山路敬介氏寄稿 ウクライナ戦争の本質は「民主主義VS専制主義」その2
ウクライナ戦争の本質は「民主主義VS専制主義」その2
~戦後を左右する世論 あやうい認識はプーチンを利するだけ
山路 敬介
承前
一方、インドと同じ理由でロシアの破産を防ぎたいトルコは、有用なドローン供給をウクライナへ行なっていたにも関わらず、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟には反対する意向です。(トルコ大統領、北欧2カ国のNATO加盟に否定的 - 5/13産経ニュース) 内実は条件闘争なのでしょうが、エルドアンは「北欧諸国はテロリスト集団のゲストハウスのようなもの」と述べるなど、直接的にはクルド人問題を指しているにせよ、彼の価値観は馬淵睦夫氏など一部保守論客が言う「「伝統的な価値観と現代民主主義」は相入れない」とする傾向に合致します。
私たちはいわゆる「民主革命」だの、デモ活動だのの「裏の顔」にはウンザリしています。我が国にも選挙が近くなると「一人ハンガーストライキ」などするヒマな院生もあるようで、そうした行為はその主張とは別に特定政党による政治活動の延長線上にある場合が一般的です。ロシアや中国などの愛国主義が真に個々人のものではなく、「主持ちのイデオロギー」である事と同じようなものです。本当の「主権者の意思」がどこにあるか、我々は常に疑ってかかる必要があるケースが多すぎます。
しかし、武器を持たないそれらを「テロリスト活動」とは呼ばないし、それに対する武力を背景とした対処方法は「弾圧」です。まして、ブチャの惨劇を「CGによる加工映像」と言うほどに事実認識を逆転させ、ウソと誤謬に満ちた詐欺論法で破綻した前時代的な世界観を渇欲するプーチンに与する論者はもはや「保守」とは呼べないと思います。
最近つらつら思うに、馬淵氏やチャンネル桜の考え方は「保守」ではなく、民族主義者なのではないでしょうか。
グローバリズムの弊害を鳴らすのはいいし、日本人が忘れているナショナリズムの穏やかな復権も大切です。ポリコレなど行き過ぎた人権主義を諫める言説にも納得できます。
でも、民族主義は西側諸国との乖離を招くし、何より「絶対平和主義」と同じく戦後のハレーションで誕生した薄っぺらさを感じます。
ただ、最近のミアシャイマーやエマニュエル・トッドなどの論考に力を得た識者もいて、その辺りの誤謬を言っておく事がもっとも大切だと考え、本稿の目的とする事にしました。
• ミアシャイマー論考の間違いと地政学・リアリズムの限界
近年、静かなブームになった地政学の分野は日本では奥山真司氏が嚆矢ですが、特に保守的な人たちに受け入れられて来ました。かつてのナチスが応用深化させて来たために、学問として戦後はあまり重視されてこなかった分野です。
地政学はこれまでの歴史であった事柄を説明するには有用・便利な概念で、リアリズムは軍事問題を理解するには欠かす事の出来ない考え方です。
しかし、ミアシャイマーの理論(世界的な米国際政治学者・ジョン・ミアシャイマー「ウクライナ戦争を起こした責任はアメリカにある!」【日本語字幕付き】 - YouTube )は、核を持つ大国(米・中・露)だけが決定権を持つ世界観に没入していて、最終的には「とにかく、(仮に)プーチンがどんなに狂っていても従わなければいけない」という論建てであり、国際法も国際秩序も一切必要とされないアナーキーな世界観です。批判に対しては「いや、それがリアリズムだ」と開き直って言わんばかり。これはもう一種のニヒリズムです。
しかし、これが中・露の論理そのままである事に、なぜミアシャイマー理論の支持者たちは気づけないのか不思議です。ようは「これまでの米国こそが、力の論理でやって来たのではないか?」というつもりなのでしょう。
プーチンを信頼するミアシャイマーの解決策は「東部二州とクリミアをプーチンに無条件で献上する事」だそうですが、それで収まろうハズがないプーチンの悪意をゼレンスキーはじめ欧米首脳陣はとっくに認識済みです。
ここのブログでは早くから「ミンクス合意」に着目していて、その事の評価がまるでないのもミアシャイマーの特徴です。この事は重要なので後に述べます。
実際のところ、西側諸国がやろうとしている現実はミアシャイマーよりも三周先に進んでいて、プーチンが例えばどんなに狂っていても「いかに「核の打ち合い」を回避しながら、民主主義を守るか?」を賭して闘っているものです。
ここで、まさにミアシャイマー的世界観に淫する力の信奉者、「プーチンのロシア」に絶対に負けるワケにはいかないのです。
ミヤシャイマーの訳書もある弟子筋の奥山真司氏が何を言うか楽しみでしたが、やんわりとですが、さすがに的確にミヤシャイマー論考の問題点を明らかにしています。
ミアシャイマーの“悲劇”…なぜロシアや陰謀論者たちに付け込まれてしまったのか? – SAKISIRU(サキシル)
地政学やリアリズムは公式が単純で理解しやすく、手早く答えを得たい保守の人々には喰いつき易いのですが、欠点はそこかしこにあります。
特に現代の戦争がハイブリット戦に変わっている事を念頭に入れていない点が致命的です。せいぜい歴史観や軍事的なパワーの観点からのみ論じ、政治・外交・経済・金融・世論・宣伝・情報などの諸領域が与える影響力を無視する事で、ミアシャイマー的誤謬が生じる余地があります。
