• 20250121-022941
  • 20250121-025750
  • 20250119-145554
  • 20250119-142345
  • 20250119-142345_20250119150101
  • 20250119-150249
  • 20250119-152051
  • 20250117-013132
  • 20250117-015927
  • As20241225001545_comm

« ウクライナ侵略は「浄化作戦」だった | トップページ | ウクライナが止めた台湾武力侵攻 »

2022年4月 7日 (木)

やっぱり虐殺者はFSBだった

037_20220406145701

ブチャ大虐殺の実行者がわかってきました。
今回は事件直後だったために、生き証人が多数残っていました。
いや、残っているどころではありません。
ブチャの市民全員が、その目で自らや家族、友人、近隣者が撃たれ、拘束され、拷問を受ける体験をしているのです。
しかもロシア軍撤退直後に西側メディアが入っています。
言ってみば、ロシアは西側メディアの眼前で大虐殺をやってしまったに等しいことになります。
これは大きい。もう二度といままでのように藪の中にはさせないと、自由主義陣営が結束しました。

今回の事件で、必ずこういう意見が出てくると思っていたのが、あれは戦場ではよくあることなのだ、という超一般化です。
昨日も森永某が、ラジオでしたり顔でそう言っていましたが、なにを言っているのか。
まったく違います。
あれは戦場で間違って民間人を誤射したのではなく、選別と浄化のために計画的に虐殺したのです。しかも大量に。
したがって、ブチャ大虐殺は、どの国でも起きることではなく、浄化思想を持った指導者に率いられた全体主義国家の特定の機関が指導者の直接の命令でやったことなのです。

その特定の機関が判明しました。
彼らの正体は、FSB(ロシア連邦保安局)です。
FSBはたぶん下の写真のようにその標識のついた軍服を着ており、どこかで名乗っているのを住民に聞かれてしまったようです。

AFP(4月6日)のすぐれた報道です。
センテンスを区切りながら読んでいきます。
虐殺実行者は「残忍な」年配部隊 ブチャ住民が証言(AFP=時事)

【AFP=時事】ロシア軍がウクライナの首都キーウ近郊ブチャ(Bucha)を占領して2週間ほどたった頃、地元住民のオレナさん(43)は、事態の悪化を予感した。それまでいた兵士よりも横暴な年配の軍人たちが現れ、街を恐怖に陥れ始めたのだ。
彼らは私の目の前で、スーパーに食料品を買いに行こうとする男性を撃った」。(略)
 当初は若いロシア兵ばかりだったが、2週間後には40歳以上とみられる年配の兵士も加わった。「彼らは残忍で、皆を虐待した。その時から虐殺が始まった」
(AFP4月6日)

先にブチャを占領したのは若年の徴募兵部隊でしたが、2週間ほど後から入った「40歳以上の年齢層を中心にした別の軍服を着た部隊」はあきらかに先発の軍と違って異質でした。
彼らは年齢層だけではなく、到着するやいなや始めたのがいわゆる「浄化」活動だったからです。
これがロシアに抵抗する市民を摘発し、令状なしの逮捕・監禁・拷問を行い、裁判なしの処刑を行う「浄化部隊」です。

彼らは、先日紹介したハインリッヒ・ベル財団のセルゲイ・サムレニー氏がツイートした、このような内容と符号します。
ここでサムレニー氏がいう、「後から来た数千人の治安警察」こそがFSBです。

「ロシアは、ウクライナの降伏に続いて、3日以内にキーウを容易に奪取することを計画しました。-ロシア軍部隊の後には数千人のriot police(治安警察)が続いた。
ロシア軍は45,000個のボディバッグを購入し、mobile crematories(移動式火葬場)を持ち込んだ」
https://twitter.com/sumlenny/status/1510168073831165956

Fpfrlnnvkaq11mv

彼らは外国軍と戦う軍隊ではなく、訓練された虐殺者です。
おそらく
ロシア連邦保安庁特殊任務センター(ФСБ)です。
FSBと見られる兵士たちの戦闘服と、今までの兵士のそれがことなっていたという証言も出ています。

「(FSBとみられる)年配の兵士たちは良い装備を持ち、ロシアの標準的な軍服とは異なる黒と濃い緑色の服を着ていた。ロシア兵の中には「良い人」もいたが、特にロシア連邦保安局(FSB)の職員は「非常に荒っぽかった」
(AFP前掲)

 Russianfsbelitespecialforcemembersdresse

Russian-FSB--Special-Force

上の写真はFSBの特殊部隊で、下が一般の兵士の迷彩服です。

P0bs65bf
BBC

ちなみにこのふたりのロシア兵は、父親ぐらいの住民になにしに来た、と叱られているところです。
光線の加減もありますが、FSBのほうがコントラストが厳しいようにも見えますし、装備もまるで違い、そもそも彼らは「プロ」です。
虐殺専門部隊は装備もよく、訓練も行き届いており、そして残忍でした。

