ロシア「人道回廊」の罠
3回目の停戦協議が終わったようですが、なにせお前はオレの言うことを全部飲め、オレは聞く耳もたんから、というロシア相手になにか生産的なことが生まれるはずがありません。
ウクライナもロシアも充分わかっているはずですが、仮に停戦合意が成立したとしても、その前後が最も危険な期間なのです。
なぜなら停戦合意の時点で戦い取った両軍の「縄張り」が、そのまま停戦ラインとなるからです。
そして停戦がなった後は、いかに相手の「縄張り」を削っていくのかが今後の両軍の静かな仕事となります。
停戦協議とは、このような危ういパワーバランスの上品な表現に過ぎないが故に、作っては壊し作っては壊ししていく宿命にあります。
ただ今回の場合、プーチンは自軍の劣勢を知っているので、「武装解除しろ」とか「中立になれ」とかわけのわからないことを叫んで、事実上この停戦合意をぶち壊しにかかっています。
なんども書いてきていますが、それをいうなら降伏協議であって、今やっているのはあくまでも停戦協議です。
プーチンは馬鹿なのか、馬鹿のふりをしているのか。
だいたい文明国の軍隊なら、停戦協議している真っ最中に市街地を砲撃するなんて恥ずかしいことができるはずがありません。
となると結局、合意できそうなことは「人道回廊」だけということになるでしょう。
CNN.co.jp : ウクライナとロシアの協議2回目、「人道回廊」設置合意もウクライナ側望む結果得られず
しかしこれも実はロシアの常套的罠ですからご注意下さい。
というのはロシアは「人道回廊」を悪魔的に使った前歴があるからです。
それがロシアのシリア軍事介入時に起きたアレッポの「人道回廊」事件です。
まず簡単にロシアのシリア介入について説明します。
日本でその最適任者は、長年シリア内戦をライフワークとして追跡してきた黒井文太郎氏です。
黒井氏は、このように述べています。
「身元・死因が判明している死者約35万4000人のうち、一般住民の犠牲者は10万6390人ですが、そのうちアサド政権側(民兵・外国人傭兵含む)に殺害された人数は約8万3000人に上ります。
ロシア軍の空爆で殺害された住民は約7000人なので、アサド政権=ロシア同盟軍が殺害した住民の数は計およそ9万人。つまり、身元が判明している一般住民の犠牲者の約85%が、アサド政権側に殺害されたことになります。(略)(シリアの)主戦場において、戦争の趨勢を左右するほど大規模に介入しているのはロシアだけです。
2015年に反体制派の攻勢でアサド政権が劣勢に回り、政権維持も危うくなってきたまさにその時、同年9月からロシアが大規模な軍事介入に踏み切り、猛烈な空爆を住民もろとも反体制派に加えて攻守を逆転させました。
このロシアの大規模介入には、同じくアサド政権を支えてきたイランが全面的に協力しましたが、アサド優勢の最大要因はやはり何といってもロシア軍の存在でしょう。(略)2015年に軍事介入したロシアも、イスラム過激派への攻撃を口実にしていましたが、実際にはISへの攻撃はアリバイ程度にほんの少し実施しただけで、ほとんどは反体制派エリアへの無差別空爆に終始しました。
アサド政権もロシア軍も、実際には一貫して反体制派を攻撃してきました。彼らの方便では、反体制派=テロリストという理屈ですが、実際には彼らは反体制派どころか、反体制派エリアに居住する住民までも「テロリスト」だと言って攻撃しています。
ロシアはシリア国内では、アサド政権とともに戦争犯罪を続けている共犯者に相当します」
(黒井文太郎
2011年、シリアでは若者たちがアサドの独裁政権を倒そうと立ち上がりました。
それに対してアサドは酷たらしい弾圧を加えたために、一気に内乱にまで発展します。
アサドは、抵抗する者をすべて「テロリスト」と呼んで抹殺の対象としました。
