NATOの「東方拡大」がウクライナ戦争の原因だって?
賢人ルトワックが、ゼレンスキーがNATOに入らないと発言したことについて、こんなことを言っています。
「そもそもNATOに参加するという事は麻薬に手をだすようなもの、いわば実際に運動したり規則正しい食生活をおくるなどして身体の健康を守るのではなく、なにもせずに健康になれると錯覚するようなものだ。
もちろん、そんな錠剤を飲んだところで、健康になれるわけはない」
(エドワード・ルトワックhanada6月号)
ゼレンスキーは、NATOという見た目は頑強そのものの体つきをしている人物の私生活を見てしまったようなものです。
盟主のドイツは反戦少年から抜けきらない子どものような国で、開戦冒頭には枕5千個を平気で送りつけてキーウ市長に怒鳴りまくられると、われわれは戦争当事者には軍事物資を送れない決まりなのだとうそぶいていました。
そしてやっと緑の党(!)の突き上げで本格的武器援助が始まって、戦車や自走式対空砲を送る段になったのはいいものの、今度は保管庫の扉を開けてビックリ、大部分が保管状態が劣悪で使い物にならなかったという恥の上塗りです。
ルトワックは、プーチンが開戦に踏み切った理由のひとつに、このドイツのグニャグニャ体質を知り尽くしていたことを上げています。
彼らがシャッキリとしていて、ウクライナを守ることは「自由で開かれたヨーロッパ」を守ることだとわかっていれば、よもや上空を飛ぶ許可を求めた英国の支援物資を積んだ航空機の通過を拒否することなどしなかったでしょう。
イタリアはわずかな数の武器を送るのにてんやわんやで、実施するまで数カ月間かかっていました。
いまや最大の支援を送っていることは間違いないポーランドですら、ロシアの逆鱗に触れるのが恐ろしいばかりに、いったん米国が買い上げて、米国からの支援物資にしてくれと、マネロンならぬウェポン・ロンダリングを米国に依頼する始末です。
ことほど左様な状況のNATOを、「不能者の集まり」とルトワックは斬って捨てます。
そりゃそうでしょう。NATOなんぞに加盟していない国のほうがはるかにしっかりと自分の国を守っているのですから。
「たとえば、ポーランドを例にとると人口800万人で、兵力はたった11万人。一方フィンランドはNATO加盟国ではない。人口もわずか550万人にもかかわらず、徴兵制を維持して3万5千人近い常備軍を持っている。
同じく、NATOに加盟していないスイスやスウエーデンもそうだ。彼らも徴兵制を維持し、国防に極めて熱心だ。
日本がNATOに参加しなくてよかった理由がここにある。NATOに参加することはその国を眠らせてしまう麻薬を服用するようなものなのだ」
(ルトワック前掲)
つまり、NATOはガタイこそデカイが、その実態は自分一国では戦えない国のある種の互助会的組織にすぎず、しっかり自分の国を守る意志があればイスラエルやフィンランドのようになりなさいと、ゼレンスキーに勧めているわけです。
わが国も拳拳服膺すべきです。
NATOの会議に顔を出したことで、ブリンケンに褒められたくらいで喜ばないように。
わが国も、日米安保に守られた9条ワールドの中で眠りこけていたことは間違いないのですから。
ところで、こんなNATOがコワイ、こんな巨大な軍事同盟がわが国に着々と接近している、NATOは侵略を考えているにちがいない、と妄想を募らせていた男がいました。
いまや世界の敵とまで言われる、ウラジミール・プーチンです。
レンドリース法とNATO拡大がロシアを追い詰める? | オピニオンの「ビューポイント」 (vpoint.jp)
彼はウクライナ侵略の口実の筆頭に、この「NATOの東進」を上げ、このNATOの膨張の脅威からロシアを守るための「予防戦争」だったのだとまで言い始めています。
NATO批判者であるシカゴ大学の国際政治学者・ジョン・ミアシャイマーなどは、2014年にウクライナで起こった「マイダン革命」によって親欧米系の政権が樹立された後、ウクライナも対象にしたNATO東方拡大は、ロシアの強い反発を招くと論じました。
日本の親露派にいわせると、今のウクライナ政権は暴力で政権を倒したので、正統性が欠落した非民主的ネオナチ政権だと言っています。
たとえば篠原常一郎氏などは、こんなことを書いています。
「ロシアのウクライナに対する軍事侵攻(2月24日~)は、決してそれ単独、唐突に起きた事象ではない。1991年12月のソ連邦崩壊以前にまで遡る歴史的背景もあるが、直接的につらなる事情は2014年2月の「マイダン革命」やその後のウクライナ内戦の事態の継続から連鎖して起きたものだ。
