イスタンブール和平協議
まずは、イスタンブールで開かれている和平協議から。
いくつか「進展」が見られたと言われていますが、微妙なところです。
協議の内容を、ウクライナのキエフ・インディペンデント紙から見ていくことにします。
長文なので区切りながら、私の要約と解説を入れおきます。
ウクライナ代表団 ウクライナ・フォーラム
https://www.ukrinform.jp/rubric-ato/3443130-ukurainaroshia-he-ping-xie-yiukuraina-dai-biao-tu
「ウクライナは「NATOより強力な」安全保障を求め、ロシアとの和平交渉の他の条件も概説している。
ウクライナはNATOの第5条よりも強力な安全保障を求めている、と現在行われているロシアとの和平交渉でウクライナ代表団の団長を務めるゼレンスキー大統領の派閥リーダー、デイビッド・アラカミア氏は29日、語った。アラカミアは、この日イスタンブールで行われたロシアとの和平交渉の後で功述べている。
NATOの第5条は、ある加盟国に対する武力攻撃は、加盟国すべてに対する武力攻撃とみなすことを各加盟国に命じている。
「ブダペスト・メモの過ちを繰り返さないために、(議会が)署名し批准した安全保障に関する協定であるべきだと主張する」とアラカミア氏は述べた。
拘束力のない1994年のブダペスト覚書では、ロシア、米国、英国は、ウクライナがソ連から得た核兵器を放棄する代わりに、軍事力を行使しないことを誓約していた。ロシアは2014年から2022年にかけてウクライナに侵攻して覚書に違反し、他の保証国もウクライナを保護することができなかった」
(3月29日 キエフイディペンデント)
https://kyivindependent.com/national/ukraine-seeks-security-guarantees-stronger-than-natos-outlines-other-terms-for-peace-deal-with-russia/
これはロシアが「中立化」を求めていることに対する、ウクライナ側の回答です。
ウクライナは非常に慎重にしゃべっているのがわかります。
まずはロシアの「中立」要求を無下に蹴飛ばさずに、いったんNATOへの加盟は考えていないと受け止めた上で、新しい安全保障の枠組みを多国間で作ろうと逆提案しています。
実にしたたか、かつ慎重です。
ではなぜウクライナは用心深くなるのでしょうか。
それは相手が嘘つきで名高いロシアだということもありますが、いまひとつはアラカミアが言うように、かつて核保有量第3位だったウクライナが、それを手放すに当たって結ばれた1994年のプタペスト合意を反故にされた苦い経験があるからです。
ブタペスト合意は西側とロシアが作ってウクライナに因果を含ませて飲まして結ばせたものですが、そこで約束されていた独立と主権の保護は以後まったく省みられることなく、ゴミ箱に入れられてしまいました。
ミンスク合意 ウクライナフォーラム
親露政権を倒した直後の不安定期に、クリミア侵攻が起こり、さらにほぼ同時に東部2州での独立分離紛争が勃発しました。
露骨な侵略です、しかもミンスク合意の明白な違反ですが、軍隊で占領してしまえばこちらのものというロシア流儀が勝って、結ばされたのがミンスク合意でした。
これには西側陣営も関わったにもかかわらず、事実上ウクライナ領の分割を容認してしまう不平等なものでした。
ドネツク、ルガンスクというロシアの息がかかった東部2州に「特別な地位」を恒久法で保証しろだなんて、ウクライナ分割そのものです。
西側諸国は、よく恥ずかしげもなく、こんなものをウクライナに呑ましたものです。
口にはしませんが、ウクライナの西側諸国への不信感は根強いはずです。
日経
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO80210680X10C22A2EA2000/
