プーチンに核の発射ボタンを押させないには
プーチンが、10月27日のモスクワにおける国際会議で、今度は核を「積極的に使う意味がない」と言い出しました。
まるで今日の天気です。
きょうは明日にでも核ミサイルをブチ込んでやるようなことを言い、明日は使う意志がないと言うんですから振り回された方も多いと思います。
「ウクライナで軍事侵攻を続けるロシアのプーチン大統領は、核兵器を使用する可能性について「積極的に発言したことはない」と述べました。そのうえで、欧米側がロシアによる核兵器の使用の可能性をあおることで、ロシアと友好国などとの関係を悪化させようとしていると批判しました」(NHK10月28日)
プーチン氏 “核兵器使用の可能性 積極的に発言したことない” | NHK | ウクライナ情勢
いつもの西側がロシアを圧迫するから、ウクライナに侵攻進行したのだ、という倒錯した被害者意識丸出しの論法と同じです。
バイデンは直ちに、ではなぜ繰り返し核使用をする能力を誇示するのかと言っていますが、そりゃそうだ。
「ロシアのプーチン大統領はウクライナに対して核兵器を使う意図はないとしているが、信用できるか」と問われると「もし彼に使用する意図がないならば、どうして核兵器を使う能力があると繰り返し発言しているのか」と述べ、プーチン大統領の発言に懐疑的な見方を示しました」(NHK前掲)
日本にもロシアの核使用が遠ざかったという論調もあるようですが、そのようにかんがえないほうがいいでしょう。
こういう、その日どちらのベッドの側から降りたかで核使用を決めるような、プーチンの言動に左右されていても仕方ありません。
実はロシアは、核の使用条件を既に言っているのです。
ロシアが2020年6月に公表した「核抑止の分野における基本政策」によれば 、次の4項目を核兵器を使用する状況として上げています。
①相手が大陸間弾道ミサイルを撃つとの確実な情報がある時。
②生物化学兵器を含む大量破壊兵器が使われるとき。
③破壊活動によってロシア政府や軍の施設の機能が停止すること。
④通常兵器による攻撃であっても、ロシアが国家存亡の危機に立つ時。
このうち①②は、本国に大量破壊兵器が使われた時という想定で、これについては冷戦期からソ連も言ってきたことです。
これだけなら米国も似たような条件を設定しているはずで、特に目新しいことではありませんし、米国はロシアに核兵器を先制使用することなどありえません。
問題は③④です。
③はサイバー攻撃を想定しているとされますが、サイバー攻撃はロシア自身もウクライナに対して日常茶飯事に使用しています。
2014年のクリミア侵攻など、サイバー攻撃でウクライナ軍をまひさせてたのが勝因なくらい、ロシアが大好きな戦術がこのサイバー攻撃です。
これを今さらのように自分が受けたら、核で報復するゾということは、ハッキリ言ってサイバーー戦争で負けているということを認めたようなものです。
④は、今になるとわざわざこんなことを言っていたら、通常兵器でもウクライナに負けているということを、プーチン自らが認めてしまったことになります。
いいのか、おい、というかんじですが、こんなことを言ってしまっては、そうでなくてもダダ下がりな国民の士気が上がる道理がありません。
そしていまや負けているから、核を使うということのようです。
ただし、そうは言いながらも、核を使用すれば、仮にそれが小型核兵器であろうと、核のエスカレーションを招き、全面核戦争にまで発展して人類はジ・エンドとなるという理性はかろうじてまだプーチンに残っているようで、「核戦争に勝者はいない」とも言っています。
NPT再検討会議で岸田総理 ”赤い折り鶴”手に「長崎を最後の被爆地に」 | TBS NEWS DIG (1ページ)
冷静に見て、現時点ではプーチンは「核抑止力」として核兵器使用を言っているにすぎません。
2月27日の開戦時に、プーチンはロシア軍の戦略的核抑止部隊に「特別警戒」という最高レベルの警戒態勢を取らせていますが、これは米国とNATOに直接軍事介入させないためのものでした。
「他国が持っていない手段がある」プーチン氏“核使用”示唆か・・・真意は?専門家に聞く(2022年4月28日) - YouTube
