ウェルカム・トゥ・プーチンズワールド
プーチンがなにを考えているのかを探る2回目です。
どんどんと彼の源流に遡っているような気がします。
前回見たような妄想性パーソナリティとして片づけてしまうと、非常に分かりやすい代わりに、どううしてこのような男が生まれて、なぜこのような愚か極まる戦争を始めたのか、ほんとうのところがわからないままになるようなところがあります。
プーチンの神秘主義スパイスがかかった反西欧主義、ロシア国粋主義が、この異様な独裁者の根っこにあることは確かです。
そこには数人のロシアの危険な思想家たちがいるのではないか、というのが今回のテーマです。
ロシアは原油で国は多少豊かになりましたが、民主主義不毛の地であり続けました。
ロシア国民は、市民的自由を奪われた、「ロシアという有機体の一部」でした。
この原因はソ連崩壊後、民主化に向かうと見られていたロシアが逆流し、プーチンという独裁者が権力を握ってしまったからです。
そしてこの男は、昨日のゴールデンブリオンでみたように、マルクス・レーニン主義者ではなくまさに「プーチンズ・ワールド」とも言うべき奇怪な思想の集合体でした。
先日もふれましたが、プーチン大統領の9月30日の4州併合集会演説はその特徴をよく現しています。
その特徴とはこのようなものです。
[社説]噓で固めた「併合」と核の脅しは許さない: 日本経済新聞 (nikkei.com)
①「西側は、ロシアを「攻撃、弱体化、分割」しようとしており、その背景にある動機は「新植民地主義システム」を維持し、そこから得られる利益を獲得し続けることだ」とするように、強い被害者意識とそれからくる反西欧主義です。
「西側が世界に寄生し、世界から略奪し、人類から年貢を集め、繁栄の主たる源を絞り取ることを可能にする新植民地主義」だとしています。
「彼らはわれわれが自由になることを望まず、植民地にしたいのだ。対等な協力を築きたいのではなく、略奪したいのだ。われわれを自由な社会ではなく、魂のない奴隷の集合体にしようとしている」と考えています。
ちなみにこのあたりのプーチンの西側への呪詛は、西側社会にも存在する反米反グローバリズム思想と好一対ですから、彼らは揃ってロシアンフレンドとなってしまっています。
②したがってウクライナ戦争とは、「偉大なロシア」を西側に抹殺されないための防衛戦争であって、「ロシアの言語や文化を守る戦い」なのだと位置づけます。
そのロシア精神の中心にあるのが、ロシア正教です。
プーチン大統領の戦争、背後に「ロシア世界」思想 米メディア「ウォールストリート・ジャーナル」が指摘 2022年3月21日 - キリスト新聞社ホームページ (kirishin.com)
事実ロシア正教のキリル総主教は、プーチンと強いつながりを持ち、ウクライナ人を絶滅することを祝福するという宗教者にあるまじき態度を再三示しています。
プーチンが「正教大国ロシアを目指す」と再三主張していることは、統治理念としてのロシア正教を基盤にしたいためです。
ロシア正教は、ソ連時代に弾圧を経て生存戦略として国家権力への接近を図ってきました。
西欧のキリスト教は世界宗教であることを自認し、神の愛を唱えましたが、ロシア正教系はそれと根本的に異なって、あくまで国家を支える民族宗教です。
ロシア正教は、受難から力への信奉を通して歴史的に神聖なるものに列聖されると説きます。
いわば、ソ連崩壊の精神的欠落を補完するものとしてロシア正教会はあったわけです。
「ロシア正教は、プーチン氏の地政学的野望を支えるイデオロギーの形成に積極的役割を果たしてきた。その世界観は、現在のロシア政府をロシアのキリスト教文明の守護者と見なすものであり、それゆえロシア帝国と旧ソ連の版図にあった国々を支配する試みを正当化する。
この思考はプーチン主義に強い影響を与えている」
(ウォールストリートジャーナル)2022年3月22日)
キリスト新聞社ホームページ (kirishin.com)
③プーチンは西側の民主主義システムを全面的に否定します。
後述するプーチン主義の源流であるイワン・イリンはこう言っています。
「選挙は独裁者に従属の意思表示をし、国民を団結させる儀式でしかなく、投票は公開かつ記名で行なわれるべきだ」
つまり本来選挙などやる必要がなく、あえてやるなら、4州の「住民投票」のように軍が銃をつきつけて、透明の投票箱に入れさせるものでなくてはなりません。
選挙などはロシアを分断するものであって、祖国ロシアとはひとつの生き物であって、「自然と精神の有機体」だというのです。
選挙をすれば90%が政府支持、世論では9割がプーチン支持、これが正常な世界なのです。
