「軍事的に前進もできず、政治的に後退することも許されない、オプションを使い果たした状態」とは
ウクライナ戦争は、ロシアにとって悪しき形で膠着しています。
ニューヨークタイムスはこう書いています。
As Russian Troop Deaths Climb, Morale Becomes an Issue, Officials Say
「 第二次世界大戦中の硫黄島での36日間の戦闘で、7,000人近くの海兵隊員が死亡した。ロシアのウラジーミル・V・プーチン大統領がウクライナに侵攻してから20日後の今、アメリカの情報によると、彼の軍隊はすでにより多くの兵士を失っている。
保守的な推定で7,000人以上のロシア軍の死者が出て、これはイラクとアフガニスタンで20年間で死亡したアメリカ軍の数を合わせたものよりも大きい。
わずか3週間の戦闘で蓄積された驚異的な数であり(略)国防総省当局者は、単一のユニットの死傷者率が10%で、戦闘任務を実行できないと述べている」
(ニューヨークタイムス2022年3月16日)
ウクライナ侵攻の指揮をとった20人のロシア軍将官のうち半分は更迭され、4名が狙撃されて死亡し、残るはわずか5、6人と見られています。
更迭された将官たちは、一切の指揮官任務から解かれて予備役編入されることでしょう。これ以上の不名誉はありません。
この将官戦死者の中には、スペツナズの指揮官であるアンドレイ・スホベツキー少将(第41混成軍副司令官)も含まれています。
彼は空港を巡る戦闘の際に、演説をしていたところを狙撃されました。
ウクライナは「将軍の墓場」だったのです。
現代戦でこれほどまで高位の将官が戦死することは稀で、ロシア軍もチェチェンで2名を失った経験があるだけです。
ちなみに米国が約20年間に渡るイラク戦争で失った将官は2名にすぎませんから、極端な出血です。
では、なぜかくも大量の戦死者が出てしまい、将官がバタバタ戦死するのでしょうか。
その技術的理由のひとつは、ロシア軍の通信がだだ漏れだからのようです。
「ロチャン・コンサルティングの防衛アナリスト、コンラッド・ムジカ氏は、「ロシア側が携帯電話やアナログラジオで軍幹部と連絡を取っているなら、ウクライナはすべてを把握している」とBBCに話した。
ウクライナ側は、ロシア軍のゲラシモフ少将を殺害した後、ロシアの安全保障幹部の会話だとする録音を公表した。その中で幹部とされる人物らは、同少将の死亡について話し、安全な通信ネットワークが機能していないと文句を言っている」
(BBC3月17日)
ロシア軍将官、4人目が戦死か ウクライナが狙い撃ちとの見方も - BBCニュース
今回、ロシア軍はクリミア侵攻で盛んに活用して勝利を収めたサイバー攻撃を完全に封じられたうえに、自軍の通信ネットワークが頻繁に使用不能の状況に陥っていたようです。
そのために部隊間交信ははなんとスマホに頼るありさまで、そのセキュリティが甘いためにウクライナ側に筒抜けでした。
ロシア軍の作戦の展開はすべてウクライナ軍にあらかじめ察知され、各所で狙撃銃とジャベリンを持ったウクライナ兵に阻止されました。
この体たらくに怒った将官が前線に尻を叩きに飛び込んでいくと、先ほど述べたように待ってましたとばかりに狙撃されてバタバタと戦死。
行かなければ行かないで、今度は前線部隊はこれ幸いとばかりに停滞を決め込んでウクライナ軍に近づきもせずに、遠くから無差別に市街地を砲撃するだけとなります。
この無差別砲撃で多くの民間人犠牲者が出ましたが、国際社会が一斉に非難するとプーチンはいっそういきり立ち、将軍たちにさっさとウクライナ軍をかたづけろ、お前らは無能かと激怒するものですから、将軍たちは前線に飛び出していってまた狙撃され・・・(以下ループ)。
これではキエフ侵攻もあったもんじゃありません。
ハリコフでも似た状況のようです。
ウクライナ軍、900輌以上のロシア軍車輌と4,300人の兵士を無力化 (grandfleet.info)
かくしてロシア軍は進めばジャベリンが待ち構えており、勝手に退くと軍規違反に問われ、進むも退くもならないままキエフ近郊でじっとしているしかないわけです。
ここで常識を持った指揮官ならば、いったん軍を後退させて補給を与えて部隊を再編した上で、戦線構築をし直すべきなのですが、この戦争自体がプーチンが誰の相談もなく勝手に始めた「しなくてもいい戦争」だったためにモスクワから後退の許可が下りません。
ニューヨークタイムスはこれを「軍事的に前進することもできず、政治的に後退することも許されず、全てのオプションを使い果たした状態」と評しています。
