戦争の長期化は新国際秩序「新冷戦」を生み出す
こころが痛むことではありますが、ウクライナ戦争は長引くでしょう。
一日伸びれば伸びただけウクライナ国民が死ぬことになるので、1日も早い終結を望みたいのですが、相手は痩せても枯れても「世界第2の軍事大国」です。
プーチンが死ぬか、政権から叩き出されない限り、彼らはウクライナの占領地にしがみつくでしょう。
おそらく最短でもこの夏、長期化すればもう分かりません。
そう考えるとやりきれない思いですが、ひとつだけボジティブなことがあります。
それは長期化すればしただけ、国際秩序の再編が完了し、新たな枠組みがしっかりとでき上がってくることです。
ロシアもそれはわかっているとみえて、このところ頻繁にこのウクライナ戦争は欧米勢力との戦いであると強調し始めています。
「[モスクワ 10日 ロイター] - プーチン・ロシア大統領の最側近の1人であるパトルシェフ安全保障会議書記は10日、ウクライナ戦争について、ロシアを世界の政治地図から消そうとする北大西洋条約機構(NATO)との戦いとの認識を示した。
ロシア紙「論拠と事実」に「ウクライナで起きていることはロシアとウクライナの衝突ではない。ロシアとNATO、特に米英との軍事的対立だ」と述べた。
「西側諸国の計画はロシアをばらばらにし、最終的には世界の政治地図から消し去ることだ」と主張した」
(ロイター2023年1月10日)
ウクライナ戦争、NATOとの戦い=プーチン氏側近 | Reuters
このロシアの見方は、たぶんに被害妄想的ではありますが、逆説的には正解です。
この戦争は、ウクライナとロシアとの次元を超えて、民主主義と専制主義との価値観をめぐる戦いなのです。
ウクライナ戦争が、当初のプーチンの目論見どおり4日間で終わってしまっていたら、西側はなにひとつできないまま現状を追認するしかなかったでしょう。
口ではロシアの蛮行を最大限非難しても、実効支配ほど強いものはないからです。
ウクライナ戦争はもはや制御不能か―― レッドラインとエスカレーション | FOREIGN AFFAIRS JAPAN
しかしプーチンが意図した短期戦争という思惑がはずれて、西側は本腰を入れた支援を開始し始めました。
そしてとうとうもっとも親露的だったドイツでさえ、主力戦車を送ることを認めました。
これが分水嶺でした。
戦車はただの兵器であるのではなく、西側の結束して戦う意志を示すアイコンだったからです。
米独仏伊英は戦車を送ることをめぐって緊密な電話会談を行い、ウクライナとの密接な関係を確認しました。
有体に言えば、これは「新冷戦」の構図が出来上がったということであり、世界各国にいずれの陣営につくのかを問う触れ太鼓だったと言ってよいでしょう。
ただし鶴岡路人氏はそう単純ではない、と述べています。
「国際社会が一致してロシアに対峙しているような報道もあるが、対露経済制裁を行っているのは40カ国程度でしかなく、数のうえではロシアは国際社会から孤立していない。
対露制裁の拡大と深化はトレードオフの関係にある。米欧日が結束すれば、民主主義や人権等の価値観が強調されてしまうが、そうした価値観に反発する国々はロシア制裁に参加しにくくなる。
米欧日にとっては「西側対ロシア」の構図でとらえられないようにすることが重要である」
ロシアによるウクライナ侵略が国際秩序に与える影響 (2022年6月9日 No.3547) | 週刊 経団連タイムス (keidanren.or.jp) 。
たしかに鶴岡氏が指摘することは一面の事実です。
事実、G20でも参加国の大半は日和見で、決議文から価値観を持つ用語を慎重に取り除いて非難決議をだしたほどです。
しかしこういうぬかるんだ国際秩序の中で新たな国際秩序を作り出さねば、第2第3のウクライナが生まれてしまうのです。
ウクライナ:ロシア支配地域での明白な戦争犯罪 | Human Rights Watch (hrw.org)
では、なぜウクライナが侵略されてしまったのでしょうか。
ウクライナ人のグレンコ・アンドリー氏が常々言っているように、その理由はウクライナが「弱い国」だったからです。
元来ソ連の一国だったウクライナは、独立してもそれは棚ぼたであって、独立意識が薄く安全保障に無関心でした。
「ウクライナでは、安全保障に対する国民の関心が低く、軍の内部は汚職で腐敗し、軍の戦闘能力はどんどん低下していました。さらに2010年に始まった親露派政権の間には、ロシア国籍を持つ人物が防衛大臣に任命されるという前代未聞の事態も起きました」
(グレンコ・アンドリー2022年02月28日 )
ウクライナ人から見たロシアの本質、プーチン大統領の正体——グレンコ・アンドリー|
アンドリー氏はかつてのウクライナの脆弱な安全保障意識は、日本と似ていると語っています。
「それはいまの日本にも言えることです。日本では、自衛隊が人道支援のため海外に派遣されるだけで大騒ぎをし、自衛隊が軍隊であると言うことすらできない状況にあります。また、法律があるわけでもないのに武器の開発を制限したり、「防衛費はGDP比の1%以内に収める」という暗黙のルールをいまだに守っています。
自国の安全は自分たちで守るという意識がない、まともな安全保障の議論ができないという点で、日本とウクライナは共通しています」
