サハリン2は権益放棄が正解だった
経済制裁で、日本の尻が異様に重かったのがサハリン2のLNG権益でした。
「岸田文雄首相は22日、日本政府や企業が出資する石油・液化天然ガス(LNG)プロジェクトのサハリン1、2について、日本にとって重要なエネルギーの権益だとし、「大事にしていかなければいけない」と記者団に対して述べた。
「ビジネスなのか、それとも我が国の権益なのかはしっかりと整理をしなければいけない」とも指摘。今後のロシアとの関係について、「国益の観点から冷静に判断していくことは重要だ」と説明した」
(ブルームバーク3月22日)
サハリン1・2は日本の権益「大事にしなければいけない」-岸田首相 - Bloomberg
各国が歩調を合わせた輸入禁止制裁や、合弁会社からの撤退が決まってからじつに丸々1か月。岸田政権の方針は定まりませんでした。
この人の特徴である「聞く耳」が拡がりすぎて、板挟みになったのです。
結果、企業側も政府も動けないので徒に時間だけが経過して、決まったと思えば「このまま(権益を)大事にする」ですから、なんだったんでしょうか、この1カ月間は。
同じことを言うにしても1か月前にやれば、それはそれでわが国の国益上致し方がない、とヨーロッパのように居直れたものを、1か月遅れてしまうと、その失われた時間を他国に見透かされてしまいます。
ロシアからすれば、そうか日本はサハリン権益を手放したくないんだな、ならばここが攻め口かとわからせてしまったでしょうし、米国からすればこの腰抜けめ、わずかなLNG権益にしがみつきおってからに、としか写りません。
とんだ笑い物です。
なによりわが国の企業にとって政府方針が定まらないので、代替をどうするのか、シェルやエクソンのように他国の代替を必死で探していいのかが定まらなかったわけです。
「日本にとっての問題は天然ガスだという見方は専門家に共通する。ロシアは世界の天然ガス生産量の16.6%を占め、米国の23.7%に次ぐ。3位はイランの6.5%、4位は中国の5.0%だ。天然ガスの場合、長期契約の調達が多く、スポットで手に入れようと思うと価格は極端に高くなる。
日本の場合、パイプラインではなく、LNG(液化天然ガス)に変えて船で輸入するため、LNG施設を持つところとしか取引できない。
つまり、ロシアからのガスが万一にも禁輸になれば、その穴埋めをするのは難しく、原油や石炭など別のエネルギー源に移行せざるを得なくなる。そうでなくてもタイムラグを経て今後大幅に上昇する見通しの電気料金はさらに上昇せざるを得なくなる」
(磯山友幸 2022年3月24日)
ウクライナ戦争が日本に突きつける「老朽化原発」再稼働問題 Foresight
結局、さっさと撤収を決めて損切りした石油メジャーは、既にどんどんと代替産地を見つけているのに、うちの国だけがとり残され結果になりました。
わが国が提携できる生産国はLNG貯蔵・中継施設を持つ国だけなので、いっそう選択の幅が狭まってしまったのです。
「聞く耳を持つ」というのは、なにも起きていない平時の美徳。
今のような次から次へと国家が重大な意思決定すべき時期に「平時の美徳」でいるから、大きく出遅れることになります。
そもそも全体として見れば、日本のロシアからの2020年のエネルギー輸入比率は、原油で3.6%、LNGで8.4%にすぎませんから、輸入禁止や撤収による権益放棄は日本のエネルギー事情に大きな影響を与えないはずでした。
サハリンのLNGはロシア側が議決権を保有していますから、撤収したシェルやモービルの利権はロシアに接収されてしまいます。
岸田氏からすれば、この接収した利権をいつでも中国に売却できるので、国益に反すると言いたいようですが、うちの国の権益などたかが知れています。
「萩生田光一経産相は、国会で対応を問われると、「撤退することがロシアに対する経済制裁になるのだったら一つの方法だが、われわれがいま心配しているのはその権益を手放したときに、第三国がただちにそれを取ってロシアが痛みを感じないことになったら意味がない」と答弁し、すぐに撤退を決めることに否定的な考えを示した。第三国というのは当然、ロシア擁護の姿勢を貫いている中国だと見られている」
(磯山前掲)
サハリン2で板挟み 三井物産・三菱商事、安保か制裁か: 日本経済新聞 (nikkei.com)
サハリン2のわが国の権益比率は、三井物産が12.5%、三菱商事が10%にすぎません。
