揺らぐロシアの悪友イラン
ロシア大敗は国内に激震を及ぼし、さらに国外の彼らの言葉を使えば「責任圏」にも波及しました。
たとえば東コーカサスのアルメニアは西側に接近し、中央アジアのカザフスタンは中国すり寄りが始まりました。
そしてロシアが、世界でもっとも親密な軍事同盟を結んでいる中東イランにおいても、動揺は確実に波及しています。
死亡したマフサ・アミニさんの肖像を掲げるデモ参加者/Kenzo Tribouillard/AFP/Getty Images CNN
22歳のイラン女性マーサー・アミニさんが、テヘランでイスラム教の服装規則を遵守せずヘジャーブ(ヘッドスカーフ)を正しく着用していなかったというささいな理由で宗教警察に逮捕され、警察署内で尋問中、死去した事件はイラン全土で激しい抗議デモを呼び起こしました。
「一方、クルド系のRudawメディア・ネットワークは、「彼女はヘッドスカーフが原因で警察官に殴打された。彼女の父親は娘の体に拷問の痕跡があったと主張している。彼女が以前に病気を患っていたという情報についても、父親は『娘は完全に健康だった』と述べた」と報じた。また、彼女の治療にあたったクリニック関係者は、「彼女は13日に入院した時に既に脳死状態だった」と証言したという」
(ウィーン発 『コンフィデンシャル9月24日)
10年遅れで「イランの春」到来するか : ウィーン発 『コンフィデンシャル』 (livedoor.blog)
この虐殺に対して、イラン全土で激しい抗議行動が勃発しました。
「(CNN) イランで道徳警察に拘束された若い女性の死に対する抗議デモが続くなか、当局は24日までに、街路に平穏が戻るまでインターネット接続を制限すると明らかにした。
イランではマフサ・アミニさん(享年22)の先週の死をきっかけに、数千人が街頭に繰り出して抗議を行っている。
アミニさんは首都テヘランで逮捕され、「再教育センター」に連行された。逮捕理由は頭部を覆うヒジャーブを適切に着用していなかったことだとみられる。
16日以降、テヘランを含む少なくとも40都市でデモが行われた。デモ隊は女性に対する暴力や差別、ヒジャーブ着用義務の撤廃を求めている。
デモは治安部隊との衝突に発展し、数十人が死亡したとの情報もある」
(CNN9月24日)
イラン、ネット接続を制限 女性死亡へのデモで死者増加 - CNN.co.jp
イランでスカーフ巡り女性死亡 警察暴行疑惑、抗議拡大: 日本経済新聞 (nikkei.com)
「SNS(交流サイト)ではアミニさんとされる女性が病院に横たわる写真が拡散している。血痕なども見えることから「警察が暴行した」と疑う声が広がる。遺族も「頭蓋骨が折れていた」などとし、死亡の責任が警察にあると主張した。
17日に開かれたアミニさんの葬儀では、女性がスカーフを脱いで抗議する様子などが見られた。テヘランなどでもデモが行われ、市民らが「女性、命、自由」などと声をあげながら行進する様子がSNSなどに投稿されている。イランの報道メディアはデモの参加者が拘束されたと伝えた。
一方、警察はアミニさんが「心臓発作を起こした」と説明。警察署でアミニさんが突然倒れたとする動画を公開した。遺族はアミニさんに健康上の問題はなかったとしている。デモをしていた市民に警察が発砲し、けが人が出たとの情報もある」
(日経9月20日)
日本の「イスラム専門家」たちには、ヒジャーブについてイスラム風ファッションだとか、着用の義務はなく自由だという言い方をするものがいるのですが、飯山陽氏によれば、まったくの間違いです。
「女性のヒジャーブ着用はイスラム教という宗教上の義務であり、そこには基本的に「選択の自由」などというものは存在しないこと、特にイランのように国家が着用義務を定めている国では、ヒジャーブの未着用、あるいは不適切着用が懲役刑や、あるいはより厳しい刑罰に処されることを、彼らは隠したり、あるいは軽視してきたりしてきました」
(飯山陽note)
つまりイランでは、ヒジャブは宗教支配の象徴なのです。
ところで、イランは国内に対してはヘジャブから髪一筋はみ出すことすら許さない専制的宗教国家であり、国外に対しては世界最大のテロ輸出国家でした。
