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2021年10月 6日 (水)

崩壊する中国農業その3 人も悲惨な中国

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中国農業は、先日来述べてきたように、過剰な化学肥料と農薬への依存が行なわれきていました。
典型的な収奪型農業です。
同じ農民といっても、私たち日本農民の心の中には、子々孫々の土を「お借りしている」という意識がどこかにあります。
だから自分の代で荒れさせたり、売ったりすればご先祖様に申し訳がたたない、と自然に思っています。
当主が亡くなって子どもたちに分割する時も、農業を継ぐ意志のある者が土地と家屋を相続し、他の兄弟たちは遺産放棄します。
そうしないと田畑が縮小再生産していってしまうからです。
土地の境界についてはことのほか執着し、寸土を巡って血相を変えて争ったりもします。
自分の土地を愛し、わが土地こそわが城、わが血、一族の拠り所という意識があるからです。
これが私が知る日本農民です。

一方、中国には日本人が考える「農民」はいません。
そもそも革命前には土地を持たない農奴であり、共産党は農民に土地を分配すると嘘をついて政権を奪取したわけです。
この約束は反故にされ、共産党はすぐに「人民公社」という集団農場を作り、そこにすべての田畑と農民を追い込みました。
生産はおろか、子育てすら保育所で行い、飯も一緒に食べるという徹底ぶりです。

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人民公社の食堂風景。みんなニコニコ腹一杯。もちろんプロパガンダ写真です。  ウィキ

こうして農民は、農奴から一転して今度はただの農業労働者となってしまったわけで、進歩史観的に見ても途中の独立自営農民の歴史期間が欠落してしまっています。
するとどうなるのでしょうか。情けないことに、人間は働かなくなるのです。
働こうが働くまいが同じだけメシが食えるなら、働いては損という愚者が増えます。
栽培の工夫?知るか、そんなメンドーなこと。収穫物の保管?それはオレの仕事じゃないぜ。出荷時期がだいじだろうって?そんなもんは上が考えるさ、オレらは鉄の茶碗をもらったのだから腹一杯飯を喰うことだけを考えてりゃいいのさ、というわけですから、まさに愚者の天国。
そこで焦った共産党は厳しい毛沢東思想の教育をしたり、粛清をしたり、大増産計画を強行したりと尻を叩きますが、結局、無理な大躍進政策は4千万とも5千万とも言われる膨大な餓死者を出しただけで無残な失敗に終わりました。

下図はいかに毛沢東の農業集団化によって農村が打撃を受けたかを、出生率と死亡率から見たものです。Fig03_06

農村地区における出生率と死亡率の推移  青木浩治 藤川清史

「この経済的混乱を主に農村地区が被ったということを、出生率と死亡率の推移から見てみましょう。餓死者の数は、とくに安徽省と四川省で多かったそうです。大躍進期の死亡率を見ると、安徽省で平年の7倍程度、四川省で平年の5倍程度にまで、上昇しています。
一方で、母親の栄誉失調のため、子供を生むことができず、両省では出生率が大きく低下しました。正確な餓死者の数字はわからないのですが、1500~4000万人といわれています。これは当時の総人口の2.5~6.0%にもおよぶ大きさです。
ところが、大都市の上海を見ると、出生率は、傾向的な出張率低下より、やや大きな低下が見られるものの、死亡率はほとんど変化していません。ここでも都市部の住民を相対的に保護し、そのしわよせを農村部が被るという構造が見て取れます」
(青木浩治 藤川清史『大躍進運動とその悲劇』上図も同じ)
http://kccn.konan-u.ac.jp/keizai/china/03/03.html

このように「社会主義建設」を実際にやればやるほど、中国農業は破壊され、餓死者が4000万にもなってしまうことになりました。
こんなことを何十年もやったのですから、とうぜんのこととして農業はめちゃくちゃになりました。
社会主義国で農業がうまくいった国がひとつもないのは、社会主義と農業が水と油の存在だったからです。
社会主義経済は計画経済が大原則で、私的所有は禁止です。

ところがそもそも農業は集団でやるものではないのです。
農民ひとりひとりが何を、どのように、いつ作くるか決めて知恵を絞り、生育に目をこらし、どの時期に売るか悩む、安値でしか売れなければ地団駄を踏み、高値で売れれば祝杯のひとつも上げる、これが農民の自主独立の気風の源になっています。
それを中央から計画を下ろし、それを地方政府が受け、さらに集団農場に落とすなんてやっていたら、「農民」はモチベーションがなくなります。
中国はこの極端な農業の社会主義化をした結果、ズッコケるべくしてズッコケました。
日本の人口の半分くらいの人々を飢え死にさせるまでそれを続けたのですから、毛沢東という男も相当なものです。

