ロシアの獲得目標はみんな取ったぞ、かな?
なかなかユニークなことを、ロシア外務次官が言っています。
ロシア官製通信社のタスの英語版です。
「ベオグラード、10月15日。/タス/。北大西洋同盟は、ウクライナを"反ロシア"に変える欧米計画の崩壊に関連して、既にウクライナで敗北を喫している、とロシアのアレクサンドル・グルシュコ外務副大臣は、タスとのインタビューで語った。
「NATOは既にウクライナで敗北している。この敗北は、ウクライナを『反ロシア』に変える計画の崩壊と結びついている」とグルシュコは語った。
10月11日、同盟諸国の国防大臣会議の前に、NATO事務総長イェンス・ストルテンベルグは、ウクライナでの紛争におけるロシアの勝利はNATOの敗北を意味すると述べ、同盟はそれを許すべきではないと指摘した」
(タス通信10月15日)
NATOは既にウクライナで敗北し、崩壊しつつある'反ロシア'プロジェクトの中で — 公式 - ロシア政治と外交 - TASS
知らなかったなぁ。
ではここで改めて、ロシアの獲得目標とはなんだったか、思い出してみることにしましょう。
私の愚かな頭では確かざっと5つくらいあったと思います。
①NATOの東進阻止
②加盟国への外国軍の展開阻止
③ウクライナのNATO加盟阻止
④ミンスクⅡ合意の履行
⑤ネオナチから北部住民を守る
①のNATOが東方に攻め込んでいるぅ、だからロシアは恐怖したんだぁ、という言説はわが国でもロシアフレンドがしたり顔で言っていましたね。
この東進説について、篠田英朗氏はにべもなくこう述べています。
レンドリース法とNATO拡大がロシアを追い詰める? | オピニオンの「ビューポイント」 (vpoint.jp)
「事実は日本で陰謀論めいた主張をしている人々の中には、かなり真面目にNATO東方拡大はアメリカの勢力圏の帝国主義的な拡張のことであると信じているかのような人々がいる。だが、NATO東方拡大は、むしろ状況対応的な受け身の性格を持つ。それは、冷戦終焉を引き起こした現象、つまり東欧諸国における共産主義政権の崩壊という現象に対応した措置であった」
(「篠田英朗 『NATO東方拡大」とは何か』)
「NATO東方拡大」とは何か(前編) | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)
そもそも「NATO東進」と呼ばれる国際関係のシフトチェンジは、NATO自らの戦略ではなくソ連が崩壊したために起きたことで、ただの逆恨みです。
恨むなら、ソ連帝国を崩壊させた自分を恨むことです。
そもそも加盟の意志決定は国家の外交方針に属する主権なのですから、集団安全保障体制側が言えるのは条件に適合しているかどうかを審査することだけです。
いくらプーチンが金切り声でなんと叫ぼうと、スウエーデンやフィンランドの勇敢な女性首相たちは、中立政策を捨ててNATOに加入を申請し認められました。
無体な戦争を始めて中立だった北欧諸国をNATOに追いやるとは、これもオウンゴールです。
しかし、この二カ国をそうさせたのは、あんたらの国が侵略をしたからですよ。自業自得です。
こんな残虐非道な侵略を世界に見せつけてしまった、ロシア自身の責任です。
それにもうこれ以上の東進はありません。
なぜなら、国境を接しているヨーロッパの国で未加盟なのは、残すところウクライナくらいだからね。
よかったね、プーチン、もう東進はないってさ。
次に②NATO軍のロシア周辺国への展開はどうでしょうか。
今回のウクライナ侵略を受けて、英米軍は周辺諸国に展開し始めていますが、これは常駐するという意味ではなく、一時的な対抗措置にすぎませんから、ロシアが軍をウクライナから撤収すれば同じように撤収するはずです。
ウクライナに米国がTHAADを、ハルキウに配備するよう要請したなどとロシアは言っていましたが、うそでした。
今、新たな西側の高度な防空システムを提供する話は起きていますが、それはロシアの傍若無人の無差別爆撃に対応したもので、これもあんたらのせいでしょうが。
え、西側が中立的立場を捨ててウクライナを支援するから戦争が長引いて国民が死ぬのだ、止めれば戦争は終わるのだ、ですか。これもロシアフレンドがよく言っていましたね。
そもそも中立なんて立場はありません。
中立法は、大戦までの武力行使(戦争)自体が違法ではなかった時代背景においてだけ存在していた特殊な概念でした。
戦闘を交えている国家を「交戦国」とし、それ以外を「中立国」に分けて考えることで中立法は成立していましたが、現代では「国境の実力による改変」を企んで実行したこと自体が国際法違反ですから、中立国概念自体も存在しません。
侵略自体が違法である以上、あるのは「他国に侵略している違法国家」と、「自衛権に基づいて防衛している国家」の二つの区別しかなく、違法な侵略行為を止めるために合法的自衛権を行使している国を支援するのは、国際法上なんの問題もありません。
したがって②の周辺国への配備は、ロシアがウクライナから撤退すれば、NATOはもまた引いていく関係なのです。
これまたよかったね、プーチン。