特に「マイダン革命」のクーデターにより成立した現政権につらなる政治勢力が追放したヤヌコビッチ大統領の後任大統領を選ぶ前から「ロシア派」排除を打ち出したことが混乱の直接的要因として大きな比重を占める。
実際にウクライナ政権による国民の圧迫が東部と南部のウクライナでの騒乱につながり、ドネツクとルガンスク両州(いずれもロシア語話者住民が7~8割)がキエフ政権からの分離・独立を主張し、それぞれ「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を宣言して、ウクライナ政府軍の軍事攻撃への抵抗を開始し以後8年に渡る内戦が続いてきたことが、この度ロシアが「特別軍事作戦」と称してウクライナに対する軍事攻勢に踏み切る火種になった」
(篠原常一郎)
妙に事情通ぶった者や、反米好きな人にこういうことを言う人が多いようです。
こういったロシアの代弁者にかかると、なにもかもウクライナまでをNATOに入れようとした欧米の陰謀、それに対してやむをえず戦いに立ち上がったプーチンという「わかりやすい」構図になるようです。
ですから2014年にクリミアを併合されたのもウクライナが悪いから。
ウクライナ東部地域において分離独立勢力がロシアの傀儡国家を作り上げたのも、ネオナチのアゾフ連隊のせい。
それから続くウクライナ内戦も、キエフ合意を守らないウクライナのせい。
なにもかもすべてウクライナ自身の責任であり、その後ろでゼレンスキーらを操るNATOの陰謀があるからだ、ということになります。
これがロシアのプロパガンダですが、うちの国にもそっくり口真似をする輩が多くてイヤになります。
まとまった論説としては以下がありますので、お暇ならご覧下さい。
第一線専門家:NATOの拡張は紛争を招くと警告したのに、なぜ誰も耳を貸さなかったのか? 翻訳:池田こみち(環境総合研究所顧問) (eritokyo.jp)
このような主張をする人たちの多くが、「影の世界政府」(DS)を信じるような(あまりこういう表現は使いたくないのですが)陰謀論者らであることは偶然ではないような気がします。
論理的に事実を組み合わせていくのではなく、まず先に結論があってそれに自分の都合いい事実のピースをはめ込んでいってしまうという陰謀論の手法は、このウクライナ戦争でも登場したわけです。
しかもそれが一般人ならまだしも、ロシアの指導者ですから始末が悪い。
では、ほんとうにそうでしょうか?
たしかに冷戦終了以降のNATOの拡大は、EUの拡大と共に進行しました。
なるほど、いまだにソ連時代と本質的には変わらない全体主義国家であり続けるロシアにとって、それは「脅威」であることは確かでしょう。
民主主義の拡大は全体主義には脅威そのもので、だから長い国境線を持つウクライナが緩衝地帯になるべきだ、と勝手にそう思ったのです。
勝手に隣の主権国家を緩衝帯にみたてるなよ、と思いますが、ならば正直に我々ロシアの国柄を守るとだけ言っておけばいいものを、それをコネくり回して米帝国主義が勢力拡大を図っているのだ、これは帝国主義が攻めて来るとまで妄想を育て上げてしまうから困ります。
事実はどうでしょうか。
NATOはそもそもそんなご大層なもんじゃありません。
国際政治学者の篠田英朗氏はこう述べています。
「事実は日本で陰謀論めいた主張をしている人々の中には、かなり真面目にNATO東方拡大はアメリカの勢力圏の帝国主義的な拡張のことであると信じているかのような人々がいる。だが、NATO東方拡大は、むしろ状況対応的な受け身の性格を持つ。それは、冷戦終焉を引き起こした現象、つまり東欧諸国における共産主義政権の崩壊という現象に対応した措置であった。
冷戦時代にNATOと対峙していた旧「ワルシャワ条約機構」を形成していた東欧諸国は、今は全てNATO加盟国になっている。それはアメリカの帝国主義的野心が強かったからではなく、東欧諸国の希望が強かったため発生したことだ。東欧諸国で共産主義政権が次々と崩壊し、遂にはソ連も消滅してしまってワルシャワ条約機構も消滅してしまった後、東欧地域は、いわゆる「力の空白」の状態に陥った。この東欧の「力の空白」を埋めるという作業を、NATOが行った。悩んだ後に、そうせざるをえないと判断して、行った」
「『NATO東方拡大」とは何か』
「NATO東方拡大」とは何か(前編) | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)
