ゼレンスキーがホワイトハウスに噛みついたわけ
いよいよホワイトハウスから進攻予告がされていた水曜日が明日に迫っていますが、ラブロフ外相はプーチンに自制を求めているようです。
「北大西洋条約機構(NATO)不拡大を含むロシアの要求を拒否した米国などへの対応について、意見を求めたプーチン氏に対し、ラブロフ氏が見解を述べた。ロシアによるウクライナ侵攻の懸念が高まり、事態が緊迫する中、ロシアから対話継続の意向が示された形だ。
プーチン氏は「われわれが懸念する重要な問題について(米欧と)合意に達する可能性があるか。それとも終わりのない交渉にわれわれを引き込もうとしているのか」と質問した。ラブロフ氏は「外務省のトップとして、常に(合意の)チャンスはあると言わざるを得ない」と返答。「可能性はまだ尽きていないと思われる。無期限に(協議を)続ける必要はないが、現段階では継続して発展させることを提案する」と語った」
(時事2月14日)
ソ連時代からの外交官であるラブロフとすれば、ここで進攻などした場合、金融制裁まで含んだ空前の大規模制裁を受ける上に、世界中を敵にまわすことが分かっているようです。
一方、ウクライナ大統領のゼレンスキーは米国に噛みついたそうです。
「ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアによる侵攻が迫っているとするアメリカ政府の見解について、「こうした情報はパニックを引き起こすだけで我々の助けにはならない」と指摘しました。
記者 「ゼレンスキー大統領が軍の視察にきました」
ゼレンスキー大統領は12日、ウクライナ南部のヘルソン州で行われた軍と警察の合同演習を視察。その後、記者団にロシアによる侵攻が迫っているとするアメリカ政府の見解について問われると、次のように指摘しました。
ゼレンスキー大統領 「こうした情報はパニックを引き起こすだけで、我々の助けにはならない」
ゼレンスキー大統領はこのように述べた上で現在、アメリカの諜報データを受け取って分析していることを明らかにしました。
この日の合同演習では・・・
記者「軍の車両が暴徒化したデモ隊の制圧にやってきました」
演習ではウクライナ政府に反対するデモ隊が市役所を占拠したり、車両に火炎瓶を投げ入れるなど暴徒化し、軍と警察が制圧する想定で行われました。ヘリコプターに乗った兵士が着陸後に素早く発砲する様子や、装甲車の後ろで隊列を組んだ兵士がデモ隊に向かっていく様子などが公開されました」
(TBS 2月14日)
ふむ、なかなか面白い反応です。
西側陣営のボスに向かって、「やかましい、この時期に余計な口を突っ込むんじゃねぇ」と言ったわけで、うちの国の岸田さんにはまねできないでしょう。
では、どうしてゼレンスキーがこんなことを言ったのでしょうか。
せっかく米国ボスが支援してくれているのにカドが立つじゃないか、なんて和風な発想は中欧の動乱の中で生きてきたウクライナ人にはありません。
もちろんバイデンが水曜日ないしは木曜日と曜日まで特定して警鐘をならしたのは、それなりに情報機関の確かな証拠があってのことで、こう言ってしまえばプーチンはやりたくてもできなくなることを見越してのことでした。
いっそうのこと西側首脳が、輪番でキエフに滞在したらいいのに。
うちの首相なんか、「人間の楯」で使えるならどうぞお使い下さいな。
朝日
ゼレンスキーは、そんな米国の「親心」をよく分かってしゃべっています。
ただし立場が違う。
ロシアが狙っているベストシナリオは、昨日も書きましたが「労せずしてウクライナが転がり込んでくる」ことです。
そのためには、かつてのキエフ動乱で親露派のヤヌコービッチが追放された、その逆を狙っているわけです。
ウクライナ国民を不安に陥れて、政権に対する不信感を煽り、「ゼレンスキーなんかにやらしているから戦争になるんだ」とけしかけます。
情弱はウクライナにも大勢いますから、そうかゼレンスキーがいなくなれば戦争にならないんだと考える者もいて不思議ではありません。
こここそ、ロシアのその筋のつけ目です。
なんせこういう偽情報の拡散と人心誘導こそ、KGBの得意中の得意。
プーチンがなにかというと偽旗作戦やサイバーアタックなどに走るのも、彼が骨の髄までKGB工作員育ちだからです。
ロシアはなんとかキエフ騒乱に持ち込み、憎きゼレイスキーを追い出し、ロシアからヤヌコービッチを迎え入れて大統領に再び据えたいのです。
