ウクライナ侵略1周年と第2のU2事件
今日でウクライナが戦い続けて1年を迎えます。
この1年間のウクライナを思うと、胸が締めつけられる思いです。
まさにこれは「生存のための戦い」でした。
それゆえ、ウクライナ軍の驚異的な士気の高さは世界の人々を打ちました。
特に去年9月のハルキウ反攻は、ロシア軍に戦後始まって以来の歴史的大敗を与えました。
プーチンが見誤ったのは、米国やNATOの支援ではなく、このウクライナ人がウクライナ人であることの深さだったのです。
よく安易に「和平」を口にする者が絶えませんが、いったい誰がどのような形でそうするのでしょうか。
マクロンはとうに舞台から消え、エルドアンも大地震でそのような力はかけらも残っていないはずです。
よもや習近平などを考えているとしたら無駄です。
この人物ができるのは、密かにロシア支援をしたり、制裁逃れを助けたりするていどのことです。
習近平は訪露で、「平和の使者」になると意気込んでいるそうです。
極めつきのブラックジョークです。
唯一、ウクウイナに和平条件を納得させることができるのは、かろうじて米国とNATOしかいないでしょう。
それは彼らの軍事支援が、ウクライナ軍を支えていることは間違いないことだからです。
それ故、この軍事支援がロシア軍に致命的打撃を与えるまでウクライナは抵抗を継続することでしょう。
本来なら2014年のクリミア侵攻の線まで押し戻すべきでしょうが、最低でも2022年2月24日のラインまでロシア軍を撃退させねば、いかなる「和平」もありません。
ウクライナに平和と独立を!
さて、バイデンは気球事件を「軽く」扱うつもりでした。
ですから、海南島から追跡していた偵察気球が、アラスカに侵入した報告を受けても、北米大陸の直前で落とすことをためらったのです。
結局、民間人に目撃され、悠々と戦略要衝の上空を飛ばれて、やむなく落とす決断に転じたのです。
というのはこの問題をつつきだせば、自分が去年11月にインドネシアで習近平に言ったことを自分の手で覆すことになるからです。
「アメリカのジョー・バイデン大統領と中国の習近平国家主席は14日、インドネシア・バリ島で会談した。関係修復を意図した会談となり、バイデン氏は終了後、中国と「新たな冷戦」になることはないと約束した。
バイデン氏は終了後、中国が台湾に侵攻するとは考えていないとも述べた。
両首脳の会談は、主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)がバリ島で開幕する前日に行われた。北朝鮮やロシアのウクライナ侵攻についても話し合った。
習氏はウクライナ情勢についてあらためて平和を呼びかけたうえで、「複雑な問題に単純な解決はない」と述べた。
会談後の単独会見でバイデン氏は、「中国が北朝鮮をコントロールできると確信している、とは言いにくい」とした上で、北朝鮮が核実験を繰り返さないよう説得する「義務が」中国にはあると、習氏に伝えたと話した」
(BBC2022年11月15日)
バイデン氏と習氏が対面会談 中国との「新たな冷戦はない」と米大統領 - BBCニュース
BBC
当時のバイデンには、ロシアの準同盟国であり、かつ、一帯一路で影響力を持っていると習が信じているウクライナの和平交渉に色気があったのかもしれません。
ロシアに軍事支援をしてくれるな、北朝鮮の核開発も止めてくれないかなどと、頼みたかったはずです。
一方、当時の習のほうもデタントに色気がありました。
ゼロコロナの度し難い失敗で国力を落としている上に、不安定な国内状況を作ってしまったからです。
かくして、わずか3カ月間のミニデタントが成立しました。
それを一気に元の冷えきった関係に戻してしまったのは、とにもかくにもこんな時期にこともあろうに偵察気球が撃ってしまったからです。
それも習がブリンケンを中国に招待した後での話ですから、習も頭を抱えたかもしれません。
習が常識的人間なら、招待した国の外相の国に偵察気球を飛ばすのを控えさせるはずです。
すくなくとも、ブリンケンの訪中が終わるまではやらせないはずです。
ところがあろうことか、もっとも米国人が嫌がる米本土を直接に狙ったのですから、いくら気球とはいえど米国人に9.11の悪夢がよぎっいてもいたしかたありません。
これで、さすがのバイデンもシャキっとせざるをえなくなりました。
完全にミニデタントは御破算です。
まさに1960年に起きた、米ソデタントを一発でぶち壊したU-2事件のリバイバル上映です。
しかも当時の米国が、知らぬ存ぜぬ、あれは民間人だと言い張っていたのに、脱出したパイロットがすぐにCIAだとバレるお粗末さまでそっくりです。
今回も、王毅は当初アレは民間のものだと白々しいウソをつきましたが、すぐにバレると一転して、打ち落とすとはけしからんと豹変しました。