実際にこれは有効な一手で、米国もNATOも核戦争を恐れて武器供与だけに限定した支援にとどまってしまいました。
仮に、この核の脅迫がなければ、米国やNATOはどこかの時期で直接介入に踏み切ったかもしれません。
ロシア、「核の脅し」強める: 日本経済新聞 (nikkei.com)
これに味をしめたプーチンは、3月19日-20日に核搭載可能な極超音速ミサイル「キンジャール」をウクライナ西部と南部に撃ち込みました。
もちろん通常弾頭でしたが、いつでも核攻撃は可能だということを見せつけたかったようです。
キンジャールは50~500キロトンの核弾頭を搭載可能で、イスカンデルの発展型です。
そして4月20日には、新型ICBM「サルマト」をカムチャツカ半島に撃ち込む実験をし、5月7日には対独戦勝利パレードの予行で、その名も「終末の日」というハルマゲドン風あだ名を持つ、空中指揮機を飛ばして見せました。
イリューシン80空中指揮機
核戦争時のロシア空中作戦指揮機で機器盗難、最高機密の対象 - CNN.co.jp
こけおどしにしてもエグイ。
では、プーチンが簡単に核戦争のボタンを押せるかとなると、相当に難しいでしょう。
いくらロシアでも、簡単に個人が核の発射ボタンを押せるシステムにはなっていないからです。
実はロシアの核発射システムは、旧ソ連からそのまま受け継いでいて、それは米国のそれに似せて造ったものです。
米国では俗に「核のフットボール」と呼ばれる黒革のブリーフケースに、核発射システム一式が入っています。
地上最恐ガジェット「核のフットボール」。大統領就任式欠席でトランプからの受け渡しはどうなる? | ギズモード・ジャパン (gizmodo.jp)
この「核のフットボール」は3セットあって、大統領用、副大統領用、ホワイトハウス保管用があります。
中身は、通信装置、コードブック、極秘施設リスト、緊急警報システムマニュアルで、大統領と副大統領は「ビスケット」というニックネームの認証カードの携行が義務づけられています。
これをそのままロシアに移しかえたのが、今のロシア核発射システム「チェゲット」です。
米国のコピーですから、米国が大統領、副大統領、ホワイトハウス補完用と三つに分けているように、発射命令権限を3ツに分割しています。
この3名とは、大統領、国防相、参謀総長の3名です。
現在では、プーチン、ゲラシモフ軍参謀総長、そしてショイグ国防相の3名ということになります。
ロシア軍のゲラシモフ軍参謀総長(左)とショイグ国防相
ロシア国防相の所在めぐり臆測、報道官は健康問題報道にコメントせず - CNN.co.jp
プーチンが発射命令許可を国防相と参謀総長に求めると、随伴しているロシア軍士官が核戦争用通信装置「カフカース」を使って送信します。
残り2名が同意して認証すると、初めて大統領の発射指令が有効になり、戦略ロケット軍司令部に送られて発射の運びとなります。
やっかいなのは、この「チェゲット」以外に、もうひとつ半自動式発射システムがも用意されていることです。
ロシアの半自動式発射システムは、その名も「ぺリメートル」(死者の手)という悪趣味な名称を持っており、これがあるために、西側はプーチン暗殺をためらっているというささやかれています。
米国にも同じものがあるので、そのリスクを知っているからです。
プーチンが殺された場合、「ペリメートル」システムが起動してしまい「自動的に」核戦争を始めてしまう可能性があります。
ですから、プーチンを抹殺するにしても、暗殺以外の方法で政権から排除せねばならないというわけです。
したがって、ロシアに核の発射ボタンにを押させないためには、この3択しかありません。
①プーチンを暗殺以外の方法で(たとえばクーデター)排除すること。
②ゲラシモフ軍参謀総長かショイグ国防相のいずれかを、反プーチン陣営にさせること。
③3人から「チエゲット」の認証カードを奪うこと。
クーデターの噂は立ち込めていますが、プーチンの後釜にいっそう狂った人間に座られては、かえって核戦争の危機は高まります。
難しいところです。
ウクライナ国旗を身にまとい反戦を訴える子どもら=26日、ロンドン(ロイター=共同) 写真|【西日本新聞me】 (nishinippon.co.jp)
ウクライナに平和と独立を