ロシアからすれば、とにかくここで食い止めないとウクライナ・ドミノが発生でもしたら一大事です。
今、ウクライナ情勢をわがことのように感じて注視しているのは、バルト3国、北欧、フィンランド、ジョージアなどの諸国です。
彼らは立場的にウクライナと一緒です。
ロシアという、いつ何時お前気にいらねぇと爆発して戦車を先頭に進攻してくるかわからない「活火山のような燐国」の脅威の下で生きているからです。
下図をみると、いかにこれらのロシア周辺諸国がプーチンの恐怖に対して恐怖感を持っているか、お分かりになるでしょう。
ウクライナ問題がなくとも、2017年にはスウエーデン、フィンランドはEUに加盟したばかりか、NATO加盟まで真剣に検討し始め、2018年には共同訓練にも参加している段階まで煮詰まっていたのです。
スウエーデンは重武装中立主義、フィンランドはロシア寄りの中立主義でしたので、共にNATO加盟を検討すること自体が驚きです。
スウエーデンの中立主義を美しく誤解してきた日本のヒダリの皆さん残念でした。
今や時代は、西も東も中立主義の余地なき時代には入ってまったのですよ。
フィンランド NATO加盟の権利主張 欧露間で緊張も
今回のウクライナを大軍で包囲してまでNATO加盟をさせまいとしたプーチンの意図は、真逆な反応をこれらの諸国に及ぼしました。
いわゆる「北欧バランス」が崩壊し、力関係の天秤は一気にNATO有利に傾いてしまったのです。
北欧には、NATO加盟国であるノルウェー、中立のスウェーデン、ソ連に近い国であるフィンランドが存在するという、「北欧バランス」といわれた安全保障体制が形成されてきましたが、大きく形を変えようとしています。
「ウクライナをめぐる危機においてロシアのプーチン大統領は、北大西洋条約機構(NATO)はロシアの国境に向かって侵入するのをやめなければならないと主張している。だが、そのプーチン氏の要求が欧州大陸の北端で意図せぬ事態を招いている。フィンランド、スウェーデンのNATO加盟の是非をめぐる議論の再燃だ」
(日経2022年1月26日)
北欧諸国はそれぞれの歴史的事情から、安全保障・同盟政策について、戦後それぞれ異なった政策をとってきました。
まずデンマーク、ノルウェーはNATOに加盟し、フィンランドは冷戦期には「フィンランド化」政策を取ってソ連寄り中立、そしてスウェーデンは重武装中立を取り、「ノルディック・バランス」(北欧バランス)という微妙な均衡が出来ていたのです。
しかしソ連が崩壊するとバルト3国が独立しNATOに加盟し、フィンランドはより独立した対ロシア政策をとるようになりました。
フィンランドは、ソ連の進攻に対して国民的抵抗で戦い抜いた冬戦争を経験した国です。
しかしこの祖国防衛戦争に敗北した後は、大戦中はドイツ側に立って戦いましたが、戦後は冷戦時代を通じて、いわゆる「フィンランド化」政策をとりました。
これはソ連と一定の距離を置きつつ、ソ連の衛星国にはならないという小国の知恵でした。
ただしこの「フィンランド化」の時代は、フィンランドは国内で自国の歴史を教えることさえできない屈辱の時代でもあったのです。
ソ連が崩壊した後も中立主義をとりましたが、一気にこのウクライナ危機でNATO加盟が現実化しています。
中立かNATO加盟か、スウェーデンの安保政策 WEDGE Infinity(ウェッジ) (ismedia.jp)
皮肉にも、この北欧バランスを破壊したのは、プーチン自身でした。
プーチンは一時期の西欧協調路線をかなぐり捨てると、NATOへの不信をあからさまに示し、その拡大を阻止することを外交の中心政策にします。
かつての旧ソ連諸国のウクライナやジョージアに対しては、むき出しの武力行使を行い、さらにバルト諸国にも軍事的圧力を加えるに至って゛スウェーデンとフィンランドは大きくNATOに傾斜していきます。
本来ならば、ロシアがスウェーデンのNATO加盟を止めさせるためには、ロシアへの不安を解消してやる方法しかなかったはずですが、まさに正反対の方向へ走ってしまいました。
このウクライナに対するロシアの狂乱ぶりを見て、これらの北欧諸国は自国防衛のためにはNATOに加盟する以外にないという決断をするでしょう。
また、旧ソ連諸国のウクライナ、ラトビア、モルドバ、アゼルバイジャンなどは、公用語からロシア語を排除したり、キリル文字の使用を禁止する措置を打ち出しています。
