ウクライナ戦争の教訓に学ばない中国軍
では実際に、今の中国軍は台湾攻略をどう考えているのでしょうか。
福島香織氏が、環球時報に掲載されている元南京軍区副司令の王光洪中将の記事を紹介しています。
※王光洪 環球時報2018年3月27日『台湾武力統一はどのように戦うのか、六種の戦法で三日で攻略できる』(『武统台湾怎么打?解放军中将:六种战法三天拿下』)
武统台湾怎么打?解放军中将:六种战法三天拿下|解放军|台湾|武统_新浪军事_新浪网 (sina.com.cn)
福島香織の中国趣聞(チャイナゴシップ)NO.857 2022年8月11日
王洪光中将 環球時報
王元中将は、台湾侵攻の主力を担う南京軍区でしたから、景気のいい大風呂敷を拡げています。
なんせ48時間で台湾の主要地点を制圧してみせると言うんですから、まるで4日間でキーウ陥落させまーすと宣言して侵略を始めたロシア軍とそっくりです。
台湾海峡を簡単に通過できると思っていることのほうが、かえって驚きです。
よしんばできても、侵攻軍が今のロシアのウクライナ侵攻のように長期化した場合、海からの補給線を遮断されて孤軍になりますが、いいのでしょうか。
台湾は地続きのウクライナと地続きのロシアよりいっそう兵站構築が難しいのですが、ロシア軍がなぜ4日間でウクライナを落とせなかったのか、少しは学ぶのですな。
ここで王は、「六種の戦法」を開陳しています。要約するとこのようなもののようです。
①火力戦。解放軍ミサイル部隊によるミサイル攻撃を中心に、空軍ミサイルの補助的攻撃で台湾の重要目標(軍事施設)の三分の一を破壊し、制圧する。48時間以内でその機能を喪失させ、その後、無人偵察機で上空から監視し、散発的に復活した軍事力を殲滅する。
②目標戦(上陸戦)。戦争開始前に決めた目標を、破壊、制圧、奪占していく。すでに火力戦で戦闘能力を無力化しているので市街戦の必要もなく、4-8万の兵力で72時間以内に可能。
③立体戦。海岸線からの上陸だけでなく、空挺部隊による敵後垂直上陸、港湾、飛行場への上陸と複数の方法を組み合わせる。台湾海峡の台湾に近いところに何十隻かの揚陸艦とヘリコプター搭載準空母を配置する。
④情報戦(電磁、ネットを含む)。味方の通信ネットワークを保護しながら、敵方の通信を攻撃破壊し、制通信権をうばう。これは制空権、制海権を奪う前提となる。
⑤特殊作戦。わが軍各戦区にはすべて特殊戦旅団があり、台湾作戦に集中することがよい演習の機会となっている。特殊戦任務は、まず斬首作戦(トップ、司令官の殺害)である。
⑥心理戦(法律戦、世論戦を含む)。火力によるハードキルと、心理によるソフトキルを組み合わせる。ハードキルの攻撃と威嚇のもと、脆弱になった台湾軍の心理状態を利用し、心理攻撃を許可する。
ざっと読んだだけで、書かれたのがウクライナ戦争前なことを考慮するとしても、あまりにもウクライナ戦争を学ばなさすぎます。
内容は一見盛りだくさんですが、どれもこれも今までチョイ出ししてきた中華流戦法を体系的に並べただけのものです。
そもそも②の目標戦(上陸戦)で、「4万から8万の兵員で主要目標を72時間以内に制圧できる」とあっさり書いていますが、昨日見てきたようにそれ台湾軍や米軍が無抵抗で、どうぞどうぞお渡り下さい、と台湾海峡を通過させた場合の楽観的最大値にすぎません。
ありえないっしょ、そんなこと。
環球時報
③の立体戦(ヘリボーン・空挺作戦)ですが、これが成功する唯一の条件は、完全な奇襲攻撃が成立し、航空優勢が確保できた場合だけです。
低速のヘリや輸送機が近代的防空網を有する敵を真正面から強襲した場合、瞬時に壊滅するのは襲った側のほうです。
これはウクライナ戦争でも明らかで、いまやロシア軍のヘリはウクライナ兵のスティンガーに怯えて姿を隠してしまいました。
④の情報戦ですが、いかにも超限戦大好きの中国軍らしいものですが、これはいままでさんざんやってきた宣撫工作と偽情報発信の延長線上で、侵略をしながら今さらナニ言っているんだという類です。
たぶん、デタラメな情報をスマホやフェイスブック、SNSの偽装サイトから発信したり、時には電波を乗っ取った島内のテレビ・ラジオ局の放送を通じて、攪乱するつもりでしょう。
また、「統一国家法」に基づき、国家分裂罪を台湾民進党に適用し、指導者たちを拘束、殺害することを呼び掛け、戦争状態においてこれを実行したものはには報奨を出すくらいのことはするはずです。
さしずめ山上某など、人民英雄勲章と報奨金をもらって、銅像の一個も作ってもらえることでしょう。
このような情報攪乱、偽情報の拡散、指令網の攪乱といった偽旗作戦は、2014年のクリミア侵攻では有効でしたが、今回はウクライナ側によって徹底的に研究され尽くしており、さっぱり効果が現れませんでした。