私もこれが実相だと思います。NATOは攻めるための同盟ではなく守りの組織なのです、
東西冷戦が終了し、かつてソ連の衛星国だったワルシャワ条約加盟国とソ連の一共和国にされていたウクライナ、ジョージアなどは念願の独立を果たしたのですが、はたと困ったことに気がつきました。
我々かつてソ連の下回りをやらされてきた国を、ロシアが取り戻しにきやしまいか、彼らは核を持っているので、脅しあげられたら手もなく負けてしまう、どうしよう、そうだかつての敵陣営のNATOがあるじゃないか、というわけでドドっとNATOの扉を叩いた結果が、この「NATO東進」なのです。
ありていにいえば、ロシアの核の傘から米英仏の核の傘に乗り換えたのです。
このことによって、中欧東欧に一時的に生じた「力の真空」は満たされて、新しいパワーバランスが誕生しました。
「こうした歴史的経緯をふまえれば、冷戦終焉に伴うワルシャワ条約機構の消滅によって放り出された東欧全域における「力の空白」は、ヨーロッパの安全保障システムにとって、大問題であった。
ロシアはもはやソ連のような帝国ではない。そもそも東欧のどの国もロシアを盟主とする地域安全保障体制に何の魅力も感じていない。そうだとすれば、「力の空白」は、NATOの拡大によって埋めるしかないのではないか。
1990年代を通じて、欧米諸国では激論が繰り広げられ続けたが、最終的には、「力の空白はNATOが埋めるしかない」という結論が勝り、1999年からNATOの東方拡大が開始されることになった」
(篠田前掲)
このNATOがロシアにとってもが無害な組織だということは、ロシア軍部もわかっていたようです。
全ロシア将校協会が「プーチン辞任」を要求…! キエフ制圧でも戦略的敗北は避けられない(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
「イヴァショフは、プーチンが強調している「外からの脅威」を否定しない。しかし、それは、ロシアの生存を脅かすほどではないとしている。
〈 全体として、戦略的安定性は維持されており、核兵器は安全に管理されており、NATO軍は増強しておらず、脅迫的な活動をしていない 〉
では、プーチンが「ウクライナをNATOに加盟させない法的保証をしろ」と要求している件について、イヴァショフはどう考えているのか?
彼は、「ソ連崩壊の結果ウクライナは独立国になり、国連加盟国になった。そして、国連憲章51条によって、個別的自衛権、集団的自衛権を有する。つまり、ウクライナにはNATOに加盟する権利があるのだ」と、至極真っ当な主張をしている」
(北野幸伯 2月16日JBプレス)
北野氏はプーチンを見習えと言い続けてきた人ですが、彼をしてもプーチンがいうNATO東進が戦争の原因だとは思えないようです。
改めて、ロシアの戦争目標を上げてみましょう。
●ロシアの要求
①NATOの東進の放棄
②加盟国への外国軍の展開阻止
③ウクライナのNATO加盟断念
④ミンスクⅡ合意の確認
すべてが屁理屈です。
①は要求自体がヘンで、「東進した」のではなく「結果としてそうなってしまった」が正解です。
イヴァショフ元上級大将も言っているように、NATOは国数こそ倍近くに増えたものの、「ロシアの生存を脅かすほどではなく、戦略的安定性は維持されており、核兵器は安全に管理されており、増強されておらず、脅迫的な活動もしていない」のが真実ですから、ただの被害妄想です。
そもそもNATO東進は、NATOの意志ではなく、非加盟諸国がぜひ加盟させて欲しいといっているのですから、放棄するもしないもありません。
フィンランド、ノルウエイ、スウエーデンなどが、加盟の道を選択したのは、他ならぬプーチンがほんとうに戦争を始めて、ウクライナで虐殺と破壊の限りを尽くしているのを直に見てしまったからです。
結果と原因を取り違えています。自らの悪行が招いた結果を逆恨みするんじゃない。
また百歩譲っても、加盟は各主権国家の決定なので、ロシアがとやかく口ばしをつっこむのはお門違いです。
逆にたとえばベラルーシが「ユーラシア共同体」に加盟してはならない、などと西側からいわれたら、プーチンがどんな顔をするか見てみたいものです。
したがって、主権国家として「国連憲章51条によって、個別的自衛権、集団的自衛権を有する。つまり、ウクライナにはNATOに加盟する権利がある」のは自明であって、それを加盟させるさせないとイチャモンをつけるばかりか、侵略するなどはあってはならないことでした。