③のウクライナのNATO加盟断念ですが、①と同じようにすべての主権国家は国連憲章51条によって個別的自衛権、集団的自衛権を有していますから、ロシアにとやかく言われる筋合いではありませんが、自分の「責任圏」の国はみんな属国だと思っているロシアに理解はむりでしょう。
また、プーチンにとって喜ばしいことには、NATOの側も現時点ではウクライナを加盟させる意志はありません。
正直に言ってしまえば、NATOは今回のウクライナ戦争でだいぶピシっとましたが、それまではただの仲良しミリタリークラブにすぎませんでした。
その証拠に、プーチンが西側こそ真の敵だという併合演説をしてもなお、いまでもNATO事務総長は「当事者ではない」と言っているのです。
ウクライナ4州併合にNATOは曖昧作戦 交戦回避へ賛否明確にせず|【西日本新聞me】 (nishinippon.co.jp)
毒舌家でもあるルトワックは、こうNATOをこき下ろしています。
「そもそもNATOに参加するという事は麻薬に手をだすようなもの、いわば実際に運動したり規則正しい食生活をおくるなどして身体の健康を守るのではなく、なにもせずに健康になれると錯覚するようなものだ。
もちろん、そんな錠剤を飲んだところで、健康になれるわけはない」
(エドワード・ルトワックhanada2022年6月号)
戦争前の2月14日、キエフを訪れたドイツのショルツ首相はウクライナの「同盟への加盟は事実上議題でない。その程度のことをロシア政府が大きな政治問題にしているのは不思議だ」と言い、ウクライナの恨みを買いました。
もちろんNATO加盟することは、交戦国であることが大きなハードルとなることをウクライナも分かっていましたし、それよりなにより西側諸国がこの戦争の当事者にはなりたくない、という本音をよくゼレンスキーは知っていました。
だからゼレンスキーは遠慮なく、加盟拒否の代償として武器のさらなる供与を求めて、NATO諸国はそれを断れなかったのです。
ゼレンスキーはしたたかな人物なのです。
ウクライナがNATO加盟申請表明、米は「実用的な支援の提供が最善」と慎重姿勢 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
しかし先日、再びゼレンスキーはNATO加盟を口にしました。
この理由は、「加盟申請中」という微妙なポジションを確定するためだと見られています。
申請中の国に対して、これ以上の国際人道法に対する違反行為を続けたり、あるいは核兵器を使用するなら、NATOの直接介入を招くからです。
でも、核兵器を使用しなければNATOは直接介入しませんから安心してください。よかったね、プーチン。
④のミンスクⅡ合意ですが、日本ではお約束のようにこれを和解調停案にしたらどうかという国際政治学者が多くいましたが、なるはずがありません。
「ミンスク合意」とは?ウクライナ東部めぐる停戦プロセス。3つのポイントで【解説】 | ハフポスト NEWS (huffingtonpost.jp)
なぜなら、ミンスク合意を木っ端みじんにしたのが、他ならぬロシア自身だからです。
プーチンは、かねてからウクライナ東部2州に「高度な自治権」を持つ事実上のロシア傀儡国家を作ることを目論んできました。
ミンスク合意はその線に沿って書かれている、ロシア寄りの、逆に言えばウクライナに大変に不利な合意内容なのです。
そりゃそうでしょう、日本に例えれば沖縄に「特別な地位」を与えて、自治権を認めてしまえば、事実上領土を割譲したも同然だからです。
このミンスク合意を有効たらしめているのは、東部2州の「高度の自治権」というデリケートな地位をキープし続けることでした。
新たに国家を作るには、ただ政府と国土、国民がいるだけでは不十分で、外国に国家承認されねばなりません。
しかしいったん国家承認してしまえば、もう「特別な地位」ではなくなり、ミンスク合意自体が否認されてしまいます。
プーチンが賢ければ、東部2州をズっとこの「特別な地位」のまま放っておくべきだったのです。
ミンスク合意にはドイツ、フランスといったEUが一枚噛んでいますから、どこも文句は言えなかったでしょう。
ところが笑えることに、プーチンにとっての誤算は身内から起きました。
ロシア下院が圧倒的多数で「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立承認を大統領に求める決議案を可決してしまったのです。
ただしこれは「尚早の承認」というヤツで、国際法上は無効ですが。
「国家の合併・併合,分裂・分離独立などによる新たな国家が既存国家によって国際法の主体として認められること。 そのための条件としては,まず国家としての実質(領土,国民,政府)が備わっていること,国際法を守る意思と能力を有していることなどがある。 それが備わっていない段階で承認を与えるのは〈尚早の承認〉として不法とされる」
(コトバンク)
尚早の承認とは - コトバンク (kotobank.jp)
したがって、本来当該国しか持たない国家主権に力づくで干渉するので、内政干渉です。
内政干渉は、明確な国際法違反であり、このよう新国家自体が違法であり、その「政府」が出した「要請」もまた違法無効です。
