プーチンの核戦争、4つのシナリオ
まずドネツク戦線の現状からいきましょう。
ウクライナ軍がハルキウとイジュームでロシア軍を完全に押し込んでおり、侵略軍は後退を余儀なくされたようです。
「米国防総省高官は2日、記者団に対し、ウクライナ軍が第2の都市、東部ハリコフの約40キロ東方にロシア軍を後退させたとの分析を明らかにした。
ロシア軍の後退について、米国防総省高官はウクライナ軍の「激しい抵抗」の結果だと強調。ロシア軍はハリコフを掌握したいはずだが、それを困難にしていると指摘した。
同高官によると、東部ドンバス地域(ドネツク州とルガンスク州)では一進一退の攻防が続き、ここ数日でロシア軍の前進はほとんど見られない」
(産経5月3日)
【フォト特集】「激しい抵抗」 露軍、ハリコフから40キロ後退と米国防総省高官 - 産経ニュース (sankei.com) 。
ウクライナ軍は、ドローンを使って正確な弾着観測をした後にNATO諸国から提供のあった新型火砲で精密な砲撃を加えており、ロシア軍はガードを固めることすらできず、ハリキウ(ハリコフ)の包囲を放棄し、40キロも後退したようです。
今まで温存されてきたウクライナ砲兵の能力は極めて高いようで、さらに戦車部隊も加わったかもしれません
ウクライナ軍は、いままでの防御戦闘から乾坤一擲の総力戦に出たようです。
イジューム(下地図右側のロシア国旗の上から二番目)が奪還されると、ロシア軍に勝機はなくなります。
英国ウォレス国防相は、このように述べています。
「どのような戦闘部隊でも攻勢限界は何れやってくる問題で、キーウ方面のように攻勢が崩壊すればあっという間に泥沼から敗走に切り替わり、ロシア軍全体が崩壊する可能性もある」
(英タイムス5月5日)
ロシアの将軍たちは、プーチンの粛清を避けるためにお互いに向き合っている、とベン・ウォレスは言う|ニュース|タイムズ (thetimes.co.uk)
ロシア軍はキーウやマリウポリ包囲軍を東部戦線に移動させて勢力を増強させるなんて言っていましたが、元自衛隊の陸将らにいわせると下策の極みだそうです。
いったん負け戦が骨身に染みついた弱兵などが戦列に加わると、かえってそこから戦線が崩壊してしまうそうで逆効果です。
この連中は市民虐殺、レイプ、略奪などにまで手を染めていたクズ共ですから、司令部は生き証人を消すために磨り潰すつもりなのかもしれません。。
https://cd-pf.s3.amazonaws.com/yelab/photo/f26c26e2-80ea-4e5a-ac9d-af2bcad64b7c.png
未確認ですが、黒海でネプチューンによってフリゲート艦「アドミラル・マカロフ」が攻撃されて、大破したようです。
これはロシア海軍ご自慢のスティルス・フリゲートでしたので、ロシアのショックはハンパではないでしょう。
更新:ロシア海軍軍艦アドミラル・マカロフ「ウクライナのミサイル攻撃後に発砲中」 - ユーロウィークリーニュース (euroweeklynews.com)
炎上沈没という情報もあるので、これが真実ならプーチンにとって「モスクワ」撃沈に並ぶ大打撃です。
とまれ、これで黒海艦隊は安穏とオデーサに近づくことすらできなくなりつつあります。
おそらくこの海域には、米軍のRQ-4グローバルホークが偵察飛行しているはずですので、ロシア艦隊の動向は逐一ウクライナに筒抜けのはずでした。
同じようにポーランド上空には米軍のAWACSが飛行して、ロシア軍の情報をウクライナに伝えているとみられています。
完全に情報戦でロシアは惨敗しているのですが、それをなめて沿岸に不用意に近づくから沈められてしまいます。
ロシア海軍の黒海の制海権は消滅寸前で、日本近海で対潜水艦ミサイルなどぶっ放してイキがっている場合ではありません。
ほんとうは太平洋艦隊を黒海に送り込みたいところでしょうが、あいにく黒海は入口のボスポラス海峡がトルコによって閉められているので不可能です。
このようにプーチンにとって暗黒の「戦勝記念日」になりそうな気配です。
悪神よ、去れ!
