岸田氏の「ヒロシマ・アクション」の虚しさ
8月になると季題のようにやって来るのが、「核兵器廃絶の願い」です。
「長崎市の田上市長は、ニューヨークで開かれているNPT=核拡散防止条約の再検討会議で演説し「長崎が最後の戦争被爆地になるように」と述べ、国際社会に向けて重ねて核兵器廃絶を訴えました。
ニューヨークの国連本部では、今月1日からNPT=核拡散防止条約の再検討会議が開かれていて、長崎市の田上市長は5日、核兵器廃絶を目指す世界の自治体で構成される「平和首長会議」を代表して演説しました」
(NHK2022年8月6日)
長崎市長 NPT再検討会議で訴え “長崎が最後の戦争被爆地に” | NHK | 核兵器禁止条約
原爆がなくなって欲しいという気持ちは、同じ日本人としてよくわかります。
ただし気分の上だけでは、です。
ただの気分ではなく、これに具体的政治アクションの衣を着せると、岸田氏のようになります。
岸田首相は広島選出ということもあって核廃絶に熱心で、おそらく野党に居たら核兵器禁止条約推進を叫んでいたことでしょう。
岸田氏は、NPT再検討会議でこのような演説をしました。
「日本の首相の出席は初めてだ。首相は被爆地・広島選出で核軍縮をライフワークとしている。首相は演説の冒頭、ウクライナを侵略したロシアが核による威嚇を行ったことに触れ、「核兵器の惨禍が繰り返されるのではないかと深刻に懸念している」と批判し、「核兵器による威嚇、使用はあってはならない」と訴えた。行動計画は「ヒロシマ・アクション・プラン」と名付け、〈1〉核兵器不使用の継続〈2〉透明性の向上〈3〉核兵器数の減少傾向維持〈4〉核兵器不拡散と原子力の平和的利用〈5〉各国指導者らの被爆地訪問の促進――の5本柱を掲げた」
(読売8月2日)
首相、核軍縮へ「ヒロシマ・アクション・プラン」表明…若者の被爆地訪問基金に1000万ドル拠出 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
ざっと読んでも、この岸田氏の「アクションプラン」は核保有国、ないしは核兵器願望国の自己拘束に多くを依存しすぎています。
これらの国は核を保有することによって巨大な国益を確保しているわけであって、彼らが突如善意に目覚めて自主的にそれを手放すことはありえません。
もっともリアリティを求められる「核兵器数の削減」に至っては、ロシアはこのNPT再検討会議に合わせてまるであてつけのように、核軍縮の査察を拒否しています。
「ロシアは8日、「新戦略兵器削減条約(新START)」に基づいた戦略核兵器の査察の受け入れを「一時的に」停止するとアメリカに通告した。
ロシアの外務省は、アメリカがロシアを出し抜こうとしているとともに、アメリカ国内の核の査察を行う機会をロシアから奪ったと主張した。また、ウクライナ侵攻を受けた対ロ制裁により、アメリカとロシアの関係性が変わったと述べた。
新STARTは2011年に発効。米ロ間で交わされている唯一の軍縮合意で、長距離核弾頭の配備数の上限をそれぞれ1550基と定めている」
(BBC 8月9日)
ロシア、核兵器査察の受け入れ一時停止をアメリカに通告(BBC News) - Yahoo!ニュース 。
世界でひとり核兵器を増産し続けて、いまだいかなる核軍縮条約のテーブルに着かない中国を、一体どうやって軍縮協議の椅子に座らせるのでしょうか。
特に中国が力を入れたのは、グアムや日本を標的にした中距離核という「使える核」の開発で、これは米露間の中距離核戦力全廃条約(INF)の盲点を突いたものでした。
これに気がついた米国はINFから脱退し、ロシアも追随したわけですが、このような中国の核を問わない核廃絶は、中国の核暴走を容認し、ひいては世界的な核軍拡の道をひらくことと同義なのです。
また北朝鮮の核には「不拡散で国際連携」といいますが、今やっている北朝鮮に対する国連制裁決議以上のものがあるなら、ぜひ岸田氏にご教示願いたいものです。
残念ですが、たぶん何も聞こえないか、チラっと横目で見て、日本のような草食系国家がナニ寝言言ってやがるでお終いでしょう。
核の先制不使用すらロシアは投げ捨て、核による脅迫を現実の国際政治の中で使っているのですから。
朝鮮半島において、北朝鮮が核兵器使用をためらう唯一の理由は「核廃絶の願い」ではなく、米国から核報復を受けるからです。
だからある意味で、米国は絶対に正恩が核兵器の鞘を抜かないと信じています。
日本が核開発の技術的能力は十分に持っていても各開発に踏み切らない理由は、信じられようと信じられまいと、米国が核の傘を差しかけているからです。
よく米国の核の傘など信じられるかと言う人が右にも左にもいますが、ならば試してみますか、というだけのことです。
これが、お前が核を使えばオレも使う、だから相互に使わないでおこうという相互破壊確証(MAD)です。
この相互破壊確証の関係が、東アジアでは成立しています。
ただし、台湾だけはその枠外に置き去りにされています。
ここに台湾の不安定要因の源があります。
台湾は、どこの国の核の傘の下にもいない、中国の核の脅迫の下に裸でさらされている国です。
だから、中国が弾道ミサイルを発射した場合、それに核弾頭が搭載されることを想定して対応せねばなりません。
