ザポリージャ原発のIAEA査察とロシアの思惑とは
ロシア軍が占拠しているウクライナ南東部のザポリージャ原発の初視察を終えたIAEA(国際原子力機関)のラファエル・グロッシ事務局長がいったん本部のあるウィーンに戻りました。
グロッシ事務局長によるトップ査察ですから、いかにIAEAがこのザポリージャ原発のロシア軍占拠を重く見ているのかわかるでしょう。
そりゃそうです。原子力発電所が、外国軍隊に占領され要塞化されたうえに、電気を強奪されるなんて事態は、世界の原子力発電史上空前のことだったからです。
「国際原子力機関(IAEA)の調査団が1日、ウクライナ南部でロシア軍が掌握するザポリッジャ原子力発電所に到着し、施設内を初めて視察した。調査団のうち数名は現地にとどまるという。
IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、「原発とその物理的な完全性」が「何度も損なわれた」と指摘した。
視察を終えてウクライナの支配地域へと戻ったグロッシ氏は、「我々はどこにも行かない。IAEAはいま原発にとどまっており、そこから動くことはない」と述べた。ただ、何人の調査員がどれくらいの期間、原発にとどまるのかについては明らかにしなかった。
ロシアのインタファクス通信は、8人から12人程度の調査員が原発に滞在すると伝えた。一方、ウクライナ原子力発電公社エネルゴアトムは調査員5人がとどまるとしている」
(BBC 2022年9月2日)
IAEA、ウクライナのザポリッジャ原発を視察 調査団数名が滞在へ - BBCニュース
ちなみに、ロシアがグロッシ事務局長に送った案内人が評判を呼んでいるようです。
下写真左側のスキンヘッドにサングラス、見るからにいかがわしそうな男は、原子力などなにも知らない人物でした。
おいおい、原子力の知識がなにもない男を送るなよ、ロシア。
「IAEAの茶番ミッションのお相手はクルチャア「ロスアトム顧問」。 検索すればすぐ分かるが、彼は原子力の専門家でもなんでもない。 2年前はアブハジア要人の毒殺未遂に(FSBの依頼で)コメントする「政治学者」であったり、その前は16歳の少年を轢き殺しても裁かれなかったムルマンスクの役人」
(保坂三四郎ツイート)
Sanshiro HosakaさんはTwitterを使っています「ザポリージャ原子力発電所でラファエル・グロッシに同行しているロシアの「専門家」は誰なのか疑問に思うなら。これは、ロサトムのトップの顧問であり、工学の教育を受けていない「社会学者」であり、曖昧な背景を持つレナト・カルチャアです。彼らがどのような「証拠」を提示したのか、私には想像することしかできない」
Maria Avdeeva(@maria_avdv)さん / Twitter
彼はFSB御用達「政治学者」のレナト・クルチアのようで、プーチンの口先三寸でIAEAを丸め込みたいという気持ちが透けて見える人選です。
ところで、活動家今回のウクライナ戦争で無力さをさらけ出してしまったために、私は国連機関への強い懐疑論に傾いていました。
おそらく国連には中露が関わる限り、戦争を止める力はないし、かといって硬直して肥大化するだけの国連を改革する自浄能力もない。
しかしその機関のトップに誰が座るかによって、事態をいっそう悪くすることを遅らせるていどのことはできる、今回そう思うことにしました。
保坂三四郎氏は「茶番」と決めつけますが、今回のIAEAによるザポリージャ査察自体が丸腰で戦場に乗り込むに等しい勇気ある行為であり、残った5人の職員は残留決死隊のような役割だと私は見ています。
IAEAが5人のスタッフを残留させた理由は、外国軍隊が軍事占領している状況ではウクライナ気象当局の放射線監視部門の幹部が言うように「短期間の訪問では問題の解決はできない」ためであり、いま、原発で何が起きているのかを調査し、安全を確保するためにも、一過性の視察ではなく、長期にわたり現場で活動を継続する必要があったからです。
さもないとロシア軍は全体主義国の習性で、「見せたいものだけ見せる」「見せたくないものは隠蔽する」「邪魔者がいなくなるや元に戻る」という対応を平気でとるからです。
その悪しき典型がWHOの重慶調査団でした。
このWHO「調査団」には人選からして、重慶ウィルスラボとの利益共有者までもが紛れ込んでいるうえに、自由に査察する権限を奪われていました。