この抹殺は比喩的表現ではなく、文字どおりの殺戮でした。
これに加担したのが、ソ連時代からシリアを中東の足場にして、軍事基地を持っていたロシアでした。
2015年、プーチンは他国の内戦であるにも関わらず、戦闘機やミサイルを使った無差別爆撃を命じます。
CNN.co.jp : シリア軍、アレッポ空爆を縮小へ 市民の避難のためと発表
この時使ったアサド政権の論法が反政府=テロリスト、反政府エリアに住む住民=テロリストというものでした。
無限にテロリストの枠を拡げていき、そこに居住する住民すべてまでテロリストにしてしまう恐るべき論理です。
アサド政権軍とロシア軍は、北部の第2の都市アレッポの反政府勢力地域を包囲して、ここでも市街地が跡形もなくなるような空爆を加えました。
そして2015年、ロシアはこのシリア内戦に軍事介入します。
この反政府側地域には一般市民が25万人いるとされ、これに対する無差別空爆は国際社会の強い批判を浴びていました。
当時、シリアで活動していた国境なき医師団は、こう記しています。
「2016年、民間人が住む多くの地域では日常的に空爆が行われた。包囲網の中に閉じ込められた人びとに援助は届かず、食料・医療事情は極度に悪化した。
12月にシリア政府は東アレッポを奪還したが、この地域では包囲戦、複数の病院の破壊、市民居住地域への無差別爆撃など、戦争法規を無視したあらゆる残虐行為が行われ、その様相は「シリア内戦の縮図」と言われている。MSFは東アレッポにある8カ所の病院を全面的または部分的に支援していたが、そのすべてが爆撃の被害を受けた。
一方、シリアの近隣諸国の多くは難民に対し国境を閉鎖。多くの人びとが包囲された地域に閉じ込められたり、閉鎖された国境付近で足止めされたりしたほか、紛争で傷ついた人が治療を受けることができなくなっていた」
(国境なき医師団)
今世紀最大の人道危機──シリア内戦10年 人びとの苦難はいまなお続く | 活動ニュース | 国境なき医師団 (msf.or.jp) 。
そしてこの2016年7月に反政府側とロシア軍・アサド政権軍との間に結ばれたのが、アレッポの「人道回廊」でした。
一般的に考えれば、これは非戦闘員が安全に脱出するルート以外の意味を持ちません。
当然政治的に無色でなければ、「人道」という名をかぶせるのがおこがましいことになります。
ところがロシア軍とアサド政権は、「人道回廊」をなんと「選別」に使ったのです。
アレッポの「人道回廊」はアサド政権支配地に向けてしか開いていませんでしたから、アサドの支配を拒否する市民にとってこの「人道回廊」を使うことはすなわち投降を意味しました。
実際に、「人道回廊」の出口には、アサド゙政権軍が銃を持って待ち構えており、「面通し」をします。
そして反政府活動に加担したりしたものは、家族毎どこかに連れ去られていきました。
このことが知れ渡ると、アレッポで「人道回廊」を利用する者はパタリといなくなりました。
すると、ロシア軍とアサド政権は、「人道回廊」からの脱出が終わったとみなすと宣言し、アレッポ市街地に残る人々はすべて反政府側テロリスト、あるいは「準戦闘員」と見なし、無差別爆撃を再開しました。
ロシア軍の爆撃機部隊、シリアのISに空襲_新華網日本語 (xinhuanet.com)
「ロシア国防省は、ロシアの戦闘機が丸2日間でシリアを85回飛行し、アレッポ、ダマスカス、ラタキア、ハマー、ホムス、イドリブ県の277ヶ所に空襲を実施したと発表した。ロシア国防部のイーゴリ・コナシェンコフ報道官の11日の発表によると、ロシア空軍のSu-24M爆撃機はシリア ハマー県で「勝利戦線」を破壊する迫撃砲連を放った。また、Su-34爆撃機はホムス県にコンクリート貫通爆弾「BETAB 500」を1発投下し、「勝利戦線」の大型地下倉庫に命中した」
