崩壊する中国農業その2 汚染される土と水、そして空気
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私は大昔、 宇井純先生の「公害原論」の自主講座に参加していたことかあります。
まだ40歳になったばかりの宇井先生は、当時ようやく研究の端緒についたばかりの「公害」、今の言葉でいえば環境問題を専門とする日本で最初の研究者でした。
いまでこそ環境問題はカネになるようですが、当時は異端の学問でした。いや不遇なんてものじゃなく、従来の学問に楯突く奴と見なされて「永久助手」のままでした。
ことに先生は助手時代に実名で新潟水俣病を告発したために、後に国連環境計画から「グローバル500賞」を授与されるほどの業績を上げているにもかかわらず、東大でやらされているのは教授の実験の手伝いだったようです。
宇井氏は、日本ゼオンの技術者として勤務していた時に、塩化ビニール工場の製造工程で使用した水銀の廃棄に疑問をもち、水俣病に関わるようになっていきます。
そして一貫して公害患者の立場に身を置き、新潟水俣病では手弁当で弁護人補佐を努めて、水俣病の解明と患者救済のために尽くしました。
宇井先生が、招かれて中国を訪問した直後に私たち自主ゼミのメンバーに言った言葉を今でも忘れられません。
先生は重慶を中心に視察したのですが、その有り様をこう語っていました。
「君たち、中国で今後膨大な数の水俣病が生まれるかもしれない。いや、もう多数の患者がいるはずだ。ありとあらゆる化学廃液が野放図に川に捨てられている。有機水銀、カドミウム、六価クロム、鉛・・・。
市当局に忠告したが、まったく聞いてもらえなかった。今、中国は公害を止めないと大変なことになる。」
この宇井氏の「予言」がされたのが1970年代末でしたから、40年以上前になります。
そして中国の公害は、先生の想像をはるかに越える形で現実のものになってしまいました。
中国は環境破壊を止めようとしないばかりか、何百倍、いや何千倍もの規模で拡大していきました。
さて公害は、まず農業や漁業で暮らす村に現れます。
そして静かに土壌や水に蓄積され、連鎖し濃度を高めながら水系に沿って汚染を拡大していきます。
水俣病の場合は、 最初に猫や犬が狂い、村で正体不明の病人や死人がポツリポツリと出はじめます。
その時には土も、水も、食べ物も一切が汚染されており、その汚染は胎児にまで拡がっていました。
中国の場合、コメや野菜、あるいは水を通じて都市住民にも黒い影を伸ばして行くようになります。
やがて、地方都市が変色した川とスモッグで覆われ、首都すらも金星のような有毒ガスの濃霧で覆われる頃には、実は全土が公害で覆い尽くされており、この汚染連鎖の最終局面なのです。
首都北京のPM2.5汚染は中国の公害の始まりではなく、その汚染の鎖の最終部分にすぎません。
下の写真は冬の北京ですが、コークスを焼くような匂いに、排気ガスを加えたような臭いとでもいうのでしょうか。これが硫酸塩エアロゾルの「味」です
共同
まずはこの表から御覧ください。中国の重金属汚染データです。
これは中国長江河口付近で採取された検出データです。採取地点、日時、採取者が明らかになっていればいっそう信憑性が高まるのですが、具体数値に乏しい中で貴重なデータです。
というのは中国政府は一貫してこのような土壌汚染を公表してこなかったからで、例によってこんな数値は捏造だと言うなら、当局が公的データを出せばいいだけの話です。むしろそうしていただきたいものです。
長江河口と言うことですから、上海近辺の長粒米を作る産地のものだと思います。長粒米は昨今の経済成長で、従来のものよりおいしいということで生産が増えています。
河口付近は、河から流れて来た汚染と沿岸からの汚染が重複する場所で、高度な汚染が出やすい場所です。
さて、この表の右端が我が国の環境基準値(02年制定)です。我が国の基準値と比較してみます。
・水銀 ・・・244倍
・鉛 ・・・3500倍
・ヒ素・・・1495倍
・カドニウム・・・4.2倍
・BHC ・・・59倍(※DDTと並んで国際的に検出されてはならない使用禁止農薬)
このような地域で生活すれば、水銀を原因とする水俣病が、確実に発生しているはずです。
水俣病は、感覚障害、運動失調、視野狭窄、聴力障害などが発症し、重度の場合は脳障害や、死に至るケースが多発します。
カドミウムを原因とするイタイイタイ病も間違いなく発生しているはずです。この症状は、骨の強度が極度に弱くなるために、わずかに身体を動かしたりしただけで骨折します。
くしゃみや医師が検診のために腕を持ち上げた抱けて骨折する場合もあり、身体を動かすことすら出来ず寝たきりとなります。
イタイイタイ病は、神通川下流域の富山県婦中町(現・富山市婦中町)で1910年から1970年にかけて多発した公害病で、患者が骨の痛みに耐えかねて「痛い、痛い」と泣き叫んだことから命名されたものです。なんと哀しい病名でしょうか。
