ウクライナ危機は台湾危機のひな型
もう少しウクライナ危機について続けることにします。
今回のプーチンの軍事的脅迫にバイデンが屈したことを、もっとも悲嘆の思いで見つめていたのは似たような境遇にある国々でした。
台湾とリトアニアです。
ロシアが十数万の大軍を東部国境に集結し脅迫をかけた時、バイデンは慌てて米露会談を要請し、どう対応したのか思い出してみましょう。
充分にこれらの国の気持ちが判るはずです。
ホワイトハウスはこのやりとりを公表しており、ジョー・バイデンはこう記者団に答えています。
The White House
Remarks by President Biden Before Marine One Departure
December 08, 2021 •Speeches and Remarks
Q 米軍をウクライナに部隊を送ることを排除できますか?
大統領 え、 ウクライナに?
Q ティム・ケイン上院議員(民主党)は、侵略を止めるためにウクライナまたはその周辺の地上で米軍が必要になる可能性について話しています。 あなたはそれを排除しますか、それとも選択肢にありますか?
大統領:それは選択肢にありません。 何がそうではないか - ウクライナはそうではありません。
我々は、NATO同盟国が第5条に基づく攻撃を行う場合、道徳的義務と法的義務を負っている。 それは神聖な義務です。
その義務はウクライナには及びません。
バイデンは老い過ぎている、そのせいで人が死ぬ|ニューズウィーク
そして相手が米国記者だった気安さからか、こんな言わないでもいいようなことまで口にしてしまっています。
「ウクライナに部隊を送ることは、選択肢にのぼったことすらない」とし、さらにご丁寧にも記者に対して「あなたは米軍を戦争に送り、ウクライナでロシアと戦う用意があるのか」とまでダメを押しています。
ま、バイデンの気分もわからないではありません。
彼からすれば国防長官の止めるのも聞かず、「夜逃げのようにして」アフガンから足抜きしたのに、どうしてここでウクライナに軍をおくらねばならないんだ、馬鹿を言え、ということだったでしょう。
たぶん掛け値なしに、これが今のバイデン政権の本音です。
これが本音だから困るのです。
トランプはこのテレビ映像をフロリダで見ながら、ジョーはやっぱり眠いやつだ、オレなら最後まで部隊派遣はやるかやらないか伏せておくし、なんなら駆逐艦の一隻か、緊急展開ユニットくらい派遣している頃だ、なんて思っていたかもしれません。
いいでしょうか、ウクライナに対する進攻は、これで実に2回目なのですよ。
いや、既に東部ウクライナ2州にロシアは公然と浸透しているのが現状だと見るのがNATOの見解ですから、NATOはそれを「さらなる進攻」(3回目)と定義しています。
「まず前提として指摘すべきは、今回懸念されているのが「さらなる侵攻」の有無だ、ということである。実際、NATOなどの公式声明では「さらなる侵攻」という用語が使われることが多い。
というのも、2014年のロシアによるウクライナのクリミア併合、そしてウクライナ東部への介入など、ロシアはすでにウクライナに侵攻しているという事実があるからだ。特にウクライナ東部に関しては、2014年以降で、およそ1万3000名が犠牲になっている(国連人権高等弁務官事務所推計)。
この内訳は、民間人3350名、ウクライナ軍兵士4100名、武装組織5650名である。武装組織にはロシア軍兵士も含まれる。
つまり、すでに相当の侵攻が行われているわけであり、これがさらにエスカレートし、ロシアの正規軍による侵攻に発展するのかが目下の問題なのである」
(鶴岡路人 『ロシアの「さらなるウクライナ侵攻」に米欧はいかに対応するのか』 2021年12月27日 )
それもわずか7年間の短い間に2回ですから、もはやロシアのウクライナに対する国境の力による改変であることは隠しようがありません。
露骨な表現をすれば「領土的野心」です。
よくロシアが要求しているのはウクライナのNATO加盟を認めない協定を結ぶことだくらいに言う人がいますが、これが「さらなる進攻」であることから見ても、真の要求はウクライナ東部2州の割譲にあると見るべきです。
さて、ここでバイデンが言ってしまった「ウクライナはNATO加盟国でないのだから、北大西洋条約第5条の集団防衛は適用されない。したがってウクライナ防衛のために米国を含むNATO諸国が部隊を派遣することもない」というロジックは、後々深刻な影響を与えるでしょう。