これがプーチンが信奉するロシア国家有機体論です。
ドイツナチズムや北朝鮮、中国を思わせる「国家有機体論」です。
これらとプーチンのファシズムがやや異なっているのは、社会の統合装置としてロシア正教が登場することです。
さてプーチンは、クリミア半島への侵攻前の2014年初めに、クレムリンの重要な5000人の官僚たちに3人のロシア思想家の本を渡しました。
その3人の思想家こそ、プーチン大統領のその後の「プーチン主義」とも呼ばれているユーラシア主義の根幹を作ったのです。
この3人は19世紀から20世紀初期にかけ活躍したロシア人の思想家です。
・イワン・アレクサンドロヴィチ・イリイン(1883年~1954年)
・ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ベルジャーエフ(1874年~1948年)
・ウラジーミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフ(1853年~1900年)
そしてもうひとり4番目の男が、アレクサンドル・ドゥーギンです。
この者ら全員がマルクス主義とは無関係で、むしろ無神論ソ連で迫害されてきた者らの系譜に属します。
私たちからすれば、彼らプーチン主義を作った者たちが、共産主義者だったほうがむしろ分かりやすかったでしょう。
共産主義とは交渉可能だからです。
ところがプーチンが愛好したこれらのロシア主義の思想家たちは、ことごとく反西欧精神主義に連なる者たちだったのです。
彼らはソロヴィヨフのように神秘主義者であり、アンチキリストの到来と世界の終末を予感し、神の国は歴史の終わりにのみ実現する唱えています。
プーチンは自分が、腐敗した世界を作り替える歴史的任務を持っているとする「君主」であるという自覚があるようですが、この意識を与えたのがソロビヨフです。
イリインもまた君主主義者であり、道徳と敬虔さを土台として各個人の「法意識」を発達させることの重要さを強調しました。
イリインは1938年、亡命先のベルリンをナチ政府によって追われ、スイスに逃げ、そこで亡くなりましたが、プーチンは2009年、スイスにあったイリインの遺骨をロシアに移送させ、新たな墓に埋葬させています。
「イワン・イリインは歴史上の偉大な人物ではない。彼は古典的な意味での研究者や哲学者ではなく、扇動主義と陰謀理論を振りかざし、ファシズム志向をもつ国家主義者にすぎなかった。
「ロシアのような巨大な国では民主主義ではなく、(権威主義的な)『国家独裁』だけが唯一可能な権力の在り方だ。地理的・民族的・文化的多様性を抱えるロシアは、強力な中央集権体制でなければ一つにまとめられない」。
かつて、このような見方を示したイリインの著作が近年クレムリン内部で広く読まれている。
2006年以降、プーチン自ら、国民向け演説でイリインの考えについて言及するようになった。その目的は明らかだ。権威主義的統治を正当化し、外からの脅威を煽り、ロシア正教の伝統的価値を重視することで、ロシア社会をまとめ、ロシアの精神の再生を試みることにある」
プーチンを支えるイワン・イリインの思想―― 反西洋の立場とロシア的価値の再生 | FOREIGN AFFAIRS JAPAN
そしてプーチンは本こそ配りませんでしたが、いまひとりアレクサンドル・ドゥーギンの影響を強く受けています。
プーチンの外交政策には、ドウーギンの影響を強く感じます。
彼の思想は、「ロシアが支配するユーラシアの成立」です。
アレクサンドル・ドゥーギン
プーチンも洗脳?超保守主義学者の危険すぎる思想 WEDGE Infinity
アレクサンドル・ドゥーギンは、 モスクワ大学教授として極端なロシア民族主義を鼓吹する極右哲学者で、長年にわたってクレムリンの政策に影響を与えてきました。
たとえば、ドゥーギンは、ロシアの反西欧的な「ユーラシア運動」の創始者で、2014年、ロシアがクリミアに侵攻した際に、プーチンにウクライナ東部への介入を促したのは、この人物だとされています。
このドゥーギンのユーラシア思想は、2011年にプーチンが「ユーラシア連合構想」を表明したことで、ロシアの公的なイデオロギーとなってしまいました。
ロシアを提唱国として、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、アルメニア、モルドバの5カ国が調印し、トルクメニスタン、ウズベキスタン、アゼルバイジャンの3カ国も加入を検討しようとしていました。
これらのユーラシア地域を、プーチンはロシアの「責任圏」と呼びました。