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コメント
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言うことがダイナミックにコロコロしてますね!事が核兵器の話ですからたまらんこのグズグズというかジワジワという感じ。
企業でもワンマン創業者や会社の危機を救ってのし上がった成金達ににありがちな、自分の寝首を欠かれないように「後継者を育てていなかった」というヤツです。
前者だとソフトバンクの孫正義や日本電産の永守さん。後者の典型は日産のカルロス・ゴーンです。
政治の世界でも今や存在感の無い小泉ジュニアが「長期政権は必ず腐敗する」とか言ってましたけど、企業ガバナンスとよく似ているなあ、と。
だからこそ「核兵器」の発射ボタンに関わる問題なので、どうもウジウジジワジワと唇を噛む状態です。
ウラジミールよ、手段はともかくロシア復興をやり遂げた偉大な大統領だった10年前にはちゃんと後継者を育てておけば、今頃は悠々自適の極楽老後生活だったろうに。。ゼレンスキーかと思ったら違ったようだし。
中国の習近平も同じですね。。
投稿: 山形 | 2022年11月 2日 (水) 09時26分
おっと、ヤバイ。
ヤバすぎる名前間違いですいません。
☓ゼレンスキー
○メドベージェフ
です。
あまりにも酷くて自分で笑ってしまいました。
投稿: 山形 | 2022年11月 2日 (水) 09時30分
問題の④で思い出すのは、トム・クランシーの軍事スリラー小説'The Sum of All Fears' (日本語題「恐怖の総和」)。
複数のテロリスト・グループがアメリカとソ連で偽旗作戦を実行し、両国は互いに相手の仕業と思わされて疑心暗鬼になり、双方が恐怖を募らせていき、核のボタンを押す決断の直前までいくという話で、映画にもなりました。
エンターテインメントですから当然そういうものとして読むのですが、肝が己の決断を疑い恐怖心を克服することであった点には、現実的だなと感心しました。
恐怖心をコントロールするには、恐怖の源が何であるのかを適切に捉え評価できる能力が必要で、そうするにはより質の高い情報も必要で、それには身の回りに置くブレインにも、情報を収集して報告する者にも相当の能力が必要で…と考えていくと、他国他人のことだけを言えた義理でもないですが、やはりプーチン以下平素のロシア側の言動から見て、警戒と厄介感しかないです。
国名と人名を中共や北朝鮮とその指導者に入れ替えても可。
何処かに醒めた目を保つ言論のケンカの売り買いを存分にやり合うだけで完結、でいられたらどんなにかいいのに。
投稿: 宜野湾より | 2022年11月 2日 (水) 13時38分
最近では、「ウクライナが汚い爆弾を使う準備をしている」との主張をロシア側は国連でもしましたが、そのような馬鹿げたプロパガンダに乗る国は一国も有りませんでした。
それどころか、「かようなプロパガンダを浸透させようとするロシアの意図は、ウクライナがやったと見せかけてロシア自身が「汚い爆弾」を使用するつもりに違いない」という、国際社会は至極まっとうな認識に行きつきました。
こうして宣伝戦に敗れたロシアは、逆にプーチンがまたもや「核使用するつもりも必要もない」と表明する必要に迫られたものでしょう。
おおよそプーチンは核使用するつもりはないと思いますが、言っている事はその時の状況に準じてのご都合主義のもの。しかし、「核使用しない」という信念はないようです。
ロシアはウクライナ東部との国境付近に長い防御線を構築しつつあり、そのことにたくさんの無駄な労力と費用をかけています。
ウクライナが堰を切ったようにそんなところから攻め入る可能性などゼロですが、よほど国境を侵されるのが怖いと見えます。
そういう事を「国家の存続危機」と考えていて、それがない場合に核を用いる事はないように思います。
ですので、西側はプーチン政権を「生かさず、殺さず」という生殺し状態にしておいて、時間をかけてロシア経済を破綻状態に置く事によって妄想的右翼勢力への国民の支持を絶つ方向がベストなのだと思われます。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年11月 2日 (水) 15時29分