(新華社2015年11月14日)
ちなみにこの時も、同年10月には国連安保理で空爆停止を求める国連決議案が採決されましたが、ロシアの拒否権で葬られ、非人道的無差別爆撃の荒しがアレッポを襲ったのでした。
結局、同年12月に反政府側が撤退し、瓦礫となったアレッポを政権軍が掌握して終了しました。
身元・死因が判明している死者が約35万4千人。うち一般住民の犠牲者は10万6千人。
そのうちアサド政権側(民兵・外国人傭兵含む)に殺害された人数は約8万3千人に上り、ロシア軍の空爆で殺害された住民は約7千人に登りました。
シリアはプーチンが犯した戦争犯罪ですが、プーチンはこれを成功事例と考え、更にその2年後にはクリミアに拡大します。
ですから、今回のウクライナにおける「人道回廊」も、罠の可能性が高いと考えられます。
「人道回廊」が設定されたのは東部の港湾都市マウリポリですが、ここには2本の「人道回廊」が設定されています。
地理関係を見ておきましょう。
一本はマウリポリから内陸のウクライナ政府軍支配地域のサポリージャに向かうもので、もう一本は東のロシア軍支配地域のシロキネに向かうものです。
実はこのシロキネルートは両国の合意にはなかったもので、ロシアが勝手に定めたものなのです。
ロシアが定めた「人道回廊」に対して、スムイ市当局は住民に行かないようにと警告を発しています。
日テレ
「対象となるのはウクライナの首都キエフ、第二の都市ハリコフ、マリウポリ、スムイの4都市です。ただ、避難先のほとんどはロシア国内かベラルーシ国内だと、ロシア側は主張しています。
ウクライナメディアによると、対象となっているスムイの当局は「これはロシアによるニセの情報で挑発行為である」と住民に対し避難用のバスに乗らないよう注意を促したということです」
(日テレ3月7日)
ロシア「人道回廊」実施発表…ウクライナ当局「ニセ情報」住民に注意喚起(日テレNEWS) - Yahoo!ニュース
ウクライナはこれに抗議して「人道回廊」の設置を拒否しました。
それはそうです。このルートを使うとロシア占領地域にしか行けないのですから。
「ウクライナでロシア国防省が日本時間の7日午後4時から設置するとしていた「人道回廊」について、ウクライナ側は拒否する姿勢を示しました。
ロシア国防省は日本時間の7日午後4時から一時的な停戦を行い、首都キエフなど4つの都市から住民を避難させる「人道回廊」を設置すると発表しました。
しかし、避難先の多くがロシアとなっていることから、ウクライナの副首相は「民間人をロシアに連れて行くためで、容認できない」として拒否しました。
ロシア側は、この人道回廊はフランスのマクロン大統領に頼まれたものだとしていますが、フランス側は否定しました」
(日テレ3月7日)
ウクライナ、ロシア発表の“人道回廊”拒否 「民間人をロシアに連れて行くためで、容認できない」(日テレNEWS) - Yahoo!ニュース
これが「人道回廊」を利用した「選別」です。
ロシア軍支配地域に来る者は「善良なウクライナ人」であり、サポリージャを選んだり、マウリポリに残る者は、テロリストないしは「準戦闘員」なのです。
逃げることができたのに残っている者は、民間人の姿をした「頑固派のファシストだ」というロジックとなるのです。
したがって、ロシア軍は市街地に残った「テロリスト」と「準戦闘員」は軍事的抹殺の対象となると考えることでしょう。
実際にシリアのアレッポでは、ロシア軍はそうしました。
そうしてウクライナでもそれを企んでいます。
コロッセオやブランデンブルグ門も。ウクライナ国旗の色のライトアップ相次ぐ(ハフポスト日本版) - Yahoo!ニュース
ウクライナに平和と独立を!