そしてさらに今回、その支配地域を拡げるべくロシアはブタペスト合意もミンスク合意もあったもんではなく、すべてを御破算にして全面武力侵攻してくるのですから話になりません。
3度に渡っての和平合意を一方的に破られたウクライナが、口約束に等しい「合意」ではなく、議会が批准することを条件にしているのはこのためです。
それにしてもロシアの狡猾は今さらですが、西側の不誠実さもひどいものです。
2度までも合意を破られたウクライナが、条約として履行義務があるNATOに加盟したいと希望するのは当然のことです。
しかしそれを事実上拒否された以上、NATO第5条に代わって新たな安全保障体制を作るために、ウクライナが提案しているのが、多国間安全保障体制です。
「ウクライナが3月29日に提案した保証では、保証国は軍事侵略やハイブリッド戦争の開始後3日以内に互いに協議しなければならないと、アラカミアは述べた。協議後、これらの国は軍隊を派遣し、武器を提供し、ウクライナの空を守ることでウクライナを支援しなければならない、と彼は付け加えた。
このような保証国には、米国、英国、中国、ロシア、フランス、トルコ、ドイツ、カナダ、イタリア、ポーランド、イスラエルが含まれる可能性がある。その他の国も参加できるだろう、とアラカミア氏は述べた。これらの保証は、ウクライナの欧州連合への加盟にも役立つはずだ。
ゼレンスキー参謀本部顧問でウクライナ代表団のメンバーであるミハイロ・ポドリャク氏は、ウクライナ政府は安全保障に関する協定に署名するのは、それが全国民の投票で批准された場合のみだと述べた。国民投票は、ロシア軍が撤退した後にしか行えないと、ゼレンスキー氏の憲法裁判所代理人であるフェディール・ベニスラフスキー氏は述べた」
(キエフ・インディペンデント前掲)
ウクライナが要求する安全保障の大枠は、NATOの第5条(集団的自衛権)と同様のものを米国、英国、フランス、ロシア、中国、ドイツ、イタリア、ポーランド、イスラエル、トルコといった国々で結び、ウクライナの独立を保証しようとするものです。
ウクライナは、「この国際的な安全保障の枠組みに同意した国はまだないが、今のところ拒否している国もない」と明かしており、ゼレンスキー大統領が「国民投票を行う」と述べているのは、憲法に銘記されているNATO加盟要請を削除することと、それに替わる新たな集団安保体制について国民に投票してもらうということのようです。
橋下某が考えるような、「ここまで国民が死んだらレッドライン」だら降伏のために国民投票をするなんてものではありません。(あたりまえだつうの)
「協議にウクライナ側で参加した政治専門家のオレクサンドル・チャーリー氏は、「(将来の合意における)そのような実質的にNATO条約第5条に匹敵する保証の下では、私たちは、自国領に外国軍の基地は設置できず、私たちは軍事政治同盟には入らないことになる。自国領内の軍事演習の実施は、保証国の同意の上で行われる」と発言した。
さらにチャーリー氏は、将来の合意には、いずれの保証国もウクライナのEU加盟の権利は反対しないこと、保証国にはEU加盟プロセスを促進させる義務が生じることが書き込まれると指摘した」
(ウクライナ・フォーラム3月29日)
ただし、この国々は米英仏伊と言ったG7国、そしてボーランド、トルコ、イスラエルといった友好国まではいいとして、なんとウクライナの最大の脅威国であるロシア、そしてその準同盟国の中国まで入っているのは解せません。
仮想敵国まで入れた集団安保体制などありえないことは、うぶではないウクライナはよくわかっているはずなのですが。
露中は常任理事国だからとアラハミア氏は言っていますが、もう少しウクライナの真意を探る情報が欲しいところです。
ちなみにメディアの報じるところでは、EU加盟は認めるとロシアが言ったとか、ほんまかいな。
そしてたぶん一番もめたであろう領土問題ですが、ロシアはクリミア、ドネツク、ルガンスクに対してロシアの主権を認めよと要求しているようです。