むしろウクライナ側の発信する宣伝のほうが、はるかに強力でした。
台湾も、いままで絶え間なく60年近く中共の宣伝工作を受け続けてきた国です。
日本と違って情報工作に対してひ弱ではありません。
王は、電磁パルス兵器、カーボンファイバー爆弾を必須の武器だ、と書いていますが、台湾は代替の指揮系統網を用意しているはずですし、そんな電磁パルス兵器を使用すれば、必ず米軍から同種のもので報復を受けます。試してみますか、王さん。
⑤の特殊戦ですが、具体的には斬首作戦を指します。
ゼレンスキーをワグネル軍団を使って真っ先に暗殺しようとしましたが、英軍のSASによって一蹴されました。
この斬首作戦を、中国は台湾指導部への恫喝の手段としてさんざん見せびらかしたために、いまや鉄壁のガードが出来上がっているはずです。
環球時報
このように見てくると、おそらく中国軍が一番頼りにしているのは、どうやら最初の①の「火力戦」(ミサイル攻撃)のようです。
これも、ウクライナ戦争の教訓をさっぱり学んでいません。
ロシアがウクライナに雨あられとばかりにミサイルを打ち込んだことは、よく知られています。
その数、実に3千発と言われています。
【ウクライナ侵攻軍事シナリオ】ロシア軍の破壊的ミサイルがキエフ上空も圧倒し、西側は手も足も出ない|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)
実際に西側でも、ウクライナ戦争が始まる前までロシアのミサイルの脅威に対してこう考えられていました。
「ロシア軍はウクライナの首都上空を埋め尽くすほどのミサイルを援護に使いながら、ウクライナの奥深くまで進軍するだろう。空からの攻撃を得意としてきた米軍やNATO軍はもはや、近づくこともできないかもしれない。(略)
米シンクタンクのランド研究所でロシア軍の研究をしているダラ・マシコットは、「イスカンデルは、相手に壊滅的な打撃をもたらす」と指摘する。「飛行場や軍の基地などの標的に対して用いられ、その破壊力はかなりのものだ」
だが専門家たちが真に注目しているのは、イスカンデルと同時に用いられる可能性がある、そのほかの武器だ。たとえば自走式多連装ロケットランチャーBM27「ウラガン」や、戦車に搭載可能な自走火炎放射システム「TOS1」などだ。「(これらの武器が使われれば)ウクライナの防衛能力に大きな打撃と混乱をもたらすことになるだろう」とマシコットは述べた」
(ニューズウィーク2022年1月21日)
実際にこの最新鋭イスカンデルを始め、大小ありとあらゆる種類のミサイルがウクライナに打ち込まれましたが、いまウクライナはどうなっていますか?
「空を覆い尽くすような」ミサイル攻撃に耐えきれずに白旗を掲げたでしょうか。
いえ、凛として戦う姿勢を保ち続けています。
では、ウクライナが世界でも飛び抜けて優秀な防空システムを持っていたのでしょうか。
いえ、むしろ劣っていました。
ウクライナの防空システムは、旧ソ連の旧式なもので、亜音速の目標に対してはそれなりに有効でしたが、高速で飛来するKh-22巡航ミサイルや軌道を変化させるイスカンデル弾道ミサイルなどには手も足もでませんでした。
そのうえ、ウクライナの防空陣はロシア軍に発見されることを恐れて、レーダー波を断続的にしか出せないため、いっそう苦しい防空戦を強いられました。
ですから、発射された3千発のミサイルはことごとく命中したはずですが、ウクライナの損害は限定的で西側が予想したような「大きな打撃と混乱」は起きませんでした。
ロシアは民心を揺さぶる目的で、ショッピングモールやアパート、学校、病院などの民間施設をミサイルの標的にしました(もちろん戦時国際法違反です)が、命中した箇所の被害は甚大ですし、その後の火災で大きな被害が出ましたが、ビルが倒壊したりする例はほとんどありませんでした。
下の写真のアパートも倒壊を免れています。
「恐ろしかった」キエフで生活…民間人の苦悩 取材で見えたロシア軍“無差別攻撃”の実態 (ntv.co.jp)
それは弾道ミサイルの破壊力は案外小さく、通常の爆弾の1個分しかないからです。
弾道ミサイルはバカデカイ図体ですが、その大部分は推進薬とエンジンによって占められ、先にちょこんと爆弾がついているようなものだからです。
破壊力だけなら、いま東部戦線で多用されている多連装ロケットランチャーHIMARSのほうが凄まじいのです。
王は「弾道ミサイルで48時間以内に軍事目標を破壊できる」と豪語していますが、まったく不可能です。
「通常弾頭のミサイル攻撃では航空基地を叩ききれず、永久使用不能に追い込むことはできません。滑走路に穴を開けても直ぐに埋められてしまいます。しかし実は一時的にでも使用不能に追い込むことこそが目的だとも言えます。
