ウクライナ危機とキューバ危機を一緒にするな
ジャンク情報の屑籠に入ったと思いきや、やはり生きていたのが、「逆キューバ危機説」です。
新聞広告で見ましたが、今月号の某宗教団体系論説誌は、特集に「ゼレンスキーは英雄じゃない」「ウクライナはキューバ危機だ」とデカデカと出しているようです。
ここまでプーチンが残虐非道をくりかえしても懲りない人たちです。
まぁゼレンスキーを英雄視しようとしまいと、主観の問題ですから置くとしても、客観的に解明できることにまで主観を持ち込んでしまっては困ります
え、誰の主観かって?もちろんロシアの主観にきまっています。
この「逆キューバ危機説」も、「東進脅威説」や「不拡大約束説」にしても、情報が幾重にもロンダリングされて来るために、どこかの識者がこう言っていると思い込んでいる人がいますが、出元はすべてロシアです。
日本でこれを言い始めたのは、ガルージン駐日ロシア大使です。
ガルージン駐日ロシア大使
「もしウクライナがNATOの加盟国になるとすれば、例えばモスクワまでのミサイル到達時間が数分間まで短縮されてしまう。それは明らかに脅威ですよ」
駐日ロシア大使単独インタビュー “ウクライナNATO加盟は脅威”:TBSニュース
これが侵略の理由というわけです。
脅威ならば侵略してかまわない、これは堂々正義の予防戦争だというわけです。
9.11以降、大量破壊兵器の拡散阻止を唱えた米国のイラク戦争もこのロジックを使っていました。
予防戦争とはこのように定義されています。
「9.11同時多発テロ以降論議されるようになった軍事戦略。従来型の先制攻撃論ではなく、危害を防止するために先制攻撃の前の段階で行う予防的行動である。従来の先制攻撃は今まさに攻撃しようとする意思を持った対象に適用されるものとされてきた。
緊急状況下での国家によるこの種の軍事行動は、自衛権の先制的行使として一定程度認められている。
予防的軍事行動は現時点で直接的な危険はなくとも将来的な危険性を防ぐための軍事行動であるが、もし各国がみなこの権利の行使を主張するなら、国際秩序の維持は不可能なものとなるだろう。最も重要な課題は脅威の定義や認定の基準、手続き方法、対抗手段を規定する仕組みを国際間で作り上げることといえる」
(野口勝三 京都精華大学助教授)
このように予防戦争論は、定着した安全保障政策ではないのです。
というのは、各国がすべてがこの予防戦争論を採用した場合、てんでの身勝手な都合で国際秩序を破壊するすることが可能となってしまう危険があるからです。
予防戦争論はもっと議論を絞り込んで練る必要がある未成の安全保障論なのです。
ましてや核大国であり、かつ、常任理事国で拒否権を持つ国が徒に予防戦争は権利だ、と主張するほど危険極まることはありません。
もっともガルージン大使は「外国軍が喉元に持ち込むのがけしからん」ということで、キューバ危機を例に出したようですから、外国軍持ち込みだとしたらどうでしょうか。
たしかに、キューバではR-14中距離弾道ミサイルを32基キューバに配備する予定でした。
それをケネディに止められて、ことなきを得たという話でした。
R-14ミサイル ウィキ
「1962年のキューバ・ミサイル危機が始まる前、ソ連は32機のR-14 IRBMと16発の発射装置を搭載した2つの連隊をキューバに配備することを計画していた。米国が島の検疫を宣言した時までに、24発の1メガトンの弾頭が到着していたが、ミサイルや発射装置はまだ出荷されていなかった。核弾頭は撤去され、R-14のキューバへの配備は危機が解決した後キャンセルされた」
(ウィキ)
つまり、かつて米国はオレらに喉元にミサイルを突き付けられるのを拒否しただろう、今度はお前がウクライナに弾道ミサイルを配備しようとしているのだから予防的にウクライナを侵略してかまわない、というリクツです。
成り立つわけないでしょう、こんなリクツ。
ロシアが予防戦争論者の国であることは知れ渡りましたが、日本の親露派の皆さん、このロジックを認めるとたいへんなことになりますが、気がつかないのでしょうか。
たとえば今安倍氏が提唱している「非核三原則」を放棄し、ニュークリアシェアリングに踏み切っただけで、日本はシベリア・ロシアの喉頸に刃を突き付けたと判断されるでしょう。
そしてロシアは外国軍の核配備は脅威だから、日本を侵略してかまわないということになってしまいます。
たしかこの宗教団体系政党は、非核三原則の撤廃と独自核武装を提唱してきたはずですから、それを実現したとしたら、ロシアが侵略する口実を与えたということになりはしませんか。
仮に米国がウクライナにそんな射程距離が短い短距離弾道ミサイルを配備するとなると、PrSM短距離弾道ミサイルしか存在しません。
PrSMは核攻撃を目的として作られた弾道ミサイルではなく、通常弾頭しか搭載しない射程500~700㎞の戦術ミサイルにすぎません。
レイセオン
