逃げ出すロシア、追うウクライナ
おもわず笑ってしまったのですが、クリミア半島でFSB関係者と自治政府の関係者が、あわてふためいて逃げ出しているそうです。
しかも、彼らは地元住民には移動制限をかけているうえに、情報統制を強いているのですから、さすが全体主義国家。
オレは逃げるが、お前らにはなにも教えんというわけ。
「ウクライナ軍の反転攻勢を見て次はクリミアの番だと恐れたロシア人は、慌てて家族を逃そうとしている。
ロシアが併合した南部クリミア半島を、ウクライナ軍がまもなく反攻の標的にするという報道を受け、ロシア系住民は逃げ出しはじめている。(略)
半島に滞在するのは安全だと当局が保証しているにもかかわらず、クリミアを占領する行政機関の代表者やロシア連邦保安庁(FSB)職員、ロシア軍部隊の司令官たちは、ひそかに家を売り、親族を半島から緊急避難させようとしている。
報告書によると、クリミア自治政府は、民間人が家を売ったり、地域外に旅行したりすることを禁止しようとしている。また、ウクライナ軍の反転攻勢に関する情報も厳しく規制されているという」
(ニーューズウィーク 2022年9月14日)
ひそかに家を売り...クリミアからロシア人が逃げ出しはじめた|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)
ニューズウィーク クリミアの親ロシアデモ
クリミア半島は2014年、プーチンがわれながら天才的だと思っている密かな軍事浸透とハイブリット戦争によって軍事制圧し、その後住民の「自発的意志」による住民投票で、ロシアに併合されてしまった土地です。
気をつけましょうね、この住民投票とか自治政府という甘い言葉。
字ズラは、なんとなく民族自決とゴッチャになりますが、まったく違うんです。
ロシアや中国が使うと、この「住民投票」は外国製力が他国を内側から切り崩して、導き入れるトロイの木馬として使われます。
ロシアが占領地でなにをしているかを、ヘルソンを例にとって見てみましょう。
ウクライナ軍幹部、南部州「年末までに奪還目指す」: 日本経済新聞 (nikkei.com)
「ロシア軍当局はヘルソンで、選挙によって選ばれていたイーゴリ・コリハエフ市長を解任した。占領軍に「協力的ではなかった」からだと、ロシア国営RIA通信は伝えた。
ヘルソンとその周辺地域には、親ロシア派の行政機関が設置された。
ウクライナのテレビ番組へのアクセスは遮断され、インターネット・サービス・プロバイダーはロシアのものへ変更された。
ヘルソンの住民は、親ロシア派のラジオ局のニュースを聞くよう促されている。
ロシアの目的は、「自分たちのうそのプロパガンダを、競合のいない情報源にすること」だと、ウクライナは指摘している」
(BBC2022年5月11日)
ロシアは占領地でどんな支配を進めているのか ウクライナ・ヘルソンの変化 - BBCニュース 。
ロシアは軍事占領したウクライナ領のヘルソン、マウリポリ、ドネツク、ルガンスクなどで、このクリミア方式を踏襲し傀儡国家を作り続けました。
もちろんウクライナはもとより国際社会は、一切これを認めていません。
それが今になって、ロシア系と秘密警察関係者からロシア本土に逃げ出すというのですから、その理由はたったひとつしかありません。
足元に火がついてしまったのです。
劇的なハルキウ州解放は、ウクライナ戦争すべての情勢を大きく塗り替えました。
ウクライナ戦争で、ロシアがほんとうに叩きだされそうな勢いとなったのです。
私は要衝マウリポリがアゾフスタル製鉄所の悲壮な陥落によって落ちた後、東部ハルキウからドネツク、南部マウリポリ、ヘルソン、クリミアに至るL字型の占領地域を確実に獲得してしまったと考えていました。
いったん守りに入ったロシア人はここにでっち上げ国家を作って既成事実化し、遠からずロシアに併合していくだろうと悲観していたのも確かです。
こういう私の弱気をものの見事に覆してくれたのが、先週のハルキウ州における大進撃でした。