さて本日のテーマですが、仮に窮地に陥ったプーチンが核を使うことを決断した場合、どのようなシナリオがあるでしょうか。
小泉悠氏が、いくつかのシナリオを提示していますので、参考にしつつ整理していきます。
私は、プーチンの精神状況のレベルで考えてみたいと思います。
・シナリオ1・最悪ケース。完全に狂気にかられている状態。
・シナリオ2・中程度のケース。半ば狂っているが、完全に狂気とはいいがたい中間の状態。
・シナリオ3・理性が残されており、幕僚のアドバイスをきくことができるていどの状態。
まずシナリオ1の最悪ケースから考えてみましょう。
この場合、プーンチンはもはや自らが滅ぶくらいなら世界を道連れにすると思い定めています。
ですから、自分を追い詰めた張本人だと信じているNATOに「電光石火の一撃」を浴びせねば済まないと思っています。
イっちゃっていますから、合理的思考の枠から大きく逸れています。
これは権力内部に有力な反対派がいない場合に起きる、孤立型独裁者特有の思考回路です。
独裁者は自分の権力の延命と世界の破滅を同一視しやすいものですが、特に孤立した大国の独裁者は危険です。
たとえば北朝鮮の正恩もこのような衝動に駆られ易いタイプですが、しょせん最貧国なので限界があります。
同じ独裁者でも、元来集団指導体制をとっていた中国で、習近平がそのようなことに走ろうとすれば反対派か長老に暗殺されます。
一方プーチンはすべての権力を自分に集中してしまったために、権力内に反対派を持ちません。
したがって、彼がコントロール不能の狂気に陥った場合、果たしてはがい締めしてでも止める人物が現れるかどうかはなはだ不明です。
先程あげたウォレス英国防大臣はこうも言っています。
「側近の中でプーチンにウクライナ占領計画を中止するよう進言したものは誰もいない」
(英タイムス前掲)
この最悪のケースの場合、講和のためテーブルにゼレンスキーを座らせることを強制する「平和のための一撃」という美辞麗句で飾って、NATO加盟国を狙うかもしれません。
小泉氏はNATO諸国への核攻撃はシナリオからはずしています。
深刻な狂気であると想定した場合、NATO主要国を狙うでしょうが、確実に核の反撃をうけるうえに、軍事介入につながってしまいますから、そこまで重度ではないという条件で考えてみます。
この場合、もっとも危険な国はポーランドです。
旧ソ連圏でありながら、今は「NATOの手先」になっているボーランドほど憎い国はありません。
首都ワルシャワを狙うか、あるいはウクライナへの支援の拠点となっている地域の都市を狙うでしょう。
たとえば東部のジェシュフです。
ウクライナまで70キロ、迎撃ミサイル並ぶ補給拠点…ポーランド市民に不安の声も : 国際 : ニュース : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
「国境から約70キロ・メートルのジェシュフは、ウクライナ向けの重要な補給拠点だ。地元報道などによると、軍の輸送機が頻繁に着陸し、トラックに装備を積み替え、ウクライナに向かう。ジェシュフ近郊では2月中旬以降、米国が派遣した欧州への増派部隊約2000人の大半が駐留しており、街中でも至るところで米兵の姿を見かける。
人道支援物資もここを経由する。国際機関や支援団体が臨時事務所を置き、各国もウクライナ西部リビウから移転した臨時大使館を構える」
(読売3月28日)
ただしここは米兵が駐屯し、防空網が緊密に張られていますからここを標的にするかは微妙です。
いくらなんでも主要国を狙うほど狂っていないことを祈ります。
小泉氏は、ウクライナの都市への核攻撃を想定しています。
ウクライナの継戦能力を絶つためには、①人口密集、②工業地帯、③軍事拠点、という三つの条件が揃わねばなりません。
広島、長崎には、それに加えて一方が海に開けた山に囲まれた都市であり、最大に原爆の効果を高めることができるという地形的条件が揃っていました。
ロシア軍が南部拠点ヘルソン制圧、軍政表明で占領視野か…ウクライナ侵攻から1週間 : 国際 : ニュース : 読売新聞オンライン
ウクライナでこの条件にあう都市は、マリウポリか、ハルキウ(ハリコフ)、あるいは支援物資の集積所があるリビウなどです。
キーウ、オデーサ(オデッサ)も条件に合いますが、古都を破壊し尽くすことができるかです。
使用されると見られる投射手段は、小型低出力の核弾頭を搭載した巡航ミサイルです。
巡航ミサイルを発射するロシア空軍Tu-95爆撃機
爆弾に「パリのために」と書き込み出撃 ロシア爆撃機 - 読んで見フォト - 産経フォト (sankei.com)