常識的に言って、いかに外国軍であろうとも軍事占領した地域の住民を大量虐殺するなどありえません。
なぜなら住民の強い憎悪を買ってしまって、占領維持が困難になるからです。
むしろ占領軍は、治安維持をしつつ住民を慰撫しようとします。

その上、ロシア兵といっても民間人を殺戮する訓練など受けていないはずです。
このような平穏の街の住民を無差別に捉えて尋問し、拘束し処刑するなど、徴募されてまもない一般兵に簡単にできることではありません。
つい最近まで平和なロシアの家庭にいた青年が、一夜にして市民の頭を後ろから撃ち抜くまねはできないものなのです。
そのことからも、「先に来た部隊」と「2週間たってから来た部隊」は別の集団だったと推測できます

この「先に来た部隊」は、ウクライナ政府によって第64自動車化狙撃旅団の1600人と判明しています。
現在この部隊はベラルーシにおり、補給と補充を受けて再編中です。
そののちに、再び劇戦地である北東部ハルキウに送られると見られています。
彼らはウクライナ当局に執拗に追跡されていて、現在いる場所もわかっています。

「この部隊はブチャからいったん隣国ベラルーシに移動していたが、再びウクライナ国内に投入されるとの情報があるという。 情報総局のSNSによると、この部隊は「第64自動車化狙撃旅団」で、4日の時点ではベラルーシ領内にいたとみられる。6日まではロシア領内で休暇を過ごし、その後はウクライナ北東部ハルキウ周辺に送られる計画があるという」(朝日4月6日)

通常、前線帰りの部隊はそのまま後方に下げて休暇を与えて予備軍扱いとしますが、どうやらロシア軍司令部は再投入する気のようです。
しかも激戦地のハルキウですから、第64旅団をすり潰す気でいるようです。

ウクライナ国防省情報機関は、「虐殺者が帰ってくる」と警告を発して、こう述べています。

「このようなスケジュールは、第64旅団に「特別な任務」が期待されていることを示しています。
ブチャでジェノサイドの犯罪を犯した者たちは、他の都市でもこれを繰り返す可能性がある。
第64旅団をウクライナの領土に迅速に戻すことのもう1つの目標は、不必要な目撃者の迅速な「処分」である。
つまり、将来の法廷で証言することを不可能にするために彼らが生き続ける機会がない前線に移すことだ。
この部隊の隊員たちは、ブチャでのぎゃくさつの共犯者としての犯罪の責任を認識しており、ウクライナへの帰還に大いに反対しているはずだ。
しかし、ロシアの司令部はこれらの感情を無視し、戦闘を続けることを拒否した場合、彼らを軍法会議にかけると脅かしているのだろう」

死人に口なしということです。どこまて冷血なのか。

ところで彼らの評判はかならずしも悪いことばかりではなく、このような人間的な側面も見せていました。

「子どもに何を食べさせたらいいのかと兵士たちに尋ねに行くと、配給品や食料を持ってきてくれた。その兵士たちが、住民の移動を禁止したのはFSBで、とても暴力的な特殊部隊だと教えてくれた。ロシア人がロシア人のことをこんな風に言うなんて!」
(AFP前掲)   

そしてFSBによる恐怖政治が始まります。
おそらく一般兵は、住民の逮捕や死体の処理などの「雑用」を手伝ったことでしょう。
そのうち感覚の狂った者が現れ、道行く自転車の人を面白半分で撃ったりしはじめたのかもしれません。
同じ虐殺の現場に居合わせて、彼らの手がきれいなはずがないからです。

Y53yj54wrfg3w790x480

「水や食料の調達が許可されているのは女性だけで、男性は外出を禁じられていた。「近所の人が午後5時ごろ、ごみを出しに出た。男性2人と女性1人で、男性1人は従軍経験があった。その人たちは戻ってこなかった。この建物に住んでいる女性たちが中庭にまきを取りに行ったところ、その人たちの遺体を発見した。血まみれで地面に横たわり、銃弾の跡があった。オレナさんは、やってきたFSB職員に「なぜ立ち去らなかったのか?」と尋ねられると、「私は43年間ここに住み、平穏な生活を送ってきた。いまさらどこへ行けと?」と言い返した。するとFSB職員は、街にとどまったオレナさんらを「裏切り者」と呼び始めたという 」
(AFP前掲)  
 

_methode_times_prod_web_bin_5c2a65a6b425

タイムス

ここでFSBがブチャ住民に吐いた「裏切り者」という表現に注目してください。
これはプーチン本人の考え方です。
英紙タイムスは、プーチンはウクライナを征服することから絶滅戦争に切り換えたとして、こう述べています。
『プーチンは征服を望んでいたが、 今、それは絶滅だ』
https://www.thetimes.co.uk/article/fiona-hill-putin-war-aim-has-become-carnage-and-annihilation-gbpthv76n

