしまいました。
この撤退直後、包囲していたタリバンが素早くこの基地を接収し、いまは彼らの軍事拠点になってしまいました。
これでは米国の威信もへったくれもありません。
いくらバイデンが「類まれな勝利」と言い募っても、ただの敗走にすぎません。
車放置、食料散乱…米軍ひっそり撤収 アフガン・バグラム空軍基地
米国がこのバグラム空軍基地とそれを守るアウトポスト(前哨基地)だけでも維持し続けて、その上で撤退作戦を2年かけて秩序ある撤退を実施していたなら、こんな阿鼻叫喚の事態は起きなかったでしょうし、自爆テロもなかったはずでした。
カブールの空港に人々が殺到。アフガニスタンから脱出を求め混乱状態
結局、この「夜逃げ撤退」がタリバンの一斉攻撃の号砲となり、アフガン政府はあれよあれよと崩壊の憂き目に。
もちろんポンペオがFOXとのインタビューでも言っているように、大統領のアシュラフ・ガニは私腹を肥やすことにのみに専念し、支援の増額を求めるためにワシントンでのロビー活動に明け暮れていたのは確かでしょう。
しかしそれでも米国が時間の余裕を持った撤収計画を立て、その軍事的担保としてバクラム空軍基地に一定の部隊を残留させていればこんな馬鹿なことにはならなかったはずです。
そしてそれはホワイトハウスの意志ひとつで充分に可能だったのです。
大戦略として、米軍の軍事力を南シナ海とインド・太平洋方面にシフトすることは正しい選択ですが、それが半年一年遅れてもなんの支障もなかったはずです。
むしろここでアフガンにおける米国の敗北を世界に宣伝してしまい、アフガンを中国に「割譲」するパワーバランスの崩壊のほうがよほど大きな外交的ダメージだったはずです。
しかも、当該国とも、はるか離れた辺境アフガンにまで兵を送った同盟国と協議もしないで撤退してしまったために、同盟国との亀裂を作りました。
英国など、「スエズ動乱以来最大の裏切り」と激怒し、バイデンが「自国を守る意志がない国は守らない」などと時と立場をわきまえない発言をしたために、いらぬ同盟国の動揺まで引き起しました。韓国が本気でびびっていたのはご愛嬌でしたが。
さてさて、バイデンは外交上手だから安心だ、なんて言ってた元外交官はどこの誰でしたっけね。
ところで、米国は世界有数の民間人撤退計画を有する国です。
そのためにNEO(非戦闘員避難作戦)を持ち、常々訓練をしています。
これはその地域が戦闘地域となる予想がある場合、あらかじめ自国の民間人を撤退させておく必要があるからです。
たとえば、北との緊張が高まった2017年には韓国でNEO訓練を実施しています。
在韓アメリカ人にとっては常識!軍事行動に先駆けて行われるNEO
「現在、韓国にはアメリカ人が約14万人、そのうち米軍関係者が約2万8500人在住している。国外退避までには(1)退避情報が入る(2)身支度・準備(3)登録手続き(4)南へ移動(5)韓国国外へ退避、という5つのステップがあり、韓国南部への輸送は民間業者によって行われ、アメリカ軍はその警備を担当。そして米軍が準備した航空機でグアム・沖縄へ脱出させる。軍事アナリストの小川和久・静岡県立大学特任教授によると、米軍は平時から陸上輸送の民間業者や25機前後の民間旅客機をおさえており、準備は開戦の1カ月前からスタートし、退避10日から2週間ほどで完了させるのだという」(ABEMAタイムズ2017年12月7日)
このように米軍は非戦闘員避難作戦に非常に熟達しており、アフガンと同じ広さの地域を対象とする場合を想定すると、統合参謀本部が上手に各方面に調整を行い、国務省が安全な第三国に難民収容施設を確保できさえすれば、30日から45日程度で計画から準備まで可能と言われています。
しかし、「夜逃げ撤退」をしてしまえば、タリバンがカタールでの和平協定を守るはずもなく、一気にカブールへの道を開いてしまったわけです。もう、はちゃめちゃ。
だからタリバンに協定を遵守させるために、バグラム基地を押えつづけていなければならなかったのです。
こうして米国はしないでいいドタバタ逃亡劇を演じ、多くの米国に助けを求める人々を置き去りにして、バイデンが言う「類まれな勝利」をつかんだというわけです。
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とは言えアメリカはたくさん国外避難できたのは事実で、
一方で日本は自衛隊も動かして500人逃がそうとして結局ダメで、
でも韓国は前々から準備していてたくさん流したぞ!すごい!