ちなみに当時、旧ソ連圏最大の工業国にして穀倉地帯だったウクライナも執拗に加入を勧められましたが、蹴り続けたことがプーチンの屈折した怒りとなったとする人もいます。
Wedge
ドゥーギンの思想の具現化こそが、このユーラシア共同体でした。
ドウーギンの世界戦略とはこのようなものでした。
「ドゥーギンが描く構図によれば、今後、ドイツがロシアへの依存度を一段と高めることによって、欧州は次第にロシア圏とドイツ圏へと分断されていく。
英国は(EU離脱後)ボロボロの状態となり、ロシアは漁夫の利を得ることで『ユーラシア帝国』へと拡大・発展していく、というものだ。
ドゥーギンはさらに、アジア方面についても、ロシアの野望を実現するために、中国が内部的混乱、分裂、行政的分離などを通じ没落しなければならないと主張する一方、日本とは極東におけるパートナーとなることを提唱する。
(略)
ドゥーギンの戦略論は「新ユーラシアニズム」ともいうべきものであり、目指すべき将来目標として、旧ソ連邦諸国を再びロシアが併合するとともに、欧州連合(EU)諸国もロシアの〝保護領にするという極論から成り立っている」
(斎藤 彰 元読売新聞アメリカ総局長2022年3月26日 )
プーチンも洗脳?超保守主義学者の危険すぎる思想 Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (ismedia.jp)
この「ユーラシア帝国」の核心となるのが、ドゥーギンが言う高貴なる永遠の「ロシア民族」です。
この「ロシア民族」とは、かつてのキエフ公国を発祥地とするスラブ民族のことで、ロシアとウクライナがその中心とならねばならないと説きます。
いわばナチス思想の「ゲルマン民族」、マルクス主義の「労働者階級」に相当するのが、ドゥーギンの「ロシア民族」で、彼らは世界の救世主としての任務があるとします。
西側が唱える、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値などとプーチンにいくら言ってもまったくかみ合わないことがおわかりでしょう。
ナチスの東方生存圏構想に似た、おそるべき侵略的全体主義思想こそプーチンの「ユーラシア主義」思想です。
言葉の正確な意味で、プーチンはロシアの風土から生まれた土俗的ファシストなのです。
しかも敗北しつつある、いまや正気と狂気の狭間にいるファシストです。
勝利のダンスを踊るウクライナ兵。担いでいるのはジャンベリン。
ウクライナに平和と独立を
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昨日までの精神医学や心理的分析よりも、今回の汎ユーラシア主義のような思想面でプーチンを理解したほうがしっくり来ますね。
ただ、どのようにもっともらしい思想に基づいていようと、その実は排外主義の自民族優越思想なのであって、文明による洗練を受けていない大時代性は覆うべくもありません。
ただ、プーチンなど実際には逆にグローバリズムにどっぷり浸かっていて、160万円のイタリア製ダウンだとか、ウン千万円のパティックの腕時計、複数の愛人と複数の宮殿の所有者ですからね。
盟友のペスコフですら、一億円以上の時計コレクターです。
ショイグの豪邸も桁外れの豪壮なもの。
「思想」などと言う御大層なものは彼らにとっては統治のために利用価値があるに過ぎず、汚職や縁故、殺人や犯罪行為の黙認など、それこそがプーチンの本質であるようにしか思えません。
ナワリヌイ氏によれば、支配層のほとんどは記事のような馬鹿げた思想を肯定していて、一般庶民とは乖離があるのだとか。
敗戦後の貧しくなったロシアからこそ、記事のような思想に絡め取られたロシアが現れてくるかもしれず、そうとすれば二重にやっかいです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年10月 6日 (木) 17時43分
> ちなみにこのあたりのプーチンの西側への呪詛は、西側社会にも存在する反米反グローバリズム思想と好一対ですから、彼らは揃ってロシアンフレンドとなってしまっています。
興味深いご指摘だと思います。私は、これからすると、ロシアンフレンドなんでしょうね。間違いありません。ロシアにはある愛着が確かにありますね。
今日はロシアの思想を知ることができ、大変に勉強になりました。このようなロシア思想をどう位置づけるのか私の課題として持っていきたいと思います。
グローバリズムというものは嫌いです。国家の個性は尊重すべきであり世界の画一的統治などは受け入れることはできませんね。
投稿: ueyonabaru | 2022年10月 6日 (木) 18時21分