東部2州強奪に全力を注ぐロシア軍
ユーチューブなど見ていると、ロシア軍は愚鈍な馬鹿で、勝利はもう目の前と言わんばかりのサイトが目につきます。
ちょっとお待ちを。それは早すぎるシャンペンと言うやつです。
戦況はそれほど単純ではありません。
ウクライナ東部のドンバス州とルガンスク州の完全制圧を狙うロシア軍は、ここに持てる限りの火力を投入し、東部2州からクリミア半島まで伸びる長大な「ロシア民族の国」を作ろうとしているようです。
そもそも、方向違いの北のキーウなどで寄り道したので膠着したわけですから、ここから撤退し、東部2州にすべての軍事力を注ぎ込み始めました。
そもそも「特別軍事行動」などという名称でいまだ「戦争」と呼びたがらないのは、この2州「解放」が元来の基本方針だったからです。
その意味でロシア軍は、元の方針に戻ったともいえます。
「【ロンドン時事】ウクライナ東部ドンバス地方ルガンスク州でロシア軍の猛攻を受けるウクライナ軍が「最後の拠点」としてきたセベロドネツクから「戦略的撤退」を始める可能性が浮上している。ガイダイ州知事が27日、見通しを示した。セベロドネツクの陥落はロシアによるルガンスク州の完全制圧につながるため、ウクライナ側は激しい抵抗を続けるが、包囲網強化で苦戦を強いられている。
知事は通信アプリ「テレグラム」への投稿で「ロシアが向こう数日間でルガンスク州を占領するのは不可能だ。われわれには防衛のための十分な力と手段がある」と主張した。一方で「(ロシア軍に)取り囲まれないため退却せざるを得ない可能性がある」と認めた」
(時事5月27日)
ウクライナ軍、東部拠点から「戦略的撤退」も=ロシア軍が包囲強化|ニフティニュース (nifty.com)
破壊された街中を走行する親ロシア派の兵士が運転する装甲車=26日、ウクライナ・ルハンスク州/Alexander Ermochenko/Reuters
CNN.co.jp : ロシア軍との激戦で「厳しい防戦」 セベロドネツク市長
一時はセベロドネツク周辺で、ロシア軍によってウクライナ軍のほうが包囲されて撃滅される危険性すらでていました。
どうにか退路が確保されて、マリウポリのような事態は避けられたようですが、依然としてロシア軍の大規模な攻勢が続いています。
ここで守備隊が包囲殲滅された場合、東部2州は陥落していた可能性がありました。
ロシア軍は総司令官が代わったことにより(というより、それ以前にはあきれたことに統括司令官そのものが不在でしたが)、従来の失敗を総括しているようです。
最大の変化は、今まで薄く広く展開させてしまい4軸(方面)にも渡ったロシア侵攻軍を整理し、東部2州に絞りました。
いままで4方面がてんでんばらばらで、相互に支援できず、各個にウクライナ軍に撃破されるという事態を避けたわけです。
部隊戦術的においても、戦車を過信するあまり、ろくな歩兵の協同もなしに突っ込ませては片端からジャベリンの餌食となることを改め、十分な砲兵火力で存分に叩いて叩いて叩きまくる、伝統的ロシア軍の砲兵重視の戦法が復活しました。
イジュームからマリウポリまで伸びる補給線は各所でウクライナ軍のドローンに発見され、各所でゲリラ的な攻撃に遭遇して寸断されていたので、陸路でロシア本土とつながる東部を決戦場に選んだのです。
ところで、ロシアがドネツクを重視するにはわけがあります。
「プーチン大統領はドンバス地方を、ウクライナの古くからの石炭と鉄鋼の産地として見ている。プーチン氏が言う東部とは、南のマリウポリ郊外から北の国境まで続く東部の二大地域、ルハンスク州とドネツク州の全域を指す。
北大西洋条約機構(NATO)は、ロシア軍がウクライナの南海岸に沿って、ドネツクとクリミア半島をつなぐ陸の橋を建設しようとしているとみている。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のサム・クラニー=エヴァンス氏は、「重要なのは、(ウクライナ東部が)ウクライナ系よりロシア系の多いロシア語圏としてクレムリン(ロシア政府)に認識されていること」だと指摘する」(BBC4月15日)
「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」として独立国家と承認
親ロ派トップ、謎の暗殺 ウクライナ東部で深まる混迷:朝日新聞デジタル (asahi.com)
上図をみればおわかりのように、開戦当時、東部地域の3分の2はウクライナが掌握していました。
そしてこの2州では広くロシア語が使われているかもしれませんが、ロシア語系住民=ロシア支持ではありませんでした。
たとえばマリウポリはウクライナで最もロシア語系住民が多かった都市ですが、ロシア軍は容赦なくこの活気ある都市を廃墟に変え、住民を大量虐殺しています。
そしてすべての占領地のように、このマリウポリにも「選別キャンプ」が作られて、「よいウクライナ人」と「悪いウクライナ人」を分類し、後者はどこかに連行して行方不明になりました。
