海保と海自は本質的に別物
防衛費増額を削るために集められた有識者会議とやらの発言で、おいおい、この人たちは分かって言っているのかというのが、海保予算を防衛費に入れてしまえ、という暴論です。
防衛費の話をしているのに、当事者の自衛隊や海保の現場組をアドバイザーとしても呼ばないのですから、財務省が仕組んだのでしょう。
「複数の政府関係者が明らかにした。NATOが掲げるGDP比2%を目標とするには、同様の基準を参考にするのが妥当と判断した。NATOは、加盟国の国防努力を比較するため、GDP比の対象となる「国防関係支出」に含める項目を定めている。日本の防衛費には含まれない主な項目には、海保に相当する沿岸警備隊や国連平和維持活動(PKO)関連費、退役軍人らの年金などがある。
この基準を2022年度当初予算に適用すると、防衛費(約5・4兆円)に、海保予算(約2200億円)や旧軍人遺族などへの恩給費(約1100億円)などが加わり、防衛関係費は約6・1兆円となる。GDP比は1・08%だ。補正予算を含む21年度予算でみると、海保予算(約2600億円)などを加えた防衛関係費は約6・9兆円で、GDP比1・24%となる」
(読売2022年9月10日)
防衛費、海保予算も含めた算定方法の導入検討へ…「NATO基準」参考にGDP2%に : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
はい、私、これは謬論ではなく、ハッキリと暴論と呼び、言った者は愚者と呼んであげることにします。
なぜなら海保と海自は、本質的にまったく別物です。
それを一緒の防衛予算に繰り入れることとは、海保が自衛隊の傘下になるという意味です。
有識者らがそう思わなくとも、外国、特に当の海保と年中丁々発止尖閣周辺でやり合っている中国はそのように理解します。
だって同じ予算から執行されるのですから、これで晴れて海保は第2自衛隊というように見られるでしょう。
彼ら海警自身が解放軍傘下の武警の海上警察に位置づけられている以上、当然そう思って当然です。
これは海保にとって得でしょうか、それとも損でしょうか。
損に決まっています。
なぜなら、海保は海自と違って「法執行機関」だからで、「軍隊」ではないからです。
海保は、国境紛争が戦争にエスカレーションしないためのいわば「知恵」なのです。
大戦前までは、いきなり海軍と海軍が接触し、そこから戦闘になり、やがて限定戦争から全面戦争になった経験があります。
そのようなことを避ける知恵として、その両者の間に沿岸警備隊(コースタルガード)を入れたのです。
ですから、海保とはただの海上司法執行機関というわけではなく、海上紛争を未然に防ぐ仕組みでもあったのです。
中国船の日本漁船威嚇、戦術的にも能力向上! 「時機を見て攻撃してくるのでは」漁業者危惧も…玉城知事は“弱腰” 八重山日報・仲新城誠氏緊急寄稿 (1/3ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト
たとえば、中国海警はいまや公然と尖閣水域を闊歩し、日本漁船を違法操業だとして追い立てています。
尖閣諸島周辺海域における中国海警局に所属する船舶等の動向と我が国の対処|海上保安庁 (mlit.go.jp)
海保は漁船と中国海警の間にわが身を入れるようにして、日本漁船を守っていますが、これを自衛艦が同じことをしたらどうなるでしょうか。
たぶん中国はやったぜ、と膝を打ち「日本が自衛隊で我が海警の正当な司法行為を妨害した」とプロパガンダすることでしょう。
そして直ちにその報復として、中国公船を守ると称して、中国海軍を投入してくるはずです。
何が中国の意図か、よく考えて下さい。
ずばり中国の狙いは、尖閣のエスカレーション・ラダーを日本に登らせることです。
海保を挑発し、海自を引きずり出して小戦闘を交えて、この水域が紛争地域だと宣伝することが彼らの目的です。
そしてあわよくば、ここで海自に先に撃たせて限定戦争に持ち込む、そしてそうなったら「神聖な領土・領海」の防衛戦争を始められる、これが彼らの描くストーリーです。
尖閣周辺で海保巡視船が中国船の接近阻止 漁船「かつてない危機」 - 産経ニュース (sankei.com)
なにせ中国の法律戦によれば、尖閣水域は中国の施政権が及ぶ水域なのですから、先に軍隊を出したほうが負けなのです。
日本が先に海自を投入すれば、それは日本が先に軍隊を投入したことになります。
そうなれば当然中国は、「日本が中国の領海周辺で軍事挑発を開始した」とプロパガンダするでしょう。
一気に中国にとって世論戦に勝てる材料を日本のほうからくれたことに、うれし涙を流すはずです。