あまりにいいタイミングだったので、中国には右手と左手があって、右手が手握手しようとすると左手がそれをねじ伏せているのではないか、という観測すら生まれたほどです。
私は、習の支配は貫徹されておらず、中国内部に深刻な路線対立があってもおかしくはないと思っています。
さて、米国は気球と装置を回収して、徹底的に調べ上げています。
共同
遠からず、米国は気球についていた監視センサーの情報を開示する予定だそうです。
レトロ感さえある気球を、今、中国が使いだしたのには理由があります。
まずは、気球が飛行する高度です。これが絶妙なのです。
下図は衛星の飛行高度です。
〈独自〉米の小型衛星群構想へ参加検討 ミサイル防衛強化 来年度予算に調査費 - 産経ニュース (sankei.com)
もっとも高い高度を飛ぶのが気象衛星や早期警戒衛星、静止衛星で、3万6000キロ。
たとえば、早期警戒衛星は北朝鮮のミサイルの動向をこの高度から常に定点で監視していますが、高度が高すぎて解像度が低いのが欠点です。
通信衛星は2万キロ、GPS・測位衛星は1000キロです。
通常の偵察衛星は300キロから1000キロの間の比較的低高度を飛行しています。
ただし、偵察衛星には何点もあって、撮影画像の解像度は高い代わりに周回軌道で回っているために、見たい場所にいつもいるわけではありません。
北朝鮮は偵察衛星が周回する時間になると、見せたくないものはそそくさと隠してしまうそうです。
エドワード・ルトワックは、「偵察気球が飛ぶ2万メートル未満は、両者の欠点を補う存在といえる」としています。
中国の気球はなかなかハイテクで、中国本土から北米大陸の北部太平洋沿岸へ到達するための推進装置が付いています。
偏西風に乗りながら、帆船のように風向きに応じた方向転換が可能で、今回北米の戦略要衝の上空を通貨したのは偶然ではないようです。
そして驚くべきことには、特定の目標の上空で滞空する機能もあり、ここぞと定めた場所の上空に一定期間浮かんでじっくり偵察することが可能です。
もちろん、その間きわめて高い解像度の画像や電波情報を、電波で海南島の基地に送っていました。
そして高度2万メートル近くで飛行するためにこれを迎撃するのはきわめて困難です。
「宇宙空間から詳細なデータを収集できるスパイ衛星に比べれば、高高度に浮かぶ気球は大したことがないように見えるかもしれない。だが、気球には利点もある。製造コストが安価で、何カ月も飛べる。予測可能な軌道を移動する人工衛星と違い、上空を「ぶらつく」こともできる。そして撃墜するのは意外と難しい」
(ニューズウィーク2月6日)
中国「スパイ気球」騒動と「U2撃墜事件」の奇妙な類似...「第2次冷戦の初期」を再確認(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース
米空軍は最高のインターセプターであるF-22を使わざるを得ませんでしたし、対空ミサイルを一発はずしています。
空自が同じことをできるかというと、微妙でしょう。
米国は中国がスパイ目的で気球を飛ばしていることを前から知っていたそうです。
「中国がこの偵察システムをしばらく前から使っていて、アメリカはそれを知りながら外交的判断に基づき対応しなかった可能性は極めて高い。この種の侵入は以前にもあったと、国防総省の報道官は記者会見で認めている」
(NW前掲)
ただ今回は民間人が目撃してしまったために放置するわけにもいかなかった、というのが軍の判断だったようです。
今回の気球も海南島から出た段階から追尾していたようです。
(39) 偵察気球 米軍が1週間追跡 中国の空軍基地から離陸 - YouTube
実は、米国本土の防空システムは弱体化していたようです。
かつての冷戦期には、アラスカからカナダ、北米全域に旧ソ連の戦略爆撃機の侵入を想定したレーダー網や対空ミサイル、迎撃戦闘機からなる強力な迎撃システムがセットされていましたが、冷戦終結後これらは廃止されてしまいました。
ルトワックは、「米国内での航空機の追跡は民間空港のレーダーなどに頼らざるを得ず、過去に気球を見失うケースがあったと思われる」と苦々しげに書いています。
とまれ、これで半世紀前の鄧小平のピンポン外交て始まった米中の平和共存関係は完全に終了しました。
これは1960年に起きたU-2事件と酷似しています。
このスパイ機の撃墜により、当時進んでいた軍縮交渉は御破算になり、米ソは一気に長い冷戦へと突入していくことになります。
「今回の気球騒動は、私たちが「第2次冷戦」の初期にいることを再確認させるものだ。冷戦当時は相互監視が最も緊迫した問題の1つだった。1960年のU2撃墜事件では、ソ連は探知できないはずの偵察機U2を撃墜しただけでなく、パイロットを捕らえてテレビで自白させ、アメリカに恥をかかせた。当時の米ソ関係は比較的良好だったが、この事件のせいで軍縮交渉は台無しになった。パイロットの拘束が判明する前、アメリカはU2機は気象観測用の航空機であり、誤ってソ連領空に入ったと主張していた。今回の中国の説明と不気味なほどよく似ている」