下の写真は占領されていた村に入ったウクライナ兵です。
抱き合って歓迎されています。涙ぐましい風景です。
いまやハルキウ州全域でこの風景が見られたことでしょう。
客観的戦況について、もっとも冷静な観察者であるISW(米戦争研究所)の分析です。
「ロシア攻勢作戦評価
ウクライナ軍はロシアに大規模な作戦上の敗北を負わせ、迅速な反撃でほぼ全てのハルキウ州を奪還した。
ウクライナの成功は、HIMARSのような欧米兵器システムの影響を最大化する努力を含む、巧みな作戦計画と実行の結果である。
(略)
ウクライナの指導者たちは、南部での攻撃を大きく取り上げて、ハルキウ州での彼らの意図について、ロシア人を混乱させることに成功した。
欧米の兵器システムは必要だったが、ウクライナの成功を確実にするには十分ではなかった。ウクライナが、よく設計され、よく実行されたキャンペーン(作戦)で、これらのシステムを採用したことがハルキウ州での反撃作戦の目覚ましい成功を生み出した。
ウクライナによるイジュームの奪還は、ロシアがドネツク州で表明された目的を達成できるという見通しを終わらせた」
戦争研究所 (understandingwar.org)「10日深夜(米東部標準時)の時点で「ハルキウ州におけるウクライナ軍の反攻はロシア軍を追い詰め、ロシア軍が占領する東部ドンバスの北軸を崩壊させつつある。ロシア軍は統制がとれないまま撤退しており、イジューム周辺で包囲されるのを避けるため急いで逃走している」
速報中】ロシア軍はパニック状態で撤退? 貴重な装備品を放棄 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
つまり、ハルキウ州の電撃作戦前に行われていた南部ヘルソンへの執拗なウクライナ軍の攻撃は陽動作戦で、東部解放の準備を隠すのが目的だったということのようです。
そして時が満ちて、一挙に大量の機甲部隊と砲兵をハルキウ州に投入し、電撃的奇襲を敢行したわけです。
虚を突かれたロシア軍とドネツク兵たちは、装備も捨てて我がちに逃げてしまったようです。
さらに戦争研究所(ISW)は衛星写真の検証結果に基づき「ロシア軍はクビャンスクを放棄して後退した」と指摘しました。
上の地図の右側青色地帯(ウクライナ支配地域)のハルキウとイジュームを結ぶ道路の途中にあるのがこのクビャンスクですが、ここが要衝イジュームの防衛最前線でした。
イジュームはロシア軍の南北に縦断する最重要補給ラインのターミナルで、ここが陥落すると南部のロシア軍は補給を断たれます。
ISWは「ヘルソン市を守るロシア軍に大きな影響を及ぼすだろう」と書いていますが、イジュームの失陥は東部戦線のみならず、南部戦線も重大な影響を被りました。
しかもこの際に、ロシア軍の西部軍管区司令官シチェヴォイ中将とおぼしき人物も捕虜となっているていたらくです。(異論も存在します)
すでに将軍クラスが12名(!)も戦死したうえに、しかも今回ひとりが捕虜となったとなると、怒り狂うプーチンの火事場の金時のような顔が目に浮かびます。
「9月9日にSNSに投稿された映像には後ろ手に手錠を掛けられ、跪く2人の兵士。2人の恰幅の良い兵士は右目あたりから血を流している。この男性、ロシア軍西部軍管区司令官アンドレイ・シチェヴォイ中将とされている。彼は中佐の階級章が付いた軍服を着ているが、身分を隠すために下級将校の制服に着替えたとされている。
シチェヴォイ中将は7月20日に、西部軍管区司令官に任命されている。中将という将軍クラスが捕虜となれば、第二次大戦以来の大戦果となる。これまで12人の将軍クラスの将校が戦死しており、このクラスの戦死は非常に稀だが、捕虜となるのは更に稀だ。しかし、シチェヴォイ中将の捕虜についてはウクライナ、ロシア双方ともに公式発表はない」
(ミリレポ9月13日)
捕虜となったロシア軍中将、代わりの中将は就任から16日で更迭、ハリキウで敗走したロシア軍の情報は錯綜│ミリレポ|ミリタリー関係の総合メディア (sabatech.jp)