こちらに習近平同志の偉業に感謝する展示がございま~す、こちらがウィルスが中国に侵入した冷凍倉庫でございま~す、と中国当局の案内するがまま連れ回されただけのことです。
一方、グロッシ事務局長は、WHOのようにアリバイ工作に利用される気はさらさらないようです。
それはWHOと違って、IAEAはNPT(核拡散防止条約条約)によって保障された強い査察権限を持つからです。
今回はいくつか査察拒否に遭遇したとされていますが、本来は当該国には査察を拒否する権限は一切なく、要求されたものを包み隠さず開示せねばなりません。
通常のIAEA査察は、「保障措置」と呼ばれてきわめて強い強制力を持っています。
原子力規制委員会はIAEAの査察について、こう述べています。
「査察とは
国及びIAEAの査察官は、実際に原子力施設に立ち入り、以下の査察活動を実施しています。
・施設に保管されている記録と、国に報告された計量管理報告の内容に矛盾がないかを確認します。
・記録どおりに核物質が存在することを、刻印番号、核物質からの放射線の測定、採取した試料の化学分析により確認します。
・封じ込め/監視の結果の確認と必要な装置の保守をします。
査察とは|原子力規制委員会 (nra.go.jp)
IAEAの査察を受け入れることは、原子力施設をもつ国の義務であり、要求されるいかなる場所、文書、帳簿などは無条件で開示せねばなりません。
日本もたびたび査察を受け入れており、直近では福島第1の処理水(汚染水と呼ばないこと)についても厳重な査察がなされ、問題がないことが明らかにされています。
だから中韓や日本のメディアがいかに騒ごうと、処理水の放出措置が揺らがない権威があるのです。
IAEAによる東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水の安全性に関するレビューが行われました。 (METI/経済産業省)
また、本来はこの間の事情をもっともよく知っているウクライナ人作業員は家族への報復を恐れてIAEAの聴取に口を開かないだろうと、ハイノネン元IAEA事務次長は述べています。
さてロシア軍は現在、サポリージャ原発を楯にした軍事要塞化を目指しているようで、すでに500人以上の兵員と軍用車両を駐屯させています。
もちろん国際法上あってはならないことです。
「エネルゴアトム(ウクライナ原子力公社)のコティン総裁は、NHKの取材に対し、ロシア軍が原発の敷地にミサイル発射装置などを持ち込み、原発を盾にして、ウクライナの町を攻撃していると訴えました。
これに先だってエネルゴアトムは、原発の敷地内には500人以上のロシア軍兵士や軍用車両が配置されているとも指摘。
ロイター通信が配信した、ザポリージャ原発の建物で撮影されたとする映像でも、ロシアの軍事侵攻のシンボルとなっている「Z」の文字が書かれた、ロシア側のものとみられる車両が確認できます。
また、アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は、
「ロシア軍は『核の盾』として原発を利用している。原子力事故に対する欧米の恐怖心をあおり、ウクライナへの軍事支援を行う意欲を低下させようとしている」
とも指摘しています。
原発を盾として利用することで、ロシア軍は軍事侵攻を優位に進めようとしているのではないかと批判されています」
(NHK9月2日)
ウクライナ ザポリージャ原発でなにが? | NHK
このロシア軍は、ザポリージャ原発の冷却水用の貯水池に地雷を設置し、原子炉建屋の陰にミサイルまで配備していると見られています。
ザポリージャ原発の接収を示唆 ロシア副首相 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
「作業員や住民、ウクライナ当局者らによると、3月にザポリージャ原発を制圧した500人超のロシア兵は、このところ重火器を配備し、原子炉6基の冷却水を収めた貯水池沿いに対人地雷を敷設した。ウクライナ軍は約5キロメートル離れた対岸の町に陣取っているが、原子炉周辺での砲撃戦の危険性を踏まえると、原発への攻撃は一筋縄では行かなそうだ。
ザポリージャ原発は新たな兵器の導入によって、事実上ウクライナ軍の反撃から守られている。原発を徐々に軍の駐屯地化するという、原発業界が予想もしなかった事態が現実のものになっている。ロシア軍は原発周辺に日ごとに重火器を配備し支配を固めている」