(NW前掲)
いずれにせよ、既に充分悪化していた米中関係は、このスパイ気球事件を節目にして「第2次冷戦」に突入しようとしています。
米中関係は、鄧小平のピンポンで始まり習近平の気球で終わったようです。
ウクラナイナにこのような平穏な夜が一日も早く訪れますように。
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≫「習の支配は貫徹されておらず、中国内部に深刻な路線対立があってもおかしくはない」
ここ、大事ですね。
軍は通常運転として米領土上空に気球を飛ばし続けたけれど、習の意図を読み誤ったのかも知れません。そうではなく、逆に習のミニデタントへの意思を故意に挫こうとした中国内勢力がいた気配もプンプンします。
とにかく、バイデンと習近平は気球問題直前までは融和的な方法を探る方向にいたのだけれど、それは一旦は崩壊しました。プーチンは一安心でしょう。
それはともかく、バイデン政権の「対中国競争相手」ドクトリンは風前の灯なのではないでしょうか。米国がもう少し明確に対立軸をハッキリさせないかぎり、日本や韓国のような同盟国は「ハシゴを外される」懸念を念頭に入れざるを得ない行動しか取れない時間が続きます。
バイデン政権はその第一歩として、「台湾を米国の威信にかけて守る」と宣言すべきです。
また、習近平が「平和の使者になる」とか、橋下徹や三浦瑠璃じゃあるまいし、腐臭のする悪いギャグです。
中国がリーダーシップを発揮したように見えた国際決定には、すべて米国が手形裏書きをしていたのが事実です。中国は常に欧州におけるトルコほどのプレイヤー資質もありませんでしたし、ロシアから見れば完全に格下でした。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2023年2月24日 (金) 06時21分
U-2撃墜事件はアイゼンハワー政権下での偵察行動。アメリカも軍部マフィアが跋扈していました。
フルシチョフがブチ切れてキューバ危機が起きて「世界が終わるかも!」となった時に若きJFKの閣僚達とフルシチョフが話し合いでギリギリのところで防いだ。ソ連国内強硬派からは弱腰だと批判されることになりましたが。元々彼もゴリゴリのソ連軍人でスターリングラード攻防戦の司令官。
付け加えると、ロシア帝国時代からクリミア半島は要衝地なのにソ連共産党の多民族支配が安定していたからこそフルシチョフがクリミア半島をウクライナ領にしちゃったのがソ連がとっくに崩壊した半世紀後に遺恨を残すことになりました。
以前から国内の監視·観測や通信に使うアイデアとして「成層圏プラットフォーム」というのがありますけど、高度2万ってのはちょうどその高さです。ただし平気で地球の反対側まで偵察してはいけません。今回の気球はそういうものですね。
直径60mもあれば、そりゃあ米国の光学偵察衛星でバッチリと写っていたことでしょう。。
投稿: 山形 | 2023年2月24日 (金) 06時35分
今起きている戦争は国を守るというナショナリズムを呼び覚ましたという点でロシアではなくウクライナにとっての「大祖国戦争」だったわけですね。
そして、今回の偵察気球騒動はソ連ではなく中国でアメリカの立場が逆ですが、たしかにU2撃墜事件に似ていますね。偵察気球の監視をしていたのがそのU2だったというのが何とも皮肉。
投稿: 中華三振 | 2023年2月24日 (金) 08時43分
国連総会で、ストルテンベルグ事務総長の「誰もロシアを攻撃していない。ロシアは侵略者でウクライナは侵略の被害者。我々は国連憲章に謳われるウクライナの自衛権を支持する」によって当然of当然の認識を再確認し、林外務大臣は「想像してほしい。常任理事国があなたの国を侵略し、領土を奪った後に敵対行為を停止し、平和を呼びかけてきたら」「それは不当な平和だ。これが許されるのなら侵略者の勝利になってしまう」とスピーチ。(林外相の言辞は毎日新聞隅俊之特派員のツイートから引用)。
林外相、そのように述べることを選んだ模様。
そして中共が出してきた12項目のポジションペーパー
https://www.fmprc.gov.cn/eng/zxxx_662805/202302/t20230224_11030713.html
「これを中国的解釈で理解しないといけない」との合六強先生のご意見に超絶同意。
バイデン大統領は、気球による情報収集を止める話で習と手打ちをしたいかもしれませんが、米国世論と議会がそれを受け入れるとは限りませんね。
投稿: 宜野湾より | 2023年2月24日 (金) 14時10分