プーチンvsブリゴジンの内ゲバ発生か?
ISW(戦争研究所)が面白いレポートを出しています。
あのならず者集団「ワグネル」の指導者であるブリゴジンと、プーチンがいまや抜き差しならない対立をしているという情報です。
ロシアの攻撃キャンペーン評価、12年2023月<>日 |戦争研究所 (understandingwar.org)
エフゲニープリゴジン
「弾薬供給を拒否」 ワグネルトップがロシア軍批判 対立激化か - 産経ニュース (sankei.com)
「ロシア国防省(MoD)とワグナーグループの投資家エフゲニープリゴジンの間の紛争は、バフムトの戦いを背景に最高潮に達した可能性があります。
ロシア国防省、特にロシア国防相セルゲイ・ショイグとロシア参謀総長ヴァレリー・ゲラシモフ将軍は、プリゴジンを弱体化させ、クレムリンでのより大きな影響力への野心を狂わせるために、エリートと有罪判決を受けたワグナー軍の両方をバクムットに故意に消耗させる機会をつかんでいる可能性があります」
(ISW)
なるほどね、どうしてバフムト戦線であるような甚大な人的消耗を前提としたゾンビーアタックをかけるのか、私も不思議に思っていました。
なにせ銃も満足に渡さないで、仲間の死体から奪えですから、これはもう戦術なんてもんじゃありません。
バフムト戦線でのロシア軍のゾンビーアタック: 農と島のありんくりん (cocolog-nifty.com)
共産圏の軍隊はみんなああいうものなのだ、と言えばそれで終わりなのですが、どうやらISWはその背景にプーチン陣営とブリゴジンの対立があったとみています。
朝鮮戦争の折の人海戦術の背景にも、投入された共産軍兵士の大部分は投降した旧国府軍兵士らで占められていたといいますし、プーチンがいまや邪魔者となったブリゴジン軍「ワグネル」をすり潰すにはいい機会だったようです。
ウクライナ要衝バフムト中心まで1.2km ロシア主張 (tv-asahi.co.jp)
「ロシアの国防省は、プリゴジンが囚人を募集し、弾薬を確保する能力をますます制限しており、プリゴジンにロシアの国防省への依存を公に認めることを余儀なくさせていました。
たとえば、プリゴジンは、彼が手紙を郵送し、弾薬の緊急要求で国防省の代表者(おそらくショイグとゲラシモフに)を送ろうとしたが、代表者が彼の苦情を提示することを許可されなかったと公に不満を述べた」
(ISW前掲)
ブリゴジンは、新たに囚人などを使って兵員を集めようとしましたが国防省から拒絶され、さらには武器弾薬さえも与えられなかったようです。
特に刑務所を人材プールにしていたワグネルにとって、囚人を利用できなくなることは致命的だったはずです。
結果、丸腰のワグネル戦闘員に無謀な突撃を繰り返させ、バフムトの半分はかろうじて占領したものの、全滅に等しい打撃を受けてしまいました。
怒ったブリゴジンは、西側メディアに自軍の戦死者の映像を公開し、実情を暴露しました。
もちろんプーチンへの当てつけです。
「ロンドン 22日 ロイター] - ロシアのウクライナ侵攻に部隊を派遣しているロシア民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は22日、弾薬を奪われ殺害されたという戦闘員数十人の遺体画像を公開した。弾薬供給を巡る軍部への非難を一段と加速させた格好。
プリゴジン氏は21日、ロシアのショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長がワグネルへの弾薬の供給を拒否し、ワグネルを崩壊させようとしていると批判した。一方、国防省はこうした批判を否定している。
プリゴジン氏はこの日、ウクライナ東部バフムトで戦死した数十人の戦闘員が凍土の上に倒れている写真を公開。異例の手段で軍部を批判し、戦闘員らは弾薬が不足したため死亡したと主張した」
(ロイター2日通23日)
ワグネル創設者、戦闘員の遺体画像公開 弾薬供給巡る軍批判加速 | ロイター (reuters.com)
プリゴジンはプーチンに、バフムトから撤退させると脅迫しました。
一方、人的消耗が激しいバフムトでの市街戦の矢面にワグネルを利用してきたロシア軍は窮地に立たされることになります。
ロシア軍中枢のショイグ国防大臣やゲラシモフ参謀総長兼総司令官の意図は、戦略的要衝でもないバフムトで、うるさくなってきたワグネル軍を潰してしまい、ブリゴジンの影響力を断つことでした。
しかしここでワグネル軍に撤退されれば、代替がいないのです。
しかし、しょせんPMC(Private military company /民間軍事企業)は傭兵にすぎません。
正規軍とは違って大砲や戦車などは持たない軽装備ですから、「ワグネル」がこんなに前面に出てくることのほうがヘンなのです。
米軍もPMCを使っていますが、不祥事を起こしたせいで契約は縮小し、基地の警備ていどでおちついています。