弾道ミサイルを使うと、西側都市への先制攻撃だと思われて反撃され、全面核戦争に発展しかねないからです。
小型核とはいえ、広島、長崎と同程度の被害が生じて、数十万人の死者が生まれます。
シナリオ2の、まだ多少正気が残っている場合も考えてみます。
ロシア軍には、実は核兵器をこのように使うことは想定されてはいませんでした。
「数年ごとに改定されるロシア軍の「軍事ドクトリン」を見ても(最後の改定は2014年)、限定的核使用の基準についての明確な記述は一切出てきません。
2020年に公表された「核抑止の分野における国家政策の基礎」でも、エスカレーション抑止についての記述はあるものの、「一般論としてはあり得るが、我が国がやるかどうかは回答を差し控える」と、お役人の答弁みたいな文章が書かれている。
こうした背景から、エスカレーション抑止は概念としては存在していても、ロシアの公式の核戦略として採用されていないのではないかと、多くの専門家は懐疑的に見ていました。あるいは限定核使用をちらつかせることで、欧米の恐怖をあおるだけの心理戦なのではないか、と考えられていたのです」
(小泉悠 『徹底分析 プーチンの軍事戦略』 月刊文春5月号)
しかしロシア軍は、ソ連からの伝統で悪い意味でのシビリアンコントロールの軍隊です。
ソ連時代は、ソ連共産党が絶対であり、今はプーチンが絶対なのです。
軍部は核戦争になりかねない恐ろしさを十分にわかっているはずですから、核兵器を弄ぶことには内心強い忌避感を持っているはずです。
どうしてもとプーチンから命ぜられれば、政治的威嚇手段として使う方法を選ぶでしょう。
警告としてウクライナ近海か、無人地帯に原爆を投下して、戦意を削ごうするかもしれません。
シナリオ3として、もっとも正気が残っている場合は、軍部は核ミサイルを成層圏にまで打ち上げて核爆発を起こす電磁パルス攻撃(EMP)を提示するかもしれません。
電磁パルス攻撃:広範インフラ防護急務 技術・財政に課題 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
ただし、これが成功する確率は低いと米軍は見ており、そもそもこのような間接的攻撃はプーチンの好みではありません。
プーチンはもっとどぎつい、むき出しの暴力で叩きのめすのが彼の流儀ですから、説得に応じるかどうかはわかりません。
では、いずれのシナリオにせよ、ロシアが核攻撃を仕掛けた場合、米国はどのような対応をするでしょうか。
はっきり言って、不明です。
「ロシアのエスカレーション抑止戦略を懸念したアメリカは、2017年に図上演習を実施しています。
演習では、ロシアが在独米軍基地に限定核使用をおこなった場合を想定しましたが、一つのチームは限定核使用による報復をベラルーシにおこなうことを選択。もう一方のチームは、通常兵器による報復を選んだとされます。これは担当者によって、その時々の判断が大きくぶれることを示している」
(小泉前掲)
ロシアの小型核使用にどう対応するかは、バイデンとNATO諸国の首脳、国民の世論次第です。
シナリオ1という強度の核攻撃を受けた場合、なんらかの報復をしないと、同盟国は一斉に米国の核の傘に対しての不信を抱き、フランスのような独自核開発に向かうでしょう。
ただし唯一米国は、ロシアが核使用をした場合、米国がいかなる対応をするかについてのガイドラインを持っています。
2018年に作られた「核体制見直し」です。
「米トランプ政権下で策定された2018年版「核体制見直し」では、ロシアが小型核を使った時には、アメリカも同規模の核を1発だけ撃ち返すと明記されています。潜水艦発射弾道ミサイルに低出力型核弾頭を搭載して発射する反撃パターンも示されている。
この低出力型核弾頭はすでに開発され、原子力潜水艦テネシーに配備されました」
(小泉悠前掲)
一発核ミサイルを撃たれたら、一発撃ち返す、ただし、それがどのような目標となるかは、そのときの世論次第で未定なのです。
ただし、いかなる対応を米国がしようと、プーチンの名が「21世紀最大の狂気の大量殺人者」と呼ばれることだけは間違いありません。
ウクライナに平和と独立を。
彼らの行く手に光あらんことを。
« ロシアの「特別な一発」 | トップページ | 日曜写真館 鯉のぼり五色の風を蹴りにけり »
マリウポリで戦勝パレードの準備なんぞしながら製鉄所は落とせず、
次の激戦地と予想されてたクラマトルスクをまだ全く取れていないどころか各地で押し返されてるって、完全にロシアの負け戦ですよ。
前線の補給すらままならないその一方で、占領地から「穀物70万トン略奪」って、後方に陸送する能力だけはとてつもない規模ですね!!