中国軍艦もそれを知っているから、接続水域までは頻繁に入ってきますが、原則として北緯27度線以北の海域を巡回しています。
この状況で、日本が先に27度線以南の水域で海自を出せば、日本側が先にエスカレーションの階段を登ったと国際社会は理解します。
米国ですらいい顔はしないでしょう。
今のバイデンなら、日本のほうを非難すかるかもしれません。
このように、軍を動かすということは外交の一部なのです。
常に、「このように行動したら、結果はどうなるのか。どのようなメッセージを送ることになるのか」を考えて行動しないと国際社会まで敵にまわしてしまいます。
国際社会を敵にしてから正義は我にありといっても、満州事変後のかつての日本のようなことになるだけのことです。
二度と同じ轍は踏んではなりません。
そこで海保ですが、「法執行機関」であることで、尖閣のフリクションはかろうじて警察対警察の争いで済んでいます。
これが海保の存在は、人類が編み出した「知恵」のようなものだと言っている意味です。
しかしこれを海自と同一予算にしてしまうと、海保は海自の一部となってしまいます。
海保は県警の予算ほどしか予算をもらっていないので、増額することは大変にけっこうなことですが、自衛隊の予算を削って真水部分を減らして、帳尻だけ2%にするなら、無意味です。
いちおう法律的にはどうなっているかといえば、よきにつけ悪しきにつけ海保は自衛隊とは一線を画している存在です。
海上保安庁法第二十五条は海保をこう定めています。
第二十五条 この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。
絶対に海保は軍事行動はしないという表現で融通が効かなさすぎですが、そういう法的立て付けの中で存在するのが海保なのです。
島田前防衛次官はこのように述べています。
「確かに、NATO基準では、沿岸警備隊の予算でも、「軍事的戦術の訓練を受け、軍事組織としての装備を有し、直接、軍隊の直接指揮下での活動ができ、かつ、軍隊を支援するため国家領域外での活動が可能な部分」は防衛費としてカウントしてよいことになっている。
しかし、海保法には、「この法律のいかなる規定も海保又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と明記されている。いかにNATO基準に照らしても、海保の予算には防衛費としてカウントできる部分は皆無ではないだろうか」
(産経 2022年10月21日)
【寄稿】島田前次官 海保防衛費上乗せ「安倍政権で決定」ない - 産経ニュース (sankei.com)
ただし、だからといってわが国に火の粉が降りかかってきた場合、海保は海自と共同しなさいとも書いてあります。
海上保安法第2条と自衛隊法80条です。
「我が国が国際的武力紛争の当事国となっている場合には、自衛隊に対し既に防衛出動が下令されているであろうが、その際には、自衛隊法第80条のいう特別の必要があれば、同条に基づき海上保安庁は防衛庁長官の指揮下に置かれる。
防衛庁長官の指揮下に海上保安庁が入っても、我が国国内法上は、海上保安庁法第2条規定のその任務や機能に変更は生じないと解される。すなわち、我が国国内法上は、国際法上の軍隊たる自衛隊を指揮する防衛庁長官の指揮下でも海上保安庁は、海上警察としての任務のみを遂行するという位置付けになっているのである」
日本財団図書館(電子図書館) 海上保安庁の武力紛争法上の地位 (zaidan.info)
これは海保が自衛艦と同じように軍事的に行動しろ、という意味ではなく、海自と海保の連携を強化しろ、という意味です。
先日、海自と海保が共同訓練をしたよにう、これはグレイゾーンの受け渡しを密にすることを目標にしているものです。
海保は法執行機関として中国に対応し、海自は「軍隊」としてそのバックアップをしながら、イザという有事に備えるのです。
大事なのはこの連続的な受け渡しであって、海保に海自と同じになれという意味ではありません。
「日本が攻撃を受けた「武力攻撃事態」を想定した初の共同訓練を今年度内にも実施する方針を固めた。共同訓練の結果を検証したうえで、武力攻撃事態で、防衛相が海保を統制下に置く際の手順などを定めた「統制要領」の策定を進める考えだ。
複数の政府関係者が明らかにした。沖縄県・尖閣諸島周辺海域などでの有事を念頭に、海自と海保が切れ目のない対応をとれるようにする狙いがある。政府は、防衛力の抜本的強化に向け、自衛隊に加え、海保の関連予算も大幅に増額し、双方の協力体制を整えることを目指しており、共同訓練は象徴的な取り組みとなる」
(読売 2022年11月9日)
海自と海保「武力攻撃事態」想定した初の共同訓練…尖閣海域を念頭、年度内にも実施へ(読売新聞) - goo ニュース
