プーチンはNATOという風車に挑むドンキホーテ
ギリギリで戦争が寸止めになっています。
24日に米露首脳会談が行われるようです。
「ワシントン=坂口幸裕】米ホワイトハウスは20日、緊迫するウクライナ情勢を巡り、バイデン大統領がプーチン・ロシア大統領との首脳会談を原則として受け入れたと発表した。ロシアがウクライナ侵攻に踏み切らないとの条件付きで、24日の米ロ外相会談で調整する。
フランス大統領府も、マクロン大統領がバイデン氏、プーチン氏とそれぞれ電話協議して米ロ首脳会談の開催を提案。両首脳が受け入れたと発表した」
(日経2月21日)
日経
ほー、というところです。プーチンが、よくこの時点で受け入れたものです。
常識的には、この米露外相会談が開かれる24日までは戦端は切らないはずです。
あくまでも常識的判断であって、開戦劈頭の奇襲効果を狙うつもりなら、会談を設定しつつ戦争を始めるかもしれません。
そのくらいのことは平気でやる国です。
おそらく集結しているロシア20万のロシア軍に対しては、なんらかのゴーサインはすでに出ていると思われます。
バイデン政権は情報機関とうまくいっているので(トランプ時代は最悪でしたが)、確度が高いロシア軍内部情報が入っていると思われます。
ロシア軍は2月16日を開戦日と決めて臨戦態勢に入っていたはずですが、日時まで特定した米国の情報暴露によって頓挫しました。
なんだ米国がガセ情報だしたのかよという声もあったようですが、そうではなく、部隊間の通信状況や、さらには内部情報の諜報があったのだと思われます。
通常、情報機関は、自らのソースを知られることを嫌がるために得た情報を表には出さないものですが、ホワイトハウスのトップの判断で出すことでしか止められないと判断したのでしょう。
日経が、この間のウクライナ周辺のロシア軍の動向を、民間衛星の画像を連続して載せているので、参考になります。
2月19日 日経
これが2月19日前のウクライナ周辺のロシア軍の動きです。
ロシア軍はベラルーシからキエフに進攻するために必要なブリチャチ川に架橋しています。
一方、主力であるウクライナ西部正面には大軍が臨戦態勢のまま待機しています。
更にもう一枚。2月14日から18日のものです。
日経
軍用ヘリの大量増強が南のクリミア半島のドヌラフ湖付近で観測され、ベラルーシでは最新の地対空ミサイルS400が配備されています。
一方、2月16日前後にはウクライナ軍は、ミンスク合意の停戦ライン付近まで軍と物資の増強を続けていますが、戦闘することは禁じられているようです。
ふたつの「人民共和国」では再三再四に渡って自作自演と見られるテロが続発して、すでに避難民が出始めているのは、ご承知のとおりです。
さて面白いことに、プーチンはロシア内部を完全に説得させたわけではないことがわかってきました。
1月31日、「全ロシア将校協会」のHPに「ウクライナ侵攻をやめること」と「プーチン辞任」を要求する「公開書簡」が掲載されたことを北野氏が紹介しています。
※参考資料 北野幸伯 『全ロシア将校協会が「プーチン辞任」を要求…! キエフ制圧でも戦略的敗北は避けられない』2月16日JBプレス)
全ロシア将校協会が「プーチン辞任」を要求…! キエフ制圧でも戦略的敗北は避けられない(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
イヴァショフ元上級大将 ロシアの退役将校、ウクライナとの戦争に反対を表明
タイトルに「辞任を要求」とあるので、クーデターでも始まったのかとドキっとしましたが、内容的には至ってまともな軍事テクノクラートの意見です。
イヴァショフ元上級大将が言っているのは、あっけにとられるほど常識的見解で、逆にこんな客観情勢の分析なしで20万もの「戦後最大規模の軍事動員」をしたことのほうが驚きです。
「イヴァショフは、プーチンが強調している「外からの脅威」を否定しない。しかし、それは、ロシアの生存を脅かすほどではないとしている。
〈 全体として、戦略的安定性は維持されており、核兵器は安全に管理されており、NATO軍は増強しておらず、脅迫的な活動をしていない 〉
では、プーチンが「ウクライナをNATOに加盟させない法的保証をしろ」と要求している件について、イヴァショフはどう考えているのか?
