中国気球余話
米国上空を堂々と2日間も徘徊していた中国の謎の気球が、海上を出たところで撃墜されたようです。
気球と言うとのどかな響きですが、この中国の高高度気球は、高度2万メートル以上を飛べる特殊な気球で、数十mもある巨大なゴンドラに機材を搭載していたようです。
あまりにも大きいために、陸上での被害を考えて海上に出たところを落としたようです。
米軍はわざわざF-22というステルス戦闘機を使い、気球とゴンドラの間を撃ち抜くという妙技を見せました。
しかも高度2万でやって見せたことは、米空軍の高高度迎撃能力を誇示したことになります。
ただし高度2万は厳密には領空とは呼べないのですが、軍事目的で飛行していれば落とされても文句はいえません。
今後、サルベージして調査しますが、航空事故の専門家によれば「飛行機事故と同じなので問題ない」とのことです。
中国はうるさく返還を求めるでしょうが、米国はこれを軍事偵察と考えていますので、機器の返還には応じないでしょう。
ロイター
「アメリカ軍の発表によると4日午後2時39分、高度およそ2万メートルを飛行していた気球に向け、F22戦闘機がミサイルを発射。一発で気球を撃ち落としたということです。
アメリカにとっては“予定通り”の撃墜でした。
バイデン大統領:「1日に説明を受け、速やかに撃墜するよう国防総省に指示した。そして、誰一人傷付けることなく実行するには領空内の海上に出た時だという判断のもと、見事にやり遂げた」
現地メディアが気象条件などから、気球のルートを分析したものです。行く先々に軍事基地があるのは偶然でしょうか」
(テレ朝2月5日)
【中国の気球撃墜】ルート上に“米軍事基地”の分析も(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース
侵入経路はアラスカ南部から入り、北米中西部を堂々と縦断するコースです。
この気球は風に乗って勝手に飛ぶのではなく、操縦も効くようです。
「複数の発表によれば、この気球は、バッテリーや太陽電池を含む最大453キロの貨物を運ぶことができる。また光学機器、赤外線カメラ、サーマルカメラ、高周波スキャナー、レーダーなど、さまざまな機器が多数搭載されていた可能性がある。
つまり米国の軍事基地上空を飛行し、気球は中国の情報機関にとって重要な多くの情報収集を行うことができたと考えられる。そしておそらく、気球は収集した情報を、その地域の上空を飛行する衛星を用いて、送信していたと思われる」
(スプートニク2月2日)
この気球の飛行コースは米国核戦略の大通りですから、バイデンは議会からなぜアラスカの前で落とさなかったんだと突っ込まれているそうですが、当然です。
ちなみにスプートニクはこうあざ笑っています。
「米空軍は、中国の気球を撃墜するだけの技術的能力を有していたということである。
そうだとすると、識別マークのない不明な気球がアラスカ上空で、米国の領空に侵入したと同時に撃墜することもできた。しかし、気球は北米の西から東を横断したのである。それはなぜか。それはおそらく、米軍司令部の軟弱さと優柔不断の結果であろう。
中国気球が2日間もの間、米空軍の最重要基地の上空を何の障壁もなく、飛行したという驚くべき事実を説明できるのはこれしかない」
(スプートニク前掲)
米中、対話路線に痛手 気球飛来で国務長官訪中延期: 日本経済新聞 (nikkei.com)
アラスカの南から北上してアラスカ州を横断しているのは、米国の早期警戒システムを偵察したかったのでしょう。
アラスカ南部には、米国の弾道ミサイル早期警戒システムの最重要施設である「サイトII」クリアー空軍基地が存在します。
今回の気球の飛行コースは、アラスカの弾道ミサイル早期警戒基地から中西部の米軍基地の上へ飛んでいるのですから、偶然なわけはありません。