投稿: 山形 | 2022年5月 7日 (土) 06時16分
プーチンの精神状態から見るならば、シナリオ2とシナリオ3の中間ではないかと想像します。
例のラブロフ「ヒトラーはユダヤ人の血発言」に対して、プーチンがイスラエルに謝っちゃったりしていますから、「理性」と言わないまでも、まだ計算は出来ていると思えます。
西側の同盟国でないウクライナ国内であれば、ギリギリ西側が核使用反撃をして来ない見極めが出来るかも知れず、まず黒海沿岸にぶっ放すなどの北朝鮮風の脅しの段階を経る可能性もあるんじゃないか。
一応、「核の先制使用」を禁じている中共のメンツもありますし。
狂ってはいない事を祈りたいです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年5月 7日 (土) 17時16分
「ウクライナが中立の道を選ぶことで(ロシアの)侵攻を止めることができなかったのかと考える人たちも多い」と指摘したという野生の安倍ちゃん。
https://mainichi.jp/articles/20220507/k00/00m/010/010000c
今そう語るとは、本人も同じく思っているからそう指摘した、ということか。
果てしなく「違う、そこじゃない」感しかない。
ロシアも悪いがと前置きすればOK病、あれが認知や思考の能力を削ぐ効果は抜群らしい。
投稿: 宜野湾より | 2022年5月 7日 (土) 18時40分
宜野湾よりさんの「無力感」、私もとても共有しています。
言論アゴラでは八幡VS篠田論争が始まっていて、「論点整理」として編集部がおかしな論説を著しています。
(https://agora-web.jp/archives/2056347-2.html)
ここでは件の毎日記事の安倍発言について、「「この段階(ブカレスト宣言)でウクライナが中立の道を選ぶことで(ロシアの)侵攻を止めることができなかったのか」と語っているのはおもしろい。この点では彼は「親露派」に近い」とし、意図的ではないでしょうが「と、考える人が多い」の部分が抜けています。
いずれ安倍さんの真意は分かりませんが、八幡氏も編集部も2014年からの経緯をちゃんと見さえすれば、篠田教授の見解が正しいのは明瞭なのですが。
ゼレンスキーはもともと相当のリベラル者で、2019年の選挙の時、対露宥和派で当選したんです。落選したポロシェンコこそが対露強硬派で、だからこそナザレンコ・アンドリー氏はポロシェンコに投票したんですね。
宥和派ゆえにゼレンスキー氏を舐めたプーチンは、段階的に取り決めを実施するウクライナ側をしり目に、合意の実行に一歩も踏み出そうとせず、兵を引く事も公正な投票をさせる事をも拒んでいます。
こうした事実からして、プーチンは最初からウクライナを侵略しようとした意図があった以外見る余地がなく、ゼレンスキーはようやく目覚めて今のように変わった、というのが事の真相でしょう。
このような内容はたとえば、合六強松学舎大教授の先行研究(ウクライナとNATOの東方拡大など)を読めば明らかなんですけれど、なんとも口惜しい気がします。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年5月 8日 (日) 00時58分