プーチンは何を要求しているのだろうか
現在ロシア軍は今年の夏以降、予備役軍人の招集を決定し、ウクライナ国境に接する南部軍管区だけで約3万8000人に及んだと言われています。
ワシントンポストによれば、ロシアがウクライナ国境に集中したとされる17万5000人の兵力のうち、約10万が予備役だと報じています。
そして来年の1月から2月にかけてウクライナ進攻がはじまるのではないか、と見ています。
WP "Russia planning massive military offensive against Ukraine involving 175,000 troops, U.S. intelligence warns"
December 3, 2021
このロシア軍の予備役招集というのは日本では大きくとりあげられていないようですが、重要な意味を持ちます。
予備役招集は、臨戦態勢に突入したと判断した場合に行われる兵力の集積を目的としているからです。
今回はウクライナに接する南部軍管区の兵力を、予備役まで含めて根こそぎ投入する構えで、これは同じ介入でも空軍機を使った空爆や駆逐艦派遣とは違って、ロシアが真剣にウクライナ進攻を計画している証となります。
「現在のウクライナ周辺には、ロシア地上軍の常備兵力のうち4分の1程度が集結しており、最終的には半分程度が揃ったところで侵攻作戦を始めようとしているのではないか、というのが西側諸国の見立てのようだ」
(『米露首脳会談でも止まらない ロシアによるウクライナ侵攻の危機』 小泉悠)
https://news.yahoo.co.jp/byline/koizumiyu/20211210-00272010
これは中国がよくやる、台湾の防空識別圏への大規模な進入や、上陸訓練とは次元が違うとみたほうがよいでしょう。
エドワード・ルトワックはこういう中国の動きについて、あれはただの「限定紛争」だと評しています。
「これは中国が近い将来に台湾に軍事侵攻する前触れなのだろうか。少なくとも米政府の内部分析はこうした見方を否定しており、私もそれに同意する。現時点で中国には軍事力で台湾を制圧するリスクを冒す用意ができていない。まともな戦争計画もないはずだ。
では、中国が台湾に威圧的行動をとる狙いは何か。それは台湾の人々をおびえさせ、将来の選挙で「中台統一」志向が強いとされる野党の中国国民党に投票するよう仕向けることだ」(産経
私も、北京オリンピック後の時期に、ロシアと示し合わせた大規模な軍事的挑発行動を取る可能性があると思っていますが、台湾進攻には至らないのではないと考えています。
では、ロシアはなにを要求してこぶしを振り上げているのでしょうか?
今回プーチンはかなりはっきりと要求を口にしています。
日経
「ロシア外務省は10日、ウクライナとジョージア(グルジア)の北大西洋条約機構(NATO)の将来的な加盟を認めた2008年のNATO首脳会議の決定を、無効とするよう求める声明を発表した。
NATOのストルテンベルグ事務総長は10日「NATOとウクライナの関係は、NATO加盟国とウクライナによって決定される」と指摘、ロシアをけん制した。ブリュッセルを訪問したドイツのショルツ新首相との共同記者会見で述べた。
ロシアのプーチン大統領はNATOの東方拡大の動きに強く反発。7日の米ロのオンライン首脳会談でもNATOが拡大しないための法的保証を求めた。
ロシア外務省は声明で、法的保証を巡る米側との協議に向けた提案を近く発表すると表明。国境近くでの演習をやめることや恒常的な連絡の再開など、ロシア側の要求にNATOが対応することも求めた」(日経2021年12月11日 )
ここでロシアが言っているのは、大枠で以下の3点です。
①2008年に旧ソ連のウクライナとジョージアに対して認めた将来的なNATO加盟の確約の撤回。
②NATOによるロシアと国境を接する諸国への兵器配備の中止。
③NATOの拡大中止の確約とその法的保証。
そしてさらにロシア外務省は、NATOとロシアの定期的な防衛協議開始と、ウクライナのNATO加盟に対しロシアに実質的な拒否権を与えよ、と要求しています。
この要求を読むと、ロシアが恐れているのは、NATOがウクライナやジョージアを加盟させ、さらにロシアを標的とするミサイルシステムを同国に配備することだとわかります。
またロシアの情報機関(SVR)は、2008年のロシア、ジョージア紛争前夜と同じ構図だとして西側を批判しています。
時事 2008年8月ジョージアに進攻するロシア軍
「ロシア対外情報局(SVR)はウクライナ情勢をめぐり、米欧の「挑発的な政策」がウクライナを強気にさせているとして、2008年のジョージア(グルジア)での紛争(南オセチア紛争)直前にも「同じような状況を見た」と批判、米欧をけん制した。インタファクス通信が22日報じた。
SVRは声明を出し、ロシアとジョージアが軍事衝突した08年の紛争について、米欧があおり当時のサーカシビリ・ジョージア大統領が暴走したと主張した。また、ウクライナとの国境付近に関し、米メディアは10月末からたびたびロシア軍の集結情報を報じているが「全く誤った情報」と否定した」
(時事2021年 11月23日)
出典不明
ロシアSVRが言っている2008年の南オセチア紛争(ロシア・グルジア戦争)のきっかけは、ジョージアからの分離独立を求める南オセチアへの支援を口実にしてロシアがジョージアに軍事侵攻した紛争です。
戦闘自体は、圧倒的な軍事力の差で、3日間の戦闘でジョージア軍は敗退し、08年秋にはロシアは一方的にジョージアからの南オセチアとアブハジアの独立を承認してしまいました。