「「ウクライナ南東部マリウポリのベッツ・バレンティナさん(63)は、製鉄所「アゾフスターリ」の地下シェルターを出たあと、長男ボロディミルさん(40)とともに、親ロシア派勢力の「選別キャンプ」に送り込まれた。尋問の翌日、親ロ派の兵士が長男に言い放った。「お前はウクライナ軍人に違いない」。連れて行かれた息子の行方は、今もわからない」
(朝日5月29日)
親ロシア派の兵士に連行された息子 「私も連れていけ」母は叫んだ [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
また親露派支配地域では「兵隊狩り」が横行しています。
「ルハンスクで暮らす女性は匿名を条件に、BBCの取材に応じた。女性によると、街中ではロシア軍を多く見かけるといい、今は恐怖と警戒の雰囲気が漂っているという。「怖いです。とにかく恐ろしい」と女性は話した。入隊年齢に達した男性は地元の民兵に参加しなければならず、徴兵から逃れた人は身を隠しているという。
彼ら(分離主義者)は街頭で(男性を)動員したり、つかまえています。店にも、町中にも、路上にも男性はいません」
そのため、男性が多い仕事は全て閉鎖されているという。
「もうロシアになってしまいました。非公式ではありますが。みんなロシアのパスポートを持っています」
(BBC前掲)
この「兵隊狩り」は少年にまで及び、親露派地域ではかねてから子供用の軍事訓練施設が作られていたようです。
「ハルツイスクで行われている子ども向けの軍事訓練は「愛国ドンバス(Patriotic Donbass)」という組織が行っている。ドンバスとは、親露派が「ドネツク人民共和国」として一方的に独立を宣言しているドネツクとルガンスク(Lugansk)を含むドン川(Don River)流域の斜陽工業地帯を指す地元の呼称だ。。(略)
ツプカ氏によれば親露派制圧地域では最近、このような軍事クラブを設ける学校が増えており、付近の町だけでも他に4校があるという。しかし、単純な訓練を行っているところだけではない。中には、親露派の拠点ドネツクから東へ20キロほど広がる地雷地帯に駐屯する、ハルツイスクの分離独立派部隊に実際に入隊する生徒もいる」(2,015年7月5日)
ウクライナ紛争、少年兵を養成する親露派 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News 。
占領地では、早くも教育はロシア語だけになり、ロシアの教科書が用いられ、親露派議会と政府が作られ、ロシア軍が勝手に任命した知事がやってきました。
つまり「ロシア化」の既成事実化が非常な勢いで進行しているのです。
そして、クリミア同様にドンバスとルハンツク2州全体を併合する「住民投票」が次のステップとなるでしょう。
この2つの広大な地域を征服すれば、プーチンはこの戦争を「勝利」として宣言するはずです。
このプランに沿って、ロシア軍は戦略転換しました。
攻撃軸を一点に絞り込み、それがセヴェロドネツクです。
ここにロシア軍火力すべての軍事資産を投入し、砲撃による叩き合いの場に変えたのです。
ロシア軍がこのような戦略転換をすることを、ウクライナ軍は相当前から読んでいたようです。
「約一カ月間を耐え凌ぎ首都キーウ防衛に成功し、次の主戦場が東部ウクライナのドンバス地方になると見据えたウクライナ軍は、平坦な地形に強固な塹壕陣地が構築された場所での野戦で必要となる兵器が遠距離砲撃を行う砲兵火力になると判断。4月13日の演説でゼレンスキー大統領は必要な兵器リストの真っ先に榴弾砲と多連装ロケット発射機を載せました。
そしてこの予想は実際に現実のものになりました。現在の東部ウクライナの主戦場は壮絶な砲撃戦となって遠距離火力の叩きつけ合いとなり、榴弾砲と多連装ロケット発射機の投入数で勝るロシア軍がじわじわと押して優勢となっている状況です。ウクライナ軍は砲兵火力で劣っているせいで押されています」
(JSF 5月28日)
MLRS/HIMARS多連装ロケット発射機をウクライナに供与する重大な意味と転換点(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュース
ドネツ川の渡河を見事に2回防いだ殊勲の兵器こそ、ゼレンスキーが要請していたM777155ミリ榴弾砲などの砲兵パワーです。
ウクライナ軍は、この優れた長距離砲とドローンによる精密偵察を組み合わせて教科書のような見事な防御戦闘を勝ち取りました。
しかしこのような貴重な勝利はもぎとったものの、全体としてはロシア軍の圧倒的攻撃力の前に苦戦を強いられています。
米国戦争研究所の最新の情勢報告を見ます。
5月27日 (月) 19:30 (東部標準時)
ロシア軍は5月27日、セヴェロドネツクへの直接攻撃を開始したが、まだ町を完全に包囲していなかった。 ロシア軍は、これまでの戦争中、建設された都市部での作戦をうまく行わず、セヴェロドネツク自体で急速に前進する可能性は低い。