サハリン1のエクソンなど実に30%ですから、わが国の権益といっても少数権益にすぎず、これで運営に介入することはできる立場にはないのです。
つまり、撤収しようとしまいと大勢に影響がない立場だったにもかかわらず、1カ月間も決まらないことでかえってコトを大きくしてしまいました。
では、なぜこんな中東原油からみれば盲腸のような存在のロシアの権益ひとつに、ここまで時間がかかったのでしょうか。
それはロシアからのエネルギー輸入は、政府が音頭をとって大手商事に進めさせてきた典型的な官主導型プロジェクトだったからです。
経済産業省としては、サハリンは距離的に日本に近く、輸送コストが安くつき、大きく依存しないならロシアからの輸入は推進したいという考えでした。
そこで、政府が50%を出資する「SODECO・サハリン石油ガス開発」という半官半民の受け皿会社を作り、伊藤忠商事、丸紅、三菱商事、石油資源開発などを参加させたわけです。
いまもこの会社を通じて、石油を日本や中国、韓国などのアジアに輸出しています。
事業紹介 | エネルギー部 - 三井物産モスクワ有限会社 (mitsui.com)
ですからこれが撤収となると、全部御破算ですから、企業側は日本政府に対して補償を含めた責任を求めるでしょう。
とうぜんこの1カ月間、企業は政府に補償責任を強く迫ったはずです。
そしてもうひとつは、歴史的因縁でした。
実はサハリン2に関して、日本はプーチンに苦渋を呑まされ続けてきました。
それは、2006年から07年にかけて国際商慣習ではありえない裏切りにあっているからです。
産経
というのは、サハリン2プロジェクトは、そもそもロイヤル・ダッチ・シェルや日本の三井物産・三菱商事といった外資主導のものでした。
これは中東なども見られる、技術力と資金力を持つ外資が当該政府から採掘権を得て資源開発するという一般的形態でした。
日本勢とシェルはほぼ半分ずつ「サハリン・エナジー」の株を持ち、当時のソ連と生産分与協定を締結します。
投資企業が投資金額を利益によって回収するまでは、生産物は投資企業のもの、つまりイギリス・オランダ・日本のものになり、ロシア政府には6%が入るという仕組みでした。
この1994年協定締結当時のロシア大統領は、エリツィンで、彼は資源には無頓着でした。
エリツィンにとってシベリアは、ただの凍土に覆われた森林資源と海産物しかない不毛の地と思っていたからです。
ところがエリツィンが後継に指名した副首相が、誰あろうプーチンでした。
この男はバリバリの国家資源管理主義者、平たく言えば資源ナショナリストでした。
プーチンは、既にこの時期、「我が国の豊富な資源を国家管理下に置き、内外の駆け引きに利用すべきだ」という論文すら書いていて、経済化学博士号をとっているような男でしたから、権力を掌握する前からサハリンに目をつけていたのです。
プーチンは原油が出るまで外国資本にやらせて、湧いて出たら介入して外資からとりあげる心づもりでした。
この間、実に7年。
プーチンはこ時期を使って彼の独裁権力の基盤を固めていきます。
1999年12月、プーチンはロシア下院議員選挙で事実上彼の与党である「統一」を作り、ロシア共産党に次ぐ第二党に押し上げます。
そしてほぼ同時期にエリツィンから大統領の後継指名を受けます。
それまでソ連の遺産を簒奪したオリガルヒが牛耳るガスプロムは、プーチンの政敵「祖国・全ロシア」を支持していましたが、権力を握ったプーチンはガスプロムに自分の腹心のメドヴェージェフを送り込み支配します。
ここから延々と続く、ガスプロムとプーチンの癒着が始まるのです。
プーチンは、この石油・LNGを自らの権力の基盤としたばかりか、外交戦略の武器としてもぞんぶんに使いました。
ここでプーチンが初めてエネルギーを外交の武器に使った例が、ウクライナでした。
2004年ウクライナで起きたオレンジ革命によって成立した親米欧政権に対して、プーチンはLNG供給を停止します。
これにより打撃を受けた親欧米政権は瓦解し、再び親露派のヤヌコビッチが政権につきます。
この時、親欧米政権で大統領だったヴィクトル・ユシチェンコは、プーチンによってダイオキシンを盛られて死にかけるという事件まで引き起こされています。
プーチンが度々政敵やジャーナリストに用いた毒殺という手段が、あろうことか外国元首にまで用いられたケースです。