ワグネル軍がここまで重用されたのは、プーチンが緒戦のキーウ侵攻に失敗したことにショックを受けて、ショイグ、ゲラシモフといった軍中枢に対して深い不信感を持ってしまったからです。
このロシア軍の弱さは、4日でゼレンスキーを亡命に追い込み、首都にロシア国旗を翻すつもりだったプーチンにとって大きな政治的打撃でした。
ここで登場するのが、かつてプーチンの料理番だったエフゲニー・ブリゴジンです。
なんだか『沈黙の戦艦』のスティブン・セガールみたいな話で笑ってしまいますが、ホントです。
料理人時代のブルガジンとプーチン
「プーチンのシェフ」がロシア政界で台頭 配食事業を経て民間軍事会社創設、ウクライナ侵攻で暗躍:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
この料理長は、シェフを辞めた後に政府にケータリングをする会社でボロ儲けし、オルガルヒとして頭角を現します。
一般のオルガルヒは戦争に消極的で、次々にプーチンによって消されていきますが、このブリゴジンだけはプーチンの「影の軍隊」としてまともな軍隊には任せられないようなダーティな任務で重用されることになります。
これが「ワグネル」です。
プリゴジンは、2014年のドンバスでワグネルが誕生したと述べています。
「古い武器を掃除し、防弾チョッキを自分で見つけ、この問題で私を助けてくれる専門家を見つけました。その瞬間から、2014 年 5 月 1 日から、愛国者のグループが生まれました」
そしてドンバスの分離主義者に加担した後、中央アフリカ共和国、スーダン、リビア、モザンビーク、ウクライナ、シリアなどを転戦して、 何年にもわたって多くの残虐行為に関わったとされています。
今回のウクライナ戦争においても、ブリゴジンは信用を失墜したショイグ・ゲラシモフを口汚く罵り、ロシア右翼の代弁者として正規軍に代わるような勢いでした。
こういう調子で、大受けしました。
「この役立たずども全員に機関銃を持たせて、裸足で前線へ送ってやる」
そして去年6月には、ゼベロドネツクで攻防で大きな戦果をあげたと主張しています。
[深層NEWS]東部セベロドネツク攻防「南から露突破なら補給線断たれる」…高橋杉雄氏 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
「ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めてから24日で4か月がたち、ロシア軍は、東部2州のうちルハンシク州の完全掌握を目指してウクライナ側が拠点とするセベロドネツクへの攻撃を続けています。
ルハンシク州のハイダイ知事は24日、地元メディアに対して「残念ながら、ウクライナ軍はセベロドネツクから撤退せざるをえない」と述べ、防衛にあたってきた部隊が別の拠点に移動することを明らかにしました」
(NHK2022年6月25日)
ロシア セベロドネツク掌握の見通しも一進一退の攻防続くか | NHK | ウクライナ情勢
このセベロドネツク攻防の前には、プーチンから囚人の動員を許され、弾薬の補給も受けられるようになっていきます。
かくしてプーチンの信用を勝ち得たワクネルは、もはやかつてのようなダーティな戦争屋ではなく、ロシア軍の先鋒を担うようになっていきます。
この力を背景にして、ブリゴジンは政治力を発揮し、総司令官のラピンの解任をプーチンに働きかけ、自分の盟友である「アルマゲドン将軍」ことセルゲイ・スロヴィキンを後任として昇進させることに成功しました。
セルゲイ・スロヴィキン将軍
露メディア「ロシア軍の指導部は、民間人の犠牲を問題視しない者ばかりだ」 | 「アルマゲドン将軍」はウクライナ侵攻をどう変えるのか | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)
スロヴィキンはシリア内戦において残虐な民間人殺戮を実行した男です。
たぶんブリゴジンとはシリア絡みで知り合ったのでしょう。
ウクライナでも民間人への打撃を与えることに狂奔しました。それが電力施設への無差別爆撃です。
ロシア大規模攻撃 電力供給は5割まで低下 インフラ被害深刻化 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
「スロヴィキン氏は冬の到来を迎えたウクライナでエネルギーインフラ破壊作戦を開始し、住民数百万人を電気も水道もない状態に陥らせた。また、南部の街ヘルソンからのロシア軍の撤退を指揮した。この撤退はウクライナ側にとって大きな成功となった」
(BBC 2023年1月12日)
ロシア、ウクライナ侵攻の総司令官を交代 3カ月で2度目 - BBCニュース
去年10月には、もはや軍の中枢を押さえるまで一歩というところまで、ブリゴジンは迫っていたのです。