ロシア軍は市内で着実かつ漸進的な前進を続けているが、ウクライナの守備隊を包囲していない。ウクライナ軍はウクライナ東部全域で防衛を維持し続けており、ロシアのほとんどの前進を遅らせている。
ロシア軍は漸進的な前進を続け、今後数日のうちにセヴェロドネツク包囲に成功するかもしれないが、イズユム周辺のロシアの作戦は停滞したままであり、ロシア軍は前進のペースを上げることができない可能性が高い。
ロシアの攻撃キャンペーン評価、|5月27日戦争研究所 (understandingwar.org)
セベロドネツクは、現在、ロシア軍の猛烈な無差別撃を受けています。
ロシア軍はあらゆる重火器を集中しているようで、50年前の旧式のT-62戦車も投入したという情報もあります。
T-72を国外で物色しているという噂もあり、かつて供与した衛生国から買い戻しているようです。
一方、ウクライナ軍は、いったんはセベロドネツクへの補給路からロシア軍を排除したとの報告もありますが、詳細は不明です。
この補給路のほかに複数のルートが生きている可能性もあり、これが生きていれば、遅滞戦略も可能です。
ウクライナ軍は、日本のメディアの言うような、この地域からの「戦略的撤退」は考えておらず、増強し続けているといわれています。
ウクライナに平和と独立を
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戦力はまず数です。ロシアには数がある。
これまで全く統制されていなかったロシア軍が異常だったので、各地でウクライナ軍が効果的な反撃ができましたが、今回はロシアが効果的に戦力集中してきたので火力の差で無理押しという大国の力を見せてきてますね。
ここで撤退したら残った民間人を見捨てるのか!?ドンバスは手放すのか!?となりますし、居残って徹底抗戦するとなると、マリウポリより遥かに絶大な損失の蟻地獄になるウクライナ軍。正に正念場です。
非武装主義を唱える9条教徒だったらどうなってたやら。あっという間に蹂躙されます。
戦力の不均衡こそが戦争の原因です。プーチンは2014年の偽旗作戦があまりにも上手く行き過ぎたので、今回もサクッと終わると思っていたようですね。
あれからウクライナは米欧との連携を強化して必死で備えていたからこそ、この泥沼になっています。
戦力の数では圧倒的にロシア優位なのに、こんなことになるとはプーチンが全く相手を見誤って開戦した結果です。
アメリカは開戦前に普通は出さないようなインテリジェンスの情報をわざと盛んに公開して戦闘突入を避けようとしてたんですけど、ウラジミールにはメッセージが届かなかったようですね。そして「やらなくても良い戦争」を始めてしまった。。相手がこんなに手強いと知っていたら、普通に睨み合いレベルで膠着したままだったでしょう。
今頃になって中東やアフリカは穀物不足で困るだろ!?なんて脅迫をするゲスさ。
世界的な大迷惑ですよ!
投稿: 山形 | 2022年5月30日 (月) 09時53分
激戦区が移動する度に胸がつぶれるような露軍の所業が報じられますが、一時よりも日本国内報道の熱が減ってきたように感じます。
抵抗しても無差別爆撃され、停戦すれば協定破りで後ろから撃たれ、降参したら虐殺される。
という相手って、日本では旧軍に言い聞かされた鬼畜米英と言葉上同じなので、橋下徹を批判しながらも、自分達の経験上心のどこかで「戦争そのものが悪で終わらせる事、それが平和」と思う日本人が一定数いるのだと思います。
私はそんな甘い事は考えない、と常々思っていても、先日映画「ドンバス」を観て、想像はつくけれどその上を行く現地の濃い文化的社会的価値観とエネルギーに、久々いい意味で打撃を食らって来ました。
ウクライナの勝利と独立を祈ります。
投稿: ふゆみ | 2022年5月30日 (月) 14時45分
東部でのロシア軍の優勢は燃料気化爆弾やテルミット焼夷弾を使った事が要因のようです。
いずれの兵器もかなり非人道的なもので、西側がかねて禁止すべき対象としてロシアなどへ申し入れ中だった爆弾です。
同種のものを西側がウクライナへ提供できるはずもなく、当然ゼレンスキーも求めていません。
一方、南部のヘルソン付近ではウクライナ側が一部でロシア軍を後退させるなどしており、東部との二正面作戦に切り替えたという説明もあります。
ごく一部の論者の見立てと違い、西側の兵器は着々と届けられているようで、早期に本格的な反撃の実現を期待します。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年5月30日 (月) 19時18分
バイデンが長距離ロケット砲の供与を渋ってますね。
砲兵戦は射程が命と聞きましたので、東部の奪還はもう無理で、ウクライナ兵がじりじりと削られるだけかも知れませんね…何考えてんだろ、あの爺ちゃん。
投稿: ねこねこ | 2022年5月31日 (火) 22時16分