ロシアによる毒殺未遂 元ウクライナ大統領の場合 - BBCニュース
いかにもスパイ上りのプーチンらしく毒殺という陰湿な手段は頻繁に使っており、今回のウクライナとの和平協議でも用いました。
「国際的な民間調査機関「ベリングキャット」や複数の欧米メディアは28日、ロシアとウクライナの非公式な和平協議に参加したウクライナ側の交渉担当者ら3人に、毒物の中毒症状が確認されたと報じた。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、和平の頓挫を狙ったロシアの強硬派の仕業との見方を報じている」
(日経3月29日)
ウクライナ側要請で「和平後押し」か、露の富豪・アブラモビッチ氏に毒物症状…数時間視力失う : 国際 : ニュース : 読売新聞オンライン
和平協議の場でも使うというのですから、化学兵器を使用することに垣根はありませんね。恐ろしい男です。
このようにプーチンは自らの懐を肥やし、権力を支える大黒柱にガスプロムを用い、さらには「エネルギー帝国主義」とまでいわれるような外交手段にまで高めたわけです。
そして2006年、機は熟したと見たプーチンはサハリンのガス油田に対して国家資源管理を開始します。
サハリンでもロシア政府は外資追放、ガスプロムの事実上の独占を狙ったのです。
理由は口あたりのいい環境問題でしたが、もちろんそんなことはただの屁理屈で、自分とその一党が独占したかっただけのことです。
結局、50%+1をガスプロムに支配されてしまいます。
このような歴史を見れば、今後、今仮に権益を保持したとしても、そう遠くない将来、ロシア側はすべての外国資本を追放する方向に進むと充分に予測できるはずです。
平時ですらこういうことをする国が、全面的経済崩壊に見舞われた場合、どう出るてくるか予測できそうなものです。
そしてなまじ少しの権益を持っていれば、これを餌にして日本に外交問題で必ず妥協を迫ってくるでしょう。
ですから、このような危険なサハリンの弾薬庫とは縁を切っておくのが正解なのです。
では代替エネルギーをどうするのかって。
あるでしょう、わが国には休眠状態のエネルギー資源が手つかずであることをお忘れか。
それは原子力です。
わが国は現在、「電力逼迫警報」を発令せねばならないような状況です。
予備電力はとうに3割を切り、3月16日に発生した東北地方での地震によって火力発電所が停止しているところに、気温が大きく低下、電力需要が急激に増えるという事態となって、22日には萩生田経産相が、「このままでは、いわゆるブラックアウトを(深刻な大規模停電)を避けるために、広範囲で(一部地域の自動的な)停電を行わざるを得ない」という悲痛な呼びかけをせねばならない事態に追い込まれました。
おそらくこの夏には、高温となんらかの自然災害で火力発電が被害を受けて停止が重なった場合、同じように大規模停電になる可能性があります。
いいかげん日本も、昨年11月に閣議決定した「エネルギー基本計画」にあるような、「再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」という能天気な姿勢を改めるべきです。
脱原発派が言うように老朽化して危険だというなら、老朽原発を新世代に建て替える(リプレイス)や、別途に新設についてタブー視するのではなくま正面から議論すべき時期になったと思います。
いつまでも稼働期限が切れた原発をだましだまし延長するのではなく、しっかりとした原発政策が必要な時代に入っているのです。
岸田政権は経済安全保障を掲げているのですから、エネルギー政策をマトモに考えないでどうします。
世耕参院幹事長はこう言っています。
「自民党の世耕弘成参院幹事長は27日、徳島市内で開かれた会合で、ウクライナ危機を引き起こしたロシアへの日本のエネルギー依存度を引き下げる必要があるとして、原発の再稼働を進めるべきだとの考えを強調した。
世耕氏は「国家の在り方を根っこから変えていかないといけない。安全が確認された原発は再稼働する。あるいは安全な新しい原発の研究を進めなければならない」と述べた」
(時事3月27日)
原発は再稼働を=自民・世耕氏|ニフティニュース (nifty.com)
まことに世耕氏の発言は時宜を得たものだと思いますが、こういう常識的なことが言えるのに、なぜサハリンではこんなに右往左往を演じたのか、かえって不思議です。