そしておそらくは次の大統領選に病弱なプーチンは出られず、オレが候補として出てやる、そう考えたのでしょう。
ここでプーチンに赤信号が点灯しました。
こんな危険な男は排除せねばならない。
プーチンは、周囲には唐突に10月5日の演説で、エカテリーナ2世の権威に挑戦したプガチョフの乱を連想させる暗喩を使いました。
皇帝に楯突く者は容赦しないぞ、という意思表示です。
「ロシア文化の神話にしたがえば、凡庸な司令官のミスを正すには、前線で岐路にあるとき、毅然として口数が少なく言葉を選ばない(クトゥーゾフやジューコフのような)民衆的な将軍が登場しなければならない。
そして神話の中だと、そうした武将たちは、もうひとつ重要な資質を備えていなければならない。つまりその人物は、いかなる場合でも、まずい決定を下して大惨事を起こした君主を批判すべきではない。それによって当局の権威を失墜させるべきでもない。逆に権威を強化しなければならないのだ。
君主はしばし背後に下がり、司令官に戦況を好転させる。その後に表舞台へ出て、勝利を手にするのである」
(クーリエジャポン2022年11月10日 )
露メディア「ロシア軍の指導部は、民間人の犠牲を問題視しない者ばかりだ」 | 「アルマゲドン将軍」はウクライナ侵攻をどう変えるのか | クーリエ・ジャポン (courrier.jp) 。
つまり、プーチン皇帝はブリゴジンが「大祖国戦争」の頃のジューコフのように「君主を批判せずに」、「口数がすくなく言葉を選ぶ武将」であるうちは重用しても、公然とモスクワを非難し、国軍の人事にかこつけて自分を批判するようになった時、ためらわずに抹殺する決意をしたはずです。
そしてブリゴジンに、なんの戦略的に無価値なバフムトを攻略することを命じました。
どうしてこんな意味がない街を攻撃しているのか西側軍事筋は首をひねったものですが、答えはワグネル潰しだったのです。
プーチンは冷酷にも、銃も弾薬も渡さずに丸裸でウクライナ軍機関銃陣地に突撃させました。
どのようなことになるのかは百も承知でそうさせたのです。
その結果、かろうじてバフムトの半分は占領したものの、事実上この地でワグネル軍は壊滅的打撃を受けました。
将校クラスまで脱走して、ウクライナ軍に逃げ込むありさまです。
ロシア軍大勝利、ウクライナ軍崩壊とロシアンフレンドは煽っていましたが、実情はこうだったのです。
続いて今年の1月になって、プリゴジンが総司令官に押し込んだスロヴィキンは副司令官に降格されて、ブリゴジンの天敵であるゲラシモフが復活しました。
完全なブリゴジン包囲体制です。
ISWはこう結論づけます。
「ロシア軍指導部は、バクムットでワグナー軍とプリゴジンの影響力を潰そうとしているのかもしれない」
(ISW前掲)
そしてウォールストリートジャナルはブリゴジンは「蚊帳の外」に追い出されたと述べています。
「プリゴジン氏は、1月のバフムト北部の都市ソレダルや昨夏のセベロドネツクにおける勝利を自らの手柄にしようとするなど、戦場でのワグネル戦闘員の存在感を利用して、プーチン政権に対する影響力を高めることを狙ってきた。
ところが、プリゴジン氏はここにきて蚊帳の外に置かれつつある。背景には、ロシアが戦闘態勢の見直しに着手していることがある。具体的には、ウクライナ侵攻を指揮してきた前司令官を交代させるとともに、プリゴジン氏による戦闘員の追加動員を制限している。
プリゴジン氏の攻撃は、ウラジーミル・プーチン大統領が議員や軍幹部、宗教指導者を前に年次教書演説を行っているタイミングで起きた。演説では、長期化するウクライナ侵攻に多くの時間が割かれた」
(WSJ2月25日)
ロシアの内紛露呈、ワグネル創設者は蚊帳の外に - WSJ
ブリゴジンのモスクワ非難は、プーチンの年次教書演説に合わせて行われました。
彼の非難の矛先は、ショイグやゲラシモフにはなく、クレムリンの主に対して向けられています。
さて、ブリゴジンが破れたままになってしまうのか、それともモスクワに駆け上るのか、まったく読めません。
一番考えられるのは、他のオルガリヒと同様に、ひっそりと「自殺」していたでしょうか。
いずれにしても、ロシアはここにきて大きく揺らぎ始めました。
ウクライナに平和と独立を
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ひとつの可能性としてワグネル&ブリゴジンはロシア軍の兵員と装備の追加のための猶予を稼ぐための捨て石だったのではという事ですね。
目処が立ったので切り捨てる、その際噛みつかれないよう充分に弱らせておく。
ウクライナが早期の兵器支援を要望していたのもこの流れが予想してのものと考えれば辻褄が合います。
そうでなければプーチンは内部の権力闘争のために戦略を捨てたという事になります、さすがにそこまで現実が見えていない事はないんじゃないのかな…たぶんきっと。
投稿: しゅりんちゅ | 2023年3月16日 (木) 11時19分