ならばNATOような集団安保体制に加盟していなければ、米国は守らないのかということになるからです。
ウクライナは加盟を強く希望しており、それが親露政権を倒した「ウクライナ革命」の目的ですらあったからです。
「ロシアが特に要求しているのは、ウクライナが将来にわたってもNATOに加盟しないことの保証である。NATOは2008年4月のブカレスト首脳会合の宣言文書で、ウクライナとジョージアが「将来的にNATO加盟国になることに同意した」と述べている。
この文言は、当時のジョージ・W・ブッシュ政権が強く求めたといわれるが、実はNATO内でもこの問題に関するコンセンサスは存在していない。実際、両国の加盟プロセスは全く進んでおらず、加盟の前段階となる加盟行動計画(MAP)も開始されていない。
つまり、ウクライナのNATO加盟問題は全く進展していないどころか、現実的なアジェンダとさえみなされていないのが現実なのである。集団防衛を柱とするNATOとしては、隣国と紛争を抱える国を迎え入れることには慎重にならざるを得ず、ウクライナの将来に責任を負うほどの覚悟がNATO側にあるわけでもない。その結果が現在の状況なのだともいえる」
(鶴岡前掲)
ブカレスト会議で腰が引けたためにロシアにつけ込まれました。
相手が、鶴岡氏がいうように「NATO内の見解の相違や弱みに敏感なロシア」だからです。
これに気をよくしたロシアは平然と2014年にクリミアを奪い取り、さらに東部2州に手を掛けました。
そして今や、最後の保険になっている「NATO加盟申請中」というなんともあいまいな立場まで奪おうとしているわけです。
及川氏や馬淵氏は、ロシアの侵攻がないといっていますが、そこが問題ではありません。
そりゃないかもしれません。その前にバイデントとNATOが屈伏してしまえばですが。
ちなみに両氏はロシアとの同盟をお望みのようですが、空論です。
こんなあからさまな侵略国とどうして手をつなげるでしょうか。
さてここで、このウクライナ情勢を手に汗握ってみているであろう台湾について考えてみましょう。
台湾には深刻な米国への疑念が生じたはずです。
なぜなら、バイデンがいともたやすく、NATOの決定に何の権限ももたないロシアと加盟国協定をめぐって話し合ってしまったからです。
本来ならば、NATOの仮想敵国であるロシアと、米露会談の議題にすら入れるべきことではなかったからです。
そのうえ、いとも軽々と「部隊派遣は選択肢にすらない」とまで言い切り、おまけのように記者に「きみは米国がウクライナに行くことを望むのか」とまで力む軽薄さです。
これは、バイデンが北京五輪を外交ボイコットに値切り、コロナの起源についてへの追及を手控え、ジェノサイド防止に関する声明でウイグル族虐殺に触れず、バイデン主催の民主主義サミットで台湾デジタル担当相のオードリー・タン氏が取り出した台湾と中国が別の色に塗り分けられた地図」のシーンを全てカットして流すなどの一連の宥和政策が背景にあります。
この民主主義サミットの一件はこうです。
民主主義サミット「アメリカにお付き合い」の冷めた声…北京五輪 外交
「民主主義サミットは、アメリカのバイデン政権が9日から2日間にわたって開催していた。最終日の10日、台湾のオードリー・タン(唐鳳)政務委員が登場したが、彼女が話している途中にトラブルは起きた。
南アフリカのNGO「CIVICUS」の調査をもとに作成された、国・地域ごとの市民の権利の開放度を示す世界地図で、中国大陸は赤色(閉鎖的)に、台湾は緑色(開放的)にそれぞれ塗り分けられていたのだ。
ロイター通信などによると、その後画像が見えなくなり、音声だけが流れる状態になった。ホワイトハウスの要請で消されたという。
関係者はロイター通信に対し「驚愕した」と伝えている。アメリカは台湾は中国の不可分の領土だとする「一つの中国」政策をとっており、政策と矛盾するのを避けようとした可能性がある」(ハフィントンポスト12月13日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/40e7122db1d967d7f7740bd94710601515055a79
民主主義サミットと銘打っておきながら、主催者米国が言論統制してどうしますか。
せっかく台湾の代表を招待しておきながら、かんじんの部分で腰砕けになるとはいかにもバイデン、これこそバイデンです。