気球は衛星と違って、きわめてゆっくりと飛行しますから、画像撮影や電波偵察などを長時間行うことが可能です。
ところもあろうに、中国の盟友のロシア官営の「スプートニク」がこんな記事を出していて驚きました。
「中国のエンジニアたちは、非常に興味深い機器を製造した。概算で言えば、これは米空軍の9つの基地、州兵10の基地を網羅する。
とりわけ重要なものとして挙げられるのが以下である。
・マルムストローム空軍基地 弾道ミサイル「ミニットマン3」
・エルスワース空軍基地 戦略爆撃機B-1B「ランサー」
・オファット空軍基地 米空軍の核戦略司令部
・ホワイトマン空軍基地 ステルス戦略爆撃機В-2А
・スコット空軍基地 航空軌道軍団司令本部
・米空軍サイバーコマンド、サイバーワシントン州空軍司令部
・米軍輸送司令部
・国防情報システム局東部グローバルオペレーションセンター
・アーノルド空軍基地 米空軍技術開発機関、宇宙研究所
・ラングレー空軍基地―米空軍航空戦闘軍団司令部、米空軍指揮統制機構、第479戦術戦闘航空団、戦闘機F–22概して、中国の気球が通過した付近の基地をざっと見ただけでも、この偵察気球が主に米空軍に関するかなり貴重な情報を収集しえたことが十分に理解できる」
(スプートニク2月2日)
【視点】中国の偵察気球が米国上空を通過 - 2023年2月6日, Sputnik 日本 (sputniknews.jp)
なにやら、1960年に起きて一気に冷戦に突入したきっかけを作ったU-2撃墜事件を思わせます。
このときU-2も2万5千mを飛行しており、この高度に当時のソ連空軍戦闘機は到達できませんでした。
結局、S-75対空ミサイルで落としたのですが、米国のこのときの言い訳が「高高度での気象データ収集を行っていた民間機が、与圧設備の故障で操縦不能に陥った」 という白々しいウソの発表をしました。
今回の中国は、「民間の気象観測の飛行船が誤って米国上空に侵入してしまった」などと言っているようですが、この気球には太陽電池パネルと各種の通信装置のアンテナが見えています。
おそらくは遠隔操縦も可能なはずで、こんなものを民間がこれほどの高高度で飛ばす必要もなく、軍事目的以外考えられません。
またこの気球はADS-Bという信号を発していないことを、JSF氏が指摘しています。
「ADS-B とはGPSなどの衛星測位システムを利用して、航空機が自らの位置を発信して外部からの追跡を可能にするシステムです。航空関係者のみならず「フライトレーダー24」などのアプリを使えば民間の一般人でもチェックすることが可能です。
国際的にADS-Bを発信する義務があるわけではないので(国によっては既に義務化)、これをもって民間の気球ではないと言い切ることは出来ませんが、長距離を飛ぶ予定であるなら追跡にも便利で安全も高まるので、民間の機材ならばADS-Bを搭載して発信していた方が自然です。軍事目的の機材だったならば隠密に作戦を行いたいのでADS-Bの発信はされません」
(JSF2月7日)
撃墜された中国の気球はADS-Bを発信していなかった(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュース
民間用だったらほぼ備えているADS-B 発信装置がついていていところを見ると、いっそう軍事偵察用の疑いは濃厚になります。
ちなみに日本にも仙台や鹿児島に飛来しています。
米国のものとほぼ同型で、バス数台分という巨大サイズでで、天体望遠鏡で民間人が撮影に成功しています。
中国の「偵察気球」に似た物体 2019年に日本で目撃…鹿児島でも(MBC南日本放送) - Yahoo!ニュース
仙台のものを調査した東北大学の服部准教授によれば、大連にある人民解放軍の飛行船基地から飛ばされた可能性があるといいます。
「Q. そこに何がある?