最悪な状況で、もはや交渉でなんとか撤退をさせてもらうしかない、これがロシア軍の本音です。
これで士気があがったら奇跡というもので、指揮官は狙撃に怯え、兵士は帰りたいの一心です。
停戦合意となり、めでたく命拾いして帰還した兵士たちが、どのようなことをロシア国内で家族友人に話すのでしょうか。
まちがいなくその兵士らの体験談は、プーチンにとってこれ以上ない苦々しい物語であることは間違いありません。
いくら情報統制しようと、かならずこのような話は人づてに拡がっていくはずです。
情報統制国家においては、表のメディアがいくら統制されようと、国民はアンダーグランドでの情報に必死に耳をそばだてるものなのです。
朝日ワシントン特派員高野遼記者が、自身のツイッターに国防総省のウクライナの戦況分析を乗せています。
高野遼
想像どおりのロシア軍にとって最悪の状況です。
●米国防総省の戦況分析1
【概況】
・ロシア軍は東部の一部を除いて前進がみられないが、各地で激しい戦いが続く
・都市部に対して遠距離からの攻撃が強まる。民間被害も増加
・黒海のオデッサ沖には6隻ほどの艦船があり、うち2隻は揚陸艦。上陸が差し迫っている兆候はない
・制空権争いに変化なし米国防総省の戦況分析2
【長距離攻撃】
・侵攻開始以来のミサイル発射は1000発以上に。
・キエフ周辺では後方から砲撃部隊が前線に移動。首都攻略に向けて砲撃を強めるとみられる。
・無誘導爆弾に頼る傾向が強まる。精密誘導弾が不足しているのか、節約しているのかは不明米国防総省の戦況分析3
【軍事支援】
・遠距離攻撃に対しては、米国が支援を決めたドローンも有効となる。できる限り早く届ける。
・射程距離の長い防空システムをウクライナに提供する可能性について、同盟国と協議している。個別の合意はまだない。米国防総省の戦況分析4
【開戦3週間】
・ロシア軍は補給の問題を乗り越えようとしているが、まだ苦慮している。
・事前計画に問題があったことに加え、想定外の抵抗を受けていることが理由。
・ロシア軍は人員の補充を含む増援も検討している。
・3週間経ち、多正面で停滞する状況はロシアにとって想定外。
ウクライナ戦争についての現況の俯瞰図をBBCが載せています。
ほんとうに英米のインテリジェンスは図抜けています。
キエフに特派員を送り込めず、外国通信社の配信でお茶を濁し、小麦が上がってうどんが値上がりなどとやっているどこぞの国のメディアとは大違いです。
BBCとその他の情報を総合して要約しておきます。
※BBC 『地図でウクライナ戦争:ロシアの侵略を追跡』
ビジュアルジャーナリズムチーム
地図でウクライナ戦争:ロシアの侵略を追跡 - BBCニュース
ウクライナ全土のロシアは死傷者が増える中、前進していません。
首都キエフを包囲し、遮断しようとする試みは続けられてはいますが、ドニエプル河を切られてしまったために泥濘に阻まれておもうような前進ができていない状況です。
ロシアは2月24日の早朝に攻撃を開始し、部隊は3つの主要方面から進軍しました。
①南部方面。2014年に併合した南部のクリミアから侵攻。
②東部からの進撃。ロシアの支援を受けた分離主義者がすでに領土の広い地域を支配していた東部のドネツクとルハンスク地域からの侵攻。
③ロシア軍が合同軍事訓練演習に参加していた北部のベラルーシからの侵攻。
北からキエフに向かったロシア軍の主力は、チェルノブイリを経由してドニエプル川の西側を下って進みました。
しかし、これらの部隊は深刻な兵站の枯渇に直面し、大量の車両が燃料を使い果たして頓挫し、途中で粘り強いウクライナ軍の抵抗に直面していました。
キエフ市内に最も近いロシア軍部隊は、北西25㎞のブチャとイルピンの郊外にいますが、戦車部隊をが壊滅的打撃を受けたために、現時点ではイルピン川を渡ることができていないようです。
この戦車の隊列が待ち伏せ攻撃で、なすすべもなく撃破され蹴散らされる光景は、ユーチューブで世界に瞬く間に拡散してしまい、ロシア軍弱しの印象を世界に拡散しました。
米国の軍事筋によれば、真っ昼間に航空優勢も確保していない地域の幹線道路を無警戒に戦車隊が歩兵も随伴させずガラガラと通過すること自体が非常識だそうです。
ロシア軍指揮官の練度の低さは目を覆うばかりだそうです。
また、ウクライナ軍だけではなく、今年の湿地や泥沼のような困難な地形は、ウクライナ軍がこれまでのロシアの前進を遅らせるのを助けました。
「今年のウクライナの気温は高く、原野が凍結することなく泥濘地化してしまいました。キャタピラを履いた戦車や歩兵戦闘車でもスリップして尻を振りますから、進撃速度は極端に鈍ります。