彼は、「ソ連崩壊の結果ウクライナは独立国になり、国連加盟国になった。そして、国連憲章51条によって、個別的自衛権、集団的自衛権を有する。つまり、ウクライナにはNATOに加盟する権利があるのだ」と、至極真っ当な主張をしている」(北野前掲)
おいおい分かっているじゃないか、と肩をたたきたくなるような意見です。
まったくそのとおりです。
プーチンは、「臆病で狭量」な性格のために、NATOを巨大な怪物に見立てて突進するドンキホーテのようです。
ドン・キホーテ」を詠む Don Quijote de la Mancha 中島孝夫
改めて、ロシアの目標とはなんだったかを思い出していただきたいのですが、①NATOの東進の放棄、②加盟国への外国軍の展開阻止、③ウクライナのNATO加盟断念、④ミンスクⅡ合意の確認などです。
これらについてロシアは、法的拘束力を持つ合意といっていますから、条約化したいようです。
実は①については、すでにかなえられています。
というか、イヴァショフ元上級大将も言っているように、NATOは国数こそ倍近くに増えたものの、「ロシアの生存を脅かすほどではなく、戦略的安定性は維持されており、核兵器は安全に管理されており、増強されておらず、脅迫的な活動もしていない」のが真実です。
そもそもNATO東進は、NATOの意志ではありません。
非加盟諸国がぜひ加盟させて欲しいといっているのですから、放棄するもしないもありません。
加盟の意志決定は国家の外交方針であって主権ですから、集団安全保障体制側が言えるのは条件に適合しているかどうかを審査することだけです。
おそらく、残ったフィンランド、ノルウエイ、スウエーデンなどは加盟の道を選択するでしょうが、それは各主権国家の決定なので、いたしたかがないことです。
こんなに異常なまでに軍事的緊張を高めて、ロシアの脅威を自ら大宣伝したのですから、しかたがありませんね。
イヴァショフがいみじくも言っているように、「ソ連崩壊の結果ウクライナは独立国であり、国連加盟国になった」以上、元のソ連の一共和国ではないのです。
したがって、主権国家として「国連憲章51条によって、個別的自衛権、集団的自衛権を有する。つまり、ウクライナにはNATOに加盟する権利がある」のは自明です。
それを加盟させるさせないとイチャモンをつけるばかりか、大軍で包囲するなど狂気の沙汰です。
では、②はどうでしょうか。
今回のウクライナ再進攻の脅威を受けて、英米軍は周辺諸国に展開し始めていますが、これは常駐するという意味ではなく、一時的な対抗措置にすぎませんから、ロシアが軍を引きさえすれば撤収するはずです。
あるいは、ウクライナに米国がMD(弾道ミサイル防衛システム)のTHAADを、ハリコフに配備するよう要請したなどとロシアは言っていますが、ありえません。
「THAADで迎撃できる目標がロシア軍には存在しないので、THAADを対ロシアで配置する意味はありません。それではTHAADのTPY-2レーダーのみを配備するという意味であっても、ハリコフは前線に近過ぎて危険なので、価値の高い機材をそのような場所に配置したりはしません。国境線から50kmの位置では重砲や多連装ロケットの射程内なので、一瞬で潰されてしまいます。そんなところに高価なシステムを数個も置く? 意味が理解できません」
(JSF 2月8日)
ロシア政府の荒唐無稽な主張「ウクライナのハリコフに米軍THAAD配備の動き」(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュース
あるいは、ロシアが中距離弾道ミサイルを言っているとすれば、こちらも配備予定はありません。
「アメリカ軍はINF条約破棄後に中距離ミサイルの開発を進めており、近い将来に配備されます。これらのミサイルは対中国用に配備を計画しているので欧州に配備する予定はありません。しかも通常弾頭を予定しており核弾頭の搭載計画はありません。
それでもロシアはアメリカの新しい中距離ミサイルを警戒しているのですが、そもそも中距離ミサイルを前線に近いウクライナに置く意味が無いのです」
(JSF2月15日)
ウクライナ危機とキューバ危機の違い:ミサイルの射程(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュース
したがって、②はロシア特有の臆病な心配性から発生した幻覚にすぎませんから、当然のことながら配備予定を止めるも止めないもありません。
③のウクライナ加盟断念ですが、止める正当な理由はないということを前提にして、今回の紛争でNATOは加盟させる意志がないことを暴露させてしまっています。
言葉ではNATO諸国は、ウクライナ加盟断念を明言することを避けていますが、今回の一連のNATO首脳はひとこともウクライナの加盟について前向きな言葉を言いませんでした。
2月14日、キエフを訪れたドイツのショルツ首相はウクライナの「同盟への加盟は事実上議題でない。その程度のことをロシア政府が大きな政治問題にしているのは不思議だ」と言い、さらにウクライナのゼレンスキー大統領自身も「NATO加盟はいつ実現するのかわからない夢だ」と表現しました。
NATO諸国は、ロシアと戦ってまでウクライナを加盟させる気はないのです。
最後の④のミンスク合意ですが、長くなりましたので次回に回します。
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JSFさんの記事には引用リンクを貼られた方が良いかと存じます。
投稿: ねこねこ | 2022年2月22日 (火) 07時52分