イランの準軍事組織であるイラン革命防衛隊(IRGC )は、イラクやシリアですさまじいばかりの破壊テロ活動を行っており、中東の混乱の源泉となってきました。
黒井文太郎氏によれば、彼らは海外のイラン民主派勢力に対して国外であるにも関わらず容赦ない暗殺攻撃を続けました。
イスラム革命防衛隊
「イラン人の暗殺は、欧州亡命組を中心に、1980年代から90年代にかけてかなり頻繁に行われ、少なくとも20か国以上で、計350人以上が殺害された。ただし暗殺作戦は、2000年代以降は比較的沈静化している。亡命反体制派の活動家たちが高齢化し、武力で体制を倒せるような存在ではなくなったからである」
(黒井文太郎2019年4月17日)
中東の最重要問題に浮上したイランの国家的テロ組織 ISよりも危険な存在、イラン「革命防衛隊」とは(後編)(1/4) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)
この執拗な大量暗殺のために、国外亡命グループは壊滅しました。
イランで専制政治が続くひとつの理由は、イスラム原理主義政権にとって代わる民主派勢力に指導者がいないためです。
それは全員殺害されてしまったからです。
次に標的にされたのが、イスラエルとユダヤ人です。
イランは、彼らの支配下にあるレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」に指令してイスラエルに対してロケット弾攻撃を仕掛けました。
このヒズボラは、元来は革命防衛隊が82年に作ったレバノンのシーア派テロ組織で、83年にはレバノン駐留の米仏軍に自爆テロを行い、80年代に欧米人30人以上を誘拐したりしています。
これらの活動は、革命防衛隊の指令に従っており、革命防衛隊を通じてイラン指導部と直接につながっています。
いまやヒズボラの活動は、中南米にも及び、麻薬売買にも関わっています。
これらのダーティな資金を基にして、革命防衛隊は多くの国々の反政府テロ組織を作り、育成してきました。
「(革命防衛隊)クドス部隊は、外国のテロ組織を育成する工作も行った。スーダン、パレスチナ、レバノン、イラク、ヨルダン、トルコ、アフガニスタン、タジキスタン、エジプト、アルジェリア、リビア、チュニジアなどの反政府ゲリラを訓練し、テロリストに育て上げる工作である。クドス部隊の軍事顧問がこれらの国々に派遣されて指導することもあったが、イラン国内の訓練所で指導することもあった 」
(黒井前掲)
特にこの浸透工作が成功した地域は、イラク、シリア、イエメン、そしてパレスチナで、この地におけるテロ流血事件のほぼすべてに、イランが関わっているといっても過言ではありません。
よく日本のメディアや「イスラム専門家」たちは安易に「パレスチナの大義」と美名で呼んでいますが、内実はこのヒズボラなどのイラン傀儡集団にとって替わられています。
さてロシアとの接点が生まれたのが、シリアのアサド政権の軍事支援の場でした。
残虐で知られたアサド政権は、反政府勢力とクルド族によって窮地に陥ると、これを助けたのがヒズボラなどのイラン傀儡のテロ組織でした。
この親イラン勢力は、アサド政権陣営の残虐行為をリードして、虐殺事件を頻発させました。
イランと共にアサドを助けたのがプーチンでした。
中東に足掛かりが欲しいロシアはシリアに空軍を送り、民間地域もインフラも無差別に空爆を続けました。
世界遺産のアレッポなどは、このロシアの無差別空爆で廃墟の街と化しました。
【AFP記者コラム】拘束され、両親を失っても、私はシリアを撮り続ける 写真22枚 国際ニュース:AFPBB News
空からはロシア軍がクラスター爆弾を無差別に投下し、地上ではイラン革命防衛隊とその眷属が虐殺しまくって、アサド政権は延命しました。
国連におけるロシアのウクライナ非難決議に対して、恩義があるアサド政権が反対票を投じたのも当然でしょう。
そしてロシアはシリアで用いた残虐な手法を、そのまま今回のウクライナ侵略でも踏襲しました。
日経