「プーチン大統領は、ウクライナ人をモスクワに対する"裏切り者"と見なし、ウクライナを占領しようとする試みから"絶滅"に切り替えたと、元ホワイト・ハウス顧問は警告した。
侵略者が直面した激しい抵抗は驚きだったが、プーチンは、あらゆる不測の事態に備えるという冷戦の考え方に基づいて、単に彼の目的を調整しただけだと、ロシア大統領を20年間研究してきたイギリス生まれの外交専門家、フィオナ・ヒルは語った。
「彼は彼ら(ウクライナ人)を脅威として排除したがっている」とヒルは語った。「彼は捕獲から基本的に大虐殺と絶滅へと移行しつつある、と私は思う。脅威を取り除くというロシアの見解は、それを完全に粉砕することだ」(タイムス4月4日)

プーチンは核の使用の制限を緩和し、経済的危機や自身の地位の崩壊までその条件にしようとしているといわれています。
また3名の合意に基づいてコードをいれないと作動しない核兵器発射システムも、すでにプーチン以外の2名である国防大臣と参謀長はこの戦争が始まって消え失せて久しく、事実上彼ひとりがこの発射ボタンを独占している状況です。

BBCモスクワ特派員の スティーブ・ローゼンバークはこう述べています

「まず最初に、打ち明けておきたいことがある。私はもう何度も、「まさかプーチンがそんなことをするわけがない」と思ってきた。
「まさかクリミアを併合するなんて。そんなことするわけがない」。そう思ったが、併合した。
「まさかドンバスで戦争を始めるなんて。そんなことするわけがない」。始めた。
「ウクライナの全面侵攻なんてするわけがない」。侵攻した。
「するわけがない」というのは、ウラジーミル・プーチン氏には当てはまらない。そう結論するしかない。
だとすると、居心地の悪い疑問が浮かび上がる。
「まさか自分から先に、核のボタンを押すわけがない。どうかな?」
(BBC2月28日)
プーチン氏は核のボタンを押すのか BBCモスクワ特派員が考える - BBCニュース

私は追い詰められたプーチンが、キーウに対して小型戦術核を使用する可能性を捨てきれません。
私もこうも思っていました。
「まさかこの現代に、ましてや世界のメディアの注視の下で大虐殺なんかするわけない」
どうでしたか?
プーチンならやるのです。この男ならやれるのです。

 

Archangel_michael

ウクライナに平和と独立を

 

« ウクライナ侵略は「浄化作戦」だった | トップページ | ウクライナが止めた台湾武力侵攻 »

コメント

やはりチェチェン以来のプーチン直轄の凶悪部隊か。
しっかし、あんなに背中に目立つようにФСБって書いてあるのがなんかもう。。

 ロシア連邦保安局のしわざって事が明らかで、軍とはまた別の行政機関の犯行だという事。この点、非常に重要です。
すると、露側から見るとこのような虐殺は「処刑」だった、という事になります。
戦時中にも関わらず、もともと所持しない行政権を同時行使するなど、いかにプーチンがウクライナを舐めていたか。
今までの戦争犯罪の概念を越えたまがまがしさ、プーチンの作ったロシア的世界観に改めて恐怖を感じます。

プーチン思想では自身の意向にそぐわない者はすべてネオナチなので粛正しなけばいけないそうです。
だから大量虐殺も虐殺などではなく自身を守るための正当防衛。
プーチンの思考分析を勘違いして「ウクライナにも非がある」とか「両方とも悪い」とか主張されていた方はもはやここまでイカレた価値観の持ち主だとは思っていなかったでしょうが、そんな権力者は歴史上珍しくもない(というか現代にもいるし)ということを学んでいただきたいと切に願います。

今回の事態で西側各国はスベルバンクの資産凍結や外交官の国外退去などの措置をとってますが、日本の検討師首相はお気持ち表明だけで具体的な行動は今のところゼロ。
サハリン2はそんなに離したくない利権なんですかねぇ…

サハリン2は日本が撤退するとC国が入ってくるので、ギリギリまで我慢して残るという方針だとか。

ednakanoさんへ

政府はそういう方針で体裁を取っていますが
原発再稼働すればロシア方面からのガスに依存しなくてもエネルギー需給は十分にカバー出来ますし
首相のお膝元の広島ガスの購入先の50%がロシアっていうのは無関係なんですかねぇ…と思わずにはいられない今日この頃です。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ウクライナ侵略は「浄化作戦」だった | トップページ | ウクライナが止めた台湾武力侵攻 »