その後に開放改革の農村土地請負法で小規模な自留地が持てたものの、今度は急成長する工業の安い労働力の供給源とされてしまいました。
中国農民は踏んだり蹴ったりです。

「社会主義を標榜している中国では、土地はすべて公有であり、私有財産として認められていない。土地の公有制は、都市部では国有だが、農村部では集団所有という形をとっている。ここでいう「集団」とは、農業生産合作社などの農村集団経済組織のことで、農民を代表して土地を所有している。
1980年代以降、改革開放が進むにつれて、農村部の基本的生産方式は、それまでの「人民公社」から「家庭請負制」に変わった。「家庭請負制」の下では、農業用地の権利が「集団」に属する「所有権」と農家に属する「使用権」に当たる「請負経営権」に分けられた(「二権分離」)。都市部の土地の使用権は住宅用地が70年間、工業用地が50年間、商業用地が40年間になっているのに対して、農業用地の請負経営権は30年間と短くなっていた」
(関志雄『
中国の経済改革・市場化に向けた中国における農村土地改革』)
RIETI - 市場化に向けた中国における農村土地改革― 「農村土地請負法」と「土地管理法」の改定を中心に ―  

これも私たち日本農民から見ると、ややっこしい。
建前は社会主義で私所有は認められていないのですが、「使用権」だけはやる、ということのようです。
国が「村民委員会」という集団組織を作らせ、そこが土地の所有権を握り、農民はそこから土地使用権の許諾を得る仕組みだそうですが、もはや日本人には理解不能です。

そこで開放改革経済となって、「所有権」を家族が請け負うのが「家庭請負制」だんたわけですが、当初、これは農民に喝采を受けました。
やっと自由にものが作れる、好きなだけ金儲けしてよいのだ、と大喜びして一時は生産意欲が急激に高まりました。
ところが、工業化と都市化が進むにつれて、その問題点も顕在化してきました。

急激な工業化は多くの安い労働力を貪欲に必要としました。
農民は農村を捨てて、よりカネになる都市へと流れ込んだのです。
ここで生まれたのが、「民工」です。

中国の農民工(農村部からの出稼ぎ労働者)の規模は2020年に2億8,560万人となり、外資企業を含めた企業経営を支える重要な働き手として中国経済の発展に大きな貢献を果たしてい」(JETRO『農民工の規模が初めて減少、高齢化も進展(中国)』)
農民工の規模が初めて減少、高齢化も進展(中国) | 地域・分析レポート - 海外ビジネス情報 - ジェトロ (jetro.go.jp)

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JETRO 国家統計局「全国農民工観測調査報告」

実に日本の人口の倍の2億8千万人が、農村から都会に働きに出たてきた「民工」となって流民となっていたわけで、さすが事物博大。
しかも、減少する人口をみると、若い世代ほど農業離れが大変な勢いで進んでいます。
下図は、2009年から2014年までの中国全産業および1次~3次までの産業別就業人口の年次別増減数を描いたものです。(典拠「中国統計年鑑」) 

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産業別就業人口の年次別増減数 高橋五郎氏による

青が全産業の毎年の増加数、赤は農業を中心とする第1次産業、緑は主に製造業の第2次産業、黒は第3次産業、そして黄色は第1次産業と2次産業を足したものです。
赤(農業)と緑(工業)が減って、黒(サービス業)が伸びたのがわかります。
一方第1次産業就業人口は、毎年1000万人以上も減っています。
このような1千万人規模の農業からの人口流出が、自然災害と無関係に起きるのは、世界史的にも珍しいものだと言われています。

農村から上海などの大都市に出稼ぎに来て底辺労働に従事している民工(農民工)は、国家人口計画生育委員会の「中国流動人口発展報告2012」によれば2011年末に中国全国の流動人口が史上最高の2億3千万人に達しており、その8割は農村戸籍を持つ者で、平均年齢は28歳です。
実にわが国の人口の2倍の人間が、職を求めて全国をさまよっていることになります。

一般に中国の農村は都市部と収入で3倍以上の大きな格差があります。
たとえば上海や蘇州の3Kの底辺労働を担う人たちは、湖南や四川など農村部出身者が大半を占めています。
これら農村部から来る外部労働者数は、蘇州市などでは地元の人口をはるかに越えているそうですからその規模がわかります。ざっと計算すると、蘇州市区は人口約538万人ですから、600万人から700万人もの大量の民工が流入していることになります。
20歳くらいの民工の平均月収は、日本円で1万円にも届きません。約600元(約8000円)ていどです。(※ただし、賃金は職種、技能によって10倍ていどの差があります)

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民工が集まる広州駅周辺、南都週刊

これが「民工」という名の流民、あるいは棄民です。
ここで流民と言ったのは言葉のアヤではなく、農民が都市部への移住などにより農業戸籍を失えば、彼らの農業用地に対する権利は消滅するからで、彼らは帰るべき故郷すら失っています。

すると彼らが残した農業用地や住宅用地は処分できないまま、荒廃してしまっています。
だったら売ればいいじゃないか、と日本人は思いますが、それもできません。
なぜなら先ほど述べたように土地は原則国家のものだからです。
だから売ってはならないし、農業用地の場合、転売も、非農業用地への転換も認められないません。