この原因は、神通川上流にある岐阜県飛騨市にある三井金属鉱業神岡鉱山亜鉛精錬所から、精錬工程で出た廃液中のカドミウムが、下流の富山県婦中町周辺の土壌を汚染したために起きました。
カドミウムは米に濃縮されるために、米を通して水系周辺のみならず広くカドミウム汚染を拡げます。
富山県イタイイタイ病の場合、基準値を超えた米、野菜を食べ、地下水を飲んだ住民にカドミウム蓄積により発生しました。
魚介と違って主食の米や野菜を媒介とするので、販路も広く有機水銀より複雑な汚染経路を辿ります。
規模的にも、日本の場合は水俣病はチッソ水俣工場と昭和電工鹿瀬工場、そしてイタイイタイ病は三井金属工業神岡事業所と特定できる数の工場廃液が原因でした。
それに対して「中国水俣病」と「中国イタイイタイ病」の原因となる水銀やカドミウムは、いまの時点では見当すらつかないほど多種多数の工場、鉱山から排出されていると考えられます。
それを考えると、中国の報道による09年の湖南省カドミウム汚染米事件で2名死亡、500人余りがカドミウム中毒などはほんのわずかな露顕した事例にすぎないと思われます。
中国の場合、何度も書いてきているように、公的発表がまったくとl言っていいほどありません。
ですから逆に市場の米におけるカドミウム米の混入率から逆算するしか方法がありません。どのていどの率でカドミウム米が混入しているのかを知るわずかな手がかりがあります。
「2007年、南京農業大学農業資源・環境研究所の潘根興教授が中国の6地区(華東、東北、華中、西南、華南、華北)の県レベルの「市」以上の市場で販売されていたコメのサンプルを無作為に170個以上購入して科学的に分析した結果、その10%のコメに基準値を超えたカドミウムが含まれていたという。」(北村豊住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリストによる)
「これは2002年に中国政府農業部の「コメおよびコメ製品品質監督検査試験センター」が、全国の市場で販売されているコメについてその安全性を抜き取り検査した結果の「カドミウムの基準値超過率」10.3%と基本的に一致した 」(同上)
また、2002年の中国農業部による市販流通米の抜き取り調査結果によれば、米に含まれていた重金属で基準値超過が最も多かったのは鉛で28.4%を占め、これに次ぐのがカドミウムの10.3%でした。
2008年4月に潘根興が研究チームを引き連れて、江西省、湖南省、広東省などの“農貿市場(農民が生産した農産物を販売する自由市場)”で無作為に買い入れたコメのサンプル63個を分析した結果、何とその60%以上に基準値を超えるカドミウムが含まれていました。
このように60%を最大値として、おおむねカドミウム米混入率は約10%であるようです。
すると、 中国の米の年産量は約2億トンで、そのうち基準値を超えるカドミウムを含む米が10%と仮定すると、その量は2000万トンと推定されます。
これは、日本の2007年の米生産量882万トンを2.3倍上回る膨大な量のカドミウム汚染米が中国に出回っていたことになります。
一方、カドミウムによる土壌汚染も深刻です。
「11月10日から12日まで北京で開催された「中国環境・発展国際合作委員会」の年次会
議において、中国政府国土資源部が全国の耕地面積の10%以上は既に重金属に汚染されており、その面積は“約1.5億畝(約1000万ヘクタール)”に及ぶと表明した」
(2010年11月17日全国紙「第一財経日報」北村氏による)
また他の重金属についても、中国科学院生態環境研究センターはこう述べています。
「中国科学院生態環境研究センターの調査結果として、「中国の耕地のうち、カドミウム、ヒ素、クロム、鉛などの重金属による汚染の影響を受けている面積は約2000万ヘクタールにおよび、総耕地面積の約20%を占め、全国で重金属汚染による食糧の減産が1000万トン以上、重金属に汚染された食糧も毎年1200万トン以上に達している」
(2011年1月5日「中国環境報」北村氏による)
この環境研究センターの言う「食料1200万トン」を、コメ以外と考えると、合わせて重金属汚染食料は約3200万トンていどと予想されます。たたし、あまりにアバウトな数字なので、あくまで目安にすぎません。
上図は、セントラル・ミズーリ大学のリー・リウ(Lee Liu)氏の2010年論文「Made in China: Cancer Villages」が作成した中国のガン村」の地図です。
右端の凡例には、公式に政府が認めたものであり、下の紫色のグラデーションが、非公認の「ガン村」です。
中国における7割以上の河川、湖沼などに「ガン村」が発生しているのが分かります。
確認できるだけで459箇所、重工業化が進んだ東部の河北省から湖南省までの地帯だけで396カ所存在します。
患者は行政や企業によって門前払いを受け、沈黙を余儀なくされています。村民や家族も、農産物が売れなくなるので、外部に患者が出たことすら隠蔽しています。
おそらく中国全土の「ガン村」は、まともな調査をすれば天文学的数に登るはずです。