中国が激怒するふりをするのは目に見えているのですから、怒鳴り込んできたらあれは招待国の発言でつっぱねればよかったのに画像を遮断するとは,まるで中国のようです。
このようにバイデンは常に台湾についてもグラついています。
ある地域集会で「台湾が中国から攻撃されれば防衛に向かうのか?」という質問に答えて、バイデンは「我々にはそうする義務がある」と答える一方で、台湾に対する戦略的曖昧さは維持するとしています。
議会が「戦略の明確化」を主張しているのに対して、バイデンは台湾が法的拘束力のある協定等で防衛が義務付けられていないことを理由に、台湾有事にあいまいな態度をするということを意味します。
これはいったん台湾有事において、中国がロシアのような方法を取った場合、似た反応になることを表しています。
仮に中国が台湾対岸に大軍を擬して、「台湾は国内問題だから、米国は介入するな」という要求を出したとすると、バイデンは「台湾に防衛上の義務はない。アジアで戦う米国人を再び見たいのか」と居直る可能性も捨てきれないということです。
そしてせいぜいつっぱったつもりでできるのが、経済制裁だけということになります。
これも今のロシア制裁のように、たいして効き目のない手ぬるいものに終わるかもしれません。
そしてこの米国の態度に失望した台湾国民は、再び国民党馬英九のような北京の走狗に政権を渡してしまうかもしれません。
そうすれば軍の進攻などさせなくても、中国は台湾が熟した柿のように落ちてくるのを待てばいいだけになるでしょう。
このようにウクライナ危機とは台湾危機のひな型なのです。
それにしてもバイデンにつけ岸田につけ、危機の時代にこういうひ弱でグダグダな指導者を持ったことは悲劇です。
« やはり出てきた、プーチン得意のあわせ技 | トップページ | 今年も一年ありがとうございました »
私は今になってゼレンスキーを選んだウクライナ国民の真意が痛いほど良くわかるし、きわめて真っ当な選択をしたのだったと思っています。独立直後から打ち続くロシア傀儡の分離主義者どもや内政干渉に、譲歩と無策で対応らしい対応をしてこなかった職業政治家たちに今日の原因があったという事を良く理解した結果です。
こうした経過事実に及川幸久氏や馬淵氏は目をつむり、ロシア側の詭弁的言い分を取り上げて、あたかもそれが公平であるかのような発信に疑念を感じます。
あす未明にバイデン=プーチン会談が行われる由ですが、バイデンの真意はプーチンに「武力によらずゆっくりと時をかけて、しかるのち無血開城を目指したらいいだろう」とでも言いたげに見えてしまいます。
バイデンは悪い意味で熟練した職業政治家であって、言うところの「民主主義防衛」など到底信じられないし、それは未だにコロナで国民の目をそらそうとして、結果的に支持を得て、プレーヤーになろうとしない岸田総理にも同種の臭みを感じます。
長谷川幸洋氏は「台湾危機があっても、米国は台湾を守らないのではないか?」と言っています。
私はそうは思いませんが、そういう見立てが可能なほど材料がそろっています。今は米議会が強固な意志を示しているからいいものの、それだって水物です。
いまだにバイデンは中共とは呉越同舟だと考えているフシがありありで、そうであれば岸田政権の対中弱腰外交は先を見据えた合理的な判断のように映らないでもない。
結果として後退する民主主義に、どうやって我々はよりどころを見いだせれば良いか?という香港後に感じた絶望感に囚われそうな予感もします。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年12月30日 (木) 09時41分
今日の記事も優れたものだと思います。若干、私とは異なる点もありますが、今後の参考にさせてください。
山路さんも同様のご見解のようですね。
もうしばらく、ロシアとプーチンさんのことは見てゆきたいですね。すこし聞いた情報ですが、最近、ロシアの過去の政治家を見直す方向でロシアは法律を制定したようです。これについては詳しく知りませんので、今後フォローしてゆきたいと思いますが、これが旧ソビエトの有力政治家の見直しだと困りますね。これにより、今後のロシアが現在より統制国家になるのではと危惧しているところです。
山路さんはウクライナの気持ちが分かるような気がする旨のことを書かれておりますが、少しだけでイイですから、お教えください。ウクライナは汚職社会だというイメージが私には強くて、ウクライナの置かれた立場への理解に資する、言及が欲しいところです。よろしく。