この時、オバマの下で副大統領だったバイデンは、例によって手をこまねいたままジョージアを見捨てた形になり、翌年にアブハジアと南オセチアを独立国として認めないと述べています。
ロシアがこの2008年の形に似ているという意味を考えてみましょう。
それは当該国(かつてはジョージア、今はウクライナ)から分離独立しようとしている共和国の独立を認めて支援するロシアと、それに反対するNATOという図式です。
出典不明
上の地図で斜線がかかっている部分がウクライナ東部のドネツク州、ルガンスク州で、この二つの州は親露勢力が強く、いまだに政府軍との軍事衝突が続いています。
今回ロシアはこの二つの親露州でかつてのクリミアにおける住民投票をやらせて、独立をさせたいと考えているようです。
というのは、今回もNATO加入の確約撤回を要求していますが、既にウクライナは紛争国としてNATOから認識されており、現況では紛争国は加入できないからです。
つまり、かつてプーチンがレッドライン(譲れない一線)としていた「ウクライナの中立化」は既に達成されているわけです。
「これは、2014年以降のロシアによる軍事介入で概ね達成されたと言ってよい。ロシアによって引き起こされたクリミア半島の占拠とドンバス地方での紛争はウクライナを紛争国家化し、NATOやEUへの加盟は当面望み難い状況にあるからだ」(小泉前掲)
今回の大規模な軍事進攻のポーズは、更にこのレッドラインを更に一歩進めて、ウクライナを「ロシア寄り中立」に引き戻す」ことではないかと小泉氏は見ています。
これは元来今のウクライナ政権が西側の工作で実権を掌握するまで、ウクライナは「ロシア寄り中立」の国だったからです。
ロシアからみれば、「元の状態に復帰させた」と言うことになります。
「ミンスク合意は、2014年9月に結ばれた第一次ミンスク合意とその追加議定書、そして2015年2月の第二次ミンスク合意から成る。
このうち、第一次ミンスク合意ではドンバスの紛争地域(「ドネツク人民共和国」及び「ルガンスク人民共和国」を自称する武装勢力によって実効支配されている)に対して一時的に「特別の地位」を与えることが求められているが、第二次ミンスク合意では、これを改正憲法と恒久法に基づいたより固定的な地位とすることが定められた。このようにしてウクライナの分裂状態を固定化することにより、同国がロシアに対して逆らえない状態を作り出すことがその目的であったとされている。
それだけにウクライナ側は第二次ミンスク合意の完全履行に二の足を踏み続けてきたが、7月のプーチン論文は、もはやロシアは時間的猶予を与えるつもりはないことを宣言する「最後通牒」であったと言えよう」(小泉前掲)
このようにロシアはウクライナに対して、第2次ミンスク合意にあった東部2州の親露武装戦力に憲法改正して恒久的地位を与えろと要求しているようです。
そもそもこのミンスク合意自体が、オバマとメルケルの宥和主義にるもので、フランスの通信社AFPはこれを「西側はロシアにクリミアを割譲してしまった」と酷評しています。
「世界の指導者たちが、決して認めはしないが、嫌々受け入れざるを得ないかもしれない、ウクライナ危機の醜悪な解決策──それは、ウラジーミル・プーチン露大統領にクリミアを差し出すことで、ソ連崩壊後のロシアの力を復興させた全能の指導者として覚えられたいというプーチン氏の野望を十分に満たし、残りのウクライナ領土に手を出さないことを願う、という方法だ。
このような宥和政策は、バラク・オバマ大統領に対する米国内の批判勢力にとっても、プーチン氏の好戦的姿勢を目の当たりにし自国の安全を懸念する東欧の旧ソ連構成諸国にとっても、受け入れられるものではないだろう」
(AFP 2014年3月11日『クリミア差し出しウクライナ救うか』)
http://www.afpbb.com/articles/-/3010152
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コメント
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>それは、ウラジーミル・プーチン露大統領にクリミアを差し出すことで、ソ連崩壊後のロシアの力を復興させた全能の指導者として覚えられたいというプーチン氏の野望を十分に満たし、残りのウクライナ領土に手を出さないことを願う、という方法だ。
そうだと思います。クリミアの問題が起こった時には、私でも当時のプーチンさんは国家の威信を高めロシア人の愛国心を満足させただろうと思ったぐらいなのですから。それまでは、ロシアは西側に押されっぱなしでしたね。
プーチンさんは強いリーダーだと思われます。プーチンさんは日本と協力したいと思った時期がありましたね。日本にも来て日露関係を強化しようとしましたが、安倍さんはその時点では決断をできませんでした。その頃に、このブログで私は日露協商の時代の再来を期待する旨意見を書いたことがありました。真なる敵はロシアではなく、中国だという思いは当時から一貫してあります。
プーチンさんはやり手ですよ。何を仕掛けてくるか分かりません。最近ロシアは、インドと経済と防衛での2国間協定を締結したというではないですか(及川幸久ブレ-キングニュース)。ロシアと中国の関係が今後どうなるのか等々、国際情勢は刻々とかつ劇的に変化していきますね。
投稿: ueyonabaru | 2021年12月15日 (水) 17時45分