開戦直前にアメリカから警戒情報を得たウクライナ空軍は戦闘機を空中退避させて初撃を回避し、整備中で動かせなかった機体などを除いて多くが残存することに成功し、その後は出撃基地を転々と変えながら今も戦い続けています。
ウクライナ空軍機が継続して戦い続けられているのは、味方の防空システムもまた残存し、地対空ミサイルを恐れてロシア空軍機が積極的な活動をしなくなり、航空優勢をロシアに確保されてしまうことを阻止できたことが大きいと言えます」
(JSF 8 月4日)
3000発のミサイル攻撃を受けても屈服しないウクライナと「敵基地攻撃能力」の是非(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュース
空爆で制空権 衛星写真・SNSで見るウクライナ侵攻 : 日本経済新聞 (nikkei.com)
上写真は、開戦直後の2月24日のウクライナ南部のムィコライウ空軍基地行場の衛星画像です。
この基地は弾道ミサイル攻撃を受けて、赤丸部分に被害が確認できます。
しかし、ウクライナ軍は空軍基地の滑走路に開けられた穴をたちまち埋めてしまい、数日後には完全に復旧してしまいました。
ですから、王が言うように、弾道ミサイルを打ち込んでやったから台湾空軍は壊滅したなどと思って空軍を出すと、ロシア軍のような手ひどい損害を食うことになるでしょう。
このようにウクライナの戦訓からみれば、弾道ミサイルに対する過信は危険なのです。
福島氏は、この王の「6種の戦法」が実際実施されるかとなると、はなはだ怪しいと述べていますが、私も同感です。
これら「超限戦」は、登場した頃こそ、正規軍がここまで汚いことに手を染めるのかと驚きを持って受け止められましたが、いまや西側はハイブリッド戦として咀嚼してしまっています。
今回の演習も、あまりに作戦意図が見え見えなために、ほんとうにここまで手の内をバラしていいのかという疑問が生まれるほどです。
演習区域をあんな台湾島周辺に配置したら、海上封鎖で来ると誰もが思いますからね。
では、オーソドックスに王の「6種の戦法」で来るのかといえば、ウクライナの戦訓から見るとそれも多大の犠牲を払ってまでするものではないはずです。
ならばどうするのかといえば、はっきり言ってもう手はないのです。
だから習近平用の「筋肉ショー」(福島氏命名)として海上封鎖のまねごとをしてみた、というのが軍部の本音だと思います。
まぁ、絶対に認めないでしょうが。
このように、ウクライナの奮戦は、ロシアと中国の戦法がいかに陳腐化しているのかを満天下に暴露してしまったのです。
« 中国、渡海侵攻から海上封鎖にシフトか | トップページ | 日曜写真館 幾たりか我を過ぎゆき亦も夏 »
中国が台湾を手に入れる時というのは、台湾が孤立化した場合以外にないのだと思います。
習の本音は中々わかりづらいですが、自分であおったナショナリズムに手を焼いているようにも見える。
記事中にある王元中将しかり、元環球時報の胡錫進しかりで、こんな連中の言うとおりにしていたら、それこそ中国は終わります。
逆に胡錫進らインテリたちの狙いがそこにある、とすら勘繰ってしまいます。
それでも全く逆効果しか生まないみじめな戦狼外交をつうじ、小紛紅をあおり、誤ったナショナリズムで国内支持をまとめる必要に四苦八苦しているよう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年8月13日 (土) 08時42分
昨日少し触れた高橋杉雄氏は、「台湾を攻撃する中国が最も有利な瞬間は奇襲で、台湾を支援し得る場所にある空港と港湾をまず叩いて、台湾を物理的に孤立させる」としながらも、「準備がないと戦争なんてできない」ゆえに、「歴史的に見て"運命の一発"みたいなことは起こらない」とも述べられています。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/120194
中共にもう手はない…でも諦めるのも嫌…ということであれば、中共としては、やはり時間をかけても戦わずして相手の心を折っていくようにするしかないですね。
中共に利となる情報工作や世論、雰囲気の醸成は、これからも絶え間なく広く行われていくのでしょう。
上のリンクの報道1930では、インテリジェンスを駆使した統一の手法「智統」といわれるもの、が説明されています。
「ニュースはまず疑え」を多くの人々が現在進行形で学んでいる今となっては、智統もどれだけ効かせられるのかはわかりませんが、まだまだいる釣られやすい人々の割合によりけり、でしょうか。
投稿: 宜野湾より | 2022年8月13日 (土) 16時21分