また、根本問題を米・中・露の三者にしぼるバランス・オブ・パワーからの考え方からでしか着想出来ないのがガンで、それだとロシアに対立する立場の「米国に原因あり」という答えにしかなりようがありません。さらに、どんな状況下であっても「中・露が悪い事をするのは常に米国のせい」という自家撞着におちいってしまうのが必然です。
結果、無数にある事実群から、その為にする事実をくまなく探して根拠らしきもの(たとえば「NATO東進原因説」など)として据えてしまったりもします。すると、悪意に満ちたプーチンに譲歩すべきなのは、常に米国や民主主義国側という事になるしかありません。
ミアシャイマー論考での「米・中・露の勢力圏認識」は常にFIXされていて、未来永劫変わる事はありません。しかし、ロシアってのはどうでしょう? そもそもの前提として、すでに三大勢力圏として認識されるべき有力国では全然ありません。習近平もビックリの、通常軍事力の脆弱さも露呈しました。2000年代には原油高の為に多少良かった時期もありますが、ソ連崩壊後一貫して国力は下落の一途を辿っています。
国土こそ広いもののガタガタの経済は中国に国中蝕まれ、人口三分の一の韓国以下の経済力しか持ち得ません。
そう言うと、「核の問題を無視しているのでは?」との疑念がわく向きもあるかも知れません。しかし、「持っていても、撃てない」状況を作り出す事は可能だし、運用規律を厳しく制限する作業を常に怠らなかった日本を含めた欧米諸国の努力をミアシャイマーは無視しています。
バイデンは最初から「参戦しない」と表明し、飛行禁止区域の設定にも反対、戦闘機の提供、モスクワまで届く攻撃性ミサイルの提供をも拒んでいます。この事実はロシアが核を使う理由を失効させるものです。
ウクライナが好戦況を作り出すなかで、ロシアの戦争指導者のうち核を司る「五人の手」の誰かが反対すれば、それでプーチンの権威は地に落ち、指導者としての地位は失効します。そのようなリスクをプーチンが取れるかどうか。
また、小型戦術核を用いる可能性はどうか。
この可能性について、小野寺五典元防衛相は櫻井よしこ氏の番組で直接答えていません。
「もし、核で反撃するとなると、バイデン政権は日本はじめ西側諸国に同意を求めてくる事になる」とし、暗に「核報復はない」と言ったものと見て取れます。
ウクライナは核を持ったロシアと戦っており、ロシアの核を恐れる様子はありません。
ですが、ゼレンスキーは一部側近のいう「クリミアまで取り戻す」といった言葉とは違い、「2・24侵攻前までの状態に戻す事で勝利とする」と宣言しています。
もちろん「そこまでやらなくても衰退したプーチン後のロシアを相手に、時間をかけて外交で取り戻す事が可能」との判断でしょうが、同時にプーチンへのメッセージでもあります。このような状態のなか、プーチンは増々核を用いる機会を失していると確信出来ます。
もし使ったら、核の先制使用を禁じる中国の「ロシアからの離反」に最高の口実を設ける事にもなるでしょう。
(続く)
AFP
ウクライナに平和と独立を
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山路さん寄稿記事、まだ2回目ですが、全文納得です。
また明日、明後日の記事投稿、楽しみにしています。
投稿: やもり | 2022年5月25日 (水) 07時49分
この大国視点による戦略論は一種の人間悲観的なものではありましたが、現実では今のところそれを越える展開を見せています。
ただこれによってミヤシャイマー論が完全に否定されるものでなく開戦に至る過程を考える上ではとても参考になる考え方だと今でも思っています。
現在進行形で少しマズイ事になっているのはかつての植民地時代からのわだかまりをいまだに引きずっている途上国を中心とした反欧米の層にプーチンは悪くないプロパガンダが広まりを見せている事です。
どちらにも共通する事が自分の信じたい答え(反欧米)を導き出すために情報をつまみ食いし一番大事な事(他国からの主権侵害)ですら無視するという姿勢です。
さらにタチが悪いのは途上国側には
「かつて人権を目茶苦茶にしてた張本人らが何をきれい事を」「こっちの紛争にはなんの肩入れもしないくせに」「ウチの紛争は欧米に介入されて目茶苦茶にされた」
等々わからないでもない言い分があるうえに、この紛争によるエネルギー&食料難の影響をモロに受けるのではないかという不安感もあるので突け入れられる隙は充分過ぎるほどにあります。
それらの不満が欧米にも波及し反ロシアでまとまっていた流れが大きく変化する可能性もでてきています。
一番の特効薬はエネルギー&食料難の不安を取り除く事だと思いますが、プロパガンダに圧されてグダグダになるのか現実的なエネルギー&食料政策への転換でなんとか解決に至るのか…
人類の英知が試されている時だと感じています。
投稿: しゅりんちゅ | 2022年5月25日 (水) 11時59分
丁寧かつちょっと難しい記事になってますけど、ほぼ「んだよなー!」です。
むしろ国内で「保守」の論客と言われるような人々がフルイにかけられてますね。
投稿: 山形 | 2022年5月25日 (水) 14時07分