(グレンコ・アンドリー前掲)
耳が痛い。まさにそのとおりです。
ただひとつだけ日本がウクライナと大きく違ったのは、アンドリー氏がウクライナの弱点の二番目の理由に上げている「同盟国不在」ということがなかったことです。
日本は日米同盟の形で、米国が代表している民主主義陣営の国際秩序の下支えを得ることができました。
このことは、強調しすぎてしすぎることはないでしょう。
ウクライナはNATO加盟も拒否され、1994年に米英ロの3国がウクライナの安全の保証をうたったブダペスト覚書も反故にされてしまいました。
ブタペスト覚書には、具体的な措置が規定されておらず、抽象的な文言にすぎなかったからです。
その結果、ウクライナは国際秩序の空白地帯となってしまい、あまりにも脆弱な国となってしまっていたのです。
ウクライナ奪還のヘルソン、歓喜と傷心 広場に8ヵ月ぶり国旗、残る地雷…インフラ復興遠く|【西日本新聞me】 (nishinippon.co.jp)
ところで、今回のロシアの侵略を許したのは、国際秩序の側にも大きな欠陥があったからです。
本来国際秩序を維持する責任がある国連常任理事会が余りに無力であるばかりか、世界の二大ならず者国家である中露が常任理事国であることによって国際秩序のルールがないも同然となっていました。
ですから、ロシアがウクライナの占領地で国際人道法に反する非人道的な民間人虐殺を続けようと、それを裁かねばならないはずの国際法廷が不在でした。
したがって、ロシアはなにをしようとお咎めなし、掣肘する者もいなければ、裁く者もいなかったのです。
「秩序を維持するためにはルール違反を未然に阻止したり、違反国を罰したりできる力(パワー)の下支えが必要です。そう考えると、今回の戦争がなぜ起きたのかという問いは、侵略行為に対して強いペナルティーを与える制度やパワーが存在したのか、という問いに読み替えることができると考えています」
(神保謙 2022年6月27日)
「世界秩序」ロシア・ウクライナ戦争で揺らぐ根幹 | ポストコロナのメガ地経学ーパワー・バランス/世界秩序/文明 |
したがって、いまロシアの野望を挫くことができれば、世界秩序は法の支配を維持し、さらにそれを確立していく契機になるかもしれません。
そのために平和のための新たな国際秩序構築が必要なのです。
ところが、米国の腰が引けています。
ロシアが国連安保理事会の常任理事国でありながら核保有国の一方の雄であるために、本来自由主義同盟の指導者でなければならない米国がシャキっとしませんでした。
当初から軍事的オプションを捨ててしまい、支援も逐次投入を続け、戦車供与には尻込みを続け、初めは歩兵戦闘車でお茶を濁そうとしたのです。
なんとドイツのシュルツから尻を蹴飛ばされるようにして、やっとエイブラムスの供与を決めたというていたらくでした。
これでは難題に真正面から向きあっていない、と非難されても致し方がないでしょう。
しかし自由主義陣営は、ドイツが分水嶺を超えたことで結束を固め、すでに新しい「新冷戦」構造の原型を作ろうとしています。
西のNATO、東のファイブアイズやQUADが基礎石となるでしょう。
しかし現実は、この「新冷戦」構造の構築にまったく追いついていません。
ハイマースは弾切れになり、わずか31両のエイブラムスさえすぐに送れず、無理をすると対中抑止に穴があくと言われる始末です。
先日発表されたセス・G・ジョーンズ(CSISの上級副所長) は、台湾海峡での米中戦争を想定したCSISの戦争ゲームで、米国には3週間の戦闘でJASSM(統合空対地スタンドオフミサイル)4000発、LRASM(長距離対艦ミサイル)450発、ハープーン400発、トマホーク陸攻400発が必要だが、紛争開始1週間以内にそれらの在庫を使い果たすとしています。
また台湾へ約束した108両のエイブラムスの供与も、いつになるのかめどもたっていません。
つまり、米国は台湾侵攻において継戦能力がないのです。
これは平時における米国の兵器製造ラインが細々としか稼働しておらず、戦車、ミサイルのラインの多くが閉じてしまっているからです。
たとえばエイブラムスのラインはとうに閉まっており、エジプトとの合同生産ラインだけが動いています。
トマホークもとうにラインは閉鎖されており、日本が新規に千発必要だといってもどこから湧いてくるのか、という状況です。
つまり米国はあいかわらず、この世界の危機の前に眠りこけているのです。
こうした米国の危うい防衛事情を見て、プーチンは西側を侮ったのであり、習近平がそれにならう可能性もあります。
早急に米国は「自由主義陣営」の武器工場の機能を取り戻さねばならないし、それが大幅に遅れているここ数年がいちばん危険な時期なのです。
いずにせよこの戦争が終わる頃には、新たな世界の枠組みができあがって来ると思います。
そのときには、国連の新たな枠組みもまた出来上がってくるはずです。
国連機関「ウクライナで子供含む市民406人死亡」 ロイター報道 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
ウクライナに平和と独立を
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