そのうえ、戦車を至近距離からの攻撃から守るために必要な歩兵を乗せた装輪式の装甲車は、すべての車輪にチェーンを巻いてもスリップするため、戦車などキャタピラを履いた車両と行動を共にすることができません。
自然、戦車と歩兵が切り離される結果となり、戦車や装甲車の乗員は身を乗り出して周囲を見回せば狙撃されますから、閉じこもった状態を強いられます。その結果、肉迫してくるウクライナ側の対戦車火器や住民が投げつける火炎瓶の餌食となっていったのです。
そうなると、原野を突っ切っての進撃を諦め、主要幹線道路を使うしかありません。そこに待っているのは大渋滞。ウクライナ側は危険を冒して渋滞した隊列を攻撃しないでも、進撃を阻み、補給線を止める戦果を手にすることができたのです。
こんな「泥将軍」との戦いが待っていることは、ロシア軍としては百も承知だったと思われますが、プーチン大統領の号令一下、侵攻することになったのでしょう」
(小川和久)『NEWSを疑え!』第1036号(2022年3月14日特別号)
東部からキエフ向かったロシア軍部隊は、キエフの中心部から約20km(12マイル)離れたブロバリー郊外の周辺で失速し前進が停止しています。
今の彼らにできるのは、キエフ市内に無差別で砲撃をしかけることだけで、それをすればするほど国際社会空の非難をあびることになります。
ロイヤル・ユナイテッド・サービス・インスティテュートの防衛アナリスト、ジャスティン・ブロンクは、BBCにロシアが現時点でキエフを奪うのに十分な地上軍を持っていないと疑っていると語っています。
おそらくキエフ侵攻はしたくてもできないのかもしれません。
他の方面についても見ておきます。
ウクライナ南部戦線ではロシアが占領地を拡大しました。
港湾都市マリウポリでは50万人もの民間人が閉じ込められたままです。
南部の他の場所では、西側のムィコラーイウに対するロシアの進歩は停滞しています。
この街を取ることは、オデッサに向かっての進路をひらくために必須ですが、強力なウクライナ軍の抵抗に遭遇しているようです。
オデッサ沖のロシア海軍はここ数日、都市への砲撃を行っていますが、英国軍事専門家によれば強襲揚陸艦での上陸は非常に困難だと見られています。
北東部では、ロシア軍がスミの街を包囲し、重要なインフラを爆撃し、供給ルートを遮断しました。
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やはり侵攻するには兵力が少な過ぎ、60万人投入しても足りないかもしれません。
東側の地区だけなら20万人で充分でしたでしょうし、短期間で作戦が終了しクリミアみたいにロシア支配になったかと。
とうとうアリューシャン列島の部隊まで追加投入のようですが、シリアの傭兵部隊を加えてもキエフへの攻撃に足りるか疑問です。
部隊間の通信に難あり、数だけ投入しても連携が取れておらず無駄だとの見方もありますね。
軍事的にも政治的にも経済的にもロシアの前には泥将軍が立ちはだかる泥沼地獄。
ウクライナへは各国から支援が絶え間なく続きます。
春とともにウクライナへ平和が訪れますように!
投稿: 多摩っこ | 2022年3月19日 (土) 16時09分
色々な補正が掛かったにせよ、
赤い熊と恐れられたロシア軍が、中身はプーさんでしかなかったですね。
現実から隔絶された彼もまた、夢を見ているのかもしれません。
和平交渉だって、彼が現実を知らなければ妥協のしようもありません。
士気の下がりきった現地の将兵にとっての最適解は、陣地で爆発を起こして事故死と見せかけて投降し、ほとぼりが冷めたら帰国する、ではないでしょうか。案外本国もそう願っているかもしれません。
投稿: プー | 2022年3月19日 (土) 18時07分
クリミアの時はやれたことができていないロシアに対して、今回ウクライナは提供されるジャベリンを存分に活躍させているようですね。
現実の戦争という局面で、本邦マスコミの実力が英米に比べてとても貧弱であることが露わになっています。
ただ、小泉悠氏、合六強氏、東野篤子氏、小谷哲男氏、鶴岡路人氏などなど、有益な分析や適切な捉え方を提供してくれる専門家を多用するテレビ局の選択は、今回良い点だと認めるところです。(マスメディア露出はなくともTwitter上で大活躍の村野将氏や奥山真司氏や篠田英朗氏や細谷雄一氏なども呼んでほしいところですが)
が、そんな中で、永遠の中二病的正義感で安定の沖縄タイムスに対して、スプートニクのフェイク・ニュースを堂々引用してロシア側に立つのが、琉球新報です。