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では、都市へ移ったんだから都市住民となればいいのかといえば、中国にはなんと戸籍が2ツあって、農村(郷村)戸籍から都市(城鎮)戸籍への書き換えはほとんど不可能です。
すると農村では住居も田畑もなく、都市では無戸籍という幽霊国民が2億8千万できてしまう事になります。
その所得水準は底辺で、国家から受けられる医療保証などの社会保護も受けられません。

「中国政府が医療制度の改革を掲げる中、闇診療所は相変わらず繁盛している。
北京の街の片隅、裸電球一つの粗末な「部屋」は出稼ぎ労働者である張雪方(ジャン・シュエファン)さんからすれば「一番いい病院」である。環球時報(電子版)が伝えた。
北京市民ではない張さんは市内の公立病院でもっと安い治療も受けることができず、遠く離れた故郷の医療補助金を受け取ることもかなわない。
病気になった時には、北京に暮らす数百万人の出稼ぎ労働者同様、不衛生で無秩序な「闇診療所」に頼るしかないのだ 」
(ロイター(2013年3月27日 )

このような統計に現れてこない膨大な数の闇労働者は、コロナ禍の時にも病院に行けず、怪しげな薬を闇診療所でもらって凌いでいました。
彼らがどうなったかは誰も知りません。

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中国のドキュメンタリー映画「三姉妹―雲南の子」(王兵監督、2012年)がありますが、悲惨な農民と「民工」の実態を伝えています。
やや長いですが、これが農村の実態です。
「「三姉妹」にはあらすじらしいものはない。舞台は雲南の最貧困地域、標高3200メートルにある、ごうごうと風の吹きすさぶ約80世帯の村、洗羊塘。その村の、いわゆる「留守児童」である英英10歳、珍珍6歳、粉粉4歳の三姉妹の生活を淡々と、手持ちビデオに収めただけのフィルムである。
「留守児童」とは両親が都市・町に出稼ぎに行っている間、故郷の農村に残された子供たちで、公式の統計では5800万人(14歳以下)とされている。面倒を見てくれる祖父母や親せきが同じ村にいるとはいえ、子供たちが味わう不安と孤独は想像にかたくないだろう。保護者がいないことで、誘拐やレイプなどの犯罪の対象になったり、ぐれて犯罪に走ったり、十分に学校に通わせてもらえなかったり、親戚から虐待されたり、いじめにあったり、といろいろな問題が起きている。
その留守児童が16~18歳になると、こんどは都市・町に出稼ぎに行く。出稼ぎ者の子供がまた出稼ぎに行くので、第二代農民工、とも呼ばれる。彼らの多くが「留守児童」として幼少期に十分な家族の愛情や保護を受けていないため、どこか欠落した部分を抱えているといわれている。「留守児童問題」はこの10年、中国の大きな社会問題である。(略)
英英が祖父に連れて行かれた村の会合で、村長は共産党中央が打ち出す「農村復興」について語る。しかし、村長の言葉に、村民たちからは「何、それおいしいの?」みたいな鈍い反応しか返ってこない。
 それが農村医療保険(新型農村合作医療=新農合)の強制実施という具体的な話になると、村民に動揺が広がる。この村の多くの人は年間10元の医療保険料が払えないほど貧しい。払えなかったら?村長は、自分はクビになり、地元政府は日当100元で人を雇ってみんなから強制的に保険料を徴収するだろう、と言う。現金がなければ、家畜が没収されるかもしれない、と」(福島香織)
中国共産党に翻弄された中国農業は、このような子どもたちを無数に作ったのです。

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コメント

毛沢東の大躍進政策は人類史に残る悲劇ですね。もう1つの元祖共産主義国家のソ連より遥かに餓死者が多い!
社会主義は「みんな平等」になるはずですが、指導する連中はスターリンにしても毛沢東にしても党内の権力争いにばかり終始していて、底辺の国民のことなんか考えていない。そして個人崇拝で自己保身に走るというものすごい矛盾です。
後の鄧小平も、結局はそうでした。
習近平さんはどう思ってらっしゃるやら。。

20年遅れで大躍進同様のことをやったのが、クメール·ルージュのカンボジアですね。全く凄惨なこと。私なんか眼鏡着用してるだけで「知識層は死ね」扱いになります。
あんなポル・ポト政権を、批判しながらも支援してきた日本政府にも複雑な事情があるのでしょうけど、まあ酷い!

 今日の記事にあるような中国が、ホントに軍事強国、経済大国であり得ようか? 台湾を取ると言うが、台湾が本気になれば中国は戦争に負けるのではないのか。経済も近いうちに破綻してしまうのではないか?
 
 このような荒唐無稽と思えるようなことも考えておく必要があると思います。

 台湾の外相は、中国が攻めてきたときには非対称戦で挑むということをオーストラリア側に語ったというニュースがありましたが、この非対称戦となると、なんでもありですので、台湾がどんな手を打ってくるのか非常に興味がありますね。台湾が国家防衛戦に本気になれば、中国も核兵器だけで戦争に勝てるということでもなさそうです。

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