このような土、水の汚染によって、「狭隘」な中国の農地はさらに狭まっていくことになります。
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コメント
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中国の環境省はこれら土壌汚染対策について、来年中には90%の達成可能と発表しています。たしかに原因となった工場の閉鎖には手をつけ始めているようです。けれど、すでに広範に汚染された土壌の改良については全く信ぴょう性がありません。
ロイターによれば対策には日本円で100兆円程度が必要な由で、しかしそこには当然に被害者補償などは含まれません。
隠蔽と情報統制さえあれば、中共にとって中国民の命は安いものです。
かつて丹羽宇一郎元駐中国大使は、「東北3省のもの以外、農薬に野菜をどっぷりと浸けるような栽培方法だ。私は絶対に食べない」とし、牛乳についても、「私は決して中国産の牛乳を飲まなかった。2、3倍の値段がするが、ニュージーランド産かオーストラリア産を買っていた」と告白しています。
日本の水俣病と違うところは排水等の工場問題だけでなく、農薬製品の毒性そのものの多寡にもあるのだと思います。
なお、こうした中国の環境問題について、「日本の技術で貢献できるビジネスチャンス」、とする経済界の見立てはナンセンスと思います。
こうした問題の解決にはきわめて国家構造的な部分によるところが大で、技術だけでは如何ともしがたいです。
また、丹羽元大使が中国人を指して「あんな自己中心的な人種はいない」と言ったように、経済成長にともなう金銭・物質至上主義の風潮から国民が抜け出す事も必須の条件でしょう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年10月 5日 (火) 06時04分
オレ、
何年も前に、中国は日本の公害汚染を「反面教師」としてバランスを取った農村を作れれば···ということをコメントしました。
新潟の第2水俣病に関しても、ドライブ中に出会った現地の被害者のお年寄りにたまた時のお話もありました。
残念ながら中国共産党支配体制ではどうにもならないままで、改革解放とともにカネ儲けだけに突き進んでしまったという残念さがあります。毛沢東の度重なる失政の後を継いだ鄧小平さんの汚点ですね。
結局はソ連のスターリンや中国の毛沢東みたいな「独裁者」がいないと成り立たないという「共産主義そのものの矛盾と敗北」です。古代から皇帝や国王がいないと国が成り立たない巨大国家です。
習近平さんは現代の皇帝の座にありますが、それですら危うい党内の権力争いの上に成り立っていて、いつひっくり返るかわかりません。
そんな数千年の歴史ある国に、せいぜい10年先程度の目先の利益目当てに投資しまくった日本や独仏の哀れなこと。。
カレーのココイチからトッピングのほうれん草が消えたりして「中国毒菜」とか騒がれたのが15年くらい前でしたね。
安けりゃいいのは消費者としては当然ですけど、あの頃から普通にスーパーで売ってるニンニクとか、大手メーカーのバタピーの品質が著しく落ちてました!
私、以前はピーナッツ加工現場にいましたから。
たまたま日本がデフレスパイラルの中で中国依存が高まったというタイミングですね。
これからは通用しないでしょう。
これまでは国内では量を少し減らしたりする「ステルス値上げ」でやってきましたけど、それはもう無理。物価は上がります。
中間層の国民所得が上がれば問題ないのですが、それが出来なければ我が国は中間層が貧民になるという悪夢のシナリオです。
岸田さんの新政権になったばかりで、来月には衆議院総選挙もあります。核保有国でもある彼の国とどうやって付き合っていくのかは日本の最大の課題ですね!
投稿: 山形 | 2021年10月 5日 (火) 09時39分
>けれど、すでに広範に汚染された土壌の改良については全く信ぴょう性がありません。 (山路さん)
共産党は強弁するでしょうが、信じられませんね。底辺の人民の所得を上げることに専念すべきであり、軍事力などに過度に投資すべきではありません。時間はかかっても人民の小さな生活の向上が先でしょう。
>経済成長にともなう金銭・物質至上主義の風潮から国民が抜け出す事も必須の条件でしょう。
むかし中国旅行をしたときに感じたことは人々が前向きでありながら内心は利己主義、物質主義だということでした。漢文で習う文化の香りなどはもう感じることはありませんでした。人気の高い北京ダックもまーまーでしかない。この国の良さを見つけた人は私に教えてください。わたしも認識を改めることができるかもしれません。まだ韓国の方がよいですよ(韓国に旅したのは、パクチョンヒの時代でしたが)。
課題山積の中国だと思います。この唯物主義の国は改まらねば世界にとっての災いとなるのでしょう。
投稿: ueyonabaru | 2021年10月 5日 (火) 23時19分