「【クラクフ(ポーランド南部)=上地洋実】ロシアによるウクライナへの侵攻を巡り、露軍がシリア内戦などで用いた戦術との類似点が指摘されている。民間施設を攻撃し、「人道回廊」を設けて住民を退去させ制圧する手法だ。(略)
ロシアは15年9月にシリア内戦に介入し、反体制派の牙城とされた北部アレッポでアサド政権軍とともに反体制派と激しい戦闘を繰り広げた。
露軍は16年、アレッポを包囲し、水や食料などの供給路を断った後に「人道回廊」を提案した。その後、反体制派の戦闘員や住民を退避させ町を制圧した」
(読売2022年3月8日)
ウクライナ侵攻、シリア内戦でのロシア戦術と類似点…「人道回廊」提案後に町を制圧 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
このようなつながりで、イランはロシアと盟友関係にあります。
ただし、ロシアンフレンドがどこでもそうなように、宗教国家とロシア帝国の復権を掲げるプーチンが真の同盟を結べるはずもなく、例によって「敵の敵は味方」の論理で手をつないでいるにすぎません。
まだイラン情勢は不透明ですが、この中東のロシアの悪の盟友にも揺らぎが見え始めたことは確かなようです。
一方このイランを支えているのがわが国です。
米国は「苦い経験」を繰り返さないことを保証しなければならない - Mehr通信社 (mehrnews.com)
先日、安倍氏の弔問に訪れたラィースィ・イラン大統領と岸田首相との会談は「歴史的友好関係を確認した」そうです。
テロ国家と「友好関係」ですか。恥ずかしいこと。
- 岸田総理大臣から、安倍元総理大臣の逝去に対するライースィ大統領からの弔電に謝意を述べるとともに、長年にわたるイランとの伝統的友好関係の一層の強化に向けて協力していきたい旨述べました。これに対して、ライースィ大統領から、改めて弔意の表明があるとともに、日・イラン関係を様々な分野で拡大していきたい旨述べました」
(外務省9月21日)
日・イラン首脳会談|外務省 (mofa.go.jp) 。
なんですか、この「歴史的友好関係」とは。そんなものがあったのでしょうか。
よくイランを「親日国家」という者がいますが、とんでもない。
イランが日本のタンカーだけ攻撃しなかったとでも。
真逆です。イランはこともあろうに安倍氏が20年ぶりに訪れたその時を狙って日本タンカーを攻撃し、船員2名を殺害したのです。
産経
「イラン沖のホルムズ海峡近くで13日朝(日本時間同日昼)、東京都内の海運会社「国華産業」が運航するタンカーと台湾の石油大手、台湾中油のタンカーが攻撃を受けた。両社が発表した。国華産業のタンカーは砲弾を受け、2隻とも火災が発生した。日本人は乗船していなかった。安倍晋三首相のイラン訪問中に起き、日本政府などは確認作業を急いでいる。何者が攻撃したのか不明。イラン政府は関与を否定した」(産経2019年6月13日)
日本のタンカーに砲撃 イラン沖ホルムズ海峡付近 - サッと見ニュース - 産経フォト (sankei.com)
そして核合意に反してウラン濃縮を続けました。
すでに核合意は空文化していたのです。
だからトランプは核合意から脱退して、真剣にイランを核放棄させる道を選択したのです。
もっともバイデン政権になってから、米はイラン核合意への復帰のために交渉を続けてきており、8月15日になってイランから「近い将来に調印する下地が整った」との前向きな発言があった。いよいよ本当に復帰が実現するのかもしれない」としています。
いよいよ米がイラン核合意へ復帰か (iforex.jpn.com)
こういうやりとりと無縁に、日本は呑気に核合意ができるといいねぇ、という態度のようです。
「2 両首脳は、イラン核合意をめぐる最新の情勢を踏まえ、率直な意見交換を行いました。岸田総理大臣から、日本として核合意を一貫して支持してきており、関係国による核合意への早期復帰を期待する旨述べました。両首脳は、引き続き緊密な意思疎通を継続していくことで一致しました」
(外務省前掲)。
この会談でイランはこう述べたと、イランメディアは報じています。
「さらに、全世界の非難の矛先となっているアメリカの一方的かつ違法な核合意離脱にも触れ、「核問題に関するわが国の表明は、完全に論理的で擁護できるものだ」と語っています。