(2022 年 7 月 6 日ウォールストリートジャーナル)
ウクライナ最大の原発、ロシアが軍事基地化 - WSJ
またもう1つ指摘されている原発占拠の理由は、ウクライナへの送電を遮断し、ロシア側にのみ流すことのようです。
サポリージャ原発は、ここだけでウクライナの総発電量の2割を賄っていますが、ウクライナへの送電を切断し、ロシアが不法占拠しているクリミア半島南部に供給する計画がある、とエネルゴアトムのコティン総裁は指摘しています。
「(ザポリージャ原発の職員の話として)ロシア国営の原子力企業ロスアトムの技術者が、電力を占領した地域に回すことについて議論していた」
(ウォール・ストリート・ジャーナル 8月14日)
いままで国際社会は、原発に対するテロ攻撃は想定してきましたが、このように長期間に渡って他国の原発を軍事占領し、あまつさえ自国占領地に送電するという電力強奪は想定外でした。
それを踏まえて、本来はこの原発の運営をロシアから取り上げて、IAEA自らが行うことも視野に入れて、5人残したと思われます。
公共政策調査会の板橋功研究センター長はこう言っています。
「原発を冷却する機能を維持し続けるために、当事国だけでなく、第三者の客観的な機関が入って運営していくことが必要になってきている。できれば調査だけでなく、IAEAの調査官などが常駐することが必要だ。
非常に危険な戦闘地域ではあるが、ウクライナとロシア双方で合意を得て、スタッフに危害を与えない担保を取った上でスタッフを常駐させ、常に客観的に状況を把握して、データを送信できるようにする必要があると思う」
(NHK 2022年9月2日)
ウクライナ ザポリージャ原発でなにが? | NHK
今回のサポリージャ原発の査察は、当初から砲撃によって妨げられました。
移動ルートに砲撃がなされ、調査団は予定より遅れて現地入りすることになりました。
その後も自由な査察は許されず、常に武装したロシア兵に連れられて査察をすることになったようです。
査察の間も戦闘が止むことはなかったようです。
「重機関銃や迫撃砲による攻撃が2、3回あったことは明らかだ。我々全員にとって本当に、非常に気がかりなことだったと思う」
(BBC前掲)
爆笑ものの一幕としては、地面に突き刺さったままのミサイルを見てIAEA調査団が「これはロシアからの方向から撃ち込まれているね」と問い質すと、くだんのロシア側案内人答えていわく、「ウクライナ軍のミサイルは着弾寸前に180度向きをかえているのだ」そうです。(笑)
そんなもんあるわきゃないでしょう。
「ウクライナ国民の98%は自国の勝利を信じ最大限結束」ウクライナ国営通信社 日本人編集者が語る(ニッポン放送) - Yahoo!ニュース
ウクライナに平和と独立を
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このロシア軍の暴挙に「反原発の旗手(爆笑)」広瀬某は抗議の一つでもした事があるのでしょうか。
投稿: KOBA | 2022年9月 5日 (月) 04時32分
ザポリージャの現場でただひとりスーツに革靴のこの男。
当然「こいつ誰?」と検索されて、直ぐにどんな人物かバレるの巻。
一方、IAEAはやはり職員をザポリージャ原発に常駐させるそうですね。
投稿: 宜野湾より | 2022年9月 5日 (月) 17時54分
ロシアは、通常の戦争は素人なのに、核を使った恫喝は狡猾ですね。
一番の問題は要塞化でしょう。
これによってウクライナは反攻がとてもしづらい状況になりました。
いかにハイマースといえども原発と一体化した敵に撃ち込む勇気はないでしょう。
これを無効化するには、原発からの攻撃に耐えながら周辺の領土を取り返して孤立させ、好条件を提示して降伏させる、という膨大な手間が掛かります。
投稿: プー | 2022年9月 5日 (月) 22時38分
馬鹿げた案なら、
ドニエプル川の上流をせき止めて冷却水取得が出来無くさせる「水攻め」という手もあります。。
投稿: 山形 | 2022年9月 6日 (火) 06時57分
コメント規制を受けましたが、何かあったのですか?
投稿: KOBA | 2022年9月 6日 (火) 20時09分