岸田氏が、海保予算を防衛費に繰り入れたいのなら、海上保安法を改正し、NATOや米国のような準軍隊に改組してからにするしかありません。
そこまで突っ込む気があるならば、それはそれとして議論の余地はあるのですが、有識者は単に防衛費増額の真水部分を削りたい軽い気持ちから言っているにすぎません。
都合のいいときだけ、NATO基準をもちだすんじゃないよ。
岸田さん、海保の第2自衛隊化などする気がないにもかかわらず、水増ししたいだけでするなら、悪いことは言わないからお止めなさい。
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> 岸田さん、海保の第2自衛隊化などする気がないにもかかわらず、水増ししたいだけでするなら、悪いことは言わないからお止めなさい。
まったくそのとおりです。小手先の策はやめてもらいたい。
岸田さん、今後どのようになってゆくのか不安である。長くはもたないでしょう。新しい宰相の出現を期待しております。
投稿: ueyonabaru | 2022年11月10日 (木) 09時59分
PB絶対主義の財務真理教には早く立ち退いていただきたいです。増税しか考えられない政治家、早く辞めてください。あと、わが県選出の参議院議員の中国人秘書さん、公安からマークされていていながら岸だ首相に紹介していたり、国会に出入りさせたりと情けない限りです。そんな議員選んでしまっている宮崎県人の一人として恥ずかしい限りです。選挙前から分かっていたことなのに、何でそんな議員選ぶか、宮崎県人。すみません。今日の話題とは直接関係ないコメントで、不適切と管理人様が判断されたら、削除お願いします。
投稿: 一宮崎人 | 2022年11月10日 (木) 12時01分
正確な根拠が不明で間違いなら済みませんが。
自衛隊の災害出動、山梨の行方不明女児捜索、離島や山間部の急病人輸送等には他国なら警察や消防等の業務範囲が多いと聞いた事有ります。
これらも自衛隊の予算の内での活動ならこの分は警察消防等の予算に付け替えるべきなんでしょうか?
投稿: Si | 2022年11月10日 (木) 14時31分
近日中にキンペー氏と直接首脳会談する気らしいようですがEEZにミサイルぶち込んだ件を有耶無耶にしたまま行う気なのでしょうか?正気の沙汰ではありませんね。
これをもって日本はEEZに攻撃されても文句は言わない→東シナ海にEEZは存在しないという中国の主張を丸呑みしたと取られかないリスクがあるのですが。
岸田首相に関しては安倍氏の国葬儀の時の弔辞は誰かの書いた原稿を読んだだけなんですねやっぱり…
としか思えないくらいに官僚に振り回されてばかりのなんにも考えてない立ち回りばかりで心底残念に思います。
投稿: しゅりんちゅ | 2022年11月10日 (木) 15時29分
岸田首相はバイデンに約束をした手前、数字だけでもEU並に大きく見せたいと言う姑息さ。ウンザリします。
バイデンが言っているのは抑止力の強化であって、米国との分担割合についてです。一体、米国とともに中国の脅威に立ち向かう気があるのかどうか、はなはだ疑問です。
そのうえで、むしろ海上保安庁の役割りを軍事的なものに接着させる事の危険性を説いた今日の記事でした。
どう考えても岸田政権にそのような覚悟などなく、中国大使館あたりから注意が入っておじゃんでしょう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年11月10日 (木) 18時04分
Si さん
もともと今の災害派遣や緊急時対応は自衛隊法に定めてあるとおりです。その具体的運用は83条あたりに知事要請とかがあって、地方自治法との整合性もはかられた建付けになってます。
私も西側諸国では軍隊が動く割合は少ないと承知してますが、一から十まですべからく法に則った根拠があるので、「警察消防等の予算に(から?)付け替える」って疑問は成立しません。
ここでブログ主様が言っているのは、岸田政府はかねてからの問題点であるグレーゾーンの解決策のための一体化などでは到底なく、予算だけを大きくみせようとした姑息さを指摘しています。
このような場合、中共のような好戦的な輩はあえて詭弁時に受け取るメッセージ性もあるので、ほとほと案配が悪いのです。
まぁ、私なんかは岸田政権は中国とすでに話がついていて、絶対に米国主導のデカップリングなんかに与しないとかなんとかいって、プー氏と握ってってんじゃないかと疑ってますが。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2022年11月10日 (木) 18時51分