こんなちいさな戦術ミサイルをロシアの首都に発射しても、軍事的にはなんの意味もありません。
たちまちモスクワの周辺に張りめぐらされているS-300対空ミサイルシステムで、あえなく撃ち落とされるのがオチです。
だからこんな馬鹿馬鹿しいことを、米国は考えてもいません。
では、この1962年のキューバの状況が、2022年のウクライナに当てはまるか具体的に考えてみましょう。
結論から言えば、ゼンゼン重なりません。
キューバ危機はこのブログでも何回か取り上げていますが、米ソが核戦争一歩手前まで行ってかろうじて回避した事件でした。
このキューバ危機は1962年ですから、60年も前のことです。
当時と今の弾道ミサイル技術とは雲泥の差があります。
敵中枢を狙うために、もうこんなに近づかなくていい、というかむしろ近づきすぎた配備の方こそ危険なのです。
近づきすぎれば、発射場所を探知されて、逆にミサイル攻撃や空爆などで事前にやられてしまいますから、離れて配備するほうがよいのです。
しかし1962年当時は、弾道ミサイル技術が乏しかったので、できるだけ相手国に近づく必要があった、それで喉元のキューバまで前進配備したのです。
通常、核保有国が核保有国の敵国の心臓部を狙うためには、長射程かつ破壊力が大きいICBM、ないしは中距離弾道ミサイルを使用します。
核保有国同士が弾道ミサイルで首都を狙う以上、一発で仕留めねばならないからです。
そしてそれらは、ロシアからはるかに離れた米本土か、海中に潜ませており、仮に危機が高まったので前進配備せねばならないとしてもギリギリドイツの線です。
それなのに、どうしてウクライナをNATOに入れてまで弾道ミサイルを配備せにゃならんのか不思議です。
百歩譲ってモスクワを狙うためにウクライナを加盟させたとしても、もっとロシアに近いフィンランドは即時加盟承認を受けていますし、ウクライナとほぼ等距離のバルト三国にもNATO軍が配備されます。
それなのになぜモスクワまで数秒と飛翔時間が違わないウクライナに、弾道ミサイルをわざわざ配備せねばならないのか、サッパリ私には理解できません。
ただしこれらの諸国への中距離・短距離弾道ミサイルの配備予定はないのですから、未加盟のウクライナにあるわけがないのです。
事実として、東欧へのミサイル配備計画は、ポーランドとルーマニアへのミサイル防衛システム(MD)の配備に止まっていて、攻撃的弾道ミサイルは配備されていません。
ビアスに言わせると、「外交官は祖国のために嘘をつくのが美徳だと考える職業」だそうですからガルージン大使はいいとして、私たち日本人がそれをまねる必要はありません。
安易にロシアのウクライナ侵略を肯定すると、次はわが身だということをお忘れなきように。
キーウの独立広場
ウクライナに平和と独立を
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ガルージン大使が嘘八百なのは先日もBS日テレ深層ニュースのインタビューでも散々指摘されてたし、夕方の報道番組しか観ない層でも金平さんの番組で「矛盾」と報道されたので浸透したろうし、ポータルニュースサイトも転載してましたね。
ウクライナ問題=キューバ危機という言い方は、開戦前のロシアが散々煽ってました。いや全然違うだろと。。
宗教系政党で「核武装」を唱えてるところと···あの「日本、危うし!」のポスターと北朝鮮核ミサイル発射!の以前の選挙ビデオをYouTubeで流したトコですね。。
投稿: 山形 | 2022年5月 2日 (月) 06時04分
わが国で予防戦争論をブチ上げる人というのは、リアリズムと地政学の欠点部分だけを採用し、そこにゲーム理論をまぶしただけの「机上の空論」かつ都合的に物事を見る人たちですね。
キューバ危機どころか、我が国における日露戦争の開戦動機の正当性まで持ち出すのですが、これは「失当」と言わざるを得ません。
記事にもあるような「軍事的進歩」や、大戦後の「自衛権の厳密な規定」を無視した荒業的な詭弁です。
予防戦争という概念は正式なものではなく、要するにそこに「自衛性がいかに存在するか」と言うに尽きます。
自衛権を主張するのは当事国の自由ですが、そこに自己保存性や事態の緊急性、行動の必要性、さらに軍事行動が過剰とならないような均衡性の要件が必要です。
わが国における集団的自衛権の発動要件は「急迫不正の侵害の恐れ」とか、「存立危機事態」とかになってますが、これこそが国際法に則った規定です。
国際法を熟知しているはずのガルーシン大使が立場上、ウソにウソを重ねて「自衛」の主張をする必要があるのは「武士の情け」で仕方ないですが、それを鵜呑みにする幼稚な一部保守が引きも切らないのはホントに情けない事です。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年5月 2日 (月) 09時27分