JSFさんが備忘録をつけてくれています
https://twitter.com/i/events/1339258712767152128
ここは笑いどころなのかと思うも、もはや琉球新報は安定というより、痛覚欠如で他人の痛みもわからないソシオパス味が増していくばかりと言うべきか(いいぞその調子だ
投稿: 宜野湾より | 2022年3月19日 (土) 18時55分
遅くなりましたが、東北の被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
ウクライナ戦争はあまりに予定通りに事は進んでいますね。
ナポレオンの、ヒットラーの失敗を歴史に詳しいはずのプーチンがまた同じ失敗を重ねる。ロシアの国内は破綻寸前。情報統制でプーチンのプロパガンダに洗脳されている、一定の数はいるであろうロシア国民も何かおかしいと気が付くのに、もう少し時間がかかりそうです。
先見の明がある国民は、沈む船から逃げる様に国外に脱出。頼みの中国はアメリカの脅しで身動きが取れない。
ロシアにいい材料はありません。
ただ一つ、気がかりなのはゼレンスキー大統領の、命懸けの必死の訴えです。歯に衣を着せないゼレンスキーの性格ですから仕方がないのですが、デリケートな問題も含んでいますのでちょっと危ないなとは感じます。
投稿: karakuchi | 2022年3月19日 (土) 22時42分
泥沼地獄にハマリ込んでしまったのは、予定の二日間での制圧が出来なかったのはもちろん、キンペーさんが「同志プーチン、パラはともかくオリンピック期間中はウクライナ侵略はヤメてくれい!」と頼んだから侵攻開始が遅れた、というのがもっぱらのウワサです。プーチンは怒ってる、「キンペーの野郎が余計なこと言ってこなきゃ、上手くいってたんだ」
中共も、時と場合によっちゃあ台湾へ悪さを仕掛ける腹積もりでしたから、「おいおい同志プーチン、二日でキエフ陥落じゃなかったのかよ? そのつもりにさせておいて泥試合かよ、ガッカリだ!」と、怒ってると思いますわ。さらに、「お前らの都合を優先させてやったせいで、ヒドイ目にあってるんだぞ、解ってんのか!早く援助物資よこせ」とプーチンがヤイのヤイのせっつくもんだから、キンペーさんは負け組に入れられてたまるかと逃げてるところ。
なんにせよ、ロシアと中国がいがみ合うのは素晴らしいことですわ。
投稿: アホンダラ1号 | 2022年3月19日 (土) 23時14分
すいません、つい「送信」ボタンを押してしまいましたが、やっぱり本題をコメントしないと気が済みません。本題を書かせてもらいますわ。
管理人さんのご指摘のように、日本のメディアの程度の低さです。特に新聞・TVはコタツで記事作ってるだろ!とツッコミたくなり、イライラしますわ。コロナ騒ぎの「感染者数がぁー」に似たところがあり、本質に迫るという報道の役目を捨てて、「ロシア来たぁー、ウクライナ可哀そう、子供達ガー、平和は尊いんだぞ」を、海外からのパクリ(転載)記事で構成して繰り返しているだけですわ。商売してる民間マスゴミはもうダメなのは解りますが、電波を高額で押し売りしているあの局は許せません。
死ぬつもり(死ねとは言ってない)で、現地(周辺の安全地帯ではない)へ突撃かけんかい!それが報道のプロ(高いカネ取ってる)ではないのか!と思いますわ。海外メデイアのネタの写しなんて、今の時代には価値なんてありませんわ。
投稿: アホンダラ1号 | 2022年3月19日 (土) 23時47分
BBCやロイター等のオリジナルの配信を翻訳ソフトで読み易くなったのは大きいですね。
職場の若い子達は英語が苦手な子がほとんどですが、知りたい情報ならばリンク先が英文でも「うげー」とならずに飛んで翻訳ソフトでどんどん読んでいます。
コメント欄に上がっている活躍中の識者達が貼ってくれる分析レポート等は、決してロシア弱々一辺倒ではないシビアな見通しのものも多く、BBCなどの現地取材では冷静になりきれない部分を補完してくれています。
自衛隊OB(田母神さん除く)も今回どんどん具体的な分析を独自配信やBS出演で語られるようになり、軍人からの切り分けた視点でのコメントは重みがあると感じたり。
DEEP LやTwitter翻訳、字幕動画の精度がここまで上がってくると、お好みの外信に角度をつけてお料理してお抱え識者を添えて出すような日本のメディアの陳腐さが分かると言うか、その酷い考察が海外に翻訳されて読まれる機会がグッと増える訳で、自由にはまさに責任が伴う事を日本の言論界は肝に銘じてほしいです。
投稿: ふゆみ | 2022年3月20日 (日) 08時40分