ウクライナ軍 ロシア軍の西部軍管区司令官を捕虜として捕まえたか - ライブドアニュース (livedoor.com)
とまれロシア軍の士気の崩壊は覆いがたい事実のようです。
ロシア軍が逃げ去った後には、膨大な装甲車両の残骸の山と装備品が散乱していました。
軍隊が装備品を捨てて逃げたら、もうオシマイです。
戦争研究所は12日の分析で、衛星画像により親ロシア派武装勢力の大半がキセリョフカから撤退したと確認したと説明。「ヘルソン市の防衛能力が低下し、この地域のロシア軍に差し迫った脅威があることを示唆している」と分析していました。
おそらくヘルソンの奪還は時間の問題だとかんがえられます。
しかもヘルソン州を押さえることで、ウクライナ軍はここからドネツク州を西側から包囲することが十分に可能ですし、さらにここから南部戦線への進撃路も開けました。
ドネツク傀儡軍の慌てふためいた退却ぶりは、次に落とされるのが他ならぬ我が身だと怯えているからでしょう。
次の段階でウクライナ軍は、いままでウクライナ軍が圧力をかけ続けてきた地図左側赤色と青色がせめぎ合っているヘルソンに東側から包囲し、遠からずヘルソンを奪還すると思われます。
さて政治的な意味も考えてみましょう。
奪還したばかりのイジュームに、ゼレンスキーが直ちに訪問して将兵を労ったことでも想像がつきます。
Офіс Президента України イジュームに入ったゼレンスキー大統領
今月2日、英国王立防衛安全保障研究所は「ウクライナは冬が到来する前に受け取った支援の有効性を西側諸国に示しておかなければならない」と述べており、数カ月後に訪れるヨーロッパのエネルギー不足による寒い冬を前に、「ウクライナにはロシアを追い出す力がある」ことを世界に示す必要があったからです。
自由主義陣営にはすでに支援疲れが見え始めており、プーチンがロシア産石油・石炭を人質にすることで脅迫した場合、結束が揺らぐ可能性があります。
バイデンも、戦争は長期戦になるだろうと述べ、ウクライナにクリミア半島を攻撃可能にする射程のミサイルの供与には消極的だった経緯もあります。
このような弱気に釘を刺す意味で、ゼレンスキーは冬を前にして大きな目に見える戦果を獲得する必要があったようです。
そしてもちろん国内の引き締めもあるでしょう。
この戦果によって、国民の約9割が「どんなに戦争が長引いても領土を奪い返す」ことを支持しています。
「ウクライナの世論調査会社「キーウ国際社会学研究所」が15日、発表した最新の世論調査結果で、回答した人の87%が、どんなに戦争が長引いても領土をロシアに提供することを「認めない」と答えた。5月時点より5ポイント増加したという。ウクライナ軍が今月に入って東部と南部で領土を奪還したため、国民の士気が高まっているとみられる」
(毎日9月16日)
領土割譲「認めない」87%に ウクライナ世論調査 軍の攻勢で | 毎日新聞 (mainichi.jp) 。
このようにハルキウ州を電撃的に解放することによって、ふたつの進撃路が拓けました。
ひとつは、東部のロシアの傀儡国家である自称「ドネツク人民共和国」を壊滅に追い込むことで、ゼレンスキーは「ドネツク全体が解放されるだろう」と目標に掲げていました。
そしていまひとつは南部への進撃路です。
後者は、2014年のクリミア侵攻の結果生まれた擬似的国境線を揺り動かし、クリミア半島の奪還という大きな政治目標が初めて現実のタイムテーブルに乗ることができることとなりました。
AP
ウクライナに平和と独立を
« 山路啓介氏寄稿 知事選のあとにその5 | トップページ | 日曜写真館 祈りとは膝美しく折る晩夏 »
快進撃ですね。
北と南で揺さぶり、少しずつ後退しながらロシアの兵力をジワジワと削り機を見て反撃。
ロシアはドネツクとザポリージャに兵力を集めているようですが、どうなりますやら。
イギリスで内容の濃い訓練を受けたウクライナの兵士もどんどん戦地入りしています。