« 「金融核爆弾」のすさまじい破壊力とは | トップページ | イスタンブール和平協議 »
ユーシェンコの時は顔の変化が衝撃的でしたが、
今回の和平交渉ではオリガルヒ筆頭でガスプロム会長のロマン·アブラモビッチまで「盛られた」ようで···あくまでも楯突くなということか。。
投稿: 山形 | 2022年3月30日 (水) 06時24分
世間に忖度して原発をタブー視した結果、電力はもう青色吐息。
原発に反対な方々は電気代が高くなろうが停電で苦しもうが「原発に反対するエコな俺かっこいい」で、むしろ喜んで苦難を受け入れるでしょうが、巻き込まれるほうはたまったもんじゃありません。
今回のロシア侵攻で、日本の電力が原発なしではいかに貧弱か、世間も少しは身にしみてほしいものです。
投稿: エントランス | 2022年3月30日 (水) 07時54分
ここで東電原発再稼働を政府が言い出せないのはかつてまともな人間なら誰もが思っていた「敗戦」を言い出せず、結局御聖断に頼ってしまった当時の政府の面々に酷似しているとふと思った。
投稿: 守口 | 2022年3月30日 (水) 07時54分
東電柏崎刈羽原子力発電所のあまりにも杜撰な管理状況がここに来てクローズアップされてしまってる不備が情けないですね。
あそこ何度もPRセンターにドライブついでに遊びに行きましたけど、広大な敷地と世界最大規模の立ち並ぶ発電棟を高台から見下ろせて壮観なんですよ。
新潟中越沖地震やらあってなかなか上手く行かないこともありましたが、福島事故の後になっても原発の管理が不備で動かせないというのは東京電力と国のダメダメさぶりが際立ちますね。
投稿: 山形 | 2022年3月30日 (水) 09時13分
サハリン2の放棄はもっと早く決断すべきだったと思いますし、そうしなかったのがなぜなのか、イマイチ理解に苦しみますね。
だって日本政府は先に日本の銀行にあるロシアの金融資産を凍結していて、その事はすでに準戦時状態にあるようなものです。
上の萩生田さんの答弁も何かおかしい。
中国が利権を手にしようがどうしようが、そんなの日本の措置と関係のない事です。やれば今度は、中国様が制裁の対象になるフェーズに変わるだけのもの。そんな事より、萩生田さんは原発を早く動かすべく率先して行動すべき位置のはず。
どうもギクシャクしている感じが否めません。
ちなみに中国政府はペトロチャイナ他、中国石油関連企業が行う予定だった対露資源投資を全面的に中止させています。
今後どういった抜け穴を探してくるか分かりませんが、今のところ対露経済制裁のあおりを避ける構えです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年3月30日 (水) 17時06分
川口マーン恵美さんがラジオでおっしゃっていましたが、ドイツは残り3基の原発停止を延期しようにも技術者も資本も既に停止に向けて縮小離散しているから無理だと電力会社が拒否したのだとか。
私は再稼働を望みますが、日本も同じ問題を抱えていると思っています。
今の大規模原発では沢山の技術者と地元民のスタッフによるシフト勤務が良好に行われることが不可欠です。
休止してから何年も経ち、止まってるやつを維持するだけでもかなりなコストですがこれを動かすとなると、上記の条件を満たす為の「地元の了解」がないと、現場が回りません。
自治体の首長が再稼働反対で県民が働きたくなかった場合、とても難しいでしょう。
地元が真っ二つに割れたまま汚れ仕事のイメージをおっかぶせられた職場に毎日向かうのは辛いですよ。
そこをどう解決するかをちゃんと見つめて議論しないと、
電気足りない停電で死ぬじゃん!再エネダメじゃん!お前ら原発でまた働けよ、毎日後ろから「死の危険ー放射能がー!」って叫ぶ奴はほっとけよな。奴らには叫ぶ自由があるしな。
みたいにどんどん話が酷になっていきかねないとも感じています。
再エネ害と原発再稼働をセットで語るだけでなく、技術的産業的にポジティブな未来を見せきれない事と現状の人手不足が、経産省のモニョった鈍さの元なのではないでしょうか。
原発再稼働できそうなところからいくつか動かして、リプレイスしながら余剰電力で水素エネルギーやりつつ核融合技術者をフランスとの共同事業で育てていけるチャンスなんですが、官にも民にも有能な宣伝屋さんが居ないのが残念。
投稿: ふゆみ | 2022年3月30日 (水) 23時42分