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もう第三次世界大戦覚悟で、西側諸国は直接兵を送るしかないのでは。
投稿: ねこねこ | 2022年3月 8日 (火) 07時37分
赤十字スタッフが避難経路に地雷が設置されていたと報告していたり、これでは人道回廊ではなく人狼回廊です。
それでいて避難できなかった人らを全員テロリスト認定で攻撃対象にするんですから「お前らの血はなに色だ!」と叫びたくもなります。
とはいえ昨日はロシアの諜報組織であるはずのFSBの人間発信と思われる内部事情の暴露ツイートが拡散されたりと、内部からガタが来ている兆候が見えてきています。
(この情報の真偽はともかく結構読みごたえがあって面白い)
これでSWIFTが発動すれば本格的にロシア経済は崩壊しするでしょう。
それまでウクライナは耐え続けるしかありませんが。
投稿: しゅりんちゅ | 2022年3月 8日 (火) 12時36分
以前、誰の本だったか、「中国経済はまだソ連(読んだ当時)よりマシだ。何故なら、中国は共産党独裁になってまだ40年(同)程度だけど、ソ連はもう70年(同)にもなる。ソ連には自由経済だった頃のシステムがまったく無くなってしまっていて、新ロシアは0(ゼロ)からの出発となる」と、旧ソ連崩壊の頃、そのような事が書いてありました。
民主制や選挙制度はもちろん、旧ロシア帝政だった時代にはあった自由経済が共産主義システムの下でブッ壊されていて、新ロシア国民にとってはすべて『初物』だった。まだ30年程度前のハナシですわ。
プーチンを含む旧ソ連時代の残党には、私達のアタリマエの常識が全然通じないばかりか、憎むべき悪習と映っているようですわ。ごく一般的なロシア国民には、皇帝であり書記長であるプーチンが絶対に正しいハズだと、疑う心さえ無いのかも知れません。プーチンを絶賛して非難されている著名スケーターのプルシェンコさんですが、あの方が平均的ロシア人に近いのかも?
私はその意味で、停戦交渉において論点がズレまくっているのも、戦術ではなくて案外ホンネなのかも知れないと思うようになりましたわ。管理人さんの言っていた紙屑!ルーブルを、まだ決済に使おうとしている神経は、旧ソ連の経済オンチを抜きに語れないと思います。まるで30年前の旧ソ連の亡霊たちと、2022年の今現在、戦っているかのようで、なんやらアタマがおかしくなりそうですわ。時代遅れの人間の闇(幕末の、新撰組みたいな幕府派みたく)みたいなものを感じて、時間とカネと命の浪費に気分が落ち込みますわ。
もしそうだとすると、非人道的核兵器の使用にも何の抵抗もないハズで、プーチンの核使用を前提にモノを考えないといけませんわ。我が岸田首相は大丈夫かいな?
投稿: アホンダラ1号 | 2022年3月 8日 (火) 23時37分
NHKスペシャルで、人体の神秘なる番組をやっていました。
詳しい地名は覚えていませんが、ヨーロッパのある地域で平均寿命が40歳代の地域がある。その地域の人達のDNAを調べると異常な食欲を形成するDNAがある。
その原因を調べると、歴史の3代先に異常な豊作があり人々は食べたい放題食べた。結果肥満が日常化し短命になる。それが孫の世代までDNAとして遺伝する。
戦争、戦争で明け暮れた東ヨーロッパのDNAはそんなものでしょう。
騙し騙され猜疑心に塗れたDNA。しゅりんちゅさんが仰るそれが血だと思います。
北方領土で起きたことが現在ウクライナでも起きています。だからウクライナ人は戦うしかないのです。極端に言いますと自由か奴隷か。
大陸の騎馬民族は概ねそんな感じです。
その点、民衆が血を流して勝ち取った西ヨーロッパのDNAは、同じ力の論理でも東ヨーロッパとは少し違う。
歴史的に、元寇や日清、日露戦争。日本にとってもウクライナと同じ戦いだったのです。
その意味では、日本が置かれている立場は、日清、日露戦争当時と変わらない。お前は俺の言うことを聞くか聞かないか。イエスかノーかだけです。日本を非友好国と指定したロシア。また北海道の漁民が人質にならないことを願うばかりです。
投稿: karakuchi | 2022年3月 9日 (水) 02時53分
蛇足ですが、同じように歴史に翻弄された地域があります。
沖縄です。物くれるのが我が主。大国の間で生きてきた生活の知恵です。しかしながら戦争戦争に明け暮れた東ヨーロッパにはそのようなDNAはない。大国の間でうまく立ち回った琉球王朝ですが、ロシアの傀儡政権の様に、内政面は人頭税の様に国民を奴隷として扱っています。
中国が、台湾、沖縄を落としてもまた旧琉球王朝の復活でしかないでしょう。言いたい放題言えて日本国民であれば、どこに住んでも同じ行政サービスがある。それがどんなに幸せか。
沖縄左翼が持つ反日感情、毎年行われる首里城祭りの三跪九叩頭の礼や、基地の無い平和を愛する沖縄の心。とかも実は危険な言葉だと感じるこの頃です。
投稿: karakuchi | 2022年3月 9日 (水) 03時12分