これもロシア周辺国にいまや公然化した「非ロシア化」の流れです。
旧ソ連圏で相次ぐロシア語離れ 反露感情、ロシアの地位低下
ロシア語は、旧ソ連圏の共通公用語でしたが、崩壊した後も政府や教育機関で使用され続けてきました。
それがクリミア進攻以後、一斉に母国語への回帰を開始し始めました。
たとえばバルト三国のラトビアでは
「ロシア語を母語とする住民が国民の3割を超すラトビアも4月、教育法を改正。ロシア系住民が通う学校であっても、小学校は50%以上、中学校は80%、高校は100%の科目をラトビア語で教育することが義務付けられた。欧米との関係を強化している同国は、ロシア語の制限により、国内で強い政治的影響力を持つロシア系住民を牽制(けんせい)する意図があるとみられる」
(産経2018年9月29日)
このような周辺国におけるロシア離れと地位低下は、2014年以降綿々として続いていたのです。
それにトドメをさしたのが、今回の15万もの大軍を背景にしたウクライナ紛争です。
進攻するか否かをとわず、いや仮にしたとしたらなおさらのこと、周辺諸国はロシアに対する嫌悪と恐怖に駆られてNATOの共同防衛の屋根の下に逃げ込むことでしょう。
こういう自明の理がわからなくなるほど、プーチンは老いぼれたのでしょうか。
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12日のゼレンスキー大統領の「米国への苦言」とされるものはどちらかと言うと「国民は冷静に事に当たって欲しい」という国内向けのニュアンスだったのを誇張されてしまったものだと感じています。
「情勢に関しては米国から提供された情報を分析して判断する」と言っていると矛盾してますものね。
その後14日には「ロシアによる侵攻は16日に行われるとの情報を得ている。われわれはこの日を連帯の日にする」と発信しているので、ゼレンスキー自身も臨戦態勢に突入したことを認めた事になります。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0c62776772d1e540a0a3076b352c86a103bda83d
一方日本国内では「米国への苦言」の部分だけを切り取って
「ウクライナは大した事になってないのに米国が火付けをしてる」
「米国がロシアを追いつめて戦争をしたがってる」
と米国を揶揄するSNS発信が結構飛び交っているようですね。
元々ロシアの身から出た錆を軍事力でねじ伏せようとしている行為に関しては全く触れずにこれを語るのもどうかと思いますけど。
投稿: しゅりんちゅ | 2022年2月15日 (火) 11時57分
そうそう、しゅりんちゅさんの言うとおり。
どうもロシア寄りで、かつ反米的な世論の作り方を画策されているかのような情報が飛び交っていますよね。
ゼレンスキーは冷静で、腰の据わった中々の愛国者だと感じます。
16日を「団結の日」と定め、「我が国は現在、かつてないほど強い」として、海外避難した国民を呼び戻そうと訴えかけています。
「NATOへの加盟方針も変わらない」としています。
バイデンは中国に対し、「ロシアによる武力侵攻があった場合、それを中国が国際社会で支持するならば、即座に(中国に対し)制裁する」と言っています。
これは特大の重大な決断です。
腰が引けた我が国でさえ、今夜は岸田=ゼレンスキー会談を行う予定とか。
とにかく、西側民主主義陣営がこれ程までに結束するのは久しぶりと思います。
ラブロフの杞憂は当然で、しかし同時にプーチンは兵をさらに増員し砲兵隊を前進させているようです。プーチン=ラブロフ間で齟齬のある会談内容まで漏れ出させたには、何か意図があるように思えます。
「何を言うかよりも、何をしているか」が真実なので、やはり侵攻はあり得るのではないでしょうか。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年2月15日 (火) 17時02分
夕方のニュースでロシア軍の一部が演習を終えて撤退を開始したと。
20日までは演習は続くので、全ての部隊が元の場所へ帰還するまで緊張は続きますね。
果たしてどうなることやら
投稿: 多摩っこ | 2022年2月15日 (火) 22時48分