しかし台湾には弾道弾迎撃能力(ミサイルディフェンス・MD)が不完全です。
PAC-3は配備途上で、弾道ミサイルを探知する長距離早期警戒レーダー計画(SRP)は未完成です。
というのは、MDはあくまでも弾道ミサイルを打ち落とすためのシステムであって、撃たせないためのものではないからです。
「中国は短距離・中距離弾道ミサイルあわせて1500発を台湾海峡に配備している。中国は戦闘機や潜水艦隊の増強を図り、台湾侵攻能力を高めている。
しかし、台湾のミサイル防衛システムの不備を考えれば、空爆や海峡封鎖よりもミサイル攻撃の方が中国にとってリスクは少ない。また、中国の水陸両用戦能力は依然として限定的なものである。
アメリカは、台湾が領空内の航空優勢をもはや維持できないと見ている」
台湾の弾道ミサイル抑止・防衛力 (ジェームズタウン財団)
開戦と同時に1000発を超える弾道ミサイルが降り注ぎ、その中に少数の核弾頭を混ぜておくかもしれません。
あるいは、ウクライナのように台湾の抵抗が強靱で、手こずった場合、ためらいもなく戦術核を使用する可能性があります。
そして米国の台湾支援に対しては、中国はロシアがウクライナで使った核兵器使用をほのめかして手を引かせるかもしれません。
それが、おそらく中国の台湾侵攻に対する最大の軍事的抑止となるはずです。
ペロシが国に帰って、議会において現行の台湾関係法で供与できる武器類に加えて、核の傘の提供もうたう改正法を出す動きをしただけで、きわめて強力な抑止となります。
なぜこのようなことができないのかと言えば、それは米国の歴代政権が取ってきた「あいまい戦略」を自ら放棄することになるからですが、ペロシが台北空港で踏み出した一歩は、これを見直すという宣言だったはずです。
ならばペロシはより具体的に、どうしたら台湾侵攻を断念させうるかまで説く責任があります。
そしてさらに台湾問題のみならず、仮に中国が軍事侵攻を開始した場合、核による報復も反撃のオプションとして存在すると明言することによって、初めて米中間の軍縮交渉が始まるのです。
いままでいかなる核軍縮にも乗らなかった中国にとって、初めて核軍縮を真剣に考えるきっかけとなることでしょう。
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言っちゃ悪いのでしょうが、もはや季節の風物詩化してますね。
被爆国代表演説もまた、何の実効性の担保を持たない国連での訴えなど単なるセレモニー以上の意味を持たないんじゃないでしょうか。「願い」を実現したい方々にはシニカルに聞こえ申し訳ないですが,、核抑止力を支持する考えが増々世界中で勢いを増すなか、今の日本に必要なのは核シェアリングに関する議論の方でしょう。
米国防総省によれば、中国は2015年頃までは300発所有していて、2027年には700発、2030年には少なくとも1000発の核弾頭を所有する見込みだとしています。
こうした環境下で日本が核禁止条約の批准など出来るはずもなく、またすべきでもありません。北朝鮮や中国・ロシアなど、国際法など紙くずとしか思わない連中の存在をどうするのか?
仮に恒常的なウソ吐きである中国が「核禁止条約を批准する」などと言ったら、その方が余程おっかないです。
共同電によれば、式典後に岸田首相は被爆者団体の代表らに核禁条約の批准を迫られ、「条約は核兵器のない世界の出口にあたる」と言った認識は正しいです。絶対に入口にすべき事柄ではありません。ただ、「(批准に向けて)まずは米国を変えるところから始めなくてはならない」とは何か? 変えるのは中国であり、ロシアであり北朝鮮のハズです。岸田首相はこういう転倒した認識を実は以前から持っていて、それが林芳正外務大臣と通じるところもある。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年8月10日 (水) 05時07分
>変えるのは中国であり、ロシアであり北朝鮮のハズです
反核団体もこれら3国にはまず抗議しませんね。冷戦時代のダブスタ根性は容易に抜けないと言う事でしょうか。
投稿: KOBA | 2022年8月10日 (水) 08時19分
まあなんとも我が国では誰が首相になろうとも世界は変えられない訳で、岸田や林の腑抜けっぷりを論ってもどうにもならないことです。煽るマスコミさんは何を期待しているのやら全く分かりませんね。
「唯一の被爆国である」しか言い分がなきですから。もちろん被爆国として常に核兵器廃絶への努力は進めるべきですけれども、世界はそうはならない。誰でも分かることでしょうに。。
あれほど独裁体制でテロを繰り返しておきながら、懐柔されて核開発を止めたリビアのカダフィは「アラブの春」の余波で殺されちゃいましたからね。あれを見た北朝鮮のような独裁王朝は絶対に手放しませんよ。
台湾も米国の核の傘の下にあるとペロシが議会で宣言すればよろしなんですけど、無理でしょう。老いた夏色のナンシーの思い出作りの旅だと言われても仕方ないのが現在のアメリカ政治。それがこんなに大騒ぎになったのは、まあ中国のせいなんですけどね。「中華料理店がこんなにあるから台湾は中国領土だ!」って、いつもの報道官のオバサン(笑)とち狂ったのか!?