冷戦が存在するまで、NATOは世界で唯一機能する集団安保体制を維持してきました。
本来国連がするべき集団安保体制を堅持して戦争をさせなかったのは、大きな功績でした。
しかし冷戦が終了して30年。NATOは敵なき軍事同盟となった時期が長期間続きました。
すみやかに加盟国の多くは「平和の分け前」を頬張って、惰弱に流れてしまいました。
そしてドイツに典型のように、仮想敵国のロシアの原油に全面依存してしまう有り様です。
これでは「東進の脅威」もなにもアッタもんじゃありません。
NATOというぬるま湯に首まで浸った集合体と化してしまったのです。まさにルトワックがいう「麻薬」です。
それに喝を入れたのがウクライナだったわけですが、皮肉にも当のウクライナからは見限られてしまったようです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2022/02/post-89d84f.html
ウクライナに平和と独立を
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プーチンはソ連時代のゴリゴリのKGBだから「脅威」に見えるんでしょうねえ。もう常に猜疑心ありきで考える。合理性など全くありません。
そして金と欲に塗れた独裁体制が堅固になってから長いので、周りはイエスマンしかいない。なんなら元側近でさえ文字通り粛清する。なんでもありです。
投稿: 山形 | 2022年4月29日 (金) 06時28分
今日の内容は特に重要です。
久しくご無沙汰だったNATO脅威論の復活は、侵略を正当化するためのプーチン流の詭弁の一種に過ぎません。
これまでのNATOには、テロ対応くらいしか能力は有りませんでした。以前マクロンが「NATOは脳死状態」と言ったのも、この意味です。
第一、プーチン自身がNATO脅威論を言い始めたのは2014年以降の事です。
最近になってミヤシャイマーが同じような事を言ってますが、あの論考には複数の誤謬が有ります。いまさらロシアを対中包囲網に参加させるなどと考える方がおかしいし、そもそも中共の後ろ盾がなければ、プーチンのウクライナへの侵略はなかったのです。
バイデンはへぼですが、バイデン政権は正しく状況を把握してます。
決してウクライナ戦争に参加しないし、この状況でも最大の脅威として「中国」を名指ししています。
一部保守派はリアリストを気取りますが、同時にニヒリズムに陥ってしまい、結果としてプーチンの「力による現状変更」を是認する態度を示します。
けれど、どのみちプーチンのロシアには未来はないし、ロシアは決してこの戦争には勝てません。問題の中心を明らかにした事で、アメリカにはウクライナに敗戦させる気はなくなったと見てよいでしょう。
ジョンソンのインタビューをみても、核の脅しにさえ易々とのる事もないでしょう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年4月29日 (金) 09時33分
2022年今日の我が国で、地上波番組における掃き溜めの鶴として、有意義なBS番組の論客として、メディアへの寄稿やTwitter、ウェビナーやYouTubeチャンネルでの積極的発信者として、専門家諸氏がいてくれて本当に良かった、その専門家方を陰に陽に支える池内恵氏のような方々もいて本当に良かった、と毎日思います。
陰謀論の虜になるのもまたその人の自由ですが、ウクライナのこれまでの歴史やNATOの辿っている経緯についてこれまでに出ている話で、ロシアの侵略を正当としていい、或いは仕方ないと認めていい理由になるものは、やっぱりいまだひとつもないですね。
ロシアが侵略しなければよかった話であり、ロシアが退けばいい話であることに、些かも変わりはありません。
プーチンが国際法違反の侵略を行う理由が実質、「俺が嫌だと思うことは総てロシアの生存を脅かす行為と見なすから」なので、プーチンのお気持ちに万事寄り添って生きる選択をしない限り、理不尽な事態を跳ね返す準備をして生きていくしかございませぬ。
もとから自分で守り抜く意志を持って徴兵制を維持し強力な軍隊を持つフィンランドとスウェーデンがNATOに加わることで、格段に上がるNATOの戦力と意識、バルト海を囲む国全てがNATO加盟国になることの意味はもの凄く大きいです。
ぜーんぶプーチン・ロシアの有様が起こしたこと。
投稿: 宜野湾より | 2022年4月29日 (金) 18時55分