投稿: ueyonabaru | 2021年12月30日 (木) 12時15分
ueyonabaruさん
ウクライナがソ連から独立したのは1991年でしたが、その直後からロシアは悪質な内政干渉を繰り返し、軍事的圧力をかけ続けていました。また当初から大量の工作員で、内部からウクライナの弱体化を実行し続けていたのが事実です。
ウクライナとすればロシアへのおもんばかりもあって、一応の中立国であり続けたにも関わらずです。
ちなみにウクライナがEUやNATOへの加入を目指すと公式に国家方針としたのは、ロシアによる2014年のクリミア侵攻後です。
私は最初、ゼレンスキーなどと言うコメディアン上がりの人物を国民が大統領に選ぶなんて、ウクライナはプーチンの手に落ちたも同然、と考えていました。ところが、そうではなかったです。
ウクライナ国民はこうなった事の原因として遅まきながら、でも懸命な事に、親露のヤヌコーヴィッチ大統領は当然として、ユシチェンコ政権、ティモチェンコ等々、曖昧さでロシア側の介入を許し続けて来た既得権益層の職業政治家の責任を選挙で問うたのです。
そこにはueyonabaruさんが言うように、汚職体質の職業政治家への失望もあったでしょう。
ですから、「ようやくウクライナ国民がゼレンスキーを選んだ気持ちが分かった」と言いました。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2021年12月30日 (木) 22時57分
実際にウクライナ、台湾の両面で侵攻されたら厄介ですね。
ロシアも中国もジャブで様子を見ています。
アメリカがどう出るのか、NATOがどう出るのか。中国もロシアもハッキリ言って分からないのだと思います。
中国は、経済力でEUを取り込もうとしましたがコロナ渦で、EUも中国と距離を取り始めた。
孫子の兵法とかも通用しないような、混沌とした社会。先が全く読めない社会。それが今の世界です。そんな時代が過去にもありました。
二つの世界大戦前夜です。世界の指導者たちもそこまで決断しないにしても、地域的な紛争は起きる。意外とそういうことは偶発的な事件が切っ掛けでおきます。
そういう要素が、世界中のある。嫌な世界です。
投稿: karakuchi | 2021年12月30日 (木) 23時29分
トランプは歴代の大統領の中でもロシアやその周辺の国々と異様なほど親密でしたのでまだバイデンの方がマシなのではないでしょうか。
わが国も、北方領土問題を下手に動かして「我が国固有の領土」と言えない状況を作り出し領土返還を絶望的なレベルに後退させた安倍馬鹿なんかよりは岸田さんの方がマシなのでは?
投稿: 蜜酒 | 2021年12月31日 (金) 03時11分
山路さんへ
ご返事ありがとうございました。
そのような汚職社会があったのですね。良くわかりました。この汚職の一つにはバイデン親子も関わっている事案もあったということでしょうね。馬淵さんはアメリカのネオコンなどが関わっているということを言いますね。アメリカとの関わりでの汚職を馬淵さんは言いますし、さらにCIAの関わり、ヒラリーの関わりも指摘しております。
これに深く言及するのは止めたいと思いますが、大きな観点から見ますと、ウクライナはシッカリした国ではないように思えます。グラグラしており、ロシアについたり欧米についたりしているようです。私の眼には、ロシアの一部地方のようにも見えるのですよ。独立国として立つのであれば、ロシアの圧力がかかってくることを当然に想定した上で、うまく立ち回るべきなんだと思います。NATOに加盟したらすべて良くなるんだと思っているのでしょうかね、これは疑問ですよ。
私は、飛躍するように思われるかもしれませんが、アメリカ民主党の悪影響が世界をダメにしてしまうのではないかと怖れております。
さて、私は、このブログで色々議論できるのは幸いなことだと思います。このブログが議論の場であって欲しいのですよ。いろいろ邪魔なようなことがあって検閲制のような感じが出てきたのは残念です。
それでも、高い識見をお持ちの方々も多いのですから今後とも会員であろうとは思っております。
今後とも、どうぞよろしお願いします。
投稿: ueyonabaru | 2021年12月31日 (金) 11時15分
管理人様、皆様、今年も本当にありがとうございました。拙いコメントしかできず恐縮ですが、来年も宜しくお願いします。良いお年を!
投稿: クラッシャー | 2021年12月31日 (金) 21時41分