じゃあ地球全体が中国じゃねーか!
まてよ、それならマックがある中国を含めた世界の殆どがアメリカ領だと言うカウンターもありですよね!
じゃあ企業買収でセブンイレブンが全土にあるアメリカは日本領土ってことで···。というバカな話になります。
真面目な話として、日本は本当にこのまま米国の核の傘の下にいられるのかどうかすら怪しくなってきました。日本核武装論にはもちろん反対ですけれども、ロシア·中国·北朝鮮というお隣さんに囲まれています。何らかのカウンター(軍事だけではない)をいつでも発動できる状況を常に作っておく必要がありますね。
極端な笑い話ですけど、何かあったら日本中にある原発を暴走させて世界を脅すという手もあるんですよ。それこそ自爆テロ国家になりますけどね。。。
投稿: 山形 | 2022年8月10日 (水) 09時44分
反核団体といえば、かつて「原水禁」と「原水協」というイデオロギー対立で分裂して争ってたのが懐かしいですね。
まあ、当時大きかった社会党系vs共産党系かなだけで傍から見てれば五十歩百歩でしたけど。同じ神様を崇めているのに不倶戴天の敵みたいなカソリックvsプロテスタントみたいなやり取り。他の例えだと昔の中核vs革マルだな。
未だに広島や長崎の式典で「安倍の国葬ハンターイ!」とか大声で騒いでる連中の愚かさと虚しさ。オマエら本当に日本人か?と。。。
投稿: 山形 | 2022年8月10日 (水) 09時55分
最近、原爆開発のマンハッタン計画にも加わった超天才科学者フォン・ノイマンについて書かれた新書版を読んでいる(トイレ内なんで、すぐには読了できない)んですわ。彼の「科学者は、現世界についての責任は負わなくていい」と言った意味は、オレ達が原爆の開発を止めたとしても、どーせ他の国(当時はナチスドイツやソ連)が完成させてしまう、科学技術が進歩するのは止められない、というもの。
当時から、核兵器は権力者にとって垂涎のものでした。そしてフォン・ノイマンは、核兵器を相互に持つとどうにもならなくなる(今で言う核の抑止力)ので、未だ核を持てないスターリンの共産主義独裁専制国家ソ連を先制核攻撃してしまえとまで言っていたらしい。あくまで、祖国を追われヒトラーに酷く迫害されたユダヤ人科学者としての意見ですけど。確かに彼の言うとおり実行してれば、冷戦も無く中共や北朝鮮も無く、ゆえに大粛清や迫害や大虐殺もなく、先制核攻撃で死んだ人数より大勢の人の命が助かったかも知れない、数字の話にすぎないけども。
ちなみに、彼の日本への原爆投下地についての意見は、京都だったらしい。科学者らしく、他にもあった首都皇居への投下に反対したのは戦後の統治を考慮してのもので、京都への投下は日本文化の中心地を破壊して日本人の戦意を根こそぎにして終戦を早めるといったものだった。若い頃に京都に旅行したことのある政府責任者が、「それでは戦後、米国がローマやアテネを破壊したと同じように非難される!」と、その件はなくなったそう。
同じフォン・ノイマンが言い出した『ゲーム理論』でも、もし世界が目出たく核廃絶をしたとしても、廃絶せずに核を隠匿した裏切った国が絶対優勢となり世界を征服できることになり、正直に核廃絶をした国はバカをみることになってしまう。核廃絶なんて、夢の又夢物語であって、岸田さん、夢は夢でいいから現実を見ろ!と言いたいですわ。
さらに現在では、同じフォン・ノイマンが開発したコンピュータ(当時は弾道の正確な計算用)の電脳全盛時代ですんで、国家といわず、どこぞのテロリスト集団でも精巧な小型核ミサイルを持つ可能性すらあります。彼等に対する抑止力としても国家権力下の核兵器は必要だと思いますわ。
私だって核兵器で焼き殺されるんは絶対イヤなんだけど、頭のオカシイ狂信的な独裁権力国家が存在する以上、抑止力に頼らざるを得ませんわ。核の傘は銀行の傘のように、天気の良い日にはいくらでも貸してくれるけど雨の日には引き上げるような気がして、やっぱ自前で持たないと意味がないような気がしますわ。
投稿: アホンダラ1号 | 2022年8月11日 (木) 00時20分
虚しいのは「広島・アクション」以上に冷戦時代から全く体質の変わってない反核運動なのは言うまでもありません。
投稿: KOBA | 2022年8月11日 (木) 20時27分