「最新の停戦文書草案に含まれている主要な内容はウクライナが要求する安全保障の受け入れ、EU加盟の容認、NATO加盟放棄だけで、クリミアやドンバスについては意見の相違が埋まっておらず、ロシアは「クリミア、ドネツク、ルガンスクに対する支配権(ロシア主権=ロシア領編入)を認めろ」と要求、ウクライナは「如何なる国境の変更も認めないが、クリミアへの水供給や武力によるクリミア奪還を行わないなどの約束については話し合う余地がある」と主張している」
(キエフ・インディペンデント前掲)
いうまでもなく、このロシア案を受け入れたら最後、ウクライナの二分割を認めたも同然です。
ただし、拒否一本では和平合意自体が成立しません。
そこでウクライナが言い出したのが「15年間棚上げ」にして、その間クリミアには水と食料の搬入は認めるというものでした。
「ポドヤク氏によると、ウクライナは2014年からロシアに占領されているクリミアの地位について、15年以内にロシアと交渉を行うことも提案していた。ルハンスク州とドネツク州のロシア占領地の地位は、ゼレンスキーとロシアの独裁者ウラジーミル・プーチンとの直接交渉で決定することが提案されているとポドリャク氏は付け加えた。
一方、ロシア代表団の団長で、ロシアの独裁者プーチンの側近であるウラジミール・メディンスキーは、ウクライナとの交渉を “建設的 “と評価した。彼は、会談の結果、ロシアはウクライナ北部のキエフとチェルニヒフ方面への軍事活動を縮小することを決定したと述べた。しかし、この発言は、ウクライナ軍が北部でロシア軍を押し返すことに成功し続けている中での発言である。
次回の協議がいつ開催されるかは、まだ明らかになっていない。ポドリアク氏は、ロシアがウクライナの提案に反応した後に日程が決定されるだろうと述べた」
(キエフイディペンデント前掲)
「ポドリャクウクライナ大統領府長官顧問は、「その安全保証合意の決定履行は、次のような手続きで進んでいく。まず、国民投票。ウクライナ国民皆が、その合意に関して、それがどのように機能するかに関して、自らの立場を表明する。その後、保証国とウクライナの国会による批准となる」と説明した。
アラハミヤ氏は、ウクライナ国内法に従えば、国民投票は戒厳令下では行い得ない、実施のためには平和が必要となると指摘した」
(ウクライナフォーラム前掲)
なるほどねぇ、ウクライナは和平合意の実施に当たっては議会批准を条件につけているのです。
これで和平条約発効のために国民投票と国会批准を持ち出したもう一つの理由がわかりました。
ロシアの撤退と平和の履行を保証するためです。
なお、和平協議に合わせたかのように、ロシアが信頼醸成と称してキエフの包囲を解いたと述べています。
退却を転進と言ったかつての帝国陸軍のようで笑えます。
右手でなぐりながら、何が信頼だというのでしょうか。
ゼレンスキーは、「自分達を殺そうとしている国の言葉を簡単に信用しないし、ウクライナ人はそこまで甘くない」と述べていますが、撤退や信頼醸成などという甘言にひっかかるほどウクライナ人はやわにできていません。
交渉は結果こそすべてなのです。
今回の包囲解除も、不可能になったキーウ攻略を断念して、東部への兵力集中をねらっているのは見え透いています。
英国国防省はいたってクールな分析をしているようです。
①ロシアの度重なる後退とウクライナ軍による反撃の成功により、ロシアの攻撃はキエフを包囲する目的に失敗したことがほぼ確実となった。
②キエフ周辺の活動縮小に関するロシアの声明や、これらの地域から一部のロシア軍部隊の撤退を示す報道は、ロシアがこの地域における主導権を失ったことを受け入れていることを示しているのかもしれない。
③ロシアは北部の戦闘力を東部のドネツク、ルハンスク地域の攻勢に振り向ける可能性が高い。
https://twitter.com/DefenceHQ/status/1508904940181372936
これについては次回にします。
ウクライナに平和と独立を!
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