みたいな記事がたくさん出てますが、ムンムンが凄いのかどうかは別として、韓国軍は今回は本当にGJだったんですかね。
投稿: ねこねこ | 2021年9月 2日 (木) 10時43分
日本はあくまで自衛隊であり軍隊では無い以上、超法規的活動はかなり制限されてしまうのでこれが限界でしょう。
現地の人の話では集合時のトラブルでバスの出発が遅れてギリギリのタイミングでダメだったようで、もし予定通りに空港に向かっていたらあのテロに巻き込まれていたかもしれないとのことで運が悪いのか良いのかわからないといったところです。
バイデン政権が読み間違ったのはアメリカによってもたらされた民主主義が素晴らしいものだとアフガン政府の指導者たちが思っていると勘違いした事です。
結局のところ彼らはアメリカの後ろ盾に権威を振るう事にしか興味はなく、自国をどう近代化させて発展させようとか、新しいアフガンを命にかえてでも守ろうという気持ちはなかったわけですから。
アメリカとしては一日も早く損切りしたい案件を片づけたのでまずはヨシッ!、その過程で起きた失態はバイデン政権に押し付けるという形で着地させるでしょう。
しかしバトンタッチさせようにも後継者と目されていたカマラ副大統領も全くパッとしないし民主党としては誤算だらけですね。
あまりグラグラされるのも同盟国側の人間としては困るのですが…
投稿: しゅりんちゅ | 2021年9月 2日 (木) 13時51分
バイデンの敗因は、バグラム空軍基地を明け渡した事が第一要因です。
バグラム基地は中国南西部にもニラミを効かせていましたから、私などはバイデン政権の中共へのおもねりのように勘ぐってます。
バグラムを早期に明け渡した失策について、記事の内容のように米国内でも共和党を中心に大問題になっているようです。
「誰がそれを命じたか」について、バイデンは完全否定しています。
参謀本部議長のミリーやオースティン国防長官も、「自分たちの責任ではない」と言っています。
つまり、バイデンの「600人しか残さない」という命令と「大使館等の施設を厳重に守れ」という命令があり、軍は人員配置上バグラムを放棄せざるを得なかった、という事のようです。
「かくすれば、かくなる事と知りながら」、軍は行動したワケです。
デサンティスフロリダ州知事は、「バイデンは無能ではなく、故意に混乱を生じ入れた」と言っています。何の為か不明なのですぐに得心できませんでしたが、100ドル札を焼却しないでパレット単位で残置して来るとか、武器や軍備をタリバンにわざわざプレゼントして来た事の意味するところは深刻です。
ブリンケン国務長官は先日、「タリバンとの交渉で残った米国人の安全を確保できた」と言っています。
バイデンのような敗北主義者がいかに「勝利した」と強弁しても無駄な事で、いかにアフガン政府軍にせいにしても同様です。
まして、これからタリバンまかせで米国に対するテロが防げるとでも考えたら大間違いじゃないでしょうか。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年9月 2日 (木) 18時05分
借主が自己都合で退去するのは借主の自由ですが、荷物も回収しないで放置しまくって、ガス、電気、水道などへの未払い責任も放棄して移転というのは、マナー違反になります。
当然、それを見ていた「友人」らは、友人をやめようかなぁ。とか付き合い方は考えようと思うでしょう。
バイデン氏と米軍がやったことはまさにそれで、さすがにそれはまずいだろうと米国人の多くが思ってくれたら良いのですが、きっと、それでも「トランプよりはマシだ」と思う多数の人たちが、彼を庇ってくれるんでしょう。
トランプの米国第一主義を、あれほど批判していたメディアや知識人にしろ、バイデンの、まさにモラルハザードに、もっとツッコミを入れて欲しい所ですが、これもあまり期待出来ないかなと思わずにいられません。
さて、韓国ですが、アフガン政府よりマシであればと願うのみです。
なお、近代化と、それに続く民主主義には、やはり歴史的な過程というのがあって、神様の代理人としての王様と、それに付随する強固な王権による中央政府っていうのがあって、しかるのち、代議制、そこからの、民主制と、しっかり着実に根付かないとダメだなと思います。
アフガンにはそれがなかった。さて、韓国には…です。
投稿: 田中 | 2021年9月 2日 (木) 19時22分