(服部誠准教授)「大連の気球打ち上げの基地ですね。なので、私自身がなんで中国って思っているかというもう一つの根拠が、ここにちゃんとした設備があって、打ち上げる能力を持った人がいて、打ち上げることができる設備があるから。」
実は2021年にも岩手県や小笠原諸島の上空で同じような球体が目撃されています。
(服部誠准教授)「今回、目撃されているものだけでなく、もっとたくさん打ち上げているはずです。そのうちの氷山の一角がこうやって見えているということ」
(ANN2月5日)
米軍が撃墜の中国「謎の気球」過去に日本上空にも“似た球体”専門家「構造ほぼ一緒」(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース
ところで、この事件を受けて、ブリンケンは訪中を中止しました。
この事件はを米国は大きく見ており、偵察機と違って無人気球ですが、累積警告の対象としています。
これから報復に乗り出すでしょうが、予想されるのは対中経済制裁の強化で、TiKToK制裁法案にとどまらず中国のIT全般への規制や半導体規制の更なる強化が予測されています。
議会は、財務省が所轄するSDNリスト、商務省が所轄するエンティティリスト、国防省が所轄する中国人民軍企業リストなどの一本化を求めており、中国共産党員9600万人のリストと組織図の公表を求めています。
当初はこれらの制裁は5年以内でしたが、この気球事件で前倒しで実施されるようです。
この制裁によって中国人民軍支配企業と目された企業は、すべてエンティティリストに掲載し、経済活動そのものを止められる可能性があります。
このエンティティリスト(EL)とは「懸念顧客リスト」と訳され、このようなものです。
「懸念顧客者リスト[Lists of Parties of Concern] 以下のリストのうちの1つに掲載されている企業、団体又は個人が、輸出取引において可能性のある当事者と合致するように見える場合、輸出取引を進める前に更なる相当な注意が必要とされます 」
(■MOFCOM Order No. 4 of 2020 on Provisions on the Unreliable Entity List)
https://bit.ly/35TePOC
中国商務省がエンティティリストの対象として上げた項目が「安全保障」「発展」「ビジネス上の脅威」「中国企業への差別」ですから、なんのこたぁない全部です。
現在のところ、AIや半導体など一部の限定された企業だけがエンティティリストに掲載されている状態であり、ファーウェイですら0金融制裁の対象となるリストには入っていませんが、今後は入れられる可能性が高いと見られます。
それにしてもこのバラバラ感はなんでんでしょう。
外交部はブリンケンを招待して習近平にまで面会させるとまで言っておきながら、一方で軍事気球を北米に飛ばす、なんですか、右手と左手がケンカしているような状態は。
外交的宥和を図ろうとする勢力と強硬派が暗闘しているのでしょうか。
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一番謎なのは、成層圏気流でどうやって大型気球をこれだけ大きく精密に操舵しているのか?です。
舵やプロペラやダクトファンのような物は見当たらないんですよ。
風任せなら数をいっぱいにすれば気象条件で「当たり」も出るだろうけど、この線が一番可能性あるかな。。
アメリカは回収して既に解析作業に入ってるでしょうけど。
中国はガチギレして「ウチの気球だから返せ」ですと!何を言っているのやら。
U-2撃墜事件を想起される方も多いのは納得です。
投稿: 山形 | 2023年2月 8日 (水) 07時10分
会談に向けた中国側による「マウント取りの嫌がらせ」、というような穿った意見もありますが、ここは素直に読んだほうが良いケースだと思います。というのは、こうした行動(特に気球に関して)は人民解放軍の通常運転の一貫です。
会談を機会にデタントに持っていきたいのは習近平こそが望むところであって、真意がハッキリしないバイデン政権にとっての会談は議会の強行さもあって「火中の栗」です。
とするなら、人民解放軍が習政権の意図を汲み切れなかったゆえのミスであろうと考えるものです。独裁政権にありがちな原因で、習のメンツも会談もすっ飛んでしまった、という顛末かと。
バイデン政権は中国の気球問題に関して、日本を含む40か国を対象にブリーフィングを行うようです。各国が共同で対処していこうとする意志の現れで、中国痛恨のオウンゴールという印象です。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2023年2月 8日 (水) 19時59分