ロシアは教官まで戦地へ出され、新兵訓練はレベル低下がみられる。
士気も違うのに、この両者が対峙するのですから、歩兵戦でもウクライナに軍配が上がるのでしょう。
一方、ロシア領内から無差別な攻撃は継続されウクライナ市民の被害は増加しています。
早く平和が訪れることを祈ります。
投稿: 多摩っこ | 2022年9月17日 (土) 12時37分
カディロフのような強硬派はロシア国内の自治体からの1000人毎の徴兵をするだの囚人を使うだの躍起になっています。
しかし、兵士の専門化が進んだ現代戦争でそんなことしても案山子の兵隊を増やすだけです。
寧ろ心配するべきは恩赦を目当てに入る囚人部隊によって略奪や戦争犯罪が更にエスカレートすることでしょうか。
投稿: 中華三振 | 2022年9月17日 (土) 13時49分
今月に入ってからのロシア軍の瓦解ぶりはついに臨界点を突破してしまった感があります。
ここからの巻き返しにはロシア全土の総力の集結が必要ですが、おそらくモスクワの暴走から始まったこの醜態に周辺地域がどれだけ理解を示すかは疑問です。
負けた為政者が排除されるのは権威主義国の宿命です。
ロシアはこれ以上損失を増やさないようプーチンの排除からの停戦持ちかけしかありません。
ウクライナ側からしたらロシアの蛮行を償わせるためにもクリミアの返還はマスト、それに加えてどれだけの賠償をもぎ取れるかという話になるでしょうね。
その段階になった時はウクライナも暴走しないようにしっかりと西側諸国がコントロールする必要があると感じます。
投稿: しゅりんちゅ | 2022年9月17日 (土) 13時49分
ウクライナからすれば、ロシアからの脅威を限りなくゼロに近づけるにはNATO加盟しかないわけで、今の勝利もその為の一里塚だと考えているでしょう。とすれば、プーチンは継戦だけは断念する事が出来ません。しかし、プーチン政権の瓦解が先でしょう。
プーチンも今なら傀儡後継を立てられるのかもですが、それが出来ないところに独裁者の弱みがありますね。
アホな習近平は11月以降、経済的・軍事的な援助をロシアに対して行うと思うし、そこでプーチンの「惨勝」をねらい、弱ったロシアを意のままにしたい計略でしょう。ただ、中国が如何にロシアにテコ入れしようとも、もうロシア優位に傾く事はないのだと思います。
西側のウクライナへの兵器提供はまだまだ抑制的だと言ってよく、中共があからさまな援助をすれば、西側もさらにウクライナへのテコ入れをはかる事になる。
それにしてもウクライナには世界中が騙されましたね。
南部を取りに行くとばかり見せかけた手腕は相当なもの。シビれました。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年9月17日 (土) 23時43分
どれだけ痛めつけられても、甘い誘惑をかけられても、絶対に諦めない、それが一番大事なんですね。
そして、気持ちとしてはこの機に北方領土取り返したい…ロシアがこの状況でも瓦解しないのは、「それでも(少なくとも西側諸国は)ロシア本土には絶対に攻撃してこない」と確信してるから、ですよね…
投稿: ねこねこ | 2022年9月18日 (日) 13時00分
ロシア軍、その気になれば地雷や市民を使って反攻を遅らせることは可能だろうに、それも出来ないくらいに士気が下がっているのですね。
地雷の撤去には投降兵にガイドしてもらうのが手っ取り早いですから、それも多いのでしょうね。
原油相場は、波はあれど次第に下げてきています。
ロシアの生産能力が健在であれば中国が買い叩いた分を転売することで需給は拮抗します。
ロシアが採掘設備を更新できないと供給が低下して値上がりしますが、一方で西側諸国の利上げが景気悪化に繋がれば値下がり要因です。
戦果は十分上がっていると思いますが、「寒い冬」を意識して攻め急ぐと思わぬ反撃を受けてしまう気がするので、悩ましいです。
投稿: プー | 2022年9月19日 (月) 21時16分