存在しているのはロシアの息がかかったただのヤクザな武装グループにすぎませんから、ロシアに対して集団的自衛権の要請をする主体そのものが欠落しているのです。
しかし無効だろうとどーだろうと、このロシアがした東部2州の国家承認で局面が変わりました。
ロシアが各種の国際交渉席上で言ってきたウクライナへのミンスク合意履行要求を、自分自身の手で否定したんですからこれは大きい。
毒食わば皿までというつもりなのか、プーチンはその上とうとう先日超えてはいけない一線を超えました。
それが禁断の「住民投票」の強行とロシアへの併合です。
なにやってんのかね、プーチン、これではミンスク条約の線に戻る、という和解案はコッパミジンじゃないですか。
残念でしたね、ウクライナがミンスク合意を守らないから戦争が起きたと言っていたロシアンフレンドの皆さん。
こういう流れをみていると、プーチンはもはや自分が火を着けたロシア・ナショナリズムを抑制できていないようです。
むしろ自分が撒いたウルトラ・ナショナリズムの炎に、自分の尻をあぶられてしまっている哀れな独裁者です。
⑤のネオナチうんぬんは、大声で戦争初期にプロパガンダしていたことです。
日本のロシアフレンドも口を揃えてゼレンスキーはネオナチだぁ、と言っていましたね。
やり玉に上がっていたのはマウリポリを守っていたアゾフ連隊でしたが、彼らはもともとイデオロギー的なナチズム信奉者にはほど遠い存在でした。
マリウポリの製鉄所で最後まで戦いロシアの捕虜となったアゾフ連隊兵士は今… 「今度は私たちが闘う番よ」残された妻が
「アゾフ連隊の前身のアゾフ大隊はしばしば極右のナショナリストの民兵と説明されてきた。アゾフ大隊の創始者、アンドリー・ビレツキーが極右政党の主催者であった事や初期の隊員らがウルトラスの中でも極右思想を持つ者が多かったことも強く影響している。
ウクライナ国内軍の組織である国家警備隊編入に伴い、政府は組織の非政治化を図り取り組んだ。この時、アンドリー・ビレツキーら極右思想を持つ指導部は去り、アゾフ運動を支持する政党「ナショナル・コー」を立ち上げた」
(アゾフ大隊 - Wikipedia )
マウリポリ攻防戦におけるアゾフ連隊の獅子奮迅の戦いぶりは世界をの称賛を浴び、以後彼らに対する誹謗の声は消えていきました。
ロシア発のプロパガンダを拡散していたロシアフレンドは、味噌汁で顔を洗いなさい。
いまや数々の虐殺や収容所が見つかるに及んで、ロシアこそナチスであるということで、世界の眼は一致しています。
このようにロシアの獲得目標は大部分獲得したようです。
おめでとう、プーチン。
ウクライナに平和と独立を
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ロシアがこのまま崩壊に行き着くとは到底思えません。ロシアをあまり追い詰めるのは得策ではありません。
ジョージ・ケナンが言ったことは正解ではなかったでしょうか。ロシア人の誇り、ロシア民族の伝統などをあまりに傷つけることは世界の安定がかえって損なわれるように思います。ロシアには理想もあるだろうし、アメリカの理想もあるだろうし、日本の八紘一宇の理想だってありますよね。中国や北朝鮮にもきっと理想があるのでしょう。
経済的覇権争いもあるし、このような民族の理想の争いというものも考慮に入れないといけないと思います。さらに言えば、ディープステートの理想というのもあるのでしょう。ディープステートの理想は何なんでしょうか?
今日本は、もう一度日本人の理想について考えてみる必要があるのではないかと考えます。岸田首相の理念のない政治姿勢を憂いますね。安倍さんには理想があったと思いますが、残念ながら若干力足らずでした。
沖縄県知事のデニー氏ですが、知事の立場にあるべき人ではないですよ。知性がない。やがては、参議院選を戦い惜敗した古謝氏あたりに勢力は傾いていくのではないでしょうか。我那覇真子さんにも期待をしております。
投稿: ueyonabaru | 2022年10月18日 (火) 12時18分
ロシア外務省も大変ですね。w
そもそもウクライナを反ロシアに変える計画などなかったし、ロシアによる2014年のクリミア併合への反発こそがウクライナの「反ロシア感情」を本格化させたのであって、言わば「自業自得」なのですけどね。
その事はブチャやマリウポリ、数々の非人道的な戦争犯罪で極大化こそすれ、些かも衰えていません。
きっと、まだロシアからの発信を信じている後進国や日本国内にも少数いるフレンズ向けに発信したものでもあるのでしょう。
あるいは池乃めだか方式で、勝った事にして鉾を収めるつもりでもあるのか。
NATOの東方拡大なども取って付けた理由にすぎず、恐れたのはようは、「ロシア国内への民主主義の影響力」、ってところが本筋でしょう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年10月18日 (火) 20時16分
>ロシアをあまり追い詰めるのは得策ではありません
侵略者を追い詰めるな、だって?何寝言抜かしてるの。
投稿: KOBA | 2022年10月20日 (木) 20時55分