そして、「わが国として、1つの公正な合意を成立させる用意がある」とし、「これまでのアメリカの悪い経歴からして、過去の苦い経験が繰り返されないことの保証を獲得する必要がある」と述べました。
加えて、イランの地域内における対話ややり取りが拡大発展しつつあるとし、「地域外の国が地域の問題に口出しせず、地域の課題を地域外の勢力に任せないことが、このような対話が成功する条件だ」としています」
(pars Today9 月22日)
イラン大統領が岸田首相と会談、「日・イ関係への米の制裁の影響阻止を」 - Pars Today
岸田氏がなんと答えたのか外務省は公表していませんが、イランは米国に核合意に介入するなと言っているのです。
それどころか「地域外の国がこの地域に口出しするな」とも言っています。
要するに、中東地域においてイランの革命防衛隊の好きにやらせろと、核を作るのを邪魔するな、西側各国は指をくわえて見ていろということです。
こんなことを平然と言わせるとは、日本の立ち位置はどこにあるのでしょう。
核合意を空文化して核武装に邁進するイランか、それを阻止しようとしている米国なのか。
案の定、イランメディアはこのようにこの日イ首脳会談を伝えています。
「ライースィー・イラン大統領が、米ニューヨークにて日本の岸田文雄首相と会談し、イランと日本が旧来から友好関係にあるとした上で、「率先的な方策の模索により、日・イ関係に対する米の一方的・圧政的な制裁の影響を防ぐ必要がある」と語りました」
(pars Today9 月22日)
イラン大統領が岸田首相と会談、「日・イ関係への米の制裁の影響阻止を」 - Pars Today
岸田氏とイランはこの首脳会談で、米国の「一方的・圧政的制裁」の影響をはねのけることで「両国関係の強化が確認された」ようです。
こんな首脳外交なら、しないほうがましというものです。
陸上のウクライナ女子選手が兵士に感謝し世界室内選手権金メダル「彼らのおかげでここにいる」 | 東スポWEB (tokyo-sports.co.jp)
ウクライナに平和と独立を
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コメント
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核合意後のイランの民衆はアメリカナイズというか、西欧的価値観に基づいた生活向上がありました。
でも、トランプ大統領の経済制裁で一気に経済状況が冷え込み、それが長い事続いている不満も手伝って、この理不尽で不合理な官憲による殺人に対する異議申し立てが起こったのだと言えます。
けれど、民主派から見れば、兄弟国のロシアの後ろ盾や自国への影響力が低下するだろう見通しがあり、それが大いに勢いづかせ要因でしょう。
うちの総理大臣の外交姿勢は日和見主義ですが、そこを利用されて、イランのような国家のプロパガンダに良いように利用されてますね。まるでイランや中共と同類のような扱いを「友好」という美名の下に宣伝されてます。完全に安倍以前の外交に戻りつつあるようです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年10月 1日 (土) 17時45分
確か安倍さんがイランから帰国した後で韓国への輸出管理規制が強化され、フッ化水素などがその対象になりました。
これの目的を岸田さんは理解しているのでしょうかね。
タンカーが攻撃されたことをお忘れなのかな。
尹大統領とも会談するし、日本がおかしな方向へリードされてませんかね。
高市早苗、中国という言葉を出すなと言われた、党内の一部勢力が邪魔をしてセキュリティ法案が思うように出せないという捨身発言。
これを聞き何人かの顔が浮かびます。
閣僚にもいるわけですよ、安倍さんが逝ったことを機に以前の日本に戻そうとする連中。
岸田さんならチョロい、操ってやるべー、でなきゃ総裁になんか推してないからなってね。
日本が食い物にされないこと祈ります。
投稿: